冬虫夏草   作:鈴木_

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02 緒方

先生が再婚を考え、そしてその相手がアキラと同じ歳の少女というところまではなんとか理解することができた。

だが、しかし何故彼女なのかが理解できない。

はじめに再婚話を切り出されて、相手が普通ではないと直感したのは確かだ。

この10年、碁だけに生きてきた男を陥落させた女。

そして直感の通り、普通では考えられない相手が出てきた。

予想外そのもの。

下手な美人や口が達者な十人並みが出てくるより衝撃だった。

 

 

法律ギリギリの16歳の美少女。

 

自分ですら付き合う相手は面倒の少ない二十歳以上のボーダーを引いているのに、これまで一切女の気配が無かった50後半に差し掛かりかけた男が、16の少女に手を出すとは。

一見して犯罪だろう。

誰が見たって絶対そう誤解する。

しかし、勝負していたわけでもないのに、酷く負けた気分になるのは何故だ?

これは男としての沽券が自分にそう感じさせているだけなのか?

オレのボーダーラインも16歳に下げろということなのか?

もしかして今度の十段戦の挑戦者になった俺への盤外戦だったりすることはないよな?

だとすれば、塔矢先生は間違いなく桑原のクソジジイより狸ということになる。

 

落ち着け自分と、何度も言い聞かせ、大きく深呼吸をしてから、勤めて丁寧に

 

「お2人はいったいどちらでお会いになられたんですか?不躾とは自分自身思うのですが、先生とお嬢さんが出会うようなどんな機会があったのか、私などには全く想像つかなくてですね。差し支えなければ教えていただけないでしょうか?」

 

 

「オレっじゃなくて、私が、公園で小石を摘んでねっ、碁石を打つ練習をしてたら、石が指からすっぽ抜けちゃって、その石が塔矢先生に当たっちゃったんだっ」

 

質問したのは塔矢先生に対してだったが、先生ではなく進藤ヒカルと紹介された少女がしどろもどろに出会いを話しだした。

 

「偶然通りかかった公園で、まさか額に小石が飛んでくるとは思わなかったよ」

 

少女が話すその光景を思い出したのか、嬉し懐かしそうに先生は語る。

それはそうだろう。

誰が公園を通りかかって小石が額に直撃することを予測できただろうか。

だが、彼女の方も大の大人の額に石を直撃させるほど、どんな持ち方と打ち方をしたのか疑問に思える。

 

「それですっごい謝って、碁石を打つ練習してたって説明したら、先生が碁会所連れてってくれて、石の持ち方とか丁寧に教えてくれたんだよ」

 

少女も先生に釣られてか嬉しそうに話しを続ける。

なんだろう、このノロケを聞かされている気分は。

 

「はぁ……(5冠のタイトルホルダーの)先生が(女の子に手取り足取り)石の持ち方をですか、お優しいですね」

 

「うんっ、そしたら、先生の教え方すっごく上手で、私もすぐ石を打てるようになって、せっかく碁会所入ったんだし持ち方を忘れないうちにって一局打つことになったんだけど、石が打てるようになったのが嬉しくて、つい先生に勝っちゃったんだよね~」

 

「え?お父さんに勝ったんですか?」

 

反応したのは父親が16歳の少女の再婚話に魂を飛ばしていたアキラだった。

自分も一瞬聞き間違いかと思ったが、アキラもそう聞こえたらしい。

少女が名人である塔矢先生に勝ったのだと。

 

しかし、塔矢先生は笑顔で肯定し、

 

「ああ。見事にコテンパンにされてしまった」

「コテンパ……?」

塔矢先生がこんな、……再婚相手とはいえ、16歳の少女にコテンパン?

「まさか、負けるとは思ってなかったから衝撃でね。その場でプロポーズしたんだ」

「その場でプロポーズ!?」

なんて手が早いッ!!

「って!君もすぐプロポーズOKしたのか!?」

「まさか!でも私が打った中で一番先生が強かったし、先生すっごくカッコイイし優しいし、一緒に歩くとねっ、周りの人がみんな先生に注目するんだよ!」

 

顔の前で両手をブンブン振って否定しながらも、少女は最後はやはり塔矢先生を見てへにゃりと微笑む。

それはそうだろう。

けれど、その注目を集める理由は塔矢先生だけでなく彼女にも原因があるだろう。

ただでさえ何も知らない群集の中にあっても塔矢行洋の放つ雰囲気は異彩を放ちって近寄りがたいのに、その隣にこんな美少女が隣にいれば、誰だって目がいく。

 

しかも自分の聞き間違いではなければ、この少女は塔矢先生がカッコイイと言っていた。

もしやこの子は、ちまたで聞くところの枯れ専という類なのだろうか。

同じ年頃の異性には全く興味がなく、男の盛りを過ぎた、ちょっと哀愁漂う男性に惹かれるとかいう。

 

なんて勿体無い!

