土方歳三――義豊
趙雲子龍――星
徐晃公明――
孫乾公祐――
太史慈が、目を開けた。
古ぼけた天井が、一番に目に入ってきた。
死体として寝かされているのだろうかと、太史慈は薄ぼんやりと考えた。
「気が付いたかね」
聞き間違えるはずもない、あの男の声がすぐ真横から聞こえた。
太史慈が跳ね起きる。
光を背にするように、歳三は窓際の椅子に座っている。
顔は、よく見えない。
「随分と、寝ていたようだ」
「乙女の寝顔を見るなんて、趣味が悪いよー?」
「死んだ顔ならば、見慣れているさ」
笑いもせず歳三がそう言う辺り、太史慈は今の身の上を理解した。
太史慈は負けたのだ、この土方歳三という男に、殺されたのだ。
生物としてでの死ではなく、人間としての死を、与えられたのだ。
「そっか、負けちゃったんだね、私」
「言っただろう、私は強いと」
「ところでさ、あの最初のやつは一体何なの? 凄い音、咆哮みたいだったけど?」
「私と共に来るのなら、いつか教えるさ」
歳三は光を背にしたまま、太史慈を見ている。
視線だけを、太史慈は感じている。
「そうだ、路銀はこちらで用意してある。多少だが」
寝台の横の小机に、ずしりと銭の詰まった小袋が置かれた。
歳三の行動の真意が読み取れず、太史慈は目をぱちぱちとさせている。
構わずに、歳三は続けた。
「孫策と周瑜の元に帰るのを、私は拒むことはしないよ。だからといって、このまま遼東に居て、私たちと顔を合わせて気不味い思いをすることもあるまい。出て行け、と言っているようであまり好きではないが」
「ちょ、ちょっと! それは最初と言っていることが違うじゃないか!」
「ふむ?」
「あれだけのことをして、命まで懸けたのに、なんで私を手放そうとするのさ!」
「友と離れることの辛さは、私もよく知っているつもりだ」
視線が外れ、歳三が虚空へと向いたことを太史慈は感じた。
「自らの意思で、離れる決意をしてもらいたい。勝負に負けたからだけでは、いかないのだよ」
「私がいうのもなんだけどさ、らしくないよ?」
「だろうね。それは私も思うよ」
歳三の見る虚空に、近藤と沖田の姿がぼんやりと浮かんでいる。
太史慈の孫策と周瑜の関係は、歳三の近藤と沖田との関係に似ているだろう。
かつて、関羽に憧れていた近藤に付き合って、桃園の誓いの真似事をしたこと。
義兄弟の盃を交わしあったことも、よく覚えている。
それでも、歳三たちは離ればなれになった。
(道を違えるのは、難しいもんさ)
近藤は、皆で作り上げた新選組を守りたくて、斬首された。
沖田は、どうしようもない病魔に蝕まれ、この世を去った。
(そういう時代だった)
近藤や沖田だけではない、山南や坂本だってそうだ。
歳三にとって善であれ悪であれ、あらゆるものが時代の流れに飲み込まれていった。
時勢もあれば政局もある、身体のことも、生きている以上は切っても切り離せない。
例え生涯の友であっても別離の時はあり、死に別れる時もある。
(市村は、無事に日野にたどり着いただろうか)
ふと、そんなことを思った。
思ってしまうと、生き残っているであろう仲間たちの姿が思い返される。
(斎藤君や永倉君は、無事に新しい時代を迎えられたのだろうか)
と、考えて、歳三は
新しい時代の流れを拒みに拒んだ結果、訳の分からない時代に歳三は迎えられた。
奇縁にも程があるな、と笑い出してしまいそうだ。
(俺は生きている)
何故かは、歳三は考えていない。
生きているから、生きているのだという確固たる想いがあるだけだ。
太史慈に、視線を向けた。
どうしたものか迷っているという顔で、
歳三は太史慈の視線を無視して、椅子を立った。
「とにかく、そういうことだよ」
と、だけ言って
歳三の胸中は歳三自身でもよくわからない。
わからないから、わからないままに歳三は動いた。
そういうことだから、太史慈も歳三の胸中を推し量ろうとしても土台無理な話であった。
太史慈は歳三が出て行った扉を、我を取り戻すまで見つめていた。
◇
歳三と太史慈が城内端の襤褸屋で別れてから、
太史慈について問おうとしても、兵の調練があるからと歳三は逃げていた。
だから趙雲と徐晃は、事の顛末については聞かされていない。
聞かされていないから、各々の仕事をしながら日々を過ごしていた。
ある日、歳三が城主に呼び出されたのを見計らって、趙雲と徐晃は歳三を待ち構えている。
城主の部屋から歳三が出てくるのを待ちながら、趙雲は小さな声で言った。
「しかしシャンよ、珍しいこともあると思わぬか?」
「?」
趙雲の問いに、徐晃は小首を傾げた。
「城主殿の主に対する恐れ方、尋常ではなかった。それを呼び出すとは、少々腑に落ちぬ」
「単に、命令じゃないの?」
「そうだといいのだが……」
普段の不真面目な雰囲気が趙雲にないことに、徐晃は不安になる。
歳三といい趙雲といい、彼等の勘はよく当たることを徐晃はよく知っている。
だから余計に、不安だった。
そうこうしている内に、城主の部屋の扉が開いた。
「星と香風か」
歳三が、出てきた。
いつもの様に、無愛想な顔をした男である。
例え城主が相手であれ、簡単に
もっとも、今に始まった話でもないが。
「主、今日という今日は」
「待て、星」
歳三が、趙雲の言葉を遮った。
例の切れ長の目を、ぎょろりと光らせながら、歳三は言った。
「部屋を借りている。そこで話そう」
それだけ言うと、歳三はすたすたと廊下を歩いて行った。
趙雲と徐晃は一瞬顔を見合わせると、すぐに歳三を追いかけることにした。
◇
歳三が借りた、と言う部屋は城主の部屋から大して離れていないところにある。
ごく普通の、こじんまりとした質素な部屋だ。
椅子を一つ窓際に引っ張ると、歳三は腰掛けた。
「好きなように座ってくれ」
趙雲と徐晃も、真似をするように椅子を引っ張っていき、歳三の近くに腰掛けた。
「で、主よ」
「そうだな。では太史慈についてか、龍の咆哮についてか、城主の話。どれから聞きたい」
趙雲の機先を制するように、歳三は言った。
話す気になったらしい、そう思い趙雲は徐晃を見た。
「シャンよ、主からまず何を聞きたい?」
「えっと、良い話から聞きたい」
徐晃に、歳三は目を向けた。
「良い悪いが、あるとわかるのか?」
「なんとなくだけど。お兄ちゃんを見てれば、わかるから」
歳三は苦笑し。
「そうか」
と、だけ言った。
「では太史慈について話そう。つまるところ、私は振られたのかもしれんな」
「あれだけやっておいて、駄目とは。主らしくありませんな」
「ま、私からして孫策から離れるなという様な旨を言ったからね」
流石に、歳三の言葉に趙雲と徐晃は目を見開いた。
自分から、惚れただと負かすだと仲間にする等と言っておきながら、相反することをするのか。
行っていることが支離滅裂であるとしか、言う他ない。
「一番肝心な時に、説き伏せないとは、主は馬鹿なのですか?」
「私もそう思う」
趙雲の率直な批判に、歳三はけろりとしている。
事実、歳三自身も何故そんなことをやったのかわからない。
わからないままにやったのだから、散々馬鹿なことをしたと自分でも思っている。
しかし、悔いを含まないのが歳三であるから、案外とさっぱりしている。
「結局、どうやっても縁がなかったのだろう」
歳三が笑って、太史慈についての話は終わった。
趙雲も徐晃もそれ以上は聞かなかった。
既に、歳三の中では
聞くだけ無駄であるし、いつまでも頓着しない歳三が嫌いではないのも、ある。
場の空気を変えるように、趙雲が言った。
「主が型破りなのは前から知っております故、何を言っても今更ですな。残るところは龍の咆哮のタネか、城主の話。私としては龍の咆哮について、知りたいですが」
「ふむ、君たちが龍と呼ぶ、この銃のことか」
歳三が右腰に下げられた
太史慈との戦いの時に使われたものである。
黒光りする変な鉄の筒、趙雲と徐晃にはそうとしか見えなかった。
「本当にそれが、あんな音を?」
「そうだ。ここ、この引き金を引くだけで弾丸が飛ぶ
「威力はどれほどですか?」
「そうか、星は見たことがなかったのか。香風は知っているはずだ」
突然話を振られた徐晃は目を白黒させた。
「なんのこと?」
「私の、腹の傷だよ」
「あ……!」
ようやく得心したか、徐晃は声を上げた。
槍にしては細く、弓にしては太すぎる妙な傷。
歳三の負っていたそれを治療したのは、誰であろう徐晃である。
「あの傷……!」
「そうだ。
感慨深げに、歳三は言う。
「これがあれば例え戦を知らぬ子供でさえ、武の達人を殺すことができる一品さ」
歳三の脳裏には二人の剣客の姿がある、坂本と沖田である。
二人は誰よりも剣で強くありながら、銃への想いは真っ向から違っていた。
坂本は歳三にこれを渡しながら、無邪気に笑っていた。
――土方さぁよ。これがあれば、武士だけが特別な時代は終わるぜよ。
――しかし、誰でも簡単に殺してしまえる時代でもあるんだぜ、坂本さんよ。
そう言うと、坂本は悲しそうにしていたのも、よく覚えている。
――僕は嫌だな、こんなもので今までの僕が否定される気がして。
沖田は銃が便利で強力なものであると理解しながら、嫌っていた。
剣で強くなることに拘っていた男だから、尚更不満であったのだろう。
歳三は、二人の気持ちもわかったし、理解もしていた。
ならば歳三はどっちだったのかというと、歳三は答えられないし、考えないようにしている。
「……主は一体何者なのですか?」
趙雲が万感を抑える様な声で、言った。
槍の名手であるから、沖田の様な一種の嫌悪感が銃にあるのかもしれない。
剣を一流まで習っておきながら、
「それは、稟と風が居る時でなければ、不公平だ」
眠たげな眼をしながら、歳三は言った。
「いいでしょう。また追々話してもらうとして、そんなものを太史慈殿に向けていたとは、主は正気ですか?」
「正気だよ。使わなければ、死んでいた」
どこか、歳三の顔は苦々しげでもある。
「私自身が凄いわけではないからね。道具に頼って勝ちをとっても、太史慈に振られるのは、当然かもしれん」
「道具は使ってこそですぞ、主。私としては、そんなものが戦の主流になるのは御免ですが」
少し、空気が重くなった。
徐晃は何も言わないが、どこか嫌悪している様にも見える。
逆に郭嘉や程立は、喜ぶのだろうなと歳三はぼんやりと思った。
拳銃を元の拳銃嚢に戻す。
「この話はやめて、城主の話をしよう」
「今までのが良い話ということは、その絡繰よりも悪い話ということですかな?」
「そうなるな」
歳三はにこりともしない。
趙雲と徐晃が、真剣な眼差しで歳三の言葉を待っている。
歳三が、口を開いた。
「烏丸賊から、和平の使者が来たらしい。彼等は会談の相手として、私を指名しているようだ」
◇
歳三から詳細を聞いて、途端に趙雲と徐晃は顔を青ざめさせた。
こんなこと、和平の使者と思う方が間抜けか阿呆の極みである。
趙雲は顔を険しくしながら、それでも事態の解決を図ろうとしている。
「以前のシャンの偵察によれば、指定された場所は三方を点在する丘に囲まれた平原の、ど真ん中。兵の同道は中途まで、副官一人のみ同道可。向こうが設置した天幕内にて主が会談をする」
三方に小高い丘がある平原など、兵を埋伏させておくのにうってつけの場所ではないか。
ついでに兵の同道を拒否し、武人らしく向かい合って話し合おう、とまで言ってきている。
念には念を入れるとは言うが、ここまで入れてしまっては隠すこともできていない。
うむ、と趙雲が結論付けた。
「罠ですな」
歳三、頷いた。
「だがね、これは問題だよ。受けねば私の首が跳ぶ」
トントンと、歳三は首筋を懐から取り出した鉄扇で叩いた。
「既に烏丸から和平の使者が来て、私を指名していることが城内、兵のみならず城下の民にまで広まり始めている。これでは、どうしようもない」
見てみろ、と歳三は窓の外を差した。
市場で、店の軒先で、あらゆるところで何事かを喧伝している者たちがいる。
城主が此度の内容、民も知る必要があると歳三に言ったのは、このことであろう。
「受けざるを得ない、ということですか」
「そうだ。軍権を預けられているとはいえ、私は地位が低い。そもそも公孫賛殿の客将でしかないのだからな。下手に断れば命令違反で処刑されるのも、目に見えている」
断る、という選択肢は最初から存在していない。
如何にして、入らざるを得ない罠から生き延びるか、を考える時なのだ。
「本当に、受けるのですか? 主には逃げるという選択肢もあるのですよ」
「何もせず逃げる、というのを私が嫌いなのもある。が、これだけ民に広まっている以上、烏丸を敵に回すどころか幽州全体を敵に回すことになる。最悪、徐州に逃げ込んだとして美花でも
民を敵に回すことの怖さを、歳三はよく知っているつもりだった。
無力で暴力に対する手段を持たないからこそ、持たない者なりの手段を講じてくる。
京で長州の間者が蔓延ることができたのも、偏に京の民の協力あってこそであった。
無論、新選組に協力する民も居たわけだが、要はそういうことである。
「それに、組織からは簡単に逃げることはできんよ」
現に、新選組からの脱走者を全て捕まえ、処刑してきた男だ。
組織から逃げることの難しさを、よく理解している。
それが国、軍相手になれば尚更難しくなることを、心得ている。
「もう一つ、悪名は結構だが、汚名を被せられるのは私には耐えられん」
ここは歳三らしいなと、趙雲と徐晃は思わず微笑みを浮かべた。
勝つためなら何でもやる男だが、やはり誇りは持っているのだと嬉しくなったのだ。
歳三としては、一体どういう意味での微笑みかわからず、続けた。
「とにかく受けるしかあるまい。断れば死ぬのは十だが、受ければ一、二は生き残れる」
そう、締め
二人の言葉を待つように、歳三は腕を組んで趙雲と徐晃を見ている。
最初に口を開いたのは、徐晃だった。
「シャンは、お兄ちゃんについていくって、決めたから」
「それが地獄へ続く道でも、か?」
「お兄ちゃんなら、シャンを死なせないし、生きて勝つでしょ?」
「どうやら私は、果報者の様だ」
徐晃の言葉に、歳三は笑って答えた。
趙雲は二人のやり取りを静かに見届けると、いつもの口調で喋り始めた。
その顔は、晴れやかである。
「随分と、分の悪い賭けをなされるものですなぁ」
「それがどうかしたか?」
「いえ、主はもっと手堅い人かとずっと思っていましたが」
「私はそんなに器用な男ではないよ」
歳三は、ぶっきらぼうに答えた。
「やってもないのに死ぬのが、一番嫌なだけさ」
「では、何を考えているのですか?」
「命ある限り戦う、それだけよ」
歳三は笑った。
負け戦をこれでもかと経験してきた男である。
今更、苦境の一つや二つを前にしたところで、この男の笑みを崩すことはできまい。
生来の喧嘩師の、本領である。
趙雲と徐晃の言葉を覚悟と見て、歳三は口を開いた。
「なに、それでも勝算はあるさ。耳を貸してくれ」
趙雲と徐晃に、何事かを話した直後に、歳三らは出陣した。
烏丸の指定した刻限が、迫っていたのである。
よもぎもち様、誤字脱字報告ありがとうございます。