【恋姫†無双】黒龍の剣   作:ふろうもの

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《真名早見表》
 土方歳三――義豊
 趙雲子龍――星
 徐晃公明――香風(シャンフー)


軍権強奪

 (にわか)に城外が騒ぎ始めた中。趙雲がまず、口を開いた。

 

「主、先に一つ聞いておきたいのですが」

「なんだね?」

「正気ですか?」

 

 徐晃も、眼で歳三に訴えかけている。

 軍権を強奪しようなど、どう考えても完全な叛逆である。

 公孫賛と敵対する、と幽州全体に公言してしまうようなものだ。

 そもそも、そんな暴挙を烏丸襲来に怯える民が、許すか。

 時として民は強さを発揮するのだと、趙雲は暗に言っている。

 が、歳三は変わらず眠たげな眼である。

 

「正気も何も、私はいつだって本気だよ」

 

 と、言うと少し考えて、言い直した。

 

「流石に強奪は、言い過ぎたかもしれない」

 

 ほっと、趙雲と徐晃は息を吐いた。

 

「脅し取る、ぐらいか」

「変わっておりませんぞ」

 

 即座に趙雲が突っ込んだが、歳三は素知らぬ顔である。

 尚も何か言いたげな二人に向かって、妙な話を、歳三はした。

 

「昔、村の者を使って薬の元を収穫したことがあってな。私はその指揮が滅法うまかった」

「確かに、主の指揮ぶりを見ればなんとなくわかりますが、それが?」

「時々、(あに)ィたちがやってきて口を出す度に、作業の能率が落ちた」

 

 趙雲は理解した。

 命令が何箇所からも出ることによる兵の混乱を、歳三は危惧していると。

 無論、徐晃も理解している。

 しかし、歳三の行動はどう考えても過激と言わざるを得ない。

 

「ですが、主に降りかかるのは確実に悪名ですぞ」

「今更だよ」

 

 鼻で、笑った。

 

「悪名なんざ、着慣れてるさ」

「兵も民も、主を恐れるようになります」

「それがどうした」

 

 鬼だ、修羅だと、歳三は言われ慣れている。

 血が通っていないとも、木の股から生まれた等と噂されたこともある。

 ブリュネからは時に、血の冷たい吸血鬼の様だね、と半ば本気で言われたこともある。

 もちろん、歳三は吸血鬼の詳細を聞いてから、手を叩いて喜んだが。

 

(俺ァ、喧嘩師だからな)

 

 どこまでいってもそこまでの人間だと、わかっている。

 必要さえあれば、自分ではない誰かを担ぎ上げても良いとさえ、思っている。

 だから。

 

「私には、星が居ればそれでいい」

 

 涼やかな顔で、歳三は趙雲に笑いかけた。

 趙雲、なるべく平然を装っているが、耳を赤くしている。

 歳三はそれに気付かない振りをし、徐晃に向いた。

 

「もちろん香風もそうだ」

 

 照れたように徐晃が頬を掻く。

 歳三は続けた。

 

「二人だけではない、稟も風も、そして太史慈が居るのであれば、私は望外の幸せ者だよ」

 

 噛みしめるように歳三は言い。

 

「私が兵や民に好かれる必要はない。それは、私の()ではないさ」

 

 とまで、言った。

 歳三、しばし待つ。

 趙雲と徐晃に、言葉が染み渡るまで、待っていた。

 二人が頷いたのを見て取ると、歳三は行動に移る。

 

「さぁ、行こうか」

 

 もう、歳三の顔はいつもの無愛想に戻っている。

 歩いて行く歳三の背中を徐晃と追いながら、趙雲は主と仰ぐ人物を思い返していた。

 やると言ったなら絶対にやる男、それが土方歳三。

 嫌という程わかりきっていることではないかと、趙雲は心の中で溜め息をつく。

 同時に極度の高揚感も覚えている。

 趙雲自身も、自分が人を振り回す方だと理解している。

 それが、いつの間にか振り回される方になっている。面白いと言う他ない。

 正直な感想が、口から漏れ出ていた。

 

「主は嫌われ者になろうと努力されているのですなぁ」

「なに、性分さ」

 

 歳三は趙雲とのやり取りに、どこか懐かしさを覚えながら、苦笑した。

 沖田にも、同じことを言われたことがある。

 あの剽軽(ひょうきん)な若者が今の歳三を見たら、何と言うだろうか。

 ふと、気になった。

 

(いいさ。何とでも、言ってくれ)

 

 とだけ思うと、戦へと歳三は意識を切り替えた。

 

 

 城主の元へと殴り込みをかける、と言っては少し物騒が過ぎるか。

 止める衛兵を押しのけながら、部屋の扉を開け放った。

 中では喧々諤々(けんけんがくがく)の議論がなされているが、歳三は意見飛び交う最中へ平然と歩いて行く。

 部屋の中央でようやく足を止めた歳三に気付いたか、水を打った様に静けさが訪れる。

 城主も含めた幾人かが、歳三の顔を見て青い顔している。

 

(やはり、烏丸と謀りやがったのはこいつらか)

 

 しかし、今のところ烏丸との共謀について糾弾する気など、歳三にはさらさらない。

 歳三の頭のなかにあるのは、如何にして軍権を奪うかにある。

 猛者である趙雲と徐晃を左右に控えながら、歳三は言った。

 

「さて、烏丸がこうして城を囲んでいる中。貴殿らは如何なされる」

 

 歳三は静かに微笑んでいる。

 武官の一人が、勝手に城門を閉めるのは重罪である、と言ってきた。

 顔が、青ざめきっている。

 

「ほぅ、貴方は何もせずにこの城の民が烏丸どもに蹂躙されれば良い、と仰るのですか」

 

 冗談めかしながら歳三は言ったが、眼だけは笑っていない。

 

「それはつまり、この遼東の民はどうでも良い、と。貴方は思っている」

 

 武官が更に反論しようとするより先に、歳三は言った。

 

「真に遼東の民を思うならば、今は閉門に関して不問にしていただきたい」

 

 あくまでも民のことを思ってやったのだと、歳三は言っている。

 武官も馬鹿ではない、これを罪に問うならば遼東の民はどう思うか。

 押し黙る他、なかった。

 城主が声を震わせながら、貴殿ならどうする、と問うてきた。

 笑みを崩さず、歳三は言った。

 

「私は公孫賛殿の客将の身。全ての決定権は私にはありません」

 

 ですが、と続けて。

 

「私に全てを任せて頂けるのであれば、この事態を収拾してみせましょう」

 

 と、言い切った。

 一斉に批難の声が上がった。

 なんたる無礼、なんたる不遜と、罵詈雑言が飛んでくる。

 徐晃が己の得物に手を掛けようとしたのを、歳三は手で軽く制した。

 お前ならなんとかできるのか、と文官の一人が叫んだ。

 その言葉を待っていたと言わんばかりに、歳三は畳み掛ける。

 

「もし、私に全ての軍権を渡すのであれば。公孫賛殿と共に四方の敵を打ち破ってみせましょう」

 

 趙雲は隣で歳三を見ながら、内心感嘆した。

 救援の遣いを既に出していながら、まるで相手に悟らせない。

 どころか、遠回しにこの状態から救援要請までも出せると思い込ませる口振りである。

 更には嘘を一つも言っていないのが、余計に性質(たち)が悪くもある。

 大した役者ぶりである、と思いながら、歳三の肝は鉄で出来ているのだ、と再確認した。

 文官の一人が、城主に進言する。

 このまま歳三の言う通りに軍権を任せれば、裏切られるだけである、と。

 歳三は、言った。

 

「ならばこの城を枕としてお死になさい。私には先程述べた通りの秘策がある」

 

 軍権を渡して生きるか、渡さずに死ぬか。

 形としては譲渡を促している様に見えるが、半ば脅しであるし、強奪と言っても過言ではない。

 歳三には四方包囲の中で使者を出せる策がある、と城主たちは思い込んでいる。

 出せるから、公孫賛と連絡を取り合って烏丸を撃滅もできるし、逃げることもできるのだと。

 城主が震えながら、一つの印綬を文官に持ってこさせようとするのを、歳三は止めた。

 

「少しお待ちを」

 

 大きく肩を震わせながら、城主は歳三の言葉を恐々としながら待っている。

 

「私が全軍を預けられたことを、兵士のみならず人民全てに伝わるようにしていただきたい。烏丸との和平を、皆に広められた貴殿なら、できるでしょう?」

 

 ぎょろりと、歳三の眼が光って、城主を射抜いた。

 最早、城主は力なく項垂(うなだ)れるばかりである。

 こうして歳三は、遼東の城に於ける軍最高司令官に就任することに成功した。

 

 

 城を攻囲する烏丸を眺めながら、歳三は内心で(うめ)いた。

 

(暇な喧嘩だよ。やはり喧嘩は、守るより攻めるに限る)

 

 が、ここは生粋の喧嘩師である。

 守ることに関しても手を抜かないのが、歳三という男だ。

 城の兵力約6000を三隊各2000ずつに分け、8時間交代で防衛に当たらせた。

 この時、歳三の懐中時計が大いに役に立った。

 時間の概念を測る物としては使えないが、区切りとするならば十分役に立つ。

 休憩も食事も、ゆっくりと取れるので兵士の誰も、文句は言わなかった。

 

(相手も、単純過ぎる)

 

 防衛側は基本、城壁から弓を射掛け、壁に取り付くものに熱湯などを浴びせかける。

 烏丸は遊牧民族の側面が強く、攻城戦に関してはあまり経験がないのだろう。

 兵に関しても歩兵や騎兵ばかりであり、数で押せば城は落ちると思っている節がある。

 それも、ある意味では間違いないが。

 

(少し、見回るか)

 

 歳三は烏丸の矢を全く介さずに、悠々と城壁の上を歩いている。

 仮にも総大将がこれである、事情を知る兵は止めようとするが、歳三は知らない顔だ。

 一人の弓兵をじっと見ると、すたすたと歩み寄った。

 

「君」

 

 びくりと、兵士の肩が震えた。

 この兵士も土方歳三の雷名をよく聞いている一人だった。一見優男、その実は鬼の如し、と。

 三倍の兵力差を打ち破った話と、恨み言が流れるまでの苛烈な調練の噂を、何度も聞いている。

 そんな男に話しかけられて、恐れ(おのの)くなという方が無理だ。

 

「狙っちゃ駄目さ」

 

 何を素っ頓狂な事を言い出すか、と兵士は眼を丸くした。

 弓は(つが)え、構えて狙うのが当然のもの。そういった基本も知らないのか。

 と、叫びそうになるのを(こら)えた。

 あくまでも歳三は今、軍全権を預かる身である。

 下手な事を言ってしまえば、処刑されても何もおかしくはない。

 

「ふむ。確かに、弓に関しては私も素人だ」

 

 歳三の言葉に、兵士は顔からさっと血の気が引くのを感じた。

 全身から冷や汗が吹き出し、身体がとても重い。

 心を読まれている、としか思えなかった。

 化生(けしょう)か怪物が、眼の前に居るのではないかと思ったほどだ。

 だが、歳三は兵士を責めるどころか、勇気づけるように肩を叩くとにっこりと笑って。

 

「君は戦の素人だろう?」

 

 と、言った。

 一体どこまで見抜いているのかと、兵士はいよいよ恐怖した。

 歳三の言う通り、この弓兵は本格的な戦闘行為は初めてであった。

 調練は一通り重ねているが、実戦はない、典型的な例である。

 

「あの辺り、あの辺りを目指して()つんだ。人は狙えないが、地面は狙えるだろう?」

 

 地面に円を描きながら指差す歳三に、兵士は馬鹿にするな、とやや意気込んだ。

 しかし、歳三の言いたい意味がよくわからない。

 とりあえず射ちたまえ、と言う歳三。

 半信半疑のまま、兵士は言われた通りに弓を射った。

 するとどうだ、射られた矢が唸りを上げて烏丸の兵士の身体に刺さった。

 

「こうすれば敵の方から、飛び込んでくるようになる」

 

 次々と矢を射掛ける。

 先程とは打って変わって、面白いように矢が当たりだす。

 矢は、鉄砲と違って上に向けて射つとどうしても威力が数段落ちる。

 故に有効打にするには、ある程度城壁に近づくことが必要なのを、歳三は見抜いていた。

 歳三が差した辺りこそが、矢を城壁に射掛けるのに一番良い距離なのである。

 

「ほらね」

 

 それだけ言うと、歳三は興味を失った様にすたすたと去っていった。

 弓兵はしばし、黒い影の様な後ろ姿を呆然と見つめていた。

 

 

 烏丸の包囲が始まって、数日が経過した。

 日に日に、烏丸の兵力は増えていくようだったが、遼東の城はびくりとも動かなった。

 指揮が鋭いのもある。雷光のように一つの場所から飛び出す命令は、兵に混乱を与えない。

 猛将である趙雲と徐晃の存在も大きかった。

 が、一番は歳三の存在であろう。ぎょろぎょろと冷たい眼を光らせてどこにでも現れる。

 西の城壁を守る兵に助言を与えたかと思えば、東の城壁から烏丸を見下ろしていたりする。

 城の中で軍規に反する行動をしようとする兵士たちの傍らにふと、立っていたこともあった。

 妖怪としか思えない神出鬼没ぶりに、兵は烏丸よりも歳三を恐れていた。

 そして(くだん)の歳三は今。じっと、城壁の上に椅子を置いて座り、時折双眼鏡を覗いてる。

 

「防城戦とは、案外と暇なものですな」

「貝の蓋の様に閉じた城を攻めるのは、普通は下策だよ」

 

 こんな風に気軽に歳三に話しかけるのも、趙雲か徐晃しかいない。

 事実、呑気そうに話しかけたのも趙雲であった。

 

「それに、火砲がなければ城相手には攻め手が少ない」

「かほう、とは? 衝車(しょうしゃ)雲梯(うんてい)ではなくてですか?」

 

 歳三は趙雲の言葉にふむ、と頷くと。

 

「どうやら、私にはまだまだ学ぶことが多いようだ」

 

 と、だけ言った。

 趙雲の言葉から推測するに、歳三にとって未知の攻城兵器が、存在することになる。

 

(銃がなくても、面白れぇじゃねか)

 

 喜々として光り出す歳三の眼を見ながら、趙雲はまた余計なことを言ったかな、と思った。

 そんな風に趙雲が思っているのも露知らず、歳三は口を開いていた。

 

「それにね、こんなに楽な戦はないよ」

 

 歳三は眼下の烏丸に睨みを聞かせながら、言う。

 

「味方が来ると、わかっているんだからね」

「ふむ、では味方が来ない籠城戦を、主は経験したことがあるのですか?」

「あるよ」

 

 平然と、言った。

 五稜郭での、芯まで冷えるような寒さの日々を、歳三は今でも忘れていない。

 腹の傷も、時に疼くことがある。

 

「ではここに居るということは、勝ったと?」

「いや、負けた。そして土方歳三という男は終わる筈だった」

 

 面白そうに、歳三だけが笑った。

 

「妙な話さ」

 

 笑い続ける歳三に、趙雲は唖然とする他なかった。

 尋常ではない尋常ではない、とは思っていたが、この男は何者なのか。

 主君と定めて着いて行くと決めた以上、詮索をしないのが武人の在り方である。

 だが、あまりにも謎めいていて、確かめたいという気持ちも大きくなりつつある。

 趙雲がつい、聞いてしまいそうになった時、歳三が先に口を開けた。

 

「私は、稟と風を信じている。もちろん、太史慈のこともだ」

 

 歳三は趙雲に柔らかく微笑んでいる。

 その想いわかる、が今は待ってくれと眼が言っていた。

 趙雲は即座に、疑問の心を切り捨てた。

 今は、ということはいつかがあるということだ、と趙雲は受け取った。

 受け取った以上、気持ちは既に戦の中にある。

 

「公孫賛殿の軍は来る。だから私は、烏丸をここに貼り付けなければ」

「おや、それは一体どういうことですか?」

「烏丸を逆に包囲殲滅するには、このまま奴らに攻撃させ続けなければならない。しかし、どうも頭のキレるのはどこにでも居るようでな。退却の指示を出し、進言しているのが、居る」

「ずっと、千里眼を使っていたのはその為ですか」

 

 双眼鏡だ、と歳三は訂正してから、言った。

 

「やがて厭戦の気運は全体に広がり、烏丸は退却するだろうが、そうされては困る」 

「何か手はあるのですか?」

「あるよ」

 

 歳三は、即座に言った。 

 

「星よ。確か、酒に詳しかったな?」

 

 趙雲、今度は疑問符すら浮かべなかった。

 無駄な話を、特に戦の最中にするような男ではないと、わかっているからである。

 すぐに、答えた。

 

「ええ、それはもちろん」

「ここで一番質の悪い酒を、持ってきてくれ」

「どうなさるおつもりです?」

 

 にやりと、悪どい笑みを歳三は浮かべた。

 ああ、これは何か面白いことをする顔だな、と趙雲は悟った。

 

「烏丸の親玉に、一芝居打ってやるのさ」

「ほう?」

「耳を貸してくれ」

 

 何事かを、趙雲に耳打ちする歳三。

 策を聞き終えた趙雲は、悪戯(いたずら)を仕掛けるような悪童の顔をしていた。

 

「それは、面白そうですな」

「だろう? それにこれは、星だからこそより効果的でもある」

「その御心は?」

「誰から見ても、星は可憐な蝶だからね」

 

 真正面からそんなことを言われた趙雲はしばし、顔を赤くして立ち尽くしていた。

 歳三はそんな趙雲を尻目に、どこかに消えていたが。

 

 

 歳三、城壁の上にどっかりと胡座(あぐら)をかく。

 包囲する烏丸の中でも、一番派手な装飾品を付けた男が特に見えるような場所を選んだ。

 城主と組み歳三を暗殺しようとした、例の男である。

 他の烏丸の者たちも、何だ何だと歳三らに注目し始めている。

 傍らに徳利(とっくり)を持った趙雲と、武装をしていない兵たちが現れた。

 歳三は片手に杯を持って、趙雲に徳利の酒を(そそ)がせた。

 舐めるように飲もうとして、男に向かって酒を捨てる。

 無論、捨てられた酒が男にかかることなど微塵もないが、男は顔を歪ませた。

 偽りの和平会談での、再現である。これを侮辱と取らずになんと取る。

 

「烏丸のものは」

 

 よく通る声で、歳三は言う。

 

「馬の尻ばかり追い掛けているから、こんな可憐な女ではなく男しか見ないのだろう」

 

 兵たちが、大きな笑い声を上げた。

 武装をしていない者は、歳三が選び抜いた、敵の前でも笑える胆力を持つ兵たちである。

 続いて趙雲が、色香を辺りに振り撒きながら歳三に撓垂(しなだ)れ掛かる。

 歳三はあやすように趙雲を撫でながら、明らかな嘲笑を浮かべた。

 

「女も酒もわからぬ、馬鹿ばかりだ」

 

 男の顔が一気に紅潮し、赤ら顔になった。

 双眼鏡を覗かなくとも怒気を発しているのがよくわかる。

 周りが止めるのも聞かず、怒鳴り立てている。

 歳三に射掛けられる矢の量が、数倍にも増えた。

 依然として、歳三は相好を崩さずに趙雲を愛でている。

 

「主は、怖くないのですか?」

「烏丸の弓など、怖くはないさ」

 

 趙雲の問いに、歳三は続けた。

 

「弓で私を殺せるのは、私が知る中でも太史慈くらいだろうさ」

 

 言い切った。

 歳三の心中には、自分に矢など当たらないという信仰の様なものがある。

 その信仰が骨となり血肉となり、この男の面構えを作り上げているようだ。

 事実、この傲岸な男を恐れるように、矢は外れて飛んで行く。

 

「そういうものですか」

「そういうものだよ」

 

 趙雲も、歳三に愛でられる内にそんなものかと思うようになり、身を任せることにした。

 存分に烏丸を挑発すると、止めと言わんばかりに杯を投げ捨てて、歳三と趙雲は引っ込んだ。

 烏丸の攻勢は増々強まったが、歳三は笑うばかりである。

 

 

 一夜経ち、歳三の大芝居は大いに当たったことを誰もが知った。

 烏丸は撤退を考えることなく、遼東の城を落とさんと気勢を上げている。

 包囲する人数も増えるばかりで、城主と取り巻きの武官文官は顔を青くするばかり。

 一方、徐晃は芝居に呼ばれなかったことで、趙雲とは対照的に不満顔であったが。

 そんな中で歳三は一人、今日は何かあるに違いないと読んでいた。

 喧嘩師特有の、勘である。

 徐晃を副官に兵を集め、城門の前で静かにその時を待っていた。

 城外から悲鳴が聞こえたと同時に、城壁から声が降ってきた。

 

「白馬が見えます! 公孫賛殿です!」

 

 兵だけでなく、閉じられているばかりの民家からも歓声が湧いた。

 援軍来たる、ただそれだけで遼東の城全てが息を吹き返したようだった。

 (しら)せに、歳三にしては珍しく感動の声を上げた。

 

「いつか公孫賛が凡将と言ったが、あれは間違いだったよ」

 

 徐晃に笑いかけながら、言う。

 不満そうにむぅっと頬を膨らませながら、徐晃は歳三を見た。

 

「稟と風の、その意見を()れられる人間だ。立派な大将軍さ」

 

 歳三は嬉しそうに笑った。

 総大将が動かずに負けるという経験を、歳三はかつてしている。

 徳川将軍が動いたならば、旗本八万騎が働いたならば、と何度も苦渋を舐めてきた。

 公孫賛自らが兵を率いてくるということに、より感慨深いものがある。

 

「さて、我々も動く番だ」

 

 歳三は徐晃の頬を軽く突付(つつ)いて、そっと耳打ちした。

 

「これが終わったら、香風の言う事を何でも聞こう」

「本当?」

「私はね、人を(ぬか)喜びさせる嘘は付かない主義だよ」

 

 と、言うと兵に振り返り、兼定を抜いて大声で叫んだ。

 

「今こそ、城より打って出て公孫賛殿と共に烏丸を撃滅する時である!」

 

 城門を開かせる。

 右往左往する烏丸の姿が、見えてきた。

 わっ、っと兵士たちが(とき)の声を上げて、命令を待っている。

 

「全軍、私に続け!」

 

 走り出す歳三に続いて徐晃が大斧を振りかざし、兵士たちも武器を持って烏丸へと突撃する。

 兼定が、光を受けてぎらりと光った。

 

 

 公孫賛軍本隊と呼応しての、逆包囲殲滅は大成功に終わった。

 郭嘉と程立はやはり最高の軍師であると、歳三が何度も思うほどである。

 情報を集めれば集めるほど、歳三は感心する声を漏らさずには居られなかった。

 

「凄いな、稟と風は」

 

 兼定の血を拭いながら言う歳三に、徐晃は首を傾げた。

 

「二人は三方を通常軍で抑え、逃げ道を残していた。正に私がやられたのと同じだな」

 

 歳三が城から打って出ることも、織り込み済みとしか思えない兵の伏せ方だった。

 最初に姿を見せた白馬も、公孫賛が来たと烏丸に印象付ける為と歳三への合図だったらしい。

 将としての歳三の在り方を見抜いた上での、見事な采配である。

 結果、烏丸は極度の混乱の中、内から外からの包囲攻撃を受けて、壊滅。

 生き残った烏丸たちも、逃げ道として開けられた方へと吸い込まれていった。

 ここで凄まじいと歳三が思ったのは、最精兵の白馬義従がそこに伏せられていたことである。

 公孫賛と白馬義従の本体は、逃げ道に埋伏して潰走する烏丸を存分に打ち破ったようだ。

 大戦果だな、と歳三はひとりごちながら、徐晃に尋ねた。

 

「さて、香風に聞きたいことがあるんだが」

「なに?」

「臣下の礼の取り方を、教えてもらいたい」

 

 徐晃は眼を丸くして驚いた。

 皇帝にだって頭を下げそうにない男が、臣下の礼を知りたいなど天変地異の前触れでは。

 そう思うくらい、普段の歳三は無愛想で突飛で不遜な男なのである。

 

「お兄ちゃんが頭を下げる? 冗談?」

「冗談なもんか」

 

 歳三は憮然とした表情で言った。

 

「今の私は軍権を強奪した、いわば叛逆者だ」

 

 一応は譲渡の形を取っているとはいえ、讒言(ざんげん)一つで歳三の首は跳ぶ。

 特に遼東の城主と取り巻きは、公孫賛の到着を幸いと歳三の暴挙を訴え出るに違いない。

 だからこそ、歳三は更に芝居を打つ必要があった。

 

「そんな私が、処刑されずに生き残るには、公孫賛殿に軍権を返し頭を下げるしかない」

 

 徐晃は驚いた顔をしている。

 

「らしくない」

「当たり前だよ」

 

 くすくすと、歳三は笑った。

 

「稟と風が、公孫賛の近くに居るからこんな強硬策をしたんだ」

 

 信頼されている、と言えば聞こえは良いが、比例して随分と面倒なことを押し付けられる。

 とんだ部下思いの主人であると、徐晃は素直に思った。

 

「二人が可哀想」

「しかし、私らしくて面白いだろう?」

 

 徐晃は、歳三の言葉に笑って答えた。

 なんだかんだで、そういう歳三が好きなのである。

 遠くから、馬が一騎駆けて来るのが見えた。

 歳三は眼を細めて、呟く。

 

「ああ、やはりうまくやってくれたようだ」

 

 軍馬に乗って大きく手を振る太史慈に、歳三は微笑みながら手を振り返した。




よもぎもち様、誤字脱字報告ありがとうございます。
こころん様、脱字報告ありがとうございます。
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