「獅子の巫女たる高神の剣巫が願い奉る…」
槍を縦にし、少女が粛々と祝詞を告げていく。すると、その祝詞と共に少女の体が神気を帯びた輝きに包まれていく。
「雪霞の神狼、千剣破の響きをもて盾となし、兇変災禍を祓い給え!!」
祝詞を告げ終えた瞬間、既に凍り始めている砂浜に向けて槍の穂先を突き刺す。瞬間、その穂先を中心に光が広がっていき、人四人がなんとか治まり切る程度の広さの空間と成るほどの光の大きさとなる。
光が収まり、古城たちが辺りを見回してみると、そこには小さなドームを中心にどこまでも凍っている世界が続いていた。
「大義でした。雪菜。コレでしばらくは持つでしょう。」
「へぇ…その槍そんな使い方もあるんだな?」
「はい。雪霞狼の真価は異能の無効化にあります。ですから、防御力に徹底した技が自然多いんです。」
なるほど、と古城が相槌を打っている間にドサッと何かが倒れるような音がした。そちらを振り向いてみると、そこにはうつ伏せになって倒れているシェロの姿があった。
「シェロ!!」
駆け寄る古城たち。だが、彼らはその伸ばしかけた手を引っ込めてしまう。いきなり、シェロの姿が薄く揺らいだように見えたからである。
「な、なあ、姫柊。今、シェロの体…さ。」
「はい。一瞬、ボやけました。一体、これは…」
「……」
疑問の顔を浮かべている古城たちに対し、シェロはわずかに体を起こして氷の壁を背もたれにして、自分の掌を見る。すると、やはり、幻覚などではなく、またもやシェロの姿が揺らいで消えようとした。
「はぁはぁ…参ったな。本当にコレは今回はマズイかもしれん。」
「何がでしょうか?シェロ?」
ずいっと前に出て、質問…いや詰問をしてくるラ・フォリア。
こういう場合、機を逃したらダメだと理解しているのだろう。そういう実に社交的な皇女様らしい一面を見せてきたラ・フォリアに対し、苦笑を浮かべ、
「そうだな…この際だ。ハッキリ言っておこう。既に感づいているかもしれんが、俺は人間ではない。」
「「「……」」」
三者は一様に沈黙を貫く。それを是と捉えたのだろう。シェロは自嘲気味の笑みを浮かべながら話を続けていく。
「厳密には使い魔の一種だ。とは言っても、姫柊、君が使うような式神とは全く別次元の存在なんだがね…」
「つ、使い魔!?」
耳を疑うようなことを聞かされ思わず聞き返してしまう雪菜。当然だ。天使を追い詰めるほどの力を見せたこの男が使い魔。つまるところ、誰かを主と仰ぎながら、行動しているというのが雪菜には想像できなかった。そんなことができるのは余程の力を持ったマスターしかあり得ない。
「一応、言っておくと、自分のマスターの方はそこまで強い力を持ったマスターとは言えん。まあ、才能はあるんだろうがな。」
「…それで一体なぜ、あなたはこんなところに私たちと共に同行してきたのですか?」
ラ・フォリアの質問に対し、シェロは信じられないものでも見るかのように目を見開く。
「何だ?それについては全く気付いていなかったのか?…まあ、仕方がないか。俺がここに来た理由は単純明快だ。マスターの危機だからこそ、それを助けるためにここまで来た。」
「っ!?まさか、そのマスターって…」
「そうだ。」
一呼吸、間をおき、そして告げる。
「夏音だ。」
ーーーーーーー
「ああ、もう、何なのよ!?こいつら!」
港に着き、船に乗って某無人島に向かおうとしていた紗矢華は港で手厚く迎えてくれた
次元切断能力を持つ煌華麟の敵ではないにせよ、こうも数が多いとうざったい。
「しつっこいわね!いいわ。だったら、奥の手を見せてあげる。」
煌華麟を弓の形にして、点を射抜かんばかりに目を細める。
「獅子の舞女たる高神の真射姫が讃え奉る。極光の炎駒、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、憤焔を纏いて妖霊冥鬼射貫く者なり!!」
祝詞が完成した瞬間、一筋の矢が天へと向かい、中空にある位置で魔法陣を展開する。魔法陣が人間の声量では不可能な域の術式を組み上げ、発動する。すると、
「ふん、ご苦労だったな。獅子王機関の舞威媛。おかげで私の仕事が減った。」
「何を偉そうに…って、あなた、空隙の魔女!いたんなら、手助けしなさいよ!」
那月は紗矢華のそんな抗議の声をことも無げに振りはらい、現在地であるコンテナ港から無人島の方を見つめる。
「貴様、まだ気づいていないようだから教えておくが、あの無人島に行くために急いでるんならそれは必要ないことだぞ。」
「はぁ?何を言っ…て…」
振り返った紗矢華は驚愕で目を見開いた。バベルの塔というものがある。かの塔は人の身で天界に行こうとした罰として、神たちが建築途中のバベルの塔に攻撃したために不完全なままで残っているのだという。
そのことを踏まえた上で無人島を見てみる。そこにはまさにバベルの塔の完成された形を取っていると言っても過言ではないほどまでに氷柱が天高くまで貫かんばかりに伸びていた。
「な、何よあれ?まさか、雪菜たちもあの中にいるっていうの?」
「ふん、どうやらあのバカはまた、厄介なことに巻き込まれてるようだな。」
しようのないという風に鼻息を鳴らしながら、那月は静観し続ける。紗矢華の方は困惑しながらも、何とかしなければという思いでアタフタしていた。そして、
(…まずいですね。アーチャーがあの程度の相手に遅れは取るまいと思っていたのですが、どうやらそうでもないようですね。かと言って、私には行く手段がない。ベイヤードはいつかのためのとっておきな上に彼は飛べませんからね。)
自らの愛馬のことを考えながら、ライダーは思考を巡らす。ライダーというサーヴァントの立場からすれば、アーチャーが倒れてしまえば、万々歳と言っていいだろう。だが、それは意志のない人間だからこそできることだろう、とライダーは考える。彼はマスターの様子を確認すると同時にアーチャーの様子も確認していた。
アーチャーの為人を見て、それが信頼に値するかどうかも考えるためである。その結果、彼は信頼に値するとライダーは判断したわけである。では、聖人として、そして、今現在また、自分のマスターを守るために身を扮していた彼に対してできることは何か?今から、ボートに乗ろうにも、自分の騎乗スキルは元々馬が優れているからこそ、高いわけであって、別段その他の騎乗スキルが高いかと言われればそうではない。
そのため、車や自動車ならともかくボートなどもってのほかだろう。では、ボートで無人島に行くという手段は消える。
では、どうするか?
「やれやれ…正気の沙汰ではありませんね。私も困ったものです。どうやら、死んでも人に対する施しの手というのは止められないらしい…」
だが、だからこそ彼は聖人と呼ばれたわけである。彼には剣を使った伝説と
そして、アーチャーが出てくるのを霊体化しながら静かに待つ。
ーーーーーーー
「叶瀬がマスターって…どういうことだよ!?なんで、そんなことに…」
「それは後で話してやる!今は他のことに集中すべきだ!」
古城の質問に対して、容赦なく言葉を並べ立てることでシェロはその言葉を封じる。
「他のこと…ですか?」
「そうだ。俺は、マスターの魔力を元に現在稼動している兵器のようなスタンスを取っている。その夏音があの調子のおかげで、俺に流れてくる魔力は微々たるものでな…正直、今見たとおり、体を保つのも厳しい。だから、古城、お前が倒せ」
「は、はあ!?」
流石にこの返しは予想していなかった古城は間抜けな声を上げた。
「何言ってんだよ!?俺の眷獣はあの天使には効かない。さっきの戦闘見て分かったろう?」
「あぁ、だからその眷獣ではなく、お前の中に眠っている眷獣を呼び出せ!」
「え?…つまり…」
一気に脂汗をドバドバと垂れ流す古城。
「ああ、要するにここで吸血行為をしろ…と言っている。」
「「無理です(だ)!!」」
雪菜と古城が顔を赤らめて同時に声を上げる。そんな両者の様子にもお構いなく、シェロは続ける。
「それ以外方法がない。こちらとしても、古城に任せるのは不安が残らんわけではないが、助ける道がそれしかない以上、それにかける他あるまい。」
「い、いえ、ですが…」
「んなこと言われても…」
古城と雪菜が戸惑うのも無理はない。吸血行為とは吸血鬼が発情した末に起きうる現象であり、要するに、古城を発情させなければ、
それは中々チャレンジ精神が旺盛である。なにせ雪菜と古城の目の前には同性がこちらを見つめているような状況なのだ。
なお、この瞬間、二人同時に吸血する対象とされる対象が以心伝心とも言えるスピードでお互い決まっていたのは深く追求しないようにしよう。
「そうですね。では仕方ありません。」
と言うと、彼女はいきなりその社交服のシャツのボタンを外し始めた。豊満な彼女の肉体を見て、ぐっと鼻を抑えて堪えて古城は抗議する。
「ま、待て待て待て待て!なんでそうなるんだよ!?」
「私もシェロの言うとおりだと思います。第四真祖の眷獣…この程度で倒れるほど安いものではないでしょう?ならば、その眠っている者たちの一体を目覚めさせれば夏音も助けられる可能性が出てくる訳ですし、何より、私自身、こういった経験に興味がありますし…」
何故だろう、わずかに顔を赤らめながら口籠った最後の方に非常に不安を感じるのは…
「い、いやいや、それでもやっぱり可笑しいだろう?これは…」
「では、どうする?お前には他に手があるというのか?」
「うぐっ!それは…」
口籠り、困った様子の古城を姫柊は不安そうに、ラ・フォリアはどこか期待を含んだ眼差しで見つめていた。
「ああ、先に言っておくが、どっちにするかとか変な考え事はしなくていいからな?天使の力に対抗できる眷獣というのはいることにはいるが、そいつには霊媒の血が二人分…いや、正確には二種類必要になると思うからな…」
「「えっ?」」
古城と雪菜は同時に声を上げる。ラ・フォリアの方も意外そうな顔でこちらの様子を窺っている。
「どういうことですか?なんで、そんなことを…」
もう驚き慣れたものではあるものの、まるで、古城の能力まで完璧に把握しているような言い草をするというのはあまりにも異端だ。なにせ、彼の能力の全容は獅子王機関ですら全容がつかめていないのだから。
「なに、これについては生まれ持った能力みたいなものでな…俺は大体相手がどのような能力の持ち主で、どんな武器を使うのか?ということは長いこと観察し、その相手の身体にわずかに接触すれば、解析し、理解が可能なんだ。まあ、刀剣類のように瞬時にとまでいかないのが難点だが…これで、説明はいいだろう?言っておくが『えっ?』などというテンプレのような反応はいらん。時間がない訳だしな!」
わずかに乱暴な言い草で言葉を切るシェロ。今まで気づかなかったことではあるが、どうやら本当に余裕がないようだ。思い返してみれば、わずかに言葉の端々が荒くなっていることを思い出す。
「で、どうするのだ?」
「……。」
古城は苦い表情でわずかに黙考していたが、やがて顔を上げると、
「分かった。それしか手がないってんなら…姫柊、ラ・フォリアお願いしていいか?」
「は…はい…」
「分かりました。」
にこやかに言葉を返してくれたラ・フォリアに対して雪菜はどこか浮かない顔で返事をする。古城も気づいていない訳ではないのだろう。どこか気まずそうだ。シェロはと言うと、こんなことを提案してしまった手前、なにも若干の居心地の悪さを感じて、彼らがいる場から背を向けて視線を外す。
そして、わずかに上を見つめて切なげな瞳をする。
「夏音…」
数分後、背後で嬌声を聞かされたシェロではあるがそんなことで、顔を赤くするほど、青くもないのでただ、静かに自分のマスターの身を案じて黙祷するように目を閉じた。
ーーーーーーー
「………」
暗い暗い暗い…ここには誰もいない。いつも、抱き寄せていた猫や友達、そして、最近知り合った友達のお兄さんに、本当に自分の兄代わりになってくれた人も誰も…でも、なにも感じない。それが悲しいと思うのが普通なんだろうけど、私は何も、なにもナニモ感ジなイ。
まぶたの裏に映るのは先ほど自分に対して、吠えるように呼びかけた男の人とその人を守るようにワタシのマエに立ちハだかっタあの人。
(お兄さん…
シェロ…さん)
薄れゆく意識の中で彼女は無くなりかけている心をなんとか振り絞って、言の葉を紡ぐ。誰一人その声には気づくはずなどないのに…
ーーーーーーー
「心象風景の投影による現界からの剥離…そうか。お前を留めておくものはもうないのだな…夏音。」
それは喜びなのか、はたまた悲しみなのか複雑な表情を浮かべながら賢生は空を仰ぐように娘の方を見つめる。
だが、そんな郷愁の念を弾き飛ばすように爆発音が辺りに炸裂する。
「っ!あれは!?」
爆発があった音源を見つめ、驚愕する。そこには
「第四真祖の眷獣だと!?」
驚愕の声を張り上げたもののすぐに気持ちを鎮める賢生。これは好都合だ。進化した夏音の実験相手にちょうどいいものだろう…そう考えた賢生は前に出て、すっかり凍ってしまった大地を踏みしめて古城たちの元へと向かう。
「ふぅ、なんとか出られたな。」
「……。」
「あのー、姫柊さん?いい加減機嫌を直してくれませんか?」
無言でこちらに睨みを利かせる雪菜に対して、気まずくなり、声をかける。なんで、このようになったか?それは少し過去に遡る。
ーーーーーーー
「え、えーと…」
二人の血を吸わなきゃいけないらしい、ということでとりあえずどっちから吸うかということも決めさせられる立場となった古城はひたすら悩んでいた。当然だ。これは結構な確率で修羅場かもしれないということはいくら古城でも理解できた。
で、結局古城が先に選んだのは
「じゃ、じゃあ、姫柊お願いしていいか?」
と言った瞬間、水を得た魚のように瞳がパーっと光った雪菜。一方のラ・フォリアは不満げに口を尖らせた。
で、行為を終わらせた後…
「悔しいです。なぜ、雪菜が先なのです?古城?」
「えと、
慣れてるから…」
言った瞬間、パキッと何かが壊れたような音が辺りに響いたような気がした。古城は「ん?」と辺りを見回すが何も変化がないと見るや、今度はラ・フォリアの方に向き直り、吸血行為をしたのである。
その時、雪菜が古城のその言葉を聞き、若干ほくそ笑んだラ・フォリアを見つめ鬼のようなオーラを放っていることなど全くつゆ知らず…
「はぁ…俺も人のことは言えないと言われたが、アレも相当だな。」
シェロはその光景を見ながらそんな感想を漏らしていたが彼らには全くと言って聞こえていなかった。
ーーーーーーー
で、今に至るわけである。
いや、100パーセント古城の方が悪いことは悪いのだが、まあ、こういうことは教えるよりも身に覚えさせた方がいいだろう。
という経験則から、シェロは考えて黙っていたのだが、なんというか段々と居た堪れない空気になってきたため、さすがに何か言ってやるべきか?と考え始めた頃…
賢生がある程度近づき、わずか数歩で古城の元に着くという位置でシェロは立ち止まる。
「生きていたか。第四真祖。」
「おっさん…」
古城のつぶやきに近い声とともに、皆が一斉にそちらを振り向く。
「ならば、好都合だ。夏音の最後の儀式のためにも付き合ってもらうぞ。」
彼がそう言った瞬間、賢生の後ろでパリーンと勢いよく氷柱が割れ、中から夏音が出てくる。
一方のシェロの方は古城の後に続くように氷の塊から出てくると賢生の言葉を聞き、まだ言うか、と思い、言葉を出そうとする。
だが、それを許さないように雪菜が前に出る。
「その儀式が…その進化が本当に叶瀬さんのためだと思うのですか?あなたは!?あんな顔をしている叶瀬さんが!」
涙など流す感情はとっくに消え去ったはずだ。だが、彼女は何か痛みを訴えるかのように血の涙を流し続けていた。それがなんの感情を帯びているのかは分からない。だが、少なくとも、雪菜にはいい感情だとはとても思えなかった。
「もちろんだ。私は夏音のことを実の娘以上に想っている。なにせ、アレの母親は私の実の妹だからな。」
これはさすがに初めて聞いたのだろう。驚いてラ・フォリアの方を振り向く雪菜。ラ・フォリアはその視線に対して、わずかに視線をズラして影を落として答える。是、ということだろう。
「それを…叶瀬が幸せだって言ったのか?」
「何?」
だが、古城の言葉は止まらない。
「望んでねえんなら、筋違いだ!世間ではな。そういうのをなんていうか知ってるか?人形扱いっていうんだよ!おっさん!!」
「っ!黙れ!第四真祖!」
ついに耐えきれなくなったのか賢生は声を荒げる。
「貴様に…貴様などに言われたくない!自らの使命すら知らない貴様などに!」
「どういうことだ?」
意味のわからないことを言われて一瞬、思考が白くなりそうになったが、そこで一人の女は言葉を切る。
「はいはい。人生相談はそこらへんにしてよね。あたしらは元々、そんなことのために来たわけじゃないんだよ。さっさと、あの天使もどきちゃんとバトって派手に散って…」
「黙れよ。年増。」
ベアトリスが間に割って入るように声を上げたのを、古城はひときわドスの効いた声で黙らせる。
「どいつもこいつも勝手なことをしてくれやがって…叶瀬はどこにでもいる女の子だったんだぞ!それをてめえらの事情だけで好き勝手におもちゃみたいによ…」
それはいつも見せる平凡な高校生とは違った。正しく真祖として祀られるだろうほどの威圧感を伴い、古城は地面を踏みしめ、溢れ出す魔力で地べたの氷にヒビを入れ、浮かせる。
その行為にベアトリスと横にいるロウは本能的な恐怖を感じる。
「いい加減頭に来たぜ!ここから先は
その叫びに呼応するかのように一人の少女が前に出る。
「いいえ、先輩!私たちの
並び立ち宣言する。
「ふっ…中々、今の世代の者たちにも見応えがあるものがいるな。ああ、もちろん、君のことも入るが…」
シェロの近くにラ・フォリアはその言葉を聞いた瞬間なにか誇らしいものを感じた気がした。王族である彼女にとって譽れとはいただくものではなく、与えるものだと理解していた。そのため、彼女の中で初めて湧いたと言っても過言ではない感情に若干の困惑を交えながら、ラ・フォリアは話しかける。
「…ありがとうございます。それで、シェロ。お加減の方はいかがですか?おそらくは霊体であるあなたにとって、現界し続けるのにも少なからず魔力を消費すると聞きました。夏音があのような覚醒状態に入ってしまっては魔力消費も激しい状態に入っているはずでは?」
「…大丈夫だ。少なくとも、君たちに心配をかけてしまうほどの劣化はしていない。足手纏いにはならないさ。」
精一杯と言っても過言ではない笑顔でシェロは答える。
昔は気合いで現界可能時間を無理矢理伸ばしたりしたものの、アレは、山の中にいざという時に魔力を貯めておいた概念礼装を隠しておいたり、生肝を食らったりして、なんとか伸ばしただけに過ぎない。まあ、それでも投影なんていう無茶ができるほどの魔力が残っていたわけではないが…
そこはやはり、前述の英雄特有の力『気合い』でなんとかした。
だから、今も何も起こらなければそれでいいし、安静にするのだが…大抵悪者というのはそういう相手が弱っているところを即座に見抜くタイプが多い。どうやら、ベアトリスもその例に漏れないらしく…
「…第四真祖を先に倒そうと思ったけど、そう。そっちのガキの方はもう虫の息みたいね。当然よね。天使相手に人間ごときが互角に闘うなんて相当な無茶しなきゃ無理な話よね。」
なんとも見当違いではあるものの、現状弱っているのは確かであるシェロにそれをいいかえすような余裕はない。
そして、自らの眷獣である槍の穂先をシェロの方へと向ける。
「アイツを倒しなさい。量産品ちゃんたち。そうすれば、メイガスクラフトの評価はまた上がるわ。」
いうと、彼らが乗ってきたモーターボートから二体の何かが飛び出してきた。その光景に何よりも驚いたのは賢生だったな。
「馬鹿な…私が作った天使はもはや、夏音だけのはず、なぜあんなものが…?」
「悪いけど、兵器がその程度の数じゃ商売にならないからねこっちで量産させてもらったわ。ま、とは言っても、あんたのところの娘さんには敵わない劣化品だけどね。だから、王族の血は何が何でも必要ってわけよ!今度はヘマすんじゃないよ!ロウ!!」
「おう!」
言った瞬間、ロウ・キリシマはラ・フォリアの前に躍り出て、退路を進行を塞いだ。
よって、たとえ近くにいようとシェロの手助けをできるような状況じゃなくなった。
(…やれやれ、強がってはみたものの、そろそろ本気でマズイな。あと少し、頑張れないこともないが…)
ただ、それは本当にギリギリの瀬戸際を歩く行為である。できるなら避けたい。今の段階、何も分かってないこのような段階で脱落などまっぴらごめんこうむる。
だが、彼の体は鉛のように重い。既に自分の実力の15分の1程度しか彼は力が使えない。この状態で何もしなくても剣がある状態ならば、なんとかならないこともない。ただ、自分が投影した瞬間、一体どの程度魔力を消費するのか?そんなことがわからないほどシェロは愚かではない。彼らに特別効くような神殺しの武器はを一つ投影すれば、おそらく、20分の1までに削れるはず…霊格は厳密に言えば同程度だから、まず、理論的に言うのなら、普通の武器でも問題ないはずだ。だが、これだけ劣化しているとなると、やはり不安が生まれる。
ぐるぐるぐると思考を入り乱せて、シェロは答えを導こうとする。だが、そのどれもが賭けだ。
(文字どおり命懸けになるわけだ…まあ、仕方があるまい。こういう経験は久しいな、いつ以来だったか…)
彼が天を仰いで思い出に耽っている間にも天使たちは近づいてくる。
「ん?三体?」
おかしい。さっき、飛び出してきたのは記憶違いでなければ二体のはず…ならば、もう一体はなんだというのだ?その驚異的な視力でもう一体を…いや、あれは違う。
その一本の剣は天使たちの間を音速を超え、天使たちの間を余裕で通り過ぎてくる。そして、シェロの真ん前に水蒸気に似た氷の霧を撒き散らすように、クレーターを作って地上に激突する。
モクモクと氷の霧が上がるが、その一本の剣の輝きだけはそこにあって、まるで人の善性を信じて疑わんばかりの光をともなって、顕現する。
「これは…
これを投げてきた者は分かる。否、分からないわけがない!これを投げたのはあのライダー・真名ゲオルギウスだろう。あの男がここまでこれを投げてきたのは敵を倒すための物ではないことぐらいシェロには瞬時に理解できる。
つまり、これはこういうことである。これを使って戦え。
という意思表示。
「…。」
シェロはしばらく考え込んだが、どの道これが一番、自分の不安を取り除くことになるだろうという結論に達し、
「いいだろう。ならば、利用させてもらおう。ゲオルギウス、貴方の剣を!」
その凛と輝く簡素な剣を手に構える。
天使たちの翼を千切るために。