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「本当に…本の中に入っちまったんだよな…」
光は立ち上がり、辺りを見回した。
目の前に広がっている世界は、先程までいた花菱家…それどころか日本ですらない。
遠目から見える街並みや通行人はまさに古代中国のそれなのだ。
「紙の中の世界なのに、本当にみんな、生きてんだな…
っといけね!」
ふと気付いて、各々目を覚ましたりキョロキョロし出した火影メンバーの方に向き直る。
「みんな、起きてくれ。こんなことになって本当に悪かった。
本当は何で俺が来たのか詳しく説明したり、行くかどうかの確認取ったり、あ!あと色んなものの用意とか…」
あたふたしている光の言葉を遮る声があった。
「異世界…ここは路地裏らしいな…。
元の世界に戻る手立てを考えましょう。
連れの何匹かは難しい話をすると壊れますので、僕の方に言って下さい。
申し遅れました、水鏡凍季也です。」
水鏡が言うと、近くにいる柳も自己紹介を交ぜる。
「えと、はじめまして。佐古下柳っていいます。
あの、『しじんてんちのしょ』ってあなたのですか?
すっごく面白そうだから私も読みたいな、って…」
柳がそう言い終わらない内に、少し離れた場所で風子の怒鳴り声が響いた。
「ギャアアアぁ──!
何しやがんだ変態!どスケベ!エロジジイ!」
声の聞こえた方向を見れば、小柄な老人が後ろから風子の乳房を鷲掴みにしていた。
「クソっ、よくも風子様の…オレも触りた…じゃねえ、何で居るんだジジイ?!!
起きろ花菱、ジジイが出たぞ─!」
土門はただ一人、未だ寝ている烈火を叩き起こした。
「痛ぇな腐乱犬、殴るぞ…
ええぇー、ジジイおま、虚空?!」
「おひさー。やっぱ生身のオナゴはええのぅ~。」
ニット帽にニコニコマークのアロハシャツとハーフパンツ、足下は草履サンダル。
サイドが派手に跳ね上がった総白髪にアイパッチ……この奇抜な老人は、どうやら何か訳を知っていそうだ。
光がそんなことを考えていると、早くも次のセクハラ被害が出始めていた。
「やあぁぁーっ! おじいちゃんっ、スカートの下から出てこないでくださーい!」
「ウヘヘ白のクマぱんか…、まあ老後の楽しみぢゃ許、げふっ!」
「柳ぃ!
ぶっ殺すぞジジイ、何しに来たんぢゃあ!」
「何が老後だ、成仏するより地獄に行け!」
烈火と水鏡に袋叩きにされる虚空に、走り寄る光。
「ちょっ、痴漢だからってお年寄り蹴るのは駄目だって!
「おー痛、こやつらは遠慮がないわい。
ありがとう、心優しき青年よ。ワシは虚空、魔導具造りとオナゴ観察が趣味のナイスガイぢゃ!タダでオサワリとは言わん、お主らにこれを。」
「てめーはオサワリが挨拶じゃねーか!
え、これ【風神】!?
【鬼の爪】に【深慮伸刀】まで─!」
怒り心頭の風子だったが、虚空が取り出したものを見て表情を変える。
コト、コトリ…次々と置かれていく魔導具達。
水鏡の【閻水】、土門の【土星の輪】【嘴王】【鉄丸】【藏王】そして、烈火の手甲。
役目を終えたはずの『戦友』との再会に、全員目を見開き固唾を飲む。
次に口を開いたのは光だった。
「これ! 夢に出てきた変な武器だ!」
「左様。お主『光』と言ったな。
朱雀星君殿にお主の夢枕で呼び掛けて貰ったのは、このワシら『八竜』なのじゃ。」
「は、はちりゅうて何だよ? でも確かに、俺の夢に出てきた花火工場は本当にあった訳だし。
あと変な武器と字が入った玉もちゃんと出てきた。
それじゃあ残りの、腕から炎って──!」
非現実的な出来事ばかりが続いて、光の脳天は早くも悲鳴を上げ始めていた。
「光さん。あなたの夢のお話を要約すると。
八竜とこの世界の守り神の『スザクセイクン』の夢枕のお告げがあって、烈火や僕達魔導具使いを訪ねて来た。するとそれが全て真実だった。それでいいかな。」
「そ、それそれ!ありがとう、助かったよ!」
「ふぅ…一度頭の中で状況を整理出来ないですか。」
こんな時、水鏡の冷静さは助け舟になる。容赦ないツッコミに大量の棘が含まれているのだが。
そこへ烈火もやって来て話に加わる。
「オレぁ難しい話は分かんねんだけどよ。ジジイも何かあるからオレらを呼んだんだろ?
