【恋姫†無双】黒龍の剣   作:ふろうもの

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《真名早見表》
 土方歳三――義豊
 趙雲子龍――星
 徐晃公明――香風(シャンフー)
 程立仲徳――風
 郭嘉奉考――稟




 軍靴で土を踏みしめながら、歳三は徐晃と太史慈を横に、城門の入り口に立った。

 公孫賛が白馬義従と共に、趙雲に続いて来るのが見える。

 隣には、郭嘉と程立が控えていた。

 

(なるほど、随分と重宝されているらしい)

 

 歳三は嬉しくなった。

 郭嘉と程立の能力がちゃんと評価されていることか、もしくは公孫賛の度量に対してか。

 どちらも、というのが正しい。

 旗本でないからと、生まれが武士でないからと、迫害された。

 れっきとした身分ではないから、献策を()れられず侮蔑されたこともあった。

 そういった全てが流れていくような万感たる想いが、ある。

 

(公孫賛は、いいな)

 

 無愛想な面構えを崩すことなく、内心で歳三はそんなことを考えていた。

 

(しかし、今はそれどころじゃねぇ)

 

 ちらりと後ろを見れば、城から城主と取り巻きたちがやって来るのが見える。

 公孫賛に歳三について讒言(ざんげん)しようとしていることは、確実だ。

 けれども、この男はむしろ幸運だ、くらいにしか思っていない。

 

(こいつァ、手間が省けた)

 

 快勝に湧いている住民たちが、城主が城門へ走っているのを不思議に思うのは無理もない。

 野次馬よろしく、城門へと向かう者たちが現れ出す。

 誰かが公孫賛殿が来ている、と叫べば住民たちが更に集まりだす。

 いつの間にか歳三の周りには、人垣と言うには十分過ぎる人(だか)りに囲まれている。

 こうなるのを、歳三は待っていた。

 

(強いやつと喧嘩をするなら、騒ぎを大きくするこった) 

 

 これも一つの、手である。

 公孫賛が城門に付く頃には、いよいよ祭とも思える大騒ぎとなっていた。

 趙雲がさっと公孫賛から離れて、歳三に耳打ちする。

 

「これは一体何の騒ぎですか、主?」

「まぁ、見ていな」

 

 一瞬だけ、口の端に笑みを浮かべると、歳三は公孫賛に向いた。

 う、と公孫賛が少しだけ怯んだ。

 笑みも浮かべず、ただぎらぎらと光る眼を向けられては、大抵こうなる。

 十分に間を開けて、歳三は口を開いた。

 

「公孫賛殿」

 

 よく通る声だったが、続かない。

 次は何を言うつもりだ、と皆が歳三に注目している。

 公孫賛が、息を呑むのが手に取るようにわかった。

 趙雲から歳三が軍権を持っていることは伝わっているだろう、最悪の可能性を、考えたか。

 城主や住民たちも、同じことを考えているだろう。

 長い時間の様で、僅かな時が流れ。

 

「この度の大勝、お見事でした」

 

 世辞の言葉と共に歳三が地に膝を付け、両手を組み、(こうべ)を垂れた。

 完璧と形容して良いほどの、礼である。

 公孫賛は突然のことに戸惑っている。

 趙雲が、郭嘉が、程立が、知り合って日の浅い太史慈でさえ、目を見開き驚いていた。

 徐晃だけは、いつもの様にぼうっとしていたが。

 

「そして公孫賛殿がこの城に来られた以上、私の役目も返上するのが定め」

 

 歳三は懐から(うやうや)しく印綬を取り出すと、頭を垂れたまま、差し出した。

 

「この印綬をお返しします」

 

 唖然、という他ない。

 誰もが突拍子もない展開に付いていくことが出来ない中、郭嘉と程立はいち早く脱した。

 歳三の意図を、読み取ったのである。

 

「公孫賛殿」

「な、なんだ郭嘉?」

「こうして礼を取っている以上、印綬を受け取ることが貴女様の成すことです」

「う、うむ。わかった」

 

 公孫賛が白馬から降り、歳三から印綬を受け取る。

 歳三は尚も頭を上げることなく、再び手を組み礼の姿勢を戻した。

 恭順の意を、示していると言っていい。

 

「一つ、よろしいですかー?」

「なんだ、程立? 気になることでもあるのか?」

「はいー。この度の烏丸との戦、何か裏があるかと思いましてー」

 

 城主が、程立の言葉によって(ようや)く我に返った。

 口々に歳三が軍権を強奪したなど、烏丸を呼び寄せたなど叫び始める。

 徐晃や太史慈など、それぞれ斧と槍とに手をかけたくらいだが、趙雲が静かに諌めた。

 歳三が頭を垂れたまま動かないのが、不気味だったからである。

 

「そうですかー。この件は全て客将・土方歳三が招いたこと、と言いたいのですねー」

 

 程立の言葉に、城主と取り巻きたちは一斉に頷いた。

 

「では、この方を見てもらいましょうかー」

 

 誰をだ、と皆が疑問符を浮かべる中、縄に縛られて引っ立てられたのは、一人の男である。

 格好からして、烏丸。

 存分に打ち破られたせいか、身形(みなり)はひどく薄汚れ、猿轡(さるぐつわ)まで噛まされている。

 

「皆さんはこの人に見覚えはありますかー?」

 

 住民たちはもちろん首を横にふる。

 城主と取り巻きたちはぶんぶんと、音がするほどに横にふった。

 

「なるほど、ではそこで頭を下げっぱなしの人にも聞いてみましょうかー。」

 

 若干だが、程立の言葉には嫌味が混じっているように聞こえる。

 普段と変わらぬ眠そうな眼だが、事実歳三に対する批難が見えていた。

 しかし、歳三。

 そう言われても頭を上げようとせず、微動だにしない。

 これには公孫賛が心配した。

 

「どうした、土方?」

「客将である以上、公孫賛殿の命令なしに頭を上げない、ということでしょうー」

「な、なるほど……土方、もういいぞ」

 

 公孫賛の言葉を受けて、歳三はやっと頭を上げ、組手を解き立ち上がった。

 

「ありがとうございます。公孫賛殿」

「いや、あまりそう礼をされてもむず痒いな……ほら、土方はあいつに見覚えがあるか?」

 

 指差す先には、あの男が居る。

 歳三を殺そうと仕掛けてきた、烏丸の頭領である。 

 

「やぁ、和平会談の時にはお世話になりましたな」

 

 男が歳三を睨んだが、歳三は何処吹く風である。

 

「和平会談? 土方は交渉役だったのか?」

「ええ。烏丸からの直々の指名だと、城主から承ったので」

「それなのに、何故こんな戦になったんだ?」

「端から、私を殺すつもりだったからですよ」

 

 辺りがざわめいた。

 公孫賛も、なんとなく筋書きが読めてきたらしい。

 城主に対する視線に、厳しいものがある。

 

「私を殺すことにしくじり、逆上してこの城まで攻めてきたのでしょう」

 

 歳三の喋る予想に詭弁だと、城主が叫んだ。

 軍権を奪い取る為に和平を失敗させ、開戦に持ち込んだのだと取り巻きが続いた。

 公孫賛に対する叛逆が本心だと喚き立て、趙雲の門兵殺害を不法だと糾弾した。

 流石に、咎めずにはおけなかったのか、公孫賛が趙雲に問い掛けた。

 

「門兵殺害、それは本当なのか?」

「ええ、そのことに関しては否定するつもりはありません」

 

 趙雲はきっ、と城主らを睨んだ。

 ひっ、と悲鳴を上げて竦む彼等に、公孫賛は増々厳しい眼を向けた。

 謂れ無き責めであるならば、竦む必要などない。

 

「ですが、城門を閉じて主を締め出そうとしていたのは確かです。あのまま私が門を開けていなければ、主は門前で烏丸に取り囲まれ死んでいたことでしょう」

 

 趙雲の睨みに怯える城主らの傍ら、段々と住民らにも事の次第がわかってきたらしい。

 明らかに、歳三を殺そうとする段取りがあったように思えてきた。

 声にならない静かな殺気が、漂い始めている。

 郭嘉は敏感にその空気を感じ取ると、提案した。

 

「ではどちらが正しいか、聞いてみることにしましょう」

「聞いてみる? どういうことだ、郭嘉?」

「単に、真実を話せば罪を減じ死罪を免じるということです」

 

 公孫賛が黙って頷いたのを見て、郭嘉は更に続けた。

 

「更には最初に告発した者だけの罪を減じる、ということにしましょう」

「なるほど、わかった。それにはこいつも喋る機会がないと公平ではないな」

 

 す、と公孫賛が手を上げて烏丸の男の猿轡を解かせようとした。

 兵士が猿轡に手を掛けた、その時。

 城主の取り巻きの一人が叫んだ、土方歳三暗殺を企んだのは城主と烏丸の頭領だ、と。

 

 

 公孫賛は溜め息をつき、歳三は無表情で事の成り行きを見ていた。

 所詮は己の保身と嫉妬に狂い、利害関係の一致のみで繋がっていただけの組織である。

 一度壊れれば、後は想像するに(かた)くない。

 堤防が決壊したかのように、聞いてもいない悪事まで暴露し合う始末である。

 

「捕らえろ」

 

 呆れたように公孫賛が命令すると、兵士たちが捕縛に掛かる。

 私は罪を減じられる筈だ、と最初に叫んだ男が縄を掛けられながら叫んだが。

 公孫賛はそれ以外に罪があるようだが、と返すと口を(つぐ)んだ。

 

「あのー、できれば城主の人だけは残して欲しいんですけどー」

 

 程立の言葉を受け公孫賛は眼だけで兵士に指示すると、後には遼東の城主だけが残された。

 取り巻きたちは皆、兵士に捕まえられて城の牢へと連れて行かれている。

 残された城主には、じっとりとした冷たい目線が向けられていた。

 歳三たちの誰かではない、住民たちからの、視線である。

 公孫賛か、あるいは歳三による裁きを、期待しているようにも見えた。

 

「土方。今回の一件、思うところはあるだろうが、私の顔に免じてくれないか」

「元より私は単なる客将。許す許さないもありません」

 

 歳三はそう言うと。

 

「この者を裁くも裁かないも、公孫賛殿の一存にあります」

「私としては、土方の好きなようにしてくれればいいんだがな」

「この者を斬るのは簡単です。しかし」

 

 兼定の柄に手を掛けながら、歳三が例の、鋭い眼で睨みつける。

 城主は、ひぃ、と小さく悲鳴を上げた。

 

「斬ってしまっては、ここ遼東を守るものが居なくなる」

 

 遼東を去る、と言いたげな口振りに趙雲や太史慈が、首を傾げた。

 周りを囲む住民たちでさえ、怪訝な顔を浮かべている。

 

「あれ? このまま遼東に、幽州に居るつもりじゃないの?」

 

 もっともな疑問を、皆の気持ちを代弁するように太史慈は投げ掛ける。

 歳三は太史慈を向くことなく、城主を逃さぬかのように見ている。

 

「それとも、歳三はここが嫌いなの?」

「好きとか嫌いとかじゃないさ。私が居ても、この様な謀略が毎度起こるだけだ」

 

 城主を見る歳三の眼は、ぞっとするような寒気がする暗い眼である。

 生きた心地がしない、とはよく言ったものだ。

 切れ長の眼と、今にも刀を抜けるように柄に手を置いているのだから、余計に恐ろしい。

 ぶるぶると、城主は震えるだけである。

 

「ならば、私が去るのが幽州にとって一番良いだろう」

 

 歳三の言葉を、どこか予想していたという顔を、公孫賛はした。

 

「だからこそ、こいつを斬っては守りに穴が空く」

「ふむ。確かに私としても今回の件は許し難い。しかし、代わりとなる者を考えると、か」

 

 公孫賛が溜め息を()いた。

 

「よくて配置換え、しか手がな……」

 

 こうして領民の前で悩みを見せても、侮られないのが公孫賛の人徳であろう。

 公孫賛には誰もが同情し、頭痛の種となった城主の方を憎む。

 そういった向きが、住民にまであるのが公孫賛の統治の良さを表していた。

 だからと言って、丸く収まるという話ではない。

 

(人手不足というのは、嫌なものだな)

 

 歳三も公孫賛に同情しながら、露骨に安堵の表情を浮かべている城主を見ている。

 この場で許したとしても、城主が住民を危険に晒したという話はいずれ広がる。

 そうなれば、別の地で暗殺や追い落としといった憂き目が起こるのは、間違いない。

 公孫賛がいまいち煮え切らない態度なのは、そのせいだろう。

 しかも、ここまで一連の流れを見た住民たちは、今にも城主を叩き殺しそうな勢いである。

 

(少し、煽り過ぎたか?)

 

 今更ながら、芝居が過ぎたかと思う歳三であったが、どうしようもない。

 何か手は、と歳三が考えた時、視線を感じた。

 程立の眠たげな眼が、歳三を見ている。

 歳三、程立を見て即断した。

 

(全て、任せる)

 

 思いながら歳三は頷くと、眠たげな眼が趙雲の方へと向いた。

 趙雲が程立の視線を受けて頷くと、名案を思いついたかのように、言った。

 

「公孫賛殿。つまり、人手があれば主はこの者を斬っても良い、ということですかな?」

「その通りだが……」

 

 公孫賛が、悩ましげに答えた。

 さっきからわかりきっていることを、という視線が趙雲に刺さるが、彼女もまた、英傑。

 何百もの視線を無視して、さらりと言った。

 

「なら私が、主の代わりに次の城主が見つかるまで残りましょう」

 

 面白いように、城主の顔が引き()った。

 部外者が何を余計なことを、と叫びたそうにしているが、歳三の睨みの前では息も漏らせない。

 冷や汗と脂汗を、流すばかりである。

 

「今回は主に武功を持って行かれっぽなしですからな。ここは一つ、私も目立たなければ」

「それでしたら、風も今しばらくここに残ろうと思うのですよー」

 

 趙雲の言葉に程立までも同調した。

 程立が同道を願い出るのは流石に予想外だったか、公孫賛は少しだけ困惑している。

 

「私としてはありがたい申し出だが、土方はそれで良いのか?」

 

 公孫賛は真のお人好しである、と歳三は思いながら、少しだけ考えた。

 

(俺ァ、風に全て任せたんだ)

 

 任せた以上、歳三に異論を挟む気はない。

 目線を城主から、二人に向けた。

 

「私からも、頼む」

 

 とだけ、言った。

 趙雲と程立が、それぞれ頷いたのを見ると、兼定を握る手に力を込めた。

 城主が必死に命乞いをするのを、歳三は冷ややかに見ている。

 ふと、兼定を抜く手を緩めた。

 

(詰め腹は、多分ないのだろうな)

 

 隊士の不法を厳格に処罰してきた歳三のこと、少し気になった。

 斬首に処するのが順法であるか、と考えた一瞬を歳三の隙、と見たか。

 城主がやぶれかぶれに腰の剣に手を掛けた。

 剣が鞘を抜けるよりも早く、歳三の兼定が鞘走るのが早かったろう。

 鋭く半円を描く様に光った兼定は、城主の左胴を(したた)かに斬り上げた。

 向かい抜き撃ちの剣で、歳三の度胸と技量に叶うはずもない。

 あっ、と声を上げる間もなく、城主の遺骸がどうと地に倒れた。

 

(居合の()の字もなく、それでいて死に際も汚すとは)

 

 最後にはこうなるように仕向けたのは歳三であるが、少しだけ哀れにも思えた。

 武士というものは、いかに美しく死ぬかの生き物である。

 この様な無様な死を、自分が晒すことになるかもしれない。

 

(嫌だな、それは)

 

 兼定の血を(ぬぐ)って鞘に納めた。

 辺りは、不気味なほどに静まり返っている。

 

「とりあえず、死体を片付けてくれ」

 

 公孫賛がそう言うまで、誰も動かなかった。

 

 

「公孫賛殿。少し、遅くなりました」

「こっちが呼んだんだ。そんなに(かしこ)まらないでくれ」

 

 血と埃を洗い流す(いとま)くらい、なんでもない。

 そもそも、城内のある一室に歳三を呼び出したのは、公孫賛の方である。

 待つ身になるのは公孫賛だ。

 それでも、歳三は客将としての分を通そうとしているのだろう。

 傲岸不遜な男だが、案外と律儀なところもあるのだと公孫賛は思った。

 

「いや、しかし」

「おいおい、私がそこまで短気に見えるか?」

 

 歳三、即答した。

 

「見えません」

「だろう?」

 

 公孫賛は小さく笑った。

 鋭く砥がれた剣の様に、はっきりと物を言うところは嫌いではない。

 歳三に同じく座るよう促してから、公孫賛は言った。

 

「土方。私からの忠告だが、もう少し物言いを考えた方が良い」

 

 嫌いではないから、死なせたくないのが公孫賛という為人(ひととなり)だ。

 どうしても、言っておきたくなる。

 

「今の漢王朝は、口の聞き方一つで平気で殺しにくるぞ」

「肝に銘じておきます」

「嘘だな」

 

 まるで覇気がこもってない物言いに、公孫賛は苦笑した。

 

「土方は、(まつりごと)とは無縁そうだな」

「考えないようにしていますから」

 

 と、歳三。

 

「それに関しては稟と風。郭嘉と程立が居るから、任せていられます」

「ああ、確かにあの二人は稀代の逸材だよ。喉から出るくらいに欲しい」

 

 公孫賛は疲れたように言った。歳三はただ曖昧な笑みを浮かべるだけである。

 弱みを簡単に人に見せるのは、それだけ人を信じることができるからか。

 歳三にはわからない。

 

(私には、到底無理だ)

 

 一概に魔窟と化していた京都と、見たところ平穏な幽州を比べることは出来ない。

 出来ないが、公孫賛も歳三の知らぬところで、闇討ちや暗殺の危機はあったのではないか。

 それでもこうして、お人好しであり続けられる姿が、歳三は眩しくてたまらない。

 

(鬼や修羅に、人民を(やす)んじらせることはできん)

 

 自分には人を治める器が大きく欠けていると、歳三は公孫賛を見て痛感せざるを得ない。

 

「だから、土方が羨ましくもある」

「私が?」

 

 これには歳三、驚いた。

 公孫賛の在り方に羨望しているのは、むしろ自分の方であると思っていたからだ。

 珍しく呆然とする歳三に、憤慨するように公孫賛は言った。

 

「何を驚いているんだ。私が土方を羨むところを軽く述べるだけでも三つはあるぞ」

「私にだって少なくとも三つ、公孫賛殿を羨む所があります」

 

 眼が合い、少ししてからお互いに笑った。

 自分にないものを羨み合っている、ということに気付いたのだ。

 かたや無位無官の男、かたや一州を治める女。

 周りから見れば、どちらが大きく優れているかは一目瞭然だが、本人たちは違うらしい。

 

(ああ、お前の大福は大きかったな。総司)

 

 試衛館の頃の、他愛のない日々がふと思い出された。

 

 ――なんだ、お前の大福の方が大きいじゃねぇか、総司。

 ――何言ってるんですか土方さん。僕は大きい方をあげましたよ。

 

 どうにも(こら)えきれなくなって、歳三は一(しき)り笑ってしまった。

 

「他人のものはよく見える、が自分のものはよく見れない。大切なことを、忘れていた」

「そうだな。私も、土方にないものを持っているのだな」

 

 語る公孫賛の言葉には、嫉妬の感情が一切感じられない。

 それがまた、歳三の心を清々しくさせた。

 

(やはり、良い人だ)

 

 歳三が必要としている何かを、公孫賛は持っているような気がした。

 となれば、歳三の腰は軽い。

 

「そうです。私は、公孫賛殿を羨ましく思い、そして」

「待て、それ以上は言うな。土方」

 

 公孫賛が、歳三の言葉を遮った。

 相変わらずどこか疲れた笑みだったが、それでも公孫賛は力強かった。

 一瞬、歳三が気を呑まれた程である。

 

(ああ、これが公孫賛の本当の顔なのか)

 

 と、妙な納得と自分の見る目の無さを、恥じた。

 公孫賛は、続けた。

 

「土方、君は少しばかり結論を急ぎ過ぎだ」

 

 公孫賛は歳三が何を言わんとしているのか、気付いているのだろう。

 

「漢は広い。だからこそ、仕える相手を見誤らないで欲しい」

 

 気付いていながら、公孫賛はあえて受け入れなかった。

 歳三を受け入れれば、どれだけの利が幽州にあるか公孫賛がわからぬ筈がない。

 それでも、公孫賛は歳三のことを想って言ったのが、ありありとわかった。

 

「自分で言うのも何ですが、随分と思い切りましたな」

 

 大いに驚きながら、歳三は言った。

 

「何事も手に入れるのは難しいが、手放すのは更に難しいでしょうに」

「ああ。本当に、なんて馬鹿なことをしているんだろうと思っているよ」

 

 公孫賛は苦笑いを浮かべている。

 後悔の色が見えないのが、歳三にまた美しさを感じさせた。

 

「実を言えば土方を御しきれる自信もないし、郭嘉と程立からも止められていてね」

「稟と風が?」

「黒龍を飼うことの恐ろしさを、何度も教えられたよ」

 

 何の話か、と問うのを歳三はやめた。

 公孫賛は別に区切りを付けようとしている、と勘付いたのだ。

 それを止めるのは、歳三にはひどく無粋に思えた。

 

「土方。君は本当の意味で、仕える人を必要としないのだろうな。ただ戦うのに都合が良いから、従っているだけだ」

「そうかもしれませんな」

 

 否定は、しない。

 例え身一つに成り果てても、己の喧嘩をしようとしていたのが歳三という男である。

 幽州に来たのも、元はといえば自らの武名を広める為だ。

 ここまで公孫賛に入れ込むのも、歳三からすれば考えの外にあった。

 

「私もいつか、君の軍門に(くだ)る時が来るかもしれない」

「それは考えすぎでしょう」

「いや、私は幽州一州をどうこうするのが限界だよ。それが私の器さ」

 

 歳三は、何も言えなかった。

 

「私は土方を見ていると、そう思えてくる」

 

 公孫賛の姿が、どことなく流山での近藤を思い起こさせた。

 歳三には学というものがない、芯にあるのは単純な、喧嘩師の本能である。

 それしかないからこそ、歳三にとって物事とは全てが向いているか向いていないかでしかない。

 だが、公孫賛は違う。

 歳三よりも遥かに学があり、地位もあるからこそ持ってしまうものがある。

 そういう持ってしまったもの(・・)があるから、公孫賛は自縛する思考に陥っている。

 

(どうしようもなく、近藤さんと似ているのかもしれない)

 

 歳三はここに来て、熱病から醒めたような思いを持った。

 ただ、かつての盟友の姿を公孫賛に重ねていただけに過ぎないのかもしれない。

 公孫賛は歳三を見ているが、歳三は公孫賛を見ていない。

 これはとても、無礼なことだと歳三には思えた。

 

 

 しばらくの間、二人の間に沈黙が流れた。 

 歳三は眠たげな眼をして、じっと公孫賛を見ている。

 ふ、と公孫賛は笑って歳三を見た。

 

「別に土方が言う必要はないが、どうか受け取って欲しい。私の真名は白蓮(ぱいれん)だ」

「しかとその真名、この義豊が受け取りました」

 

 歳三は自らの諱を返答にして、頭を下げる。

 公孫賛が歳三に真名を預けることにしたのは、何故かはわからない。

 わからないが、受け取ることが公孫賛を知ることの一歩だと、歳三には思えた。

 

「義豊……それが君の真名か。しかし郭嘉らはそう呼んではいなかったみたいだが?」

「私の国では、真名ではなく(いみな)と、呼んでいましたから」

「ああ、呼ぶことを忌むのか。つまり歳三、の方が都合がいいか?」

「その方が、助かります」

「もう堅い物言いはやめてくれ。ああでも、示しが付かないから、その、二人の時にだが」

 

 いつもの調子を取り戻したかのように、わたわたとする公孫賛に歳三は微笑んで。

 

「わかった」

 

 とだけ言った。

 歳三は、既に公孫賛への羨望を断ち切っている。

 断ち切っているから、公孫賛の姿は凡将にしか見えなくなっている。

 人より素直でお人好しな、普通の女がそこ居た。

 仮にも一州を治める相手に並と表する歳三の感覚は、よくわからない。

 

「もう、いいか?」

「あ、ああ。すまなかったな。変に手間を取らせて」

「なに、私と白蓮の仲だ。気にすることはない」

 

 公孫賛が少し、顔を赤らめた。

 あまり、そういった経験がないのかもしれない。

 

(俺は何を見てたんだろうなァ)

 

 歳三の、正直な感想であった。

 

「白蓮、この先もしも私が他の誰かに仕えることになってもだ」

 

 だから、この約束も歳三の内から滲み出る想いからであるのは間違いなかった。

 

「私は必ず、貴女の味方をしよう」

「やめとけって。私は貧乏くじ体質なんだ。そんな約束、歳三が困るだけだぞ」

「なに、天下を敵に回したことくらいなら、既にある」

 

 鳥羽伏見の戦場で翻る、錦の御旗が思い出される。

 あれを思えば公孫賛の心配も、歳三にはちっぽけなものに思えた。

 

「今更貧乏くじの一つや二つ、なんてことはない」

「歳三の過去は、聞かない方が私の為になりそうだな」

「私自身、話しても信じられない事のほうが多い」

 

 二人して笑い合って、歳三は部屋を後にした。

 公孫賛が最後に見せた朗らかな笑みが、やけに印象的だった。

 

 

 部屋を後にして、さて徐晃との約束はどうなるものかと歩き出した矢先。

 程立が、立っていた。

 待っていたのか、と歳三が問うより先に、程立が口を開いた。

 

「お兄さん、お話があるのですよー」

「話とは、香風との約束についてかね?」

「それも後で詳しく聞く必要がありそうですねー」

「そうか」

 

 何かしらの形で郭嘉と程立にも報いなければ、と思っていた歳三である。

 徐晃との約束のどうこうを知られても、別に痛くも痒くもない。

 女も、喧嘩と同じくらい好きな男なのだ。

 城を落とすのも女を落とすのも、歳三からすれば同価値であろう。

 

「ともかく、お兄さんに風は話したいことがあるのですー」

 

 程立の眠たげな眼が、歳三に(そそ)がれる。

 いつになく真剣な眼差しを、歳三は感じた。

 

「わかった。それはどこでする?」

「既に準備は完璧なのですー」

「そうか」

 

 程立がそう言うのなら、そうなのだろう。

 歳三は程立の手際の良さを、郭嘉と同じくらい信頼している。

 

「では、付いて行こう」

 

 程立の後を、付いていく。

 歩幅は圧倒的に歳三の方が広いが、程立を追い越すことなくゆっくりと歩く。

 

(ああ、そろそろ話す時が来たのかもしれねぇな)

 

 これが程立と道を別つか否かの、分水嶺になるのではないのか。

 なんとなく、歳三は勘付いていた。




銀羽織様、脱字報告ありがとうございます。
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