遠目から「見る」だけなら何の変哲もない雪山。麓には青々とした草原、山頂には決して溶けることのない万年雪。
しかしどうしたことか、風は凪いで、命鳴く声すら聞こえない、禍々しいまでの静寂に支配されたその地に、シンとミラの二人組は足を踏み入れた。異様な雰囲気にあてられたのか、歩を進めるに従って、口数は減っていく。
精神的にずっと張り詰めたままでいることは、想像以上に身体のパフォーマンスを悪くする。緊迫した状態に置かれ脳が疲れてしまっては、身体を効率よく動かす方にまで脳を使えない。リフレッシュが必要だろうと判断したシンは、山頂近くまでをショートカットできる洞窟の入口まで差し掛かると、休憩を提案した。
「こんなの...あたしが知ってる雪山じゃない。」
任務用に支給された携帯食料に口を付けつつ、ミラがぽつりぽつりと話し出す。
「普通なら、狩りが許可されるこのエリアに入る前から、ポポやガウシカみたいな大人しいモンスターは見かけるのが当たり前だし...ここまで来て虫の一匹も見ないなんて...」
しかしその独り言のような言葉に返ってくる言葉はない。この場にいる唯一の人間であるシンはミラの言葉に全く気がない様子で、かと言って得物の「ボーンスラッシャー」の手入れに集中しているわけでもなさそうだった。
業を煮やしたミラはシンに気づいてもらおうと、シンの目の前に手をかざして...
「おい」
ミラのかざした手は瞬時にシンに掴まれて、そのシンはどすの効いた声と視線でミラを威嚇する。数瞬の後、ミラはシンの手を振りほどこうとするも、シンの握力はそれを上回り、決してミラを放そうとはしない。また数瞬が過ぎる...
「いつまで掴んでんの」
「すまない」
手を解放してもらったミラは、シンのその紅い瞳に若干の
「何か殺気を感じないか。特定の方向からとかじゃなく、周囲そのものからさ。」
雪山に入った時からシンは、戦場で培われたその勘で 何か警告めいた雰囲気を感じ取っていた。殺気そのものが己に向けられているわけではない、そのような者の気配もしない。しかし「何者であろうが出て行け」とでも言うような排他的な空気が充満しているような、そんな気がするのだ。
「なるほど、わかんない。」
過去に狩場まで行ったことはあっても、本物の戦の経験値でシンに劣るミラにその感覚は理解ができなかったようで、結局殺気についての談義もうやむやなまま、ミラは黙って出発の準備を始める。シンも気乗りはしなかったが、任務は遂行してこそと割り切って先へ進むことにした。
「おーい、待ってくれ!」
ごつごつとした洞窟内部を、ヒマラヤの雪豹の如く疾走するミラ。対し、その凸凹と氷に何度も足を取られ、歩くのとさほど変わらないスピードでしか進めないシン。言葉も交わさないため、出発してさほど経っていないのにだいぶ距離が空いてしまうのは当然だった。
やっとこさシンが追いつくと、ミラが倒木の傍でしゃがんで何かをしている。
「アオキノコか、とりあえずとっとって...カラ骨は今はいいや」
追いついてきたシンにも気づかないほどの一心不乱さに、シンはなんだか微笑ましさを感じ、ミラを見守りつつ周囲の警戒にあたった。
採取し終えたミラがシンの方を振り返る。シンに気づくや否や「あ...ごめん...」ミラはとても申し訳なさそうな表情を見せた。
さっきの様子で大分和んだシンは、ミラの表情のしおらしさに思わず苦笑いが出る。それを見咎めたミラは何よとふくれる。
「気にすんなよ。俺は気にせえへんから。」
かつての仲間が好んで使ったこのセリフを、今度はシンが相方に対し使ってみる。シンが仲間内で孤立してピリピリしていた頃によく言ってもらった言葉だ。心の余裕一つで空気は変えられる、その認識がミラにも伝染したのかしたのか、自然と二人とも笑みを浮かべていた。
「ふふっ、何カッコつけてんの」
「他意なんかねえ、昔の
何気ない雑談が、二人の間に明るさを取り戻してくれた。まるでハイネがいた時のミネルバ隊のような雰囲気に、シンは「これがあれば戦っていける」と確信したのだった。
「よし、そろそろ先行こうぜ!」
洞窟を抜けた先は、シンが初めてこの世界に来た時と同じように白銀の世界だった。極地の夜特有のオーロラが、そのままでも幻想的な風景をさらに幻想的に飾り立てる。ここに来たことのあるはずのミラでもこの景色に目を輝かせている。シンは、その横顔を見て...
...思わず
「どうしたのよ............えっ、」
初めての雪山で初めて遭遇した「アイツ」がそこにいた。ミラもシンの表情を、次いでその視線の先を見て何が起こっているか理解したようだ。
遠目で見る今なら、奴の全体像がどういうものかはっきりと見える。
恐竜図鑑の肉食恐竜のページからそのまま立体化したかのような頭部。胴体と比較しても明らかに長く太い前肢にはコウモリのような皮膜状の翼が生えている。後肢はあまり目立たないものの、人間に
対しては十分に脅威となる大きさがある。その尻尾は太く、奴がこれを武器にしてくるであろうことは十分に考えられる。
ティガレックス。通称「轟竜」。雪山における絶対強者と教官も話していた、それほどに恐れられる化物。
その叫びが、戦の狼煙となった。
同じ頃の山頂付近、シンもミラもティガレックスも、もちろん草原エリアと同様にそのほかのモンスターもおらず、雪がしんしんと降りしきるそんな場所に、何かが割れる音がした。
氷の壁に、亀裂が走る。
もう一度、割れる音がした。
やがて音の間隔が短くなって、一帯に振動が起こる。その揺れたるや、地震にも匹敵するほどであり、亀裂もそのせいかどんどん大きくなっていく。そして...
砕け散った氷の壁の向こうからとてつもない強風が吹き始める。
まるで、雪山の他のエリアの凪いだ風が全て集まっているかのように。
いかがだったでしょうか。
感の良い方はこのクエの違和感の理由にはもうお気づきでしょう。
次回はいつになるかわかりませんが期待しないで待っててください。