おい八竜!もっかい力貸せや─!」
そう言ったかと思えばふと姿を消してしまった。
「花菱君?さっきまでここにいたのに?!」
「大丈夫です。烈火は強くなりに行ったんです。」
その数十分後、何故か全身ボロボロの烈火が帰ってきた。
【崩】【砕】【焔】【円】【塁】【刹】……
腕に何やら文字が浮かんでいる。
「喧嘩か?…タトゥー彫った?」
「ちっがーう、まだ見せらんねーけど、これはオレの力ぢゃ!火影忍軍七代目頭首・花菱烈火!
助太刀すんぜ、ピカリン!」
「(え、俺ぴかりん?)よ、宜しく花菱くん…」
「烈火でいーよ。オレら今から仲間だべ?」
右手に手甲を嵌めながらニカッと白い歯を見せて笑う。
「烈火、痛くない?はやく治さなきゃ!」
柳が烈火の傷に手をかざすと、淡い光を放ちながら癒えていく。
「ヒーリング能力?!漫画でしか見たことねー」
続いて風子・土門も輪に入る。
「はーい、霧沢風子ちゃんでーす! セクシー格闘美少女野郎だv」
「石島土門だ。愛とセーギのパワーファイターってとこかな。次、ピカリンな!」
土門に肩を叩かれ、光もおずおずと自己紹介を始めた。
「俺は宿南光、20歳の大学生。好きなのは食べる事と貯金とスポーツ、かな…なんか普通で悪いけどさ。」
普通、か…。それにしても、と光は火影の面々をそれぞれ見比べてみる。
「んー。
(…烈火は潜在能力未知数だし、水鏡君や風子ちゃんも相当戦い慣れてる気がする。土門君は…もーガタイだけでも才能じゃねーか。
柳ちゃんは戦闘出来ないけど回復系使えるし…。
あれ?
俺一人ただの人だし!人間じゃない敵とか出てきたらやばいっしょ。うわぁ~。)」
気後れして目線を移すと、柳と目が合い、反らそうとしたのにじっと見つめ返されてしまった。
「あれ―。なんでだろ、光さんってこっちの世界の人みたい。 ごめんなさい、変なこと言っちゃって。」
「あ、あーいいって、そんなの。(このコ、侮れねえ! )」
「湿気たツラしとるのう、光。お前さんせっかく大人になったんぢゃ、ワシとキレイなおねーちゃんのいるところでスッキリ…」
「結構です!俺彼女います!」
「そんじゃま気晴らしに紅南国の宮殿でも行ってこーい。」
「…マトモな用件なら喜んで。」
不安と劣等感は拭えないが、とりあえず先に進んでみよう。
虚空のお下劣な軽口をかわしつつ、小さな決意を固める光であった。
ところが。
「水を差すようで悪いが…あまり長い距離は歩けない。光さん以外、全員靴を履いていないんだ」
水鏡の一言に全員が固まる。
火影一向は本に吸い込まれた時に屋内に居たため、花菱家に靴を忘れて来ている。
姿こそ間抜けだか不可抗力、そして深刻だ。
「大丈夫、そんなんどーにかなるべや!裸足案外痛くねーぞ!」
烈火は既に真っ黒に汚れた足の裏を指差した。
「お前やゴリラと猿はどうにでもなるだろうが、柳さんの足が…ぐぇっ?!」
「今度こそ三沢エルボー!レディは二人いるだろーが!!
罰としておんぶしろアホみー!」
「風子、おんぶならオレが!」
「行こうよ、ガマンしたら大丈夫だと思うよ?」
「俺のせいでこんな…ごめん、本当にごめん!
俺の靴でよかったら使ってくれ…うぅ…」
騒ぎ立てる青少年たちを見て、虚空はぼそっと言い放つ。
「…アホじゃのー、助けを呼べばええのに。」
「助け…そうだ、母さんの話だと…こんな時には…」
「お、何か思いついたんか、ピカリン?」
それぞれ意見を交換してみてはいるが、意外に難しい問題である。
この平成の世の日本ですら無一文の異邦人に、無料で靴をくれる者はそうはいない。ましてや自給自足に近い文明のこの世界では…。
「チチリ・チチリ・チチリ…頼む、来てくれ『チチリ』…」
「遂に宇宙との交信? ピカリンショックすぎて頭おかしくなったんか?」
座り込んでひたすら『チチリ』と唱え続ける光は、当然だが変な人だ。
「お前程じゃないと思うぜ、モヒカンゴリラ」
「土門くん、風子ちゃん、しーっ。チリチリさん来てくれないよ。」
「…オイラはチリチリさんじゃないのだ…」
後ろから突然聞こえた声に土門・風子・柳が振り向くと、不思議な出で立ちの青年が真後ろに立っていた。
「すっげ─、宇宙人!
どっから来たんだ、ニホンゴワカリマスカァ?ヘロー?
あ、後でサインくれ!」
謎の人物・『チチリ』に烈火は興味津々だ。
「へー、宇宙人って案外あたしらとおんなじ指5本なんだな―。」
「オスみてーだな。オレぁどーせならこうボインボインのメスが良かったぜぃ」
土門や風子も無遠慮に至近距離で観察している。
「あの。君たち、もういいのだ…?」
困惑しているチチリを見て水鏡が烈火達を制する。
「どうぞ、続けて下さい。」
「オイラは朱雀七星士が一人、七星名を【井宿】(ちちり)と申しますのだ。
朱雀の神座宝と新生火影忍軍をお迎えに上がりましたのだ。」
「あの!シチセイメイってなんですか?」
「星の名前さ。あれは本名じゃないんだ。
彼らは体のどこかにその星の名前が字になって浮き出るんだ。それが7人いて、井宿さんはその中の一人なんだ。」
柳の質問に光が口を挟む。
「そう言えば、貴方は朱雀と言っていた。占いに出てくる方角の守護神だな。
玄武・青龍・白虎…七星士は他にもいるのでは?」
「それじゃあいっぺんに七星士さんが出てきたら28人だね!」
水鏡や柳の応答に、井宿はそっと目を細めた。
烈火達は訳が分からずポカンとしている。
「答えることがなくなっちゃったのだ。君たちは中々切れ者なのだ。
さあ、そちらのお三方も。みんな、準備はいいのだ?
宮殿に向かうのだ!」
そう言って、井宿は肩から下げていた袈裟を地面にふわりと広げた。そして風呂敷のように6人を包んで浮き上がる。
「あ! 待って!虚空さん、俺達が異世界に呼ばれた理由は何なんですか?! これ、一番大事じゃないっすか!」
光は必死に最後の質問を投げ掛ける。
「それはもう言うまでもなく、王道の中の王道ぢゃ。」
「世界を救って…てか?」
「健闘を祈る!あでおす!」
そう言い残して虚空は烈火の腕へと飛び込み、【虚】の一文字を残して姿を消した。
「なんじゃそりゃ───ッ!」
空間移動の衝撃でもみくちゃにされながら、またしても虚しい絶叫をせずにはいられない光であった。