ストライクゾーンを自ら狭めてどうする!?

人生はまだまだ長いんだぞ!?

 

「だから別にいいかなって。でもすぐに私なんかが先生と結婚するのは気が引けちゃって、先生が自分に碁で勝てたらいいよってことになったんだよね」と笑顔の少女。

「うむ。あれから1年かけて先日ようやく勝つことができ、無事プロポーズを受けてもらえた」

「一年?さっきから気になっていたんですが……先生が一年がかりになるほど、彼女は碁が強いのですか?プロではないですよね?」

 

こんな美少女がプロになっていればそれだけで話題になって騒がれているだろうに、そんな噂は一度も聞いたことがない。

「ネットのsaiと言えば分かるかな、アキラも以前対局しただろう?彼女がsaiだ」

「saiッ!?彼女が!?本当に!?」

 

行洋が口にした名前に、思わず前のめりになってしまった。

saiといえば4年前の夏にネット碁に現われて以来、日中韓のプロ棋士相手にも蹴散らし連戦連勝無敗の正体不明の棋士の名前だ。

それがこの少女だというのだろうか!?

どんな皺が寄った老いぼれ爺かと想像していたのに、全く違うし、こんな少女があんな洗練された碁を打つのか!?

言ったのが塔矢先生でなければ、絶対信じなかっただろう。

以前、saiと打ったことのあるアキラなどは、絶句して何も言えなくなっている。

「えへ」

「君はこれからプロになる気は!?」

 

照れたように微笑む少女に早口で問うと

「全然」

あっさり否定された。

「そんなにつよいのに!?」

 

「強かったら絶対プロにならないといけないわけでもないんでしょ?別にプロにならなくても碁は打てるから。石持てなくてもネット碁だって打てたよ」

「しかし……」

 

「それに私までプロになったら、生活がすれ違いして先生とあんまり打てなくなるんだよね? プロの人って地方に行ったりとかするみたいだし」

「地方対局は確かにあるが、塔矢先生以外にもたくさんの、海外のプロ棋士とだって打てるんだよ?」

なおも食い下がった自分に、少女はさもそれが当然で、考える必要もないと言わんばかりに、

「いいの。塔矢先生と打つのが一番楽しいし好き。だからプロになんかならなくていいの。先生と一緒がいい」

と言って、塔矢先生を見やる。

先生も先生で、少女の答えがまんざらでもないのは、無言の中にも眼差しが穏やかになっていることから伝わってくる。

まぁ、その気持ちは分かる。

世界より自分1人を選んでくれたんだ。

こんな美少女にそこまで一途に想われて嬉しくない男はいない。

すっかり2人の世界が構築されてますね。

ああ、また負けた気分に……。

いやいや、まだ俺は負けていない。

結婚といえば、避けては通れないハードルがあるではないか!

「ち、ちなみに……ヒカルさんと呼べばいいのかな?」

「あ、ヒカルでいいです。さん付けってこそばゆいし」

「じゃあ、ヒカルのご両親は塔矢先生とのご結婚はすでに承知して?」

 

これが結婚するときの最大の難関だ。

いくら自分達がよくても、その家族までよいとは限らない。

ここで、すでに先生にヨセを決められ負けが決定しているアキラは除く。(役立たずがっ!!)

「うん!ウチのじいちゃんが先生の大ファンでね、あとお父さんとお母さんも私がいいなら結婚すればって。なんか、私がまだ赤ちゃんの頃、どっかの占い師さんが私見て、『この子は将来玉の輿だ』って言ったみたいで、先生を紹介したら、このことだったんだな~って納得してた。それに塔矢先生なら安心だって」

自分の娘の結婚なのに、なんて暢気な!

そんなインチキ占いを納得するんじゃない!

それでも年収一億超える人と結婚できれば、玉の輿と言えば玉の輿なんだろうが、その結婚相手はもうすぐ還暦だ!!

 


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