冬虫夏草   作:鈴木_

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09 芦原

「緒方さん、……何でそんなに行く気満々なんですか?」

 

公式手合があるわけでもなく、囲碁関係の仕事でもない。

それなのに、いつもの白スーツを着込んで、みなぎるそのオーラは天敵桑原先生と対局するとき並みですよ……。

 

「何言っている、芦原。これが気合を入れずにいられるか」

 

「気合って、たかだかヒカルちゃんの高校の文化祭じゃないですかー」

 

「たかだかだと?甘いな、よく考えろ。ヒカルの通う高校は”女子高”だ!普通なら決して男が足を踏み入れることができない禁断の園!これで気合いが入らんヤツは男じゃない!」

 

他の歩行者がいる歩道で熱弁するこの姿を、棋院の関係者に見せたら、すっごい引くんだろーなー。

一見すると緒方さんって、クールな印象を受けがちで、本人もクールなつもりだけど、実際はかなりケンカっ早いし、思ってることが顔に出やすい。

 

 

それに緒方さんは知らないんだろうけれど、子供向けのイベントに必ず率先して参加するから、女流棋士の皆さんから影で『ロリコン』って呼ばれているんだよね。(だからって面白いから教えあげる気もないんだケド)

こうして女子高に現われたことが知れたら、彼女達になんて言われるんだろう。

 

でも、緒方さんが言うように、確かに男として『女子高』という響きに俺自身も惹かれるのは事実だ。

思春期の女の子たちが、全面、百合の花をバックに、きゃぴきゃぴうふふふな学校生活をおくる場所。

その男子禁制の女子高に入れる数少ない機会を逃す手はない!!

文化祭といっても共学のように、誰でも校内に入れはしないのだ!!

 

学校側から各生徒に配られる家族チケットがないと入れない。

チケットがないのに不埒にも校門を突破しようとする男どもは、校門のところで待ち構え、体育界系ハンマー投げ選手のような体格した女性に、簡単に放り投げられる運命が待ち構えている。

自分の子供さんの文化祭が重なったからって、俺にチケット譲ってくれたカヨさんに祈るほど感謝だ!!

 

「ところで、緒方さんは家族チケット持ってるんですか?チケットないと入れませんよ?俺はカヨさんに譲ってもらったチケットがありますけどね」

 

フフフン、と自慢げに内ポケットから家族チケットを取り出し、ピラピラ見せびらかす。

 

 

「それくらい俺が持っていないとでも?」

 

緒方さんに鼻で笑われた。

そして同じくウチポケットから家族チケットが出現。

 

「どうやって手に入れたんですか!?ソレ!!アキラくんから強引に奪ったんじゃ!」

 

「そんな真似するか。これは塔矢先生から頂いたんだ」

 

「塔矢先生から!?」

 

意外というか、何がどうしたら!?塔矢先生を相手にどんな口八丁手八丁使えばチケットを手に入れられるのか、俺にはさっぱり予想もできない!

すごいよ、緒方さん!!

ただのロリコンじゃなかったんだね!

緒方さんの見方が変わたよ!!

 

「先生は地方対局で今日までいない。だからせっかくのチケットを無駄にするのはもったいないから、先生の代わりに俺が行きましょうかと話を持っていったんだ」

 

「うわー、モノは言いようって、こういうことを言うんですね」

 

「見直したか」

 

いえいえ、逆です。

そんな胸張られても、自分の兄弟子ながら、呆れてモノもいえません。

 

「よし!芦原行くぞ!」

 

「はいはい、行きましょうね」

 

校門のところで、見張りの体育会系教師に思いっきり不審がられた視線を向けられたけれど、チケットは本物だからね。

文句は言わせない!(たとえ、連れが怪しい白スーツでも!!)

堂々と門をくぐりますよ。

 

「ここが女子高かー。なんか空気自体もフローラルな香りがしてる気が……」

 

「コロンと、清感スプレーだな」

 

緒方さんも同じことを思ったらしい。

クンクンと鼻で空気を吸うと、やっぱりさわやかフローラルだ。

以前、中学の頃の友人が進学した男子校の文化祭に行ったことがあったけれど、あのときは逆に食い物とムサイ汗の臭いしかしなかった。

それなのに、ここはすごくさわやかな香りと、甘い香りは焼き菓子とかの甘い香りかな。

本当に俺は今女子高にいるんだ……

 

(女子高生の)姿はなくとも空気が違う!!

女子高最高!!

 

校舎に近づけば、ちらほらと女子高生の姿が。

生徒の家族というには少々毛色の違う自分達(特に緒方さんの怪しい白スーツ)の姿に、微かに首をかしげ、視線が合うと恥ずかしいように逃げていってしまう。

ああ……本当に来て良かった……。

 

軽く見て回れば、クラスごとに展示物や出し物をしているところ、お化け屋敷からお化けらしい着グルミ着た子が汗をかいて出てきたのは面白かった。

 

「ちっ、どれもガキくさいな……」

 

小さな声だったけれど、緒方さんの愚痴を俺はしっかり聞き捉えましたよ……

 

「何を期待していたんですか……。ガキくさいって、高校生ならこんなもんでしょ?」

 

「これくらいの年頃なら、もう少し色気があってもいいんじゃないか?なんというか、本当に乳臭いというか、……(付き合うのは)面倒だな、ダメだ……」

 

「緒方さんに女子高生は絶対無理ですね。キレる姿が簡単に想像できるのでやめてください」

 

しかもキレたついでに俺に八つ当たりする流れも予測できます。

ヒカルちゃんと結婚した塔矢先生に変な対抗意識燃やしてるんだろうけど、人にはそれぞれ向き不向きがあると思いますよ?

 

 

「ホントだ!不審人物が紛れてる!」

 

後ろから聞き覚えのあって、しかもそれは聞き捨てならないよ、ヒカルちゃん……。

不審人物だなんて……。

探す手間は省けて嬉しいんだけど、もっと他に言いようがあると思うよ?

振り向いた先にはこの前着ていたメイド服。

プラス黒ぶちメガネの小道具。

 

「変なことを言うんじゃない、ヒカル」

 

 

「何で緒方さん白スーツなの?対局でもあった?ていうか、何でココに2人がいるの?家族チケットは?」

 

矢継ぎ早にヒカルちゃんが緒方さんに畳み掛ける。

しかもその質問はどれも的を得ているからすごい。

 

「カヨさんが子供の文化祭の重なって来れないからって俺にチケット譲ってくれたんだよ。それで緒方さんは……」

 

「塔矢先生が地方対局で来れないから、俺が代わりだ」

 

「えぇー……緒方さんが、先生の代わり………」

 

「その見るからに落胆するんじゃない。無駄になるチケットを俺が有効利用してやってるんだろうが」

 

 

上から目線の緒方さんだけど、ヒカルちゃんの不平不満の方が俺はわかるかな。

塔矢先生と緒方さんを比べれば、ヒカルちゃんの反応が理解できるよ……。

 

「で、どこだ、お前のクラスは。メイド喫茶してるんだろ?」

 

「うん!こっち!」

 

手招きするヒカルちゃんの後をついていくと、窓を白のレースで飾られた教室が現われる。

中には可愛いメイドさんがいぱーい。

メイド喫茶に行ったことがないし、雑誌でしか見たことないけれど、俺は思う。

これは16歳に限られた女の子しかいないメイドだから、さらに花園度が増しているんだと!!

 

「お客さん連れてきた」

 

「ヒカル、その人たち囲碁関係の人?」

 

「そ。塔矢先生の弟子の人達だよ。2人ともプロなんだ」

 

いきなりスーツな大人2人を連れてきたヒカルちゃんに、他のメイドの子が尋ねてきたので軽く頭を下げて笑顔もトッピング。

それに気付いて、あっちも軽く頭を下げて『いらっしゃいませ』って可愛らしい声でお招きしてくれた。

 

「席はこっちでいいかな?飲み物はコーヒーとアイスティーとオレンジジュースのどれか。一緒にクッキーがついてくるから」

 

「コーヒー」と一言だけ緒方さん。

 

「じゃ、俺はアイスティー」

 

「かしこまりました」

 

ペコリと頭を下げて向こうに行くヒカルちゃんの後姿を見送ってから、窓から校庭に視線をやる。

体育を受ける生徒の姿を、外部からカットするためか知らないけれど、この女子高の校舎は中心に校庭があって、その校庭を四方取り囲むように校舎がある。

その囲まれた運動場でも、屋台や出し物があって、生徒と校門をくぐりぬけれた一般人が騒いでいる姿が至るところに見られた。

 

膝上スカートな女の子もいるし、ハーフパンツだけど見ることも希少な体育着姿の女の子も。

中には何かのコスプレをしている子なんかもいて、自然に顔の筋肉がゆるんじゃうよ。

来てほんと良かった!

 

 

「鼻の下、伸びてるよ?」

 

「えっ!?」

 

鋭いツッコミと共に、机の上に注文したコーヒーとアイスティー、そしてクッキー数種類が置かれる。

 

「もうっ!2人とも!やらしいなぁ!ただでさえ囲碁マイナーなのに、他の子に変なイメージ与えないでよ!」

 

「馬鹿言え。俺がいつ鼻の下伸ばした?」

 

平静のフリしてヒカルちゃんが持ってきてくれたアイスコーヒーに緒方さんが口をつける。

 

「今。さっきの視線は絶対品定めしてた。だから緒方さん、皆からロリコンって言われるんだよ」

 

ゲッ……。

なんてことを、ヒカルちゃん……。

 

「……ほぅ?誰がロリコンだと?」

 

眉間に血管を浮かべた緒方さんがメガネの位置を正す。

緒方さんがメガネを触るときって、動揺を隠す他にも、込み上げる怒りを抑えているパターンがあるんだよね。

さっきのはまず後者だろうけど、なんで緒方さん、そこで俺を見るんですか?

ロリコンって言ったのはヒカルちゃんですよー?

 

「芦原、何故目をそらす?」

 

「いえ、校庭に可愛い子がいてですね……」

 

「お前知ってたな?あとで、じっくり聞いてやる」

 

ハハハハ……。

怖いなぁ、緒方さん……。

 

「今日は完全にメイドだけか?ここには囲碁部とかないのか?」

 

「さすがに女子高で囲碁部はないよ。緒方さん、碁の指導ついでに女の子と仲良くできたらとか思ってたでしょ?」

 

「芦原がな」

 

「ちょっ!緒方さん!!」

 

滑らかに濡れ衣着せないでください!!

 

 

「2人とも校内で変なことしないでよ?それじゃごゆっくり」

 

そういい残してヒカルちゃんは裏方に戻ったけれど……。

緒方さん、分かっているけどひどい。

 

そこに、

 

「失礼する」

 

「塔矢先生ッ!?」

 

「ああ、君たちも来ていたのか」

 

着ていたのかって、羽織袴姿で本当に自然に何で塔矢先生がここにいるんですか!?

地方の対局はどうされたんですか!?

まさかヒカルちゃんの文化祭を見たくてサボったなんてことは……ないだろうけど。

 

 

「塔矢先生、ではごゆっくり」

 

先生をこのクラスにまで案内してきたらしい細身でキツイメガネをかけた女性教師が、笑顔で頭を下げてクラスを出て行く。

緒方さんの俺が校内を回っていても、何もしてないのに見回りの女性教師の方から、そんな友好的な態度は取ってくれなかったのに……。

むしろ、さっさと学校から出て行けと言わんかのような冷たい視線しか向けられなかったのに……。

 

「今日まで岐阜ではなかったのですか?いつこちらにお戻りに?」

 

緒方さんが椅子をずらし、塔矢先生の席を作るので、俺は緒方さんのコーヒーをずらす。

 

「さっきだよ。対局は昨日で終わっているからね。朝のうちに出て、そのままこっちに立ち寄った」

 

「しかし、……先生は家族チケットお持ちでないですよね?どうして校内に入れた……」と緒方さん。

 

「校門に立っていらした女性の教師の方がなぜか私のことを知っていてね、快く通してくれたよ。」

 

「……はぁ、そうですか」

 

さすが塔矢先生。

五十路男と女子高生の結婚報道ですっかり有名人。

ノーチケットなVIP待遇。

 

塔矢先生との差を感じるなぁ……分かってるけどさ。

 

と、思いっきり強く教室の戸が開かれ、お帰り、ヒカルちゃん。

漫画の中なら『スパーン!』って効果音が挿入されてるな。

ただ、そのメイド服はミニスカートなんだから、気をつけないとパンツ見えるからね?

 

「先生ッ!?来てくれたの!?戻るの明日って!」

 

裏から全力で戻ってきたんだろう。

息を乱れさせている。

 

「ただいま、ヒカル」

 

「お帰りなさい!!」

 

メイドさんがお客様(先生)に大歓迎・全力ハグ中です。

これって別の子でいいから、『メイドさんからハグ』メニューとかないのかな?

 

「先生飲み物何にする?アイスコーヒーとアイスティー、それとオレンジジュース」

 

「緑茶は?」

 

「分かった!ないけどどっかから持ってくる!!」

 

無いのに持ってくるのか。

どこから先生の好む熱い緑茶を強奪してくるんだか。

そしてヒカルちゃんが去ったあとに、違うメイドさんが3名、この机にやってきて、

 

「あっ、あのっヒカルの旦那様ですよね?塔矢行洋先生?」

 

「そうだが、君たちはヒカルのクラスメイトかな?」

 

「はい!!いつもヒカルから先生のお話聞いてます!ヒカルってばいつも塔矢先生がカッコイイとか先生の自慢ばかりしてるんですよ!この文化祭の準備をみんなでしているときも、塔矢先生の対局を携帯ワンセグでこっそり見ながらしてて先生に注意されたり!」

 

「こちらこそ、ヒカルと仲良くしてくれてありがとう」

 

ニコリと笑うわけでもなく、頭を下げるわけでもなく、塔矢先生は姿勢を正したまま静かに瞼を伏せただけなのに

 

「「「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」」」

 

この黄色い歓声は何ですか?

この女子高は枯れ専の女の子ばっかりだとか?

そうなると緒方さんや俺の入りこむ隙がないんだけど。

 

囲碁の棋士はいつから女子高生にキャーキャー言われるほど人気になったんだろう。

これでバレンタインに塔矢先生宛てのチョコが棋院に大量に届いたりなんかしたら、若いやつらは最高に落ち込んでしまいそうだ。

 

「今度の名人戦も頑張ってください!応援してます!」

 

そう言ってから、塔矢先生とメイドさん3人で写メ取って(カメラマンはやっぱり俺だし……)満足げに戻っていく。

確かに今の季節は名人戦だけど、何で囲碁を全く知らなそーな女の子がそんなコアなことを知っているのか。

ヒカルちゃんあたりが話しているのかな。

何気にクラスの外から、野次馬らしき人影が数人中をうかがってるよーな。

 

俺も女子高生からこんな風に応援されたら頑張って予選なんか楽々勝ちあがっちゃうのに。

誰か俺のファンになってくれないかなー。

 

「先生!お茶持ってきた!!」

 

お盆に湯のみ、熱いお茶が入っているだろう急須、そしてクッキーじゃなく数種類が盛られた煎餅。

明らかに俺たちのメニューとは違うよ、ヒカルちゃん。

どこの職員室から強奪してきたんだい……?

 

「これは……ヒカルが焼いたクッキーは?」

「ッ!!待ってて!すぐ持ってくる!」

あー、さりげなく2人のイチャつきを見せ付けられましたよ、こんちくしょー。

当初に比べて慣れたつもりだけど、完全に無ダメージでスルーするのはまだまだ先が遠いです。

軽くお茶した後は、クラスの担任と塔矢先生が軽く話をして、校内をヒカルちゃんが(先生と手を繋ぎながら)案内して、岐阜から戻ったばかりで疲れているだろうからって3時前には学校を後にしたけれど。

塔矢先生を緒方さんが車で送った帰り、

「緒方さん……」

「言うな、芦原」

「だって……」

「だってじゃないっ!泣き言は対局にぶつけてから言え!」

それは分かってるけどさ!!

「塔矢先生なんであんなに女子高生に人気なんですかー!?おかしいでしょ!?いくらタイトルホルダーって言っても、囲碁人口は年配層が8割占めてるんですよ!?その中で若い女の子なんて一握り!それなのに塔矢先生ばっかり!!」

両手どころか四方八方に女子高生がわんさかと!!

校内を見学して回る塔矢先生の後ろには、女の子の列がずーらずら。

男は歳じゃない?内面?外見?いやいや、若い女の子の好みがさっぱり理解できないよ!!

それとも囲碁界っていう狭い世界にいる所為で、世間一般から俺が外れているとか?

禁断の園(女子高)に入れたことは嬉しいけれど、結果としては酷く打ちのめされた一日となりました。

 


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