土方歳三――義豊
徐晃公明――
程立仲徳――風
郭嘉奉考――稟
孫乾公祐――
太史慈子義――
宴会とは華やかなるものである。豪奢なる料理が用意され、美酒と称される酒が大量に用意され、美しい女人が煌びやかな舞を踊る。
少なくとも洛陽から来た使者である
だが目の前の、宴会と称されたこれはなんだ。
粗末な机の上に乗せされた、とても洛陽の大役人をもてなすとは思えない料理の品。
安物としか思えない不味い酒。
女人どころか屈強な兵とうらなり瓢箪のような役人たちばかりが並べられている。
行宮は激怒した。
これは徐州陶謙の失態である、すぐさま美人で知られる孫乾を行宮へと奉公に出さねば取り潰しの沙汰を出す、と考えていた。
とにかく、下衆下根の考えそうなことである。
行宮は今回の視察の名目で、孫乾を己の愛妾として徐州より洛陽へと持ち帰るつもりであった。
既に、行宮の中では名手孫乾も、人ですらなく物である。
「?」
ぶるり、と行宮は思わず震えていた。
それが何故かはわからぬが、ひとまずは行宮の怒りの矛先はこの宴会に向けることにした。
向こうから孫乾連れ去りの名目を与えてくれたのは結構、その上弱者をいたぶることが出来ると言うのは、行宮にとっては絶好の機会だったからである。
「おい、そこの。これはどういうことだ」
「は、はっ……」
「これが、徐州のもてなし方か? 仮にも遠く洛陽より参った者をもてなすもののやり方か?」
「い、いえ……それは……」
「誰がこの宴を用意した! はっきりと致せ!」
「ひっ、土方様でござりまする!」
土方、と聞いて行宮は片眉を上げた。
確か幽州の方で、公孫賛と共に異民族相手に大戦果を挙げた者が、そんな名前だった気がする。
気がするだけである。
行宮にとって北方の異民族などどうでもいい、こんな舐めた宴会を用意したことの方が、大事である。
「今すぐそのものをここに連れてこい」
「は、は? で、ですが土方様は孫乾様の大切な御方、私どもでも呼び出すことは簡単ではございませぬ」
「貴様、孫乾を私より偉いと申すか!」
「そ、そのようなことは、けっして!」
「私は孫乾をいずれ愛妾に置くものぞ。土方がどうした、いますぐここに連れてこい!」
役人たちは怯えるばかりでどうしようもない。
もう一度、素晴らしい喝を加えるべきか、と行宮が思い出した時に勇気を振り絞った一人の役人が前へと進み出た。
他の顔を青くするばかりの役人どもとは違い、覇気十全に溢れ、更には色男でもある。
それが、行宮の気には食わなかった。
洛陽の大役人である行宮を前にして、右往左往する十把一絡げの役人どもが普通の反応である。
にも関わらず自信満々に、そして決して美男とは言えない行宮とは比べ物にならない男振りが、なおのこと気に食わなかった。
これは如何にしても殺さねばならぬ、と心内で思いながら、行宮は聞いた。
「おい、そこのお前。土方という田舎者はどこにいる?」
「田舎者の顔を、見たいのですか?」
「私は二度同じことを言わせるものが嫌いぞ? 土方を出せと言うておる」
「居るではありませぬか」
「なに?」
ばっと、服を脱ぎ捨て現れたのは、黒衣の偉丈夫である。
ひぃ、と役人たちの誰もが情けない悲鳴を上げた。
つくづく、芝居がかった登場が好きな男であるが、これは行宮の度肝を抜いた。
「私が土方歳三である」
敬意も愛想の一欠片もない名乗りである。
顔は不愛想に、声は冷徹なまま、そんな男を処罰せずにはいられぬ行宮であったが、続く言葉になお驚いた。
「孫乾殿の命により謀反を企てた貴様らの御用改めである。者ども、神妙にいたせ」
終わりだ、と役人の誰かが叫んだ。
行宮はようやく理解した。
顔を青くした役人たちが恐れ戦いていたのは、けっして行宮などにではない。
ここに立つ土方歳三にあったということである。
この事実に、行宮は周りが謀反人であるにも関わらず顔を真っ赤に紅くした。
一番偉いのは場において行宮でありそれが絶対である、それが破られたことに行宮は激怒した。
「おのれ! この無礼者が!」
そう叫んだが、飛んだ首が行宮の膳に乗った。
行宮でもあっても、いや、行宮だからこそ悲鳴が上がった。
本来、行宮のような男は人が首を斬られるのを遠くから眺めて笑っている男である。
近くで人が死ぬような乱闘があったことなど、この男の人生にはない。
「ひぃ!」
「孫乾殿に背いた反逆者である。皆、斬れ!」
歳三の怒号が、屈強な兵を動かし役人たちを斬り殺していく。
最初からこれは宴会などではない。
行宮の前で裏切者を殲滅せしめるための、偽りの会だったのだ。
兵の一人が、ぐいと行宮の身柄を引き寄せた。
そのまