ALIVE of infinity   作:ヨツムン

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2話目ですがプロローグです。アキラ視点の話となります。


プロローグ-Ⅱ「汚れた現代《いま》」

時は数週間前に遡る。

 

 

 

 

たい焼き屋の朝は早い。材料の仕込み、屋台の立ち上げ、調理器具の準備ともなれば開店の1時間以上前には用意を始めなければならない。開店時刻の午前9時に店を開けるには遅くとも7時半には市民公園で準備を始める必要がある。

しかし、唯一の店主アキラが公園に到着した時、時計の針は8時と30分を指していた。大遅刻である。

 

(いっけねえ、俺ともあろうがとんだ寝坊したもんだぜ)

 

作業スピードを普段の倍以上に早め、今日も来るであろう客人の姿を思い浮かべる。

田所アキラの経営するたい焼き屋は先代から受け継がれ早10年、過去も現在も老若男女問わず人気の名店だった。

 

(いかんな……もう来たか)

 

開店時刻前にも関わらず、屋台の暖簾の前には数人の人だかりができている。そのほとんどが顔見知りであり、常連客が開店前に並ぶのはいつもの光景である。

 

「ちょっとぉ、今日ずいぶん遅いんじゃない?」

「アキラ兄ちゃーん、早くしてよぉ」

「今日会社に持ってくんだからさー」

 

いくら優れた味の名店だからといって、何年も通い詰めになれば常連の態度も変わる。

 

「あ……あいよッ!」

 

しかし店側から見れば客は客。ぶつくさ文句を言われながらも手を緩めるわけにはいかない。

 

「よし、開店ッ!」

 

アキラが準備を終えた時刻は本来の予定を10分ほどオーバー。その頃になると人だかりは一層大きくなり、見慣れない顔ぶれもちらほら出てくる。

 

「ちょ〜だ〜いな」

「あいよッ! 1000円ね」

「値上がりした? ま、いっか」

 

アキラからたい焼きを受け取ると女性客は鼻歌を歌いながら屋台を後にする。

この店のたい焼きには決まった値段が存在しない。「客見て商売しろ」という先代の教えを忠実に守るアキラの経営方針だからであるが、それでも客足が減らないどころか伸び続けるのは永遠の謎である。

 

アキラの焼くたい焼きはその後も飛ぶように売れ続けた。しかし2時間、3時間と経過すれば客の数もまばらになり少しは作業にも余裕ができる。

 

(ふー、とりあえず午前はこんなもんかな。あと午後の分の餡子買いに行かねえと)

 

暖簾を畳み、一息つく。慌ただしく準備したためか、今日は普段より忙しく感じられた。

「ちょ〜だ〜いな」

「あいよ、 これ最後の1コだからね。午前はおしまいだよ」

 

屋台を畳もうとしたアキラの前に、紫色の髪をした見慣れない女性が姿を現した。

胸元の大きく開いたエプロンとも似つかない服装と、兎の耳を彷彿とさせる頭部に装着された2本の奇怪な延べ棒。明らかにこれまで出会ったことのない人種だ。

(初めて見る客だな)

 

元より記憶力は人並みのアキラだったが、幼少期より内在する読心の能力を用いれば、こちらに面識があるかどうか瞬時に判断することは可能であった。かつてはそれが無用な諍いのタネになったこともあり、以後他人の心から読み解く内容は必要最低限のものにしている。

(たい焼き屋の経営に於いて読み解くべき内容はただ一つ……「このたい焼きにいくらの値を付けるか」。これに尽きる)

 

つまるところ、アキラの読心能力はほぼほぼ客の経済力を測る用途にしか使われていない。

 

「1万円ね」

「ありがと!」

 

女性は一切表情を変えずポケットから諭吉を取り出した。

 

(珍しいもんだ)

 

アキラは一瞬だけ心を読み取ったが、どうやらこの女性の金銭感覚はとうの昔に崩壊しているらしい。

 

「うん、オイシイ。こないだ中国で食べたももまんといい勝負だね」

 

女性は近くのベンチに腰掛けたい焼きを嬉しそうに頬張る。どうやらすぐに立ち去る様子ではない。

 

『初めまして。ブリキ大王のパイロット君』

「ッ!」

 

アキラの中に声が響いた。発信元は目の前のたい焼きを頬張るこの女である。

だが、本人は未だたい焼きを咀嚼しており流暢に話せる状態ではない。

 

(なんのつもりだこの女……、心の中で発声していやがる)

 

アキラの持つ読心能力はその便利さゆえ、逆手に取れば発声せずとも会話を可能にする。しかしそれは、アキラの能力を完全に理解した他人以外には不可能だ。ましてやアキラと面識のない人間ができる芸当ではない。

 

「あんた……一体何者だ? ブリキ大王を知ってるみたいだし、ただの客じゃねえな」

「へえ、田所アキラの読心能力……情報通りだね。すごいや」

 

たい焼きを平らげた女はにへら、と緊張感のない声で微笑む。殺気こそ読み取れないが、正体不明の相手にアキラは咄嗟に身構えた。

 

「私は篠ノ之束。天才科学者だよ」

 

束と名乗ったその女は、たい焼きの包み紙をゴミ箱に放り投げると両手を上げて敵意のないことをアピールした。

_______________________________________

 

ブリキ大王--その正体は古代バビロニアの遺産(ロストテクノロジー)であり、先の戦い「クルセイダーズの反乱」にて使用されたロボット兵器である。

 

今より10年前……「IS」の登場が世間を騒がせた同時期、筑波から日暮里にかける範囲で約2000人もの人間が誘拐される事件があった。

首謀者の一人は旧陸軍総帥ヤマザキ。かつて反政府組織として跋扈していた「クルセイダーズ」を手駒にして陰で操っていた男だ。ヤマザキは筑波研究所のマッドサイエンティストであるシンデルマン博士、御出居寺の住職--雲龍と結託し東京の街を恐怖に陥れた。

目的はただ一つ。「穢らわしい肉体から人間の魂を解放し、憎しみも争いもない世界を創り上げること」

彼らの凶行はとどまることを知らず、シンデルマンの行なった人体実験によって多くの人間が「液体人間」に変えられ、その生命を失った。

だが、彼らの野望はたった3人の人間によって打ち砕かれることになる。

一人はシンデルマン博士と同門の筑波研究所元幹部、藤兵衛。

読心能力と念動力を持つ田所アキラ。

そして、その親友拳兄貴分の松井ケンイチこと無法松。

3人は「クルセイダーズ」の凶行をいち早く見抜き、古代兵器であるブリキ大王を起動させ、陸軍との全面抗争に挑んだ。

結果、ブリキ大王はこれを壊滅させ「クルセイダーズの反乱」は沈静化した。

しかし、この忌まわしき一件は政府によって闇に葬られ当事者の心の傷にのみ、その記憶が残ることとなる。

 

 

(ブリキ大王……もう二度とその名前を聞くことはないと思っていたが)

 

アキラの前に現れた謎の女--篠ノ之束という名前には聞き覚えがあった。10年前より世界中を騒がせる新技術の機動兵器「IS」の生みの親と同じ名前だ。目の前の女が本人である確証はないが、アキラの読心能力とブリキ大王について知っている口振りから只者でないことは伺える。

 

『束さんはなんでも知ってるよ。キミの知ることも知らないことも色々とね』

 

束と名乗る女は素早く脳内の発声に切り替えると挑発的な視線をアキラにぶつけた。いくら読心能力を持っているとはいえ、心の表面が叫んでいてはその奥を読み解くのは時間がかかる。

 

(こいつ……能力者への相手の仕方を心得てやがるな)

 

間違いなく言えることは、この女がアキラの最も厄介とする人種であるということ。

 

「ん、キミも私のことは知ってると思うけど、ISの開発者やってます。本人だよー」

 

それは今更疑っても仕方がない。メディアの報道を少々齧った程度だが、アキラの知る束という人物は世界を混乱に陥れたマッドサイエンティストだのテロリストだのの容疑であらゆる国からお尋ね者らしい……ということも今は置いておく。

 

「そんで、その天才科学者さんが俺にいったい何の用だい? ただたい焼き食べに来たってわけじゃないんだろ」

「いやまあ、それもあるんだけど……今日はちょっとキミに相談したい要件があってね」

「はあ」

「単刀直入に言うとね、アキラ君……高校の先生やってみる気はない?」

「……はあ?」

 

あまりの脈絡のなさに素っ頓狂な声が出る。

 

(先生? 俺が?)

 

アキラはたい焼き屋の傍ら副業として孤児院「チビッコハウス」の職員を務めている。しかしそれは自らがそこの出身であるためであり、過程で教員免許を取得したものの、その実は完全に名ばかりである。

 

「意味がわからねえ。なんで天才科学者さんが俺に教師の道を勧めなけりゃならん」

「いやねえ、これは話せば長くなるんだけど」

 

突飛な話についていけないアキラを他所に、束は語りだした。

 

 

曰く、従来の兵器を圧倒的に凌駕する「IS」だが、そのコアと呼ばれる機体の中身は束自身が生み出した数百個しか世界に存在しない。

 

曰く、ISのコアは完全なブラックボックスで複製はおろか、篠ノ之束以外の人間には新たに製作することすら不可能。

 

曰く、各国はそれを奪い合い如何に多くのコアを所有するか、そして如何に多くのパイロットを育成するかに心血を注いでいる。

 

しかし、それが各国の戦争行為のに用いられれば、世界大戦はおろか、核戦争レベルの大惨事を招きかねないのはどこの国でも理解していた。よって形骸だけでも悪用を防ぐため世界は「アラスカ条約」なるものを締結。「IS」を戦争、紛争行為に利用することを禁じた。 締結以後、「IS」は世界情勢において非常にデリケートな存在となる。

 

そして現在、世界各地でパイロット適正の持つ少年少女を育成するために国籍を持たない学園施設「IS学園」が日本主導で創立されようとしているそうだ。

 

「どう? わかってくれたかな」

「全然わかんねー。それと俺が先生やることと何の関係があるんだよ」

『ニブイなー』

 

悪びれもせず束は心の声を垂れ流す。

 

「束さんの生み出したブラックボックスは確かに誰にも解析できないよ? 今のところね。でも、研究は続いている。そう遠くない未来、ブラックボックスは必ず開けられる」

束は自嘲気味に呟いた。自身を天才と呼びながらも、心の中では誰かが自分に追いつくことを望んでいるようだ。

 

「そして世界はまずキミに辿り着く。キミとブリキ大王にね」

 

そこで漸くアキラは理解した。束以外の手によってのみ生み出すことのできるコア。それを他人の手で創ることができる可能性が1%でもあるのだ。そしてそのコアを一国が独占する状況になれば、世界のバランスはたちまち崩壊する。

 

(生みの親の視点で見れば、「IS」の秘密に近い人間を誰も手出し出来ない場所に囲い込もうって魂胆だ。だが……)

 

「『クルセイダーズの反乱』は表向きでは無かったことにされてるけど、政府の極秘資料を漁ればすぐにボロが出るよ。むしろ未だに世界がブリキ大王に辿り着かないことが不思議なくらい」

 

2000人以上が人の手で死んだ事件だ。それを10年も外国にひた隠しに出来たのは日本政府の諜報員がすこぶる優秀だったと言わざるを得ない。

 

「今の世界はどんな手段を用いて、キミやキミの大切な人を捕まえるだろうね。そして無理矢理にでもブラックボックスを開こうとする」

(カオリ……)

 

アキラには病弱な妹が一人いた。父親を失ってから同じ孤児院に引き取られ、一緒に育った唯一の肉親。その存在をちらつかされては、さすがに束の誘いを無下にすることはできない。

 

「……ざけんなよ。全部あんたの手の上で踊らされてるってことじゃねーか。こんな下らない争いに巻き込まれてたまるか……ッ!」

 

アキラの中では、静かに怒りが燃え上がっていた。世界情勢だなんだと散々ほざいているが、全ての原因はこの女なのだ。

 

『それについては、私も申し訳ないと思ってるよ。ごめんね』

 

束は心の中で謝罪した。アキラだからこそ感じ取ることが出来たが、それはあまりにも卑怯だった。

 

「だが、ブリキ大王はもう動かねえ。あれはもうただのガラクタだ」

「世界にとってはね、そんなことどうでも良いんだよ。大事なのはブラックボックスを開けることができる可能性そのものなんだから」

 

束の口調は淡々としていた。アキラを憐れむでも、世界に呆れるでもない。ただ事実を述べただけといった面持ちだ。

 

「それじゃ、私はもう行くね。あんまり長い時間、人目につく場所にいられないから。勝手な話だけど手続きは既に済ませちゃったよ」

「はあ!?」

 

どうやら最初から、アキラに選択肢は無かったようだ。あまりの不条理さに怒りすらも湧いてこない。

「大丈夫大丈夫。学園には私の一番の親友が先生やっているから、その人に何でも訊いてよ」

「いや、だって先生ったって俺は何を教えればいいんだ!?」

「適当に体育とかでいいんじゃない?」

「無茶言うなッ!!」

 

困ったことにこの女、何も考えていない。心を読もうにも、伝わってくるものが何もないのだ。

 

「あ、そうそう。忘れるところだった」

 

思い出したように束はポケットから1枚の写真を取り出す。そこには年齢15.6歳ほどのやや長身の少年が写ってあった。

 

「彼ね、私の親友の弟なんだけど、彼ちょっと不思議な体質でね。男なのに『IS』に乗れちゃうんだ」

「それで?」

「あ、驚かない? ……まあ、いいけど。それでね、私個人からのお願いなんだけど、しばらくの間彼を守って欲しいんだ」

 

(こいつが、ねぇ……)

 

写真の中の少年の表示は、どこか作り物臭く酷く無機質に感じられた。あらゆる物に見放され、人間そのものへの嫌悪を滲ませるような。言い換えればーー

 

『昔の自分にちょっと似てる……って思ったでしょ』

 

束が見透かしたように心の中で呟いた。確かに同感だが、それを見越して頼んだとすれば不愉快極まりない。これではどちらが心を読んでいるのか分かったものではないのだ。

 

「承諾、と受け取っていいかな」

 

悔しいが、教師となる道に選択権がない以上この少年の護衛も無視する理由はない。

 

「チッ、わーったよ。けどタダではやらねーからな」

 

アキラは小さく舌打ちした後、憎々しげに吐き捨てた。強引に丸め込まれてしまったが、この女に対する怒りが収まったわけではないのだ。

 

「ありがとー。じゃ、この写真あげるから。裏に学園のアドレス書いてあるから役立ててね」

「…………」

『藤兵衛博士によろしく』

「…………?」

 

藤兵衛……確かに束はそう言った。心の中で。何故彼女からその名前が出るのか、アキラには理解できなかったが、返事を待たずに束はそそくさと公園を後にした。

平和な平日の昼下がり、一時の静寂に包まれた公園には、熱を失った屋台とアキラ一人が残される。

 

「IS学園…………か」

 




次の更新は数日空くかもしれません……

とにかく失踪しないことを目指します!
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