【恋姫†無双】黒龍の剣   作:ふろうもの

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《真名早見表》
 土方歳三――義豊
 趙雲子龍――星
 徐晃公明――香風(シャンフー)
 程立仲徳――風
 郭嘉奉考――稟
 孫乾公祐――美花(ミーファ)
 太史慈子義――梨晏(リアン)
 公孫賛伯珪――白蓮(ぱいれん)


さらば幽州

 朝陽が登る少し前の、まだ暗さの残る東門の前に、歳三と徐晃は居た。

 明朝の開門の時刻までに集まるのが、皆と交わした約束であった。

 来ないのであれば、歳三を信じるに値する主君として認めない。

 そういう約束である。

 

(香風の他に、何人来るだろうか) 

 

 歳三はぼんやりと考えた。

 元より、人に好かれる性格であると思ってはいない。

 近藤の様な将器や、坂本の様な人の良さもない。

 そんな男に、誰が好き好んで付いていきたがるのだろうか。

 

(いや、それは香風に失礼だな)

 

 と、隣に立つ徐晃の頭を優しく撫でた。

 徐晃はややくすぐったそうにそれを受け入れている。

 歳三が自身を卑下することは、歳三を選んだ徐晃を下げることにも繋がる。

 それにだ、徐晃と約束した歳三は、こんな弱気になるような男ではない。

 

(私は、自信ありげで不愛想な男であらねばな)

 

 いつもの顔に戻ったと、撫でられながら徐晃は思った。

 どこか不安げだった瞳には、並々ならぬ覇気が宿り始めている。

 

「ん、お兄ちゃんらしくなったね」

「なに、香風のおかげだよ」

「おやおや、なんともまぁ、妬けてしまうご様子ですな」

 

 最初に現れたのは趙雲だった。

 腰には酒の入っているのだろう瓢箪と、壺がさげられている。

 旅装に見えるがあれが趙雲なりの正装なのだ。

 壺の中身は確かメンマと言う、趙雲の好物である。

 歳三も一度貰ったことがあるが、確かにこれは良いものだとこの男には珍しく、認めた逸品である。

 徐晃の頭から手を離して、歳三は言った。

 

「なに、月見酒に付き合ってもらっていたからな」

「ほぅ? ならば私との酒にも付き合ってもらってもいいのではないですか?」

「お前は酒量が多いのだ。ちびりちびりとやるのなら、考えてもいい」

「主は逆に少なすぎるのですよ。もう少し、酒を楽しむことを覚えるべきですな」

「努力しよう」

 

 歳三は小さく、趙雲は盛大に笑い合った。

 咎める声が、兵士からではなく別のところから上がった。

 

「星、まだ朝です。もう少し静かにするべきですよ」

「でも、その明るさが風にはいいところだと思うのですよー」

 

 郭嘉と程立も、揃っていた。

 郭嘉は旅装、程立は遼東に残るためにいつもの格好である。

 この集まりに、なにか懐かしさを覚えた歳三は少し考えて、思い出した。

 

「ああ、香風たちと初めて出会った時と、変わらぬな」

「そういえばそうですね。まさかあの時は私も風も仕える人を変えるとは思いもしませんでしたが」

「とか言いながら稟ちゃんも結構のりのりだったではないですかー」

「そ、それはそれですよ! 風!」

 

 と、俄かに騒がしくなり始めた時にやってきたのは、大きな三叉槍を担いだ太史慈である。

 

「酷いなぁ。私のいないところで昔話はやめてよぉ」

「いるところでされても、困るだろう?」

「そうかなぁ? 歳三の昔話は結構気になるんだよ?」

「梨晏」

 

 太史慈の言葉を強く遮ったのは、郭嘉である。

 

「歳三様の過去は」

「詮索しない、探らない、話してくれるのを待ってただ信じる。そういう約束、でしょ?」

「わかってるじゃないですか」

「そりゃね。私も雪蓮(しぇれん)と冥琳から離れて歳三に付いていく、って決めたからね。気長に待つよ」

 

 もっとも、と繋げて。

 

「とても自分語りが好きそうな男じゃないだろうけどね、歳三は」

「よくわかっているじゃないか」

 

 静かな視線の交差が、歳三と太史慈の間で起こり、すぐに離れた。

 一度激しく戦い合っていることもあるのか、二人の間には何か独特の呼吸の様なものがあるらしい。

 ただ一人だけ、歳三と戦ったことのない徐晃が軽くむくれているのを、歳三は見逃してはいない。

 

「歳三は覚悟しておいた方が良いよ~雪蓮と冥琳だけでなく、大殿様からもきっと眼を付けられるに違いないからね」

「なに、その点は心配いらないよ」

 

 歳三は静かな微笑みを浮かべて。

 

「私が、一番に天下へ名を上げるからな」

 

 一陣の風が、拭いた。遂に東門が開けられたのだ。

 歳三のオールバックを揺らし、羽織(コート)の裾を巻き上げる。

 昇りくる朝陽が逆光となって歳三の姿を陽光に隠し、黒衣も相まって魔神であるかのようだ。

 

「では皆、行こうか。徐州へ」

 

 ざっ、っと(きびす)を返し羽織を翻して歳三は行く。

 徐晃は歳三の横についていき、郭嘉は三歩遅れて影を踏まぬように付いていく。

 太史慈はそんな歳三の横に面白そうに並んでいく。

 それを趙雲と程立は、静かに見守っていた。

 

 

 ふと歳三が立ち止まり振り返ると、趙雲と程立はまだ歳三たちを見ている。

 東門は遠く小さくなった。

 人々の営みが始まり往来が増え始めても、変わらずそこに立っていた。

 

「歳三様は、果報者ですね」

「ああ。彼女らだけでなく、徐州には美花もいる」

「えっと、まさかと思うけどそれって……」

「青州の名豪族である孫乾公祐殿、と言えばわかりますか? 梨晏?」

「えっ、やっぱり美花か! いやー、幽州に来る際にお世話になったんだよね!」

「おや、それは意外な」

 

 郭嘉と太史慈が孫乾の話題で盛り上がる中、歳三は気付いた。

 東門の楼の上に、見覚えのある顔の人物が立っている。

 歳三はただ、その人に手を振ることもせず、ただ力強く頷き、呟いた。

 

「さらばだ、幽州。そして白蓮」

「……いいの、お兄ちゃん」

「ああ。私と白蓮は、それでいいのだ」

 

 ぽん、と軽く徐晃の頭を撫でると歳三はもう、幽州を振り返ることはなかった。

 

 

 徐州において、孫乾公祐の名は絶大であった。

 知り合いであることがわかれば尊敬され、更には窮地を救ったのがわかれば歓待された。

 そんなことを行く先々で繰り返されていては、流石の歳三も困り果てる。

 飲みなれない酒を、それも濁酒の様な不味い酒を否応にも飲まなければならない。

 これが悪意からくるものならばどうとでもできるが、何より善意から来るものである為に、歳三には余計に堪えた

 孫乾からの使いの馬車が来た時など、真っ先に乗り込んだほどである。

 

「歳三様は宴がお嫌いですか?」

 

 そう、郭嘉に問われたのを歳三は疲れた顔でこう返している。

 

「元々一人で膳を取ることが多かったからね、大人数は苦手だ」

 

 なにより、と続けて。

 

「人の好意になれてないのかもしれない。私は嫌われることが多かったからね」

 

 それだけ言うと、腕を組み眼を閉じた。

 傍目からは怖い顔をして考え事をしているのだろうが、よくよく聞き済ませば規則的な呼吸音が聞こえてくる。

 そうとは絶対に見せないが、気疲れしていたのか。

 郭嘉は歳三の心遣いに感心すると、顔を赤らめながら歳三の隣に座り、辺りを素早く見まわした。

 別の馬車に乗っている徐晃と太史慈はこちらに無関心であるし、うんと一人気合を入れた郭嘉が歳三の肩に自分の頭を載せた。

 

「ずっと風と頑張っていたんですから、これくらい……いいですよね」

 

 殺気に鋭い歳三であっても、害意がなければ起きることはしないらしい。

 郭嘉は屈強な身体から溢れ出す男の熱を心地よく感じながら、いつの間にか寝入っていた。

 

(希代の軍師といえど、稟もまた、乙女なのだ)

 

 と、思うのは郭嘉に寄り掛かられながら、起きていた歳三である。

 寝入っていたのは本当だが、郭嘉が隣に来た時には既に起きていた。

 ある意味、(ねや)であっても女よりは先に寝ないこの男の、奇特な習性であるとも言えた。

 

(しばらく、こうしていよう)

 

 郭嘉が起きて退()けるまで、寝たふりをするのが我が務め。

 乙女には恥を掻かせぬこと、これは男の責務であると歳三は自分に戒めているからである。

 夜陰を走る馬車の中、歳三は郭嘉の寝息を静かに聞いていた。

 

 

 徐州、孫乾の居城についた時には朝だった。

 郭嘉は素知らぬ顔で歳三の向かいに座っているが、夜半ずっと歳三の肩に頭を載せていたことを、歳三だけは知っている。

 が、言わぬが花と歳三もまた、素知らぬ顔で元の姿勢のまま、目だけを開いている。

 馬車が城門から往来に入った。

 人々が、ああ孫乾様をお救いなさった方だ、と口々に言ってありがたがるのには、閉口したが。

 

「立派なものだな」

 

 ぽつりと、歳三は呟いた。

 決して幽州の城が悪かった、というわけではないが、孫乾の居城はそれ以上に栄えているように見える。

 人の往来も、城壁の具合も、楼の高さも、堀の深さも、何もかもがよくできていると言わざるを得ない。

 

「美花の治政は目立たぬこそあれ非常に穏健で優れていると聞いています。それがこの結果であると、はっきりとわかりますね」

「うむ」

「それに、美花自身もそれなりの武人であると聞き及んでいます」

「美花が?」

 

 歳三は驚いた。

 あのはんなりとした雰囲気、人に尽くすことが喜びと言わんばかりの姿から、武具を振るう姿をとても想像できなかったのである。

 それに、武人特有の覇気の様なものを感じられなかったのも事実だ。

 

(いや、人を見た目で判断してはいけないと、何度思ったことか)

 

 改めて歳三は自分を戒めたが、郭嘉が補足を入れた。

 

「武人、と言いましてもできる、のであって歳三様の様に大変秀でているわけではありません。あくまで治政や外交が本業であって、武の方は自分の身を守れる以上には、ということらしいです」

「その割には、盗賊に後れを取っていたのだな」

「それはですね」

 

 郭嘉の声が俄然小さくなった。

 あまり人に聞かれたくない話、と感じ取った歳三は揺れに合わせて身体をよろめかせたように、郭嘉へと身体を傾けた。

 

「私たちもあれはおかしいと思い、幽州にて風と情報を集めていたところ、外患と結託して美花を追い落とそうとする豪族が居るようだという情報を掴みました」

 

 あまり内緒話をしているように見えては不味い、歳三は姿勢を正した。

 郭嘉の話が本当であるならば、それは一大事である。

 だとすれば歳三の到着を良く思っていない一団が、どこかに居るはずである。

 瞬間、歳三が殺気立つ。

 この群衆の中に暗殺者が居るかもしれない、その懸念が、漏れ出た。

 当然、続く馬車の太史慈と徐晃の二人にもその念は届く。

 二人が自らの獲物に手を掛けたのを、歳三は切れ長の眼でそっと見た。

 

「ともかく、私が最初にすることは」

 

 馬車が、城についた。

 城の前には、満面の笑みを浮かべた孫乾が立っている。

 歳三がひらりと馬車から飛び降りると、孫乾が駆けよって来る。

 そのままの勢いの孫乾を、歳三はそっと抱きしめた。

 

「帰って来たよ、美花。約束通りに」

「ええ。ご主人様の雷名、ここ徐州まで届いております」

 

 幾許か、お互いの温もりを交わし合った後、孫乾は何もなかったかのように歳三から離れ皆の方を向いた。

 徐晃らは孫乾の突然の行動に呆気に取られ、郭嘉に至ってはあの奇癖を披露するのも忘れている。

 

「皆さまようこそお戻りくださいました。そして梨晏も、お元気そうでなによりです」

「い、いやー、青州を通ったその節は、本当に感謝してるよ」

「うふふ、梨晏がご主人様と共にいると言うことは、梨晏もご主人様に惚れられましたか?」

「え!? あ、いや、私は別にそんなんじゃなくて、それに歳三は他にも……」

 

 助けを求めた相手が悪かった。

 土方歳三は生粋の女好きでなのであり、女性の扱い方は誰よりもうまい。

 

「天下の太史慈がそんな弱気でどうする。どうせなら私が土方の一番だと名乗ってみたらどうだ?」

「ああ、ええと……うう……」

 

 思わぬ伏兵を出された太史慈は答えに窮し、そして。

 

「へ、兵を鍛錬してくる! 美花との約束だったからな!」

 

 逃走した。

 

「あら、梨晏はまだ時間がかかりそうですねぇ。皆さま、道中お疲れでしょうから、宴の席とお休みになられる方には部屋とを用意しておきました。存分にお寛ぎください」

 

 そんなことを呑気に言う孫乾であった。

 

 

 歳三がまずこの城にてすることはなんてことはない、夜這いである。

 孫乾の用意した宴もほどほどに中座し、部屋に戻った様に見せかけて孫乾の私室に入り込んでいた。

 村の悪習ではあるが夜這いの技と、監察方を握っていた男の見事な合わせ技だった。

 さて孫乾が帰ってくるまで月でも眺めようかと思ったとき、部屋の扉が開いた。

 

「ご、ご主人さ」

 

 部屋にまさか歳三がいるとは思わなかったろう。

 思わず飛び出そうになった孫乾の驚きの声は、歳三の口づけによって塞がれた。

 そのまま、孫乾は抱かれるようにして部屋と引き入れられ、歳三は扉をしめる。

 未だ驚きの表情を隠せない孫乾に、歳三は優しく微笑みかけた。

 

「あの時の約束を、果たしに参りました」

 

 ああ、この人はなんてこんな声を出すのだろう、と孫乾はとろけるような思いだった。

 いつもの、傲岸不遜で不愛想な声ではなく、どこか初々し気で青年の様な声を出す。

 こんな姿を持つ男だったのか、と目が覚めるようだった。

 

「唇を、吸いますよ」

 

 既に奪っているくせに、何故今更そんなことを聞くのか。

 

「いじわるな人ですね」

「ええ。私はいじわるなのだ」

 

 また、唇を重ねた。

 一つ、二つと唇を(ついば)まれる度に、孫乾の身体は未知の熱さに燃え上がり始めて行く。

 しかし一方で歳三はその(・・)気にならないのか、不思議そうな顔をしている。

 いよいよ孫乾は切なくなったが、女としての矜持、最後の手前言えるわけがない。

 

「美花の唇はどうしてこんなにも甘いのか。花の蜜でも、塗っておられるのか」

 

 それなのに、目の前の男は素っ頓狂なことを言っているではないか。

 孫乾はいよいよ切なくなった。

 

「ご主人様、私は……私、美花は……!」

「わかっています」

 

 歳三の眼が、ぎらりと光った。

 あれは獲物を狙う目であると気付いた時には、孫乾の身体は優しく抱え上げられ、寝所の上に降ろされていた。

 見下ろされる形になるが、不思議と怖くはない。

 歳三が優しい微笑みを浮かべているからだろうか。

 

「今宵は、寝かせませぬぞ」 

 

 それが、孫乾が覚えている最後の言葉だった。

 孫乾の意識は、天に昇った為、(ねや)での睦言は歳三しか覚えていない。




amatou様、誤字報告ありがとうございます。
HAGI1210様、誤字報告ありがとうございます。
よもぎもち様、脱字報告ありがとうございます。

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