【恋姫†無双】黒龍の剣   作:ふろうもの

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《真名早見表》
 土方歳三――義豊
 趙雲子龍――星
 徐晃公明――香風(シャンフー)
 程立仲徳――風
 郭嘉奉考――稟


月下の誓い

 月が出ている。

 城壁の上に腰かけながら、歳三は月を眺めていた。

 丸い月は、歳三の姿を闇の中でくっきりと浮かび上がらせている。

 

(不思議なものだ。戦乱の時代が来るというのに、月はこんなにも変わりない)

 

 そう思って、歳三は口角を僅かに上げた。

 鳥羽・伏見で見た月も、会津で見た月も、蝦夷で見た月も、同じだったではないか。

 少なくとも歳三には変化を感じ取ることができないくらいには、変わりなかった。

 

(真の意味での無慈悲とは、あのような存在を指すのだろうな)

 

 人や物事の動向にどこまでも無関心で、我を突き通す。

 そこに情はなく、手心もない。

 歳三は月から眼を離して、目を閉じた。

 瞼を通して優しい光が透けて見えるようである。

 

(が、これも一側面を見れば、無慈悲なものだ)

 

 歳三は目を開けた。

 見ているのは、星である。

 明るい月に負け、それでも懸命に光ろうとしている星を、歳三は見た。

 揺らめく星の明かりは、灯が消える様に(またた)いている。

 見ようよっては、月が星を消し去ろうとしているようにも思えた。

 

「……月明らかに、星稀なり、か」

「それ、お兄ちゃんが考えたの?」

 

 歳三は、振り返らない。

 声の主が誰かは、わかっていた。

 いや、歳三がこうして月を眺め始めた時から、彼女はずっとそこに居た。

 

「いや、誰だったか、相当に詩のうまい人物が考えた一節さ」

「ふぅん」

 

 徐晃は物陰からゆっくりと歳三に近づくと、座る歳三の膝の間に腰を下ろした。

 歳三の背が高いことは、何度も言った。

 その膝の間に徐晃が座ると、丁度父が幼子を抱いて座っている様な具合になる。

 当然、男であるならば動揺の一つも見せてもいいだろうが、歳三はぴくりともしなかった。

 変わらずに、ただ星を眺めている。

 

「香風は、いいのかね」

「なにが?」

「私は、気が狂っているのかもしれぬのだぞ」

「……シャンは、そう思わないかな」

 

 徐晃は振り向いて歳三の顔を見た。

 歳三も、星を見るのを止めて、徐晃の顔を見た。

 形の整った端正な顔立ちが、徐晃の目一杯に映った。

 

「何故、そう思う?」

「……お兄ちゃんは、シャンとの約束、守ってくれるから」

「こうすることがかね?」

 

 歳三は苦笑した。

 前の戦いのとき、歳三は徐晃に対しなんでも言うことを聞く、と約束をした。

 こうして徐晃を抱くように座っているのも、その一つである。

 

「約束したから、全部話してくれたんでしょ?」

「まぁ、そうでもある」

 

 歳三は徐晃を見つめながら、長い髪の毛を梳いた。

 徐晃は嬉しそうに目を瞑って、されるがままに甘えていた。

 

 

 それは歳三が徐晃と戯れている日の、昼の話である。

 

 

 真っ先に、かびの嫌な臭いが鼻をついた。

 日当たりの良くない、人が好き好んで近寄りそうにないところに、その部屋はあった。

 程立が扉を開けた時も、軋む音が酷い。

 ろくに掃除もされていないのか埃っぽくもある。

 そんなところに、徐晃を始めとした全員が集まっていた。

 程立に連れられた歳三が、最後のようだった。

 

「皆、居るのか」

「集められたのがこんなところとか、()になるよね」

 

 太史慈の言葉に、歳三は静かに首肯した。

 肺を、悪くしそうである。

 結核に苦しんだ沖田を、つい思い出してしまう。

 喉を思わずさすった。

 

「わざわざ、こんな部屋でなくても良いのではないか、風?」

「これから話すことは、人に聞かれては困りますからねー」

 

 いつもの口調で、程立は歳三に答えた。

 程立が理由もなく辺鄙(へんぴ)な場所を選ぶ筈もないかと、歳三は思った。

 

「特に漢王朝の正式な官位を持つ公孫賛殿には、ですけどー」

 

 流石に歳三も面食らった。

 さらりと、程立はとんでもないことを言った。

 何を話そうと言うのか、まるで予測が付かない。

 郭嘉だけは、事前に程立と話しているのか動じなかったが。

 

「一体何を話すつもりなんだ」

「いえ、まずは」

 

 郭嘉が太史慈を見た。

 

「あ、私?」

「そうです。歳三様から真名、いえ、(いみな)を授かっていることは聞き及んでいますが」

「私は太史慈子義、真名は梨晏(リアン)。よろしくね」

 

 真名は神聖なもの、と郭嘉から教えられている歳三である。

 こう軽くては、少々拍子抜けするところもある。

 そのまま、口に出していた。

 

「随分と、軽いな」

「だってさー、歳三が真名……じゃなくて諱を教えてる仲なら、いいかなって」

「そうか」

 

 本人がそれでいいなら、歳三に異論はない。

 さらに言えば、自分が信頼されているが故、と言われては歳三も悪い気はしない。

 武士というよりは侠客に近い習性だが、石田村の悪党(バラガキ)だった歳三には軽くその気がある。 

 何も歳三とて、最初から武士を目指そうとしていたわけでもないのだ。

 が、今それは関係ない。

 郭嘉は太史慈の変わり身の早さに怪しさを覚えているようだ。

 

「梨晏はなぜ、歳三様に付いていこうと思ったのですか?」

「んー、ついていこうと思ったからじゃ、駄目?」

「駄目です!」

 

 用心深い性格なのだろう。

 ましてや稟は軍師である、時として動物的な勘で物事を判断する武人とは訳が違う。

 冷静な判断こそが、すべてだ。

 

「それはな稟、主と梨晏は一度激しい時を過ごしあった仲なのだ」

 

 郭嘉を、趙雲が茶化すような言葉で遮った。

 訂正しようとした歳三だが、それよりも郭嘉の様子に(いぶか)しんだ。

 何やら顔を赤くして、ぷるぷると震えている。

 

「どうした、稟?」

「な、なな、なぁー!?」

 

 郭嘉は、鼻血を吹き出した。

 濁流、とでも言えばいいだろうか、とにかく凄い量である。

 歳三は目を見開いて驚き、辺りを見渡すが誰もがいつものことかという顔をしている。

 知らぬは歳三ばかりらしい。

 どころか、今初めて見たと言う顔をしている歳三が皆に驚かれている。

 

「はーい、稟ちゃんとんとーん」

 

 程立が郭嘉の首筋を叩き、郭嘉も鼻血の処置を施していく。

 いくら周りが平気な顔をしているとはいえ、歳三としては無事を確認せずにはいられない。

 

「おい、それは大丈夫なのか?」

「心配ご無用なのですよー。いつものことなのです」

 

 程立によれば、想像力豊かな郭嘉は、主に男女の極意(・・・・・)に関する妄想が極まると鼻血を噴出してしまうらしい。

 これはずっと前からある郭嘉の悪癖らしく、歳三の預かり知らぬところで何度も披露しているそうだ。

 そんなことを何故歳三が教えられてなかったといえば、皆知っているとお互いに思っていたから、である。

 確かに、これだけ派手な癖なら歳三が既に知っていると考えてもおかしくないだろう。

 

「本当に大丈夫か、稟?」

「え、えぇ。大丈夫です歳三様。癖みたいなものですから」

「心の臓に悪い癖だなぁ」

 

 沖田を労咳で喪った歳三には、少々(こた)える。

 歳三、血は見慣れているが、斬って出る血とは少々勝手が違うらしい。

 その辺りの感覚は、当人でなければ(いささ)かわかりにくい。

 

「稟の奇癖は、理解した。特に問題ない、ということもだ」

 

 歳三、仕切り直す。

 

「まぁ、確かに激しく戦い合ったよ。それで、お互いを認め合った」

「そうだね。あの時は歳三に殺されるかと思ったよ」

「私もさ」

「だったら少しは辛かったなーって顔してくれないと張り合いがないじゃんかぁ!」

「元からこういう顔だ」

「そういえばそうだったね」

 

 太史慈は、愉快そうに笑い、歳三はいつものむっつり顔で返した。

 郭嘉は二人の仲を静かに見ていたが、やがて溜息を一つつくと、眼鏡の位置を直した。

 

「歳三様と梨晏の件についてはわかりました。私からは以上です」

 

 次が本番か、と歳三が思ったとき、程立が前に出てきた。

 ゆらり、ゆらりと揺れながら、眠たげな眼を歳三に向けたまま、近づいてくる。

 

「どうした、風?」

 

 遂に歳三の目の前に来た風に、歳三は尋ねた。

 そして、風は。

 

「お兄さんは、この国の人ではなく、そしてずっと後の時代の人ですねー」

 

 と、言った。

 

 

「さぁ、どうだろうね」

 

 歳三、即座にすっとぼけた。

 なぜか、と言われれば簡単である。

 自分が後の世から来た、などと言い出す人間を、正気と思える人間がいるだろうか。

 

(……彼女は、私をどう思ったのだろうか)

 

 ふと、森で出会った女性を思い出したが、詮無いことだと切り捨てた。

 それよりも徐晃が、歳三をじっと見ている。

 

「お兄ちゃん」

「なんだね、シャン」

「約束」

「ふむ、確かに私は“なんでもする”と約束したがね、それは香風との話だ」

「じゃあ、シャンの前では誤魔化さないで、お兄ちゃん」

 

 歳三はじっと徐晃の眼を見た。

 綺麗な、紫色の瞳だ。

 ブリュネの持っていた鉱石図鑑でいう、アメジストにもよく似ている瞳が、歳三を映し出している。

 数瞬、視線が交差した。

 

「シャンは、絶対に信じるから」

 

 歳三は決意した。

 徐晃から眼を離すと程立に目で先を促した。

 

「具体的に例えるなら、私たちが歴史書になるくらいのーそんな感じの人ではないかとー」

「………………」

 

 郭嘉と徐晃以外の皆が、何を言っているんだという顔で程立を見ている。 

 しかし、歳三は否定も肯定もしない。

 それがむしろ不安を掻き立てた。

 皆が、歳三の顔を見ているが、いつもの通りの不愛想な顔をで、その感情はわからない。

 ゆっくりとした動作で腕を組んだ歳三は、程立の言葉に沈黙で答えるかに見え。

 

「よく、わかったな」

 

 初めて答え、肯定した。

 

「ここまで言い当てられてしまっては、言い訳のしようもない。神算鬼謀というものは、本当に敵に回したくないものだな」

 

 皆が声を上げそうになるのを、歳三は手を上げて制した。

 

「とはいえ、私はほとんど覚えてないのだよ」

「覚えていない、とは?」

 

 郭嘉が少しだけ眼を細めて聞いた。

 歳三の正気は後に置いておいて、程立の言う通り歳三が後世の人間ならば、それはどういうことか。

 それはつまり、如何様にも歴史の勝利者になれるということでもあるし、取り入れられるということでもある。

 ここに居るのは誰もが一騎当千の部将、あるいは権謀術数に優れた軍師。

 己の(はて)を容易に決めかねないことになるからである。

 が、歳三はそんな皆の心持ちの遥か上を言った。

 

「私は、あまり書物には興味がなかったからね。詳しくは覚えてないのだよ」

 

 歳三は図鑑は好きだが、文字ばかりの本はあまり好きではなかった。

 例外と言えば、仏蘭西訳本の歩兵操典くらいであろうが。

 

(近藤さんなら、覚えていただろうが)

 

 軍神・関羽を敬愛し、三国志を愛読していた近藤であるならば、彼女らすべての疑問に答えられていただろうが、生憎とここにいるのは歳三である。

 特に歳三は国の終わりによりも、人の生き様の過程の方に興味があった。

 

「忘れたと言っても、誰々が強いとか何者が軍師である、とかは覚えていたな」

「ああ、だからあの時、私の名前を聞いて主は驚かれていたのですな」

「その通り」

 

 趙雲の言葉に、即答した。

 皆が、沈黙した。確かに非常に突飛もない話である。

 が、しかし。完全に否定しきることもできない雰囲気が、歳三にはある。

 太史慈が、ちらりと歳三の右腰に下げられたものを見た。

 続いて徐晃が、趙雲が、郭嘉が、程立が、拳銃嚢(ホルスター)の拳銃を見た。

 歳三はというと、さぁらぬ体でお手上げというように両手を上げた。

 

「それに、完璧に覚えていたとしてもね、私はもう忘れたよ」

「では、この漢がどうなるとも忘れた、と?」

「その通りだ。星」

 

 歳三は続けた。

 

「私が読んだものは、皆が男だった。だから、もう忘れることにした」

「男!? えっ? 私が男だったの!?」

「そうだ、梨晏。更に言えば香風も星も稟も風も、男だった」

 

 歳三は鼻で笑った。

 

「くだらないとは思わないか? 男か女かの時点で間違っているのに」

「そうなのかぁ……ということは?」

「これからどうなる、と言われても困る。ということだよ、梨晏」

 

 

 ひとしきり皆が納得したところで、歳三は程立を見た。

 眠たげな眼を、あの切れ長の眼でそっと見据える。

 

「それに、実のところ風が私に求めているのは私の過去でもなければ知識でもなかろう」

 

 程立、答えない。

 

「そうだろう、風? 私が風に示すべきは実力、ただそれ一点だ」

 

 軍師の実力を生かすも殺すも、一番は優秀な将軍と兵士である。

 どちらが片手落ちになっては、どんなに強大であろうと軍は崩壊する。

 歳三は、それを間近で見てきた。

 そして今回の戦は、ある種の程立による試験が含まれていると歳三は見ている。

 

「それを私は示したはずだ。では、風。私を呼び出した本当の理由は何だ」

 

 歳三はじっと程立を見ている。

 

「夢を」

 

 歳三、口を挟まない。

 

「夢を見ましたー」

 

 程立が話すことに無駄があることないと、完全に信頼しきっている。

 いつものようにゆっくりと話す程立の言葉を、一言たりとも聞き漏らすまいと聞いている。

 

「泰山を登った風が、流星を呑んだ黒龍に乗って蒼天に昇る太陽を掴むのを、見ました」

 

 夢の話しか、と歳三は馬鹿にはしない。

 古来、夢見において危機を脱したり逆境を乗り越えた話は多い。

 歳三とて、亡霊がいるのであれば斬ってやると思うくらいには、その存在を信じている。

 

「お兄さんは、どう思いますか?」

「どう、とはわかりかねるな」

 

 歳三は苦笑した。

 

「いくら私でも、夢見の技術(わざ)はない」

 

 徐晃や趙雲、太史慈らもお手上げという様子だった。

 郭嘉が程立の言葉を補う。

 

「古来よりこの国において流星とは即ち、天の御遣いを指します」

「陽光とは、お兄さんがこぼした程昱の由来でもあり、そして――」

 

 

「思い返してみれば」

 

 徐晃を愛でながら月を眺める歳三が、不意に言った。

 猫のように身を委ねていた徐晃が、不思議そうに歳三を見上げる。

 

「もう少し言い方というものはあったかもしれんな」

「どうかな。シャンは、そうは思わないけど」

「どういうことだね?」

「お兄ちゃんはお兄ちゃんだから。いつも自信満々で、不愛想な方が、好き」

 

 歳三は思わず苦笑した。

 

「私に変わるな、と。そう言いたいのか?」

「ん……そんな感じ」

「難しい話だな」

 

 人は変わってしまうものだと、歳三は思っている。

 あの近藤でさえ、田舎の芋剣客から幕閣に名を連ねる周旋屋(政治家)になってしまった。

 京都の、魔力に呑まれてしまったのだと歳三は今でも思っている。

 では果たして、歳三は変わらなかったのか。

 そう思うと、この男にしては少しだけ不安になる。

 

(俺は、月ではなく星だからだろうな)

 

 綺羅星どころか巨大な月が、歳三の周りには大勢居る時代なのだ。

 いつか、自分が月の光に消え去ってしまってもおかしくない。

 だが、そんな不安も歳三の厚い胸板に寄り掛かった徐晃の体温が、すべてを吹き飛ばした。

 

「じゃあ、約束」

「うむ?」

 

 徐晃が、ん、と背を伸ばして歳三の唇に軽く口づけをした。

 紫色の瞳が、己の顔を映しているのを歳三は見た。

 

「お兄ちゃんは、お兄ちゃんらしくいて」

「ああ、わかった」

 

 月下、一人の男と一人の少女が約束を交わした。

 

 

 そして、全ての結果は明朝の東門にて明らかになる。




南門から東門に変更。次話でやりたいシーンができたので。
本当にごめんなさい。

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