ストライク・ザ・ブラッド 錬鉄の英雄譚   作:ヘルム

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やっほー!!
うん、スッキリ!


錬金術師の帰還 VII

愛している。

 

2人の女性(・・・・・)に言われたその言葉を今も熱烈に、正確に覚えている。全く同じ言葉。だが、全く違う光景で放たれた言葉が自分の頭の中を這いずり回っている。ズルズルとまるで寄生虫のような、それでいて、人を恍悦とさせる媚薬のようなその苦く、甘い言葉を思い出すたびに吐き気が止まらない。

 

何故かって、

 

ソレは、俺が…

 

ーーーーーー

 

「ふっ!」

「ちっ!」

 

場所はビルの屋上の更に上の上空。そこでその激突は生じた。

鉄拳がアーチャーの頰をかすめる。鋭い一撃だ。とても、キャスタークラスの者が使えるような代物とは思えないほどに、一つ一つの格闘戦の技術が神域とまではいかないが、優れている。

そして、この動きにはアーチャーも覚えがあった。

 

(やはり、これは、教会が使う護身術。時代違えど、代行者の使う武術に関して、そのほとんどが中国の拳法に強い影響を受けていると埋葬機関のアイツ(・・・)も言っていたからな。)

 

と考えたところで、その頭の中に浮かんだ人物の顔を思い浮かべる。

 

(……いや、アイツのことは今いい。考えるべきことではあるかもしれないが、今考えている場合ではない。)

 

思考を切り替えながら、キャスターを見返す。キャスターは、先程から親の仇のように目に怒りを浮かべながら、こちらを睨みつけてくる。

まるで静かに燃える大火のようなその目は、キャスター自身をその怒りで染めかねないほど強烈なものだった。

正直な話、今までの話のどこに怒りを覚えさせる要素があったのか問うてみたいところだが、今はそんな場合ではない。

 

周囲から空気が乾き、帯を浴びるように続く破裂音が響き渡る。キャスターの周囲を紫電の壁が覆い始めている音だ。

紫電は、コイルのようにキャスターへ巻きつく。さながら蛇使いのようにそれらを自由自在に手で触れただけで、コントロールをしてみせるキャスター。

 

(今度は電撃、さっきは不可視の衝撃…この男一体どんなトリックを使っている?錬金術と言うのならば当然、賢者の石が思い浮かべられる。確か、あの領域の錬金術ならば、自らの魔力を取り込んでそれらを擬似的な真エーテルに加工することが可能だったと昔文献で読んだことがある。)

 

だが、それはどのような状態であろうと同じ魔力(・・)だからこそできたことだ。自らの魔力を何かしらの力に変換しているという単純なものだけで、あれほどの万能が作り出せると言うのならば、そもそも、錬金術師は平均的な意味で、もっと魔術師として能力が高くなければ説明がつかない。

 

つまり、これは魔力を変換しているわけではない。何かもっと別の自然に密接した(・・・・・・・)力を変換しているのだ。

 

考えているうちに、紫電の蛇を鉄拳に纏わせたキャスターが突っ込み、崩拳を突き込んでくる。単純な攻撃だ。だが、紫電を帯びている以上、受ける訳には行かず、突き出された崩拳を躱し、続けざまに放たれてくる連続の拳群も躱していく。

 

(こういう時、素直に羨ましいと思うな。不死の特性を持った英雄が…まあ、今の俺にも、一応、それに近い宝具を持っていることには持っているが…)

 

キャスターからわずかに視線を逸らし、向かいのビルの窓ガラスが割れた部屋をジッと見つめる。すると、

 

「余裕だな。戦闘中によそ見とは!」

 

突き込まれる拳。だが、それをよそ見をしながら跳躍することで、身をかわす。ちょうど、足の位置がキャスターの顔に来るところまで跳躍した後、囁くように、言葉を返す。

 

「余裕?当たり前だろう?」

 

サッカーボールを蹴るように顔面に突き込まれる蹴り。それを受けたキャスターはトラックにでも引かれたかのような勢いで吹き飛ばされ、壁へと激突した。

 

「いい加減、貴様の動きも読めた。その不可解な万能を解いてから、始末をしようと思っていたところだが、ヤメだ。それで、危険が増すというのならば、本末転倒だ。」

 

言い終えると、アーチャーの背後に千は下らないほどの剣軍が整列するように空間に突き立てられていく。

 

「来い。貴様の万能、俺の無限が叩き伏せる。」

 

蹴られた顔をさすりながら、アーチャーのその生意気とも取れる物言いに腹を立て、皮膚に血管を浮かべたキャスターは壁から這い出ながら、咆哮する。

 

「そうか。じゃあ、

 

やってみろ!」

 

風を切り、突っ込んでいくキャスター。アーチャーは、それに対し、整列させた剣軍を放つ。流星群のようにキャスターの方へと次々と落ちていく宝剣、聖剣、神剣の数々。

その凄烈に過ぎる流星群を紙一重でまるでその全ての剣の流れを予測しているかのように避けていくキャスター。それはまるでふわふわと宙を舞う紙のよう、だが、突撃する様はまるで獲物を仕留めにいく鷹のようであった。キャスターが掌を礫にすると同時にその背後で礫がまるで意思を持つように集合していく。集合した礫が巨大な右腕の形をとると、その動きはキャスターの右腕の動きに帰属し、拳をアーチャーに向けて突き込んで来た。

対して、アーチャーは背後にまだある剣軍を集合させ、一つの巨大な剣とし、対抗する。

 

「っらぁ!」

「ふっ!」

 

激突。巨大な一撃同士は、爆発を産み、アーチャーとキャスターの双方を吹き飛ばす。空中周囲に、爆煙が舞い、辺りが見えなくなる。

 

「はあっ!」

 

アーチャーはそんな中いち早く動き出し、キャスターの背後から迷いなく、間断なく斬撃を放つ。

 

が、

 

「やっぱり、そこか。」

 

その動きを予知していたかのように仰向けになるようにして、アーチャーの一撃を避ける。そして、

 

「お返しだ!」

 

仰向けから体を回転させ、キャスターはアーチャーの顔面に向けて蹴りを放つ。だが、その攻撃を顔を僅かに仰け反らして躱す。

そして、その目と鼻の先の至近距離で弓を構える。

 

「何度も言わせるな。お前の動きは…ぐっ!」

 

アーチャーがキャスターに言おうとした言葉はしかし、最後まで続かなかった。後頭部を不可解な衝撃が襲ったからだ。

後頭部に衝撃を加えられたアーチャーは飛ばされ、空中から再びビルの屋上へと、

 

「動きは見切れても、まだ能力の全容は解き明かせてないようだな。」

 

勝ち誇るように、宣言するキャスター。だが、アーチャーは、

 

「いや、大体分かってきた。今のは悪手(・・)だ。キャスター。」

「……」

 

アーチャーの返答に対し、キャスターは無言だった。だが、ひどく不快そうに眉を顰めている事は遠目からでも分かった。

魔力の電流が全身を包み込み、地面を駆け巡る。駆け巡られた大地は天に引き寄せられるように浮き始める。それらに号令を上げるようにゆっくりと手を前へと翳し…

 

(待ちなさい。キャスター。)

 

いよいよ、戦いがヒートアップしようという直前でキャスターは頭に響くマスターの声に立ち止まる。

 

(なんだ?マスター。手身近に頼む。)

(今すぐ退きなさい。あの錬金術師が動いたわ。もうそこに用はないわ。)

「用…か。用ならあるさ。」

「!」

 

頭ではなく、声に出して、反論を口に出した事で、アーチャーもその言葉に反応する。

 

「この男は今ここで潰しておく。それが用事だ。」

(落ち着きなさい。あなたもあの男もまだ本気を出していない…いやあなたに限って言うのなら出せない(・・・・)状態でしょう?それでもかなりの被害が街に出ようとしている。これ以上は、この島の警備網を更に張り巡らせる結果になりかねないわ。)

「だから?今こいつを見逃した方がいいって言うのか?悪いが、そうは思えない。こいつはここで潰しておかなきゃならない。今すぐにだ。」

(ちょっと、何をそんなにイラついてるのよ!)

 

普段の飄々とした態度とは真逆のキャスターの態度に戸惑い、焦りながらも反論を投げかける。

 

「あの錬金術師に協力するのだって利害が一致しているからだ。俺は、自分の目的に対して遠回りをしてまで、ヤツに協力する気は無い。アーチャーはここで潰す。」

(…それで、アンタは答え(・・)を得られるって言うの?)

 

と、そこでキャスターはピタリと立ち止まる。そして、そこでようやく、口を止める。

 

(マスター。お前…)

(私はアンタのマスターよ?アンタなら、塞き止める形で私にアンタの記憶が流れ込むの止められたんでしょうけど、その辺りの小細工はしてなかったようね。少しばかり、覗かせてもらったわ。)

 

そこで、一拍置いて改めて言葉を投げかける。

 

(アンタのソレは八つ当たりよ。キャスター。いえ、八つ当たりというよりも嫉妬(・・)かしら?だからこそ、私はあなたにその意味でも退けと言ってるの。)

(……。)

(嫉妬からくる羨望は、理解する行為から最も離れたものよ。羨望とはソレ抱く人間の理想であり、幻想。これは光と同じよ。光は距離が離れていれば、その輝きが神々しく見えるものだけれど、近づけばただ眩しいだけ…目が痛くなるほどの輝きからは目を背けなきゃ、目が潰れてしまう。)

 

我ながら陳腐なセリフだと思いながらもキャスターのマスターは言葉を続けるわ

 

(アンタの嫉妬はソレと同じ。今のアンタじゃ、どんな視点から近づこうとも、結局あんたは最後に目を背ける(・・・・・)。自分が得たい答えじゃないとか、そんなことを考えながらね。だから、

 

退きなさい。)

 

重みのある言葉だった。鷲の鉤爪に突然掴まれたような不安と重厚な掛け布団に覆われたかのような強制力と安心がその言葉にはあった。

そして、そんな言葉だからこそ、キャスターは怒りを収めることができた。

 

(分かったよ。マスター。)

「悪いね。アーチャー。この場は引かせてもらうことにするよ。」

 

その口調から先程の怒りから一転し、元のキャスターに戻ったことを確認したアーチャーは、目元を険しくする。

 

「ソレを俺が許すと思うのか?」

「許さないだろうね。だから、無理矢理押し通らせてもらう!」

 

宣言すると同時に、人差し指拳銃のように突き出す。すると、その先から銃弾のような速度で放たれる水の弾。先程の水流を刃とするのならば、これは矢だ。

 

「今更こんなものを、攻撃として使うとはな。」

 

だが、いくら速く、鋭かろうが、水であることは変わらない。言わば、これは柔らかい銃弾である。柔らかい銃弾など、本物の銃弾の嵐の中を走り続けていた男からしてみれば児戯に等しい。

難なく、その弾を弾く。

 

「まだまだ」

 

だが、その一発では終わらない。今度は両手を突き出し、その先から水弾をマシンガンのように連発する。百や二百では足りない横殴りの豪雨がアーチャーに襲いかかろうとする。

 

「無駄だ。」

 

ソレを全て確実に避け、弾いていくアーチャー。

 

(…いやー…全く怖いなぁ。)

 

もう完全にいつもの調子を取り戻していたキャスターはこの様子を見て、若干の恐怖を感じていた。何故ならば、これだけの鋭すぎる豪雨の中に晒されながら、アーチャーは一度として、自分から視線をずらしていないからである。自分が逃げようというその一瞬を確実に見極める。そう目で言っている。

 

(だが、言っただろう。無理矢理押し通らせてもらう、と。)

 

豪雨を陰に、自らの体を加速させることで、アーチャーの元、頭上まで移動する。

 

「貴様馬鹿か?何度も同じ手を」

「いいや、この攻撃は小細工とか抜きで受けた方がいいよ?アーチャー。」

 

それは忠告だ。嘘偽りのない心からの忠告。その言葉を聞き、キャスターの姿を見た瞬間に瞠目した。

 

(なんだ?アレは、林檎?)

 

キャスターは口元に林檎を運び、シャリっと囓る。たったそれだけの動作だ。別に林檎を齧った時に嫌に犬歯が光ったとか、そんなんじゃない。なのに、異様に目を引いた。その理由が直後の異変によって理解できた。

 

ブワッとまるでサウナに入った時のような熱波が浴びせられたように感じた。いや、熱波じゃない。これは魔力だ。キャスターが林檎を齧った瞬間、その身の内から膨大な魔力が溢れて、自分の頬を叩いたのだ。

その様子にゾクリと寒気が走る。

 

(これは…まずい!)

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

巨人の鉄槌(ギガンタム・ウメリス)!!」

 

七つの紅い花弁がアーチャーを覆い、守る。

その後に来たものは重圧。いや、そんな言葉では生温いほどの透明な爆発の柱(・・・・)だ。ただ、縦方向に爆発が走り、アーチャーに襲いかかる。まるで、神話の時代、神に対抗するほどの力を持った巨人が拳を振るうかのような衝撃だ。いや、実際はそれ以上かもしれない。そうとまで思えるほどの途方も無い重圧。

 

(くっ、避けた方がいいのだろうが、この下はビル。万が一住人がいた場合取り返しがつかない問題になる。)

 

ビシリ、と何かに亀裂が入る音が立つ。それは重なった音だ。ビルの屋上のコンクリートと盾が同時にひび割れた音。それが鳴り響いた音が聞こえてきたのだ。

 

「くっ、うおおおおおおおおぉお!」

 

咆哮する。最小限の魔力で無力化するのではなく、最大の魔力でこの攻撃を無効化する。そうしなければならない。

英雄としての義務感がアーチャーを奮い立たせる。

 

その方向の間に、花弁は割れていく。一枚、二枚、三枚、四枚、五枚と割れていき、ついに残り一枚にまで迫ってきた。

 

「ちっ!仕方ない。贋者を覆う黒者(フェイカー・ブラック)!!」

 

手に自らの伝説を由来とする宝具を出す。そして、残り一枚の花弁に弓の楕円に反った部分を沿わせるように合わせて唱える。

 

熾天覆う七つの円環・二段強化(ロー・アイアス・ツヴァイ)

 

唱えると、紅い花弁はもともと纏っていた紅い閃光を更に紅くなっていく。例えるなら、鮮血のような、薔薇のような何者にも染まらないほどに紅。最早、盾越しにアーチャーの姿は確認できないほどにその紅は盾を染めていく。側から見れば禍々しい物だと誰かは言うかもしれない。黒が混じるというのはそういうこと。どんな時でも、黒は人々に都合の悪いモノを連想させる。だが、実際に見ればソレは美しかった。ビルの屋上に咲く一輪の巨大な花が夜空を照らす。黒に近いからこそ、夜の闇に映える黒混じりの紅。花弁はすでに一枚だろうとも、美しく、雄々しく、ビルを民をを守るために咲き誇る。

 

「おおぉおああああ!!」

 

繋げて上げられる咆哮。天を穿つようなその声を皮切りに重圧は消え去った。

 

屋上は散々たるものだった。巨大すぎる亀裂が稲妻のように走り、最早、いつどのような衝撃で、崩れてしまっても不思議では無いほどに…だが、それは下までは行ってはいなかった。アーチャーは守り切ったのだ。爆風のない不可視の爆発から、このビルを。

 

「しかし、投擲具ではなかったとは言え、熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)が破られそうになるとは、あのまま、やったとしても防ぎきれたかもしれないが」

 

辺りを見回す。すでに敵の姿は見えない。逃げられたのだ。

 

「ちっ」

 

忌々しげに舌打ちをした後、アーチャーはその場を後にし、跳躍することで、夏音の部屋へと戻る。

 

あれほどの戦いがあり、音もしたはずなのだが、どうやらスヤスヤと眠っている。そう、スヤスヤと…

 

「……。」

 

その寝姿をわずかの間、凝視する。そして、その後、仕方がないという風に、ため息を一つ漏らす。

 

「しかし、まあ、何だな。この島の住民は図太いというか、危機感がないというかそうでもなければこの島には住めないということなのかもしれないが」

 

と言いながら、部屋を出ていくのだった。

その部屋を出た瞬間、夏音の目が開いた瞬間を、目では確認せずに。




技名、結構気に入っている。

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