それは五年前、アーチャーとセイバー、このニ騎のサーヴァントが召喚された次の瞬間のことだ。彼ら二騎はアーチャーという一つの椅子を取り合うために無色の魔力同士ながら争い合った。通常、このようなことは起こらないのだが、起こってしまったのだ。
この時、この二騎には全くもってあずかり知らないことだが、実はもう一騎その呼びかけと衝突に呼応するかのように英霊の座から一つの存在が呼び出されてしまったのだ。
衝突した影響で削れしまった英霊同士の魔力が呼び出すだけの道筋になってしまったのか?それとも全く同時の呼びかけという史上稀に見るような現象が起きてしまった影響なのか?それとも現在の聖杯戦争の異常性がそうさせてしまったのか?
それは定かではないが、とにかく呼び出されてしまったその存在は何もない荒野の上にポツリとあった一つの絵本によって召喚されてしまい、こう言ったのだ。
『ここはどこ?』
その声の主こそ監獄結界内で収監され、今はある程度まで自由に動けるようになったアリスと呼ばれる存在である。
ーーーーーーー
「アリス…ですか。それが貴女の真名というわけでもありますまい。うら若き乙女よ。どうかその姿を現してくださいませんか?」
懇切丁寧に述べられたライダーの敬語。だが、そんなライダーに向けられた感情は敵意だった。
『不粋な人だわ!私がアリスって言ったら、アリスなの!それ以外ないの!』
「え、えーと…これは…」
「どうすれば…」
どう考えても子供のものでしかないその声を聞き、古城と雪菜は困惑した。だが、そんな油断をさせまいとライダーが古城に向けて言葉を放つ。
「油断しないでください。古城。この声の主、恐らくサーヴァントです。」
「なっ!?」
その言を聞き、古城と雪菜の身体は強張る。
『まぁ!怖いわ!べつにわたし戦う気なんてないのに…ただ、ちょっとお茶会をしたいだけなのに…』
「…悪いが、そういうのなら他を当たってくんないかな?こっちはそれどころじゃないんだ。」
『むー、そうなの?それじゃあ、しょうがないわね…』
諦めたような口調を聞き、古城は安堵したが、次の瞬間、その安堵は完膚なきまでに叩き壊される。
『それじゃあ、しょうがないわね。
殺すしかないわよね。』
その無邪気だからこそ感じる恐ろしさを帯びた口調に古城と雪菜は一気に血の気が引いた。
だが、彼らを庇うようにライダーが前に立ち、言葉を告げる。
「お待ちなさい!アリスとやら!彼らはどちらもわたしのマスターではありません!」
そう叫んだ。
『…おかしなことを言うのね。騎士さん。優しそうな人だと思ったのに嘘をつくなんてひどいわ…』
失望したかのように呟くアリスの声に対して、ライダーは更に言葉を言い募る。
「いいえ、これは本当です。現に見てみなさい彼らの身体のどこに令呪などが存在しますか!?」
そう、現在、忘れているかもしれないが、古城の身体は古城のものではなく、その友人・仙都木優麻のものだったのだ。
だから、今、この場においてライダーの側には正確にはマスターとしての権利を持つ者は一人としていなかったのである。
『…それじゃあ、何であなたはマスター…なんて言ったの?』
「っ!?」
古城の方は息を詰まらせるが、その詰まらせた息をかき消すかのように言葉を重ねていくライダー。
「彼らは私の本当のマスターの友人なのです。私はマスターの命によりここまで護衛をするように任を遣った身であり、その間は彼女を臨時のマスターであると私が勝手に認識したまで…よって、彼らは聖杯戦争とは何も関係がありません!ですから、あなたが賢明ならば、彼女たちだけでもここを離脱するのを許してもらえませんか!」
『……。』
もちろん、この言にも穴はある。その穴を突かれれば当然備えはあるし、最悪、この声の主とマスターが同伴で戦うことになるのだが…
『いいわ。そこの二人は通っていい。』
と言ってきたのだ。随分とあっさりとした返事にライダーは一瞬に呆気にとられたが…
「有難うございます!さあ、早く!!」
「…え?でも、ライダーは!?」
「…残念ながら一緒には行けないでしょう…彼女はあなた方二人は通っていいとは言ったが…」
気配のある方角に向き直り、ライダーは告げる。
「
「……分かった。死ぬなよ!ライダー!!」
「ライダーさん。先ほどまで護衛をしてくださりありがとうございました!」
そう言って、雪菜と古城は駆けていき、姿が見えなくなるのを確認したライダーは改めて未だクラス名すらも知らされていない名もなきサーヴァントに対して言葉を発する。
「先に聞いておきましょう。あなたのクラス名は何でしょうか?」
『キャスターよ。私も先に言っておくわね。騎士さん。あなたの相手は
「…?何を」
次の言葉に繋げようとした瞬間、ライダーの目の前に突然何か巨大な者が落ちてきた。土煙が辺りを覆う中、その姿ははっきりと確認できた。
赤と紫と黒と…その他多くの色を混合させたような体皮にふた別れした角を持ち、二足歩行でも地まで届きそうな腕をぶら下げながら、2メートル以上はあろうその巨大な者は凹んだ地面からゆっくりと身を起こす。
『さあ、ジャバウォック。遊びの時間よ。その騎士さんと鬼ごっこをしなさい。』
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎!!!」
狂獣が暴れ狂う。
ーーーーーーー
「「おおおおおおお!!」」
咆哮と共に焔と剣がその身をぶつけ合う。
剣の大群は馬やその騎手の肉の皮を剥ぐように傷をつけ、車輪の焔は創剣の戦士の肉体に火傷をつけ続ける。だが、それをランサーはルーンで、アーチャーは
結果、彼らは未だ無傷のまま立ち尽くしていた。
「トレース…オーバーエッジ!!」
詠唱と共に干将、莫耶の刃渡りが一瞬にして1.5メートルほどまでに伸びきる。
そして、ランサーの戦車元まで一気に突進するとその一歩手前で勢いよく回転しながらジャンプし、戦車に乗っているランサーの方へと視線を向ける。ランサーの方もそれに対し、手持ちの槍を力強く握り締め応戦する構えを取る。
「ぜあああ!」
「おらぁ!」
双剣をランサーの方に向けて同時に振り抜き、ランサーもそれに対し、差し出す形でその双剣の攻撃を防ぐ。
衝突による散る火花は周りをその閃光で一瞬、照らしその後、すぐに収まった。
収まった後は、アーチャーは飛び退くようにして距離を取り、戦車の背後の大地へと着陸した。
現在、彼らがいる場所は先ほどいた基島から1.5キロほど離れた新たな基島である。この島もまた、コンテナによって阻まれた空間となっているが、そんな物は彼らにとって壁にすらなり得ないものである。
ランサーはコンテナの頂上部分に着陸した後、アーチャーに視線を向けると言葉を放った。
「…驚いたぜ。まさか、これほどとはな。」
ランサーは目の前の弓兵の実力に対して純粋な敬意と感心を抱かされ、吐露する。
ランサーは
強い。自分のような神代の英雄でないにもかかわらず、この戦闘力…はっきり言って、予想外だ。
造られた神秘を操るからと言ってそれを一体どのようなタイミングでどれを使い、どうやって使うのか?それらを一瞬で統合するにはそれこそ膨大なまでの修錬が必要なはずだ。
だが、目の前の男はそれをやってのける。その技量は確実に神代の最強格や規格外クラスに匹敵する。となると生前は一体どれほどのものだったのか?
「…惜しいな。」
なまじ強大すぎる力を持ち、英雄となって以降、一度として負けることのなかった日本最強の英雄。だが、それゆえに人々に不信を抱かせてしまい、人々に裏切られた英雄。それが今のこの男の肩書きだ。
もっとも、伝記にあるこの男の
それが腐れ縁であるとはいえ、ランサーがアーチャーに抱いた感想だ。
「…ひとつ聞くぜ。アーチャー。」
そして、不意にアーチャーの方へと声をかけるランサー。
「…何かな?」
「てめえはこの聖杯戦争についてどう思ってる?」
ーーーーーーー
「煌華燐!」
紗矢華はその武器の真名を叫びながら、自身に向かってくる茶色い触手のような物体からの攻撃を防いでいく。そしてそのまま突進しようとするのだが…
「くっ!」
「紗矢華!!」
紗矢華は二歩進んだところで一歩引かさせられる。
アッシュダウンの魔女。メイヤー姉妹の名が知れ渡った理由でもあるその魔女の守護者たる怪物はその触手のような形態によっていかな場所からも侵入し、そして、確実に敵を補足してまるで時に蛸のように相手に絡みつき、時に鞭のようにしなりながら攻撃をしてくる。
そう。そして、この中でも侵入してくるというのが非常に厄介だ。キーストーンゲートのタワーの頂上というのは見晴らしが良い。それは言い換えれば、隠れる場所が時にもないことに繋がる。
つまり、
(こんな時、雪菜みたいな剣巫の『霊視』があったなら便利なんだろうけど…)
紗矢華の所属する舞威媛は呪詛と暗殺を専門とする巫女である。その技術を活かして、何とか相手がどのようにトラップを配置してくるかということを考慮に入れるようにして、避けられてはいるのだが…
「ジリ貧ですね。このままでは…」
ラ・フォリアが紗矢華の背後でつぶやく。正にその通り。今はまだ拮抗を保ち続けているものの、メイヤー姉妹に近づけない以上、こちらが負けるのは確定的と言えるだろう。
そう考えながら、紗矢華はメイヤー姉妹の方を見据えると、姉妹は心底愉しいとでも言いたげな嫌らしい笑みを浮かべて攻撃を続けてくる。
「やはり、あの守護者の正体を暴かなければ勝機はなさそうですね。」
「ええ…そうなりますね。恐らく…」
この軟体動物のようにグネグネと動き回る守護者。これだけ特徴的な守護者を連れている魔女はメイヤー姉妹以外いないだろう。
守護者とは魔女が相応しき生贄を捧げた末に得ることのできる自らの絶対守護壁。このように動く守護者となると恐らくタコか何かを生贄に捧げたのだろうと推測した紗矢華たちは先ほどから海の守護を断つような魔術や呪術を使っているのだが…効果がない。となると、別の何かということだ。
「ということで…申し訳ないのですが、紗矢華。」
「ええ。分かっています。」
つまり、未だ理解できないこのような状態で太刀打ちできない以上、彼女たちが取るべき手段は一方が熟考し、もう一方がその一方を全力で守り抜くしかないのだ。『護る』となると、ラ・フォリアよりも紗矢華の方が向いている。なぜなら、彼女の持つ煌華燐は空間ごと防御するその特性上、こと防御力に関して言うのならば、獅子王機関内で最強を誇れるものだからである。
とは言え、その護る方はいわば、護られる者のための捨て石のような役割。生きて帰れるかどうか分からないのだ。そのことを理解しているラ・フォリアはわずかに顔を曇らせていたが…
「心配しないでください。私もあんなねちっこい魔女になんて殺される気は全くありませんから!」
紗矢華はそう言うと、腰をわずかに下げて戦闘態勢を取り、そして…
「はああああ!!」
一気に魔女たちの方へと突進して行った。
ーーーーーーー
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎!!!」
「くっ!」
ライダーは狂獣の攻撃をかろうじて避けながら、走って行く。狂獣の攻撃は一撃一撃で監獄結界全体を揺らし、果ては全く異なる場所にまで衝撃が届いた影響で崩れ、決壊までしていく。並のサーヴァントを確実にダウンさせるほどの威力を持っていることは確実だ。
ライダーはそのことを肌が泡立つ感覚と目の前の光景から推察した。
(何とかして、相手の攻撃パターンを読まなければ…このままでは確実に私の敗北は決定です。)
ライダーは防御という意味で無敵を誇る英霊だ。その特性上、彼は単純な接近戦や長距離からであっても形ある矢ならば、ほぼ確実に防ぎきれる。
ゆえに、彼は
だが、そんな彼にも弱いものがある。それは単純な火力による勝負。つまるところ形のないビームやら炎やら雷やらによる超強力な攻撃、そして、自らのステータスを大幅に超えた敵との相対である。
この2パターンにだけはライダーは弱い。なぜなら、どうあれ攻撃を受けるのがライダーの持つ
故に…
「あのジャバウォックとやらの攻撃を受けるのは危険ですね…」
それがライダーの総評だった。
ライダーの感覚だけでステータスを推測したとしても、あの化け物のステータスはおそらく軒並みEXの規格外クラス。
そんなものを受け切れるほどの膂力をライダーどころか、ほぼ全てのサーヴァントにそんなものを受け切るような手段はないだろう。
だが…
(受け流すことができれば、話も変わってくるはず…とにかく、動きをよく見えて観察するのです。幸い、私の聖剣はどのような速度で攻撃が来たとしても確実に察知しますから、呼吸が読めさえすれば、負けはしないはずです。)
その予測は正しい。それができれば、負けはしないだろう。ただし、
ーーーーーーー
「この聖杯戦争をどう思うか、だと?」
「おうよ。」
彼らは戦車と剣の大群、剣と槍をぶつけあいながら話を続けていく。
火花が散り、地面が抉れ、空が裂ける。彼らの衝突一つ一つが人外のもの同士であることをありありと証明していながら、彼らはなおも口を塞がず、準備運動でもしている調子で戦い続ける。
「戦いながら、話するっつーのは性に合わねえし、本来、戦い中にこんなことを考えるのもガラには合わねーんだがよ。どうにも引っかかってな。てめえも気づいているだろう?この世界がどうしようもなく
「……。」
確かに、ランサーの言う通りアーチャーはこの世界について妙だと思うことが多かった。
「ああ、気づいてはいる。で、何だ?その妙な点が納得いかないから、一時休戦にでもしようとでも言うつもりかね?君は?」
「まさか…それこそ本当に俺らしくねえ。俺が世界の
「では、何だ?君は何だってこんな話を俺に言った?」
「知れたこと、単純に気になるからよ。」
「何?」
アーチャーは本当にランサーが気に触れたんじゃないかと思った。この男の非情さはその異常なまでの切り替えの速さから成り立っている。好きだろうが敵であるのならば殺し、嫌いだろうが味方ならば刃を向けすらしない。
それがこの男の長所であり、短所でもある。
それはアーチャー自身生前も死後も苦いほどに味わったことである。
故に、ランサー自身がこういった話を切り出すのは本当に珍しいことなのだ。
「俺は今回、『マスターの身が危険だと感じたなら守れ』と言われている。かなり漠然とした命令ではあるが、命令である以上仕方ねえ。俺は今の内にこの世界の異常について『根源の存在を知っている何者か』と話し合い、早々に決着をつけた方がよりマスターを守るのに適していると判断したまでだ。」
「…なるほどな。」
忠誠心というものからはかけ離れてはいるものの、彼は『裏切り』を何よりも嫌う英霊だ。一度受けた命令くらいある程度受け入れるくらいの仁義を通したいし、何より、彼自身が『世界の異常』を『危険』だと感じたときから、彼は弱くはあるが強制を感じていたのだ。
強制を受けている影響下では、目の前のアーチャーとは満足に戦うこともできない。ならば、この強制を解いてから戦った方がこちらとしても都合がいいとランサーは判断したのだ。
ランサーのそんな事情などアーチャーからすれば、知ったことではない。だが、アーチャーはこの話し合いを好機だと捉えた。
ラ・フォリアが魔女たちから令呪を簒奪するための時間稼ぎとまではいかぬだろうが、少なくとも、アーチャーにとってもこの話題は他人事などではなかったのだ。
「では、聞かせてもらおうか?一体、君は何をもっておかしいと言っているのかな?」
「てめえ自身気づいているはずだ。俺たちサーヴァントは召喚された場合、その場、その世界での知識を渡されることくらいな。だが、俺たちが召喚されたこの世界はどうだ?」
そう。この世界はまるで知識を渡すことそのものを拒否しているように頭の中に靄を敷き詰めるが如く知識の波を妨げる。
『これはどういうことだ?一体?どうして魔術がここまで広まっている?』
「……。」
アーチャーは召喚された当時、最初のことを思い出しながらその言葉を噛み締め、尚も手を動かし戦い続ける。
ランサーの方も手を休める様子はなく、彼らの周りはコンテナでいっぱいだったコンテナ港はすでに更地と化していた。
「そうだな。だが、しかし、一方で我々は根源を認知し、そしてそこから派生する魔術のことも記憶にある。」
「ああ、さらにまだまだある。てめえはここの吸血鬼が操る眷獣について知っていたか?」
「いや、知らないな。だが、我々が存在している歴史もある以上、あのように長く生きる者を認知しないわけがない。しかも、文明の発達スピードからして、おそらく、俺が死んでから遅く見積もっても200〜300年程度しか経っていない。」
そう。それはあまりにおかしい。時代に自分たちが名を残している以上、そこの時代での知識も英霊に蓄えられる。つまり、少なくとも最新にして最後の英霊と呼べるアーチャーが彼ら吸血鬼と戦わなかったということがありえたとしても、認知しなかったなどということはあり得ない。
なぜなら、彼は世界を回り人々を救った
つまり、歴史はある一定のところで知識が止まっているということになる。
アーチャーはようやく手を休め、ランサーもそれに示し合わせたように戦車を動かすのを止める。
「つまり、君は何が言いたいんだ?」
「もう分かってるはずだろ?アーチャー。俺たちが
この条件が成立している理由…それはひとつしか有り得ねえ。
つまり…この世界には、根源と別の何か、それらが両方、
はい。みなさん、今までずっと消化不良だったでしょう。
だって、さすがにシロウがこの世界の吸血鬼の存在を知らずに死んだっていうのは無理がありすぎますもん…俺もそう思ってたし、さて、とんでもないことが推論として出された今回。次回はさらに目紛しく事態が変動しますどうぞお楽しみに!