カゲロウ・ストラトス   作:人類種の天敵

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劇場版カゲロウデイズのRED、最初の「段々目が回って」の部分で既に惚れました。




悲劇はまだ終わってないんだよ

 

 

 

「……ここは」

 

赤いジャージを着た青年、如月シンタローは目の前の光景に軽く眼を見張る。

彼が時計台から見下ろすのは無味乾燥を帯びた透明な街並みだった。

 

「やあ、シンタロー。寝る前ぶり……かな?」

 

シンタローの背後から現れた少女、いや、目に焼き付ける蛇の髪がシンタローの鼻孔をくすぐる。

背後にいる少女のにんまり笑顔を頭に思い描いたシンタローは一度目を瞑り、彼女に向け、口を開く。

 

「カゲロウデイズは終わったはずだろ。それに、なんだってこんな場所で」

 

「うん。そうだよ。君たちの作戦によって冴える蛇の計画は潰えた。……それに良いじゃないか。此処はシンタロー、君と二人っきりになれる唯一の場所なんだし」

 

じゃあ、なんで今更。

 

「シンタロー。冴える蛇は、まだ生き残ってる。本体の尻尾みたいな分身がまた、世界をやり直そうとしてるんだ」

 

「…………………なんで、それを知ってるんだ。お前」

 

頭のどこかで理解した。

それでもシンタローは背後にいる目に焼き付ける蛇の顔を見つめた。

楯山アヤノの素顔と瓜二つの彼女は、シンタローと目を合わせた赤い目をゆっくりと細め、彼女としては珍しく、泣きそうな顔を浮かべた。

 

「まだ思い出せないよね。でも信じてる。きっと君が思い出してくれて、最後の悲劇を止めてくれるって。……信じてる。信じて、待ち続けるよ」

 

目に焼き付ける蛇はシンタローの両頬を優しく両手で包み、微笑んだ。

何万回、何千回の世界を、彼が忘れてから、思い出してから、そしてまた忘れてから。

そうやって何時迄も共にした青年。

 

最初は自我なんてなかった。

他の蛇と同様に、ただ宿っている能力者の意思によって振るわれるだけの〝目〟だった。

だけど、世界を何度も繰り返す度に彼の想いを聞いた、知った、その度に焼き付けた。

 

いつしか、能力者と〝目〟という関係には不釣り合いな感情を、目に焼き付ける蛇は抱いていた。

この感情が何か、彼女は知らない。

知っていたとしても、もしかしたらはぐらかしてしまうかもしれない。

 

いつだって肝心な時に彼の力になれない。

目に焼き付けるしか出来ない自分は無力だと独り涙した。

そしてまた、彼の最後を焼き付ける。

彼女の胸を締め付けるのは、決まって彼が最期に決まり悪く謝るからだった。

 

 

「俺はまた、忘れてしまう。この世界のことも、あいつらのことも、お前のことも」

 

 

「またお前を独りぼっちにさせてしまう俺は……情けねえよな」

 

 

不意に細めていた目を見開き、彼の自分の目と合わせた。

彼の外見年齢は18歳だ、しかしその中身はいつも見ていた18歳の初々しい彼でない。

何千、何万歳と積み重ね積み重ね、熟成された精神を持つ彼は、目に焼き付ける蛇と目を合わせるくらいでは動じない。

 

(まあそれも、他のクラスメイトだとすぐテンパっちゃうのが可愛いんだけどなぁ)

 

クスッ、彼女が笑った。

また俺のことで笑ってるのかとシンタローはムスッと不満顔。

 

「じゃあ、そろそろ」

 

「ああ、またな…」

 

此処でお別れしたとして、シンタローが目を覚ませばまた顔を合わせるだろう。

そんな事に気付いていたシンタローは、自然と、笑顔で言葉を交わした。

 

 

 

「あの夏が来る前に、絶対に思い出して」

 

 

最期に彼女はなんと言ったのか。

シンタローの目は暗闇に覆われた。

 

 

 

 

 

『ごっしゅじーーーーん!朝ですよぉーーーーーー!!!』

 

「だっ!?っーーーー!!!?耳が……」

 

『朝起きないご主人が悪いんですよぉ〜!ほらほら、早く着替えて学校いきましょうよぉ〜!』

 

青いジャージを着た少女の笑顔に悪態を吐き、如月シンタローはハンガーにかけてあったIS学園の制服に着替えると、朝食を食べてアヤノの部屋に行く。

トントン、とノックをして部屋の向こうからアヤノとキドの、準備にかかる時間を聞くと、昨日見た夢を思い返す。

 

(あいつ。結局何が言いたかったんだ)

 

目に焼き付ける蛇の残した言葉の数々。

まるで、シンタロー達はまた繰り返す事を知ってるかのような口ぶり。

目に焼き付ける蛇を介してシンタローは今まで繰り返された世界の記憶を保持している。

だからこそ、彼女の『まだ思い出せないよね』『最後の悲劇』という言葉の羅列が引っかかる。

 

まるでシンタローにはまだ、思い出せていない日々があるかのような。

 

まるでメカクシ団にはまだ、残された悲劇が幕を開こうとするような。

 

言いようのしれない不安、目に焼き付ける蛇はまだ顔を出す気配は無い。

考えても仕方ないとスマホを操作してネットサーフィンを始めるシンタローに、部屋から出たアヤノが「おはようっ、シンタロー」と満面の笑顔。

 

「おう。おはよう」

 

それに釣られたか、シンタローもだらしなく

頰を緩めた。

 

 

「姉さんは先行ってて。俺はカノを連れて行くから」

 

 

ニヤニヤニヤニヤとシンタローのキモ笑顔を見て心底楽しそうにしている団長から気まずいの一心でアヤノと離れたシンタローは、いつの間にかアヤノと手を握っていることに気付き、赤面した。

 

だが、それはアヤノも同様だった。

いつもの彼女から想像もしないような赤ら顔で握られた二人の手を見つめ、シンタローと目を合わせ、嬉しいような、気恥ずかしいような、そんな複雑な表情でカチンコチンに固まっている。

悪りぃ、と一言謝り、アヤノから手を離す。

すると彼女は「あっ…」と消え入りそうな声で呟いたと思えばさっきまで繋いでいた右手を見つめ、「えへへ」幸せそうに笑った。

 

(なんだこの生き物なんだこの生き物なんだこの生き物なんだこの生き物なんだこの生き物なんだこの生き物なんだこの生き物なんだこの生き物なんだこの生き物)

 

シンタローの表情筋は崩壊寸前。

今アヤノと目を合わせてしまえば俺が俺じゃなくなる気がする、とシンタローはアヤノから顔を背けて歩き出した。

 

「………///」

 

「………///」

 

互いに無言、互いに赤面、互いに…ソワソワ。

 

嬉しくも恥ずかしい、しかし其処には、そんな甘酸っぱい青春を、幸せな恋を、夢のような高校生活(二度目!)をぶち壊す悲しき哀戦士が独り。

 

『なーにデレデレ鼻の下伸ばしてんですかぁ!ご主人!!ていっても、アヤノちゃんもだよ!?』

 

スマホの中の舞姫の閃光(笑)エネである。

 

普段の媚びた顔から想像出来ないような憤怒の形相でシンタローを呪い殺すかのように睨みつけていると思えば、今度はアヤノに対して嫉妬の色を帯びている。

 

何よりも恐ろしいかなこのツンデレ女子の恋は、人の恋路には酔っ払いオヤジの如く絡んでくる根性の癖して自分の恋に関しては非常に奥手。

実質九重ハルカに誘われなければデートにも行けないという………実はシンアヤよりも発展していないウブな女なのである。

つまりこれは、悲しき先輩の、イチャラブこいてる後輩二人に対するせめてもの妨害工作であった。

 

 

 

 

 

 

「お、おはよ!シンタローに、アヤノさん!」

 

「おっす。一夏」

 

「おはよう。一夏くん」

 

教室に入ると一夏が真っ先に挨拶をしてくるので、俺とアヤノも一夏に返事を返す。

席に着くと授業で使う教材を引き出しの中に突っ込んだり、エネがアヤノにスマホ内の要らん情報を教えようとするのを慌てて阻止していると、眠たげに欠伸をするカノとキドも教室に入ってきた。

 

「いや〜、一夏君はいつも元気だねぇ。その愛想の良さを少しでもいいからキドに分けてあげたら良いのに。ねえ?キド」

 

「………(怒)」

 

「いだぁー!?痛い痛い痛い!ギブギブ!キド!?ギブーーー!」

 

ゴスッと1発、鳩尾に正確に拳骨をかまし、更にはアイアンクローまで極めてきた。

 

「俺、キドが将来織斑先生みたいになると思う」

 

「シンタローもか。実は俺も……キドが千冬姉ぇみたいになりそうで心配だぜ」

 

『狐目さんの今後にファイト〜!ですねぇ』

 

などと雑談していると、織斑先生と山田先生が入ってきて朝のHRが始まる。

 

「ん、それと転校生が2人入ることになった。おい、入って来い」

 

まるでヤクザか何かのような「おい」の物言いに、やはり織斑先生とキドは似ていると確信。

直後、扉から入ってきた転校生の姿に目を奪われた。

何故なら入って来たのは銀髪の眼帯少女と金髪の男だったからだ。

 

「は?」

 

「へ?」

 

「どうも初めまして。シャルル・デュノアです」

 

どうやら金髪の男はシャルル・デュノアというらしい。

コイツは俺と一夏、例外でキドの様に男物の制服を着用していた。

驚きに目を見張りつつシャルル・デュノアの外見を見ると、こいつ?は女のように長い髪を後ろで三つ編みにし、肌は色白、身体つきは華奢でほっそりしていて、声も女のようでギリギリ……男か?これ、変声期過ぎたのか?

 

そんなこんな、デュノアの容姿に驚いていた俺は、来たる、一年一組女子による音波攻撃に備えることが出来なかった。

 

「「「「男ォォォォォォォォ!!!?」」」」

 

「うおっ゛!!?」

 

耳がキィィーンと鳴る。

一時的に周りの音が聞こえず、涙目で両耳に手を当てる。

ええええーーー!?だとか、きゃぁぁぁぁ、だとかの大音響はその後、織斑先生による「静まらんか!この馬鹿ども!」という鶴の一声が出るまで止むことはなかった。

 

「え、ええと。シャルル君はあちらの席にお願いしますね」

 

「は、はひ」

 

デュノアは女生徒の音響テロリズムのおかげで思いの外ビビってるらしく、舌足らずに返事をした。

それを聞いてまた別のグループが舌なめずりをするんだが……。

 

「次。ラウラ、挨拶をしろ」

 

「はっ、教官」

 

織斑先生の威圧感付き命令に、軍人を思わせるキビキビとした返事を返す銀髪の眼帯少女。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「……………え、もう終わりですか?」

 

「そうだが」

 

……………なんだよこの、間。

俺より酷くねえかこいつ。

 

ラウラ・ボーデヴィッヒのキッパリとした発言に織斑先生が頭に手を当て溜息をつく。

 

「もういい、席に着け」

 

「はっ、教官」

 

「ラウラ。私はもう教官ではない。以後、此処では織斑先生と呼べ」

 

「ですが、教官」

 

「織斑先生だ。次は無いぞ…良いな?」

 

「……はっ」

 

さしものあの眼帯少女も織斑先生の不機嫌マックスオーラに当てられては太刀打ち出来ないらしい。

悔しげに顔を歪めるとそのまま席に着くーーところで一夏と目を合わせてワナワナ震え始めた。

 

「貴様、貴様が……!!」

 

「ひでぶっ!」

 

「うお……あれは痛い」

 

スパーン!!

思い切り振りかぶって振抜かれたグーパンを喰らった一夏が痛みに呻く。

 

「うわ〜いったそ〜。キドの腹パンとどっちが痛いだろうねぇ〜(笑)」

 

あはは、と笑うカノ、キドがお前を射殺す様な目で見てるの気付いてるか。

 

ーーーカノ、アトデ、コロス。

 

キドの口がパクパクと動いていたのでようく注目していると、「カノ、後で、殺す」と言っていた。

 

「キドの腹パンと良い勝負(笑)ひー、お腹痛い………」

 

お腹痛い…………この後でカノの腹筋がどうなるか、その結末を思い浮かべた俺は一人身を震わせたのだった。

 

 

 

 

 

 

カノシネエエエエエエエ

 

ギャアアアアアアアアアアアアア!!! ネエチャァァァァァァァァン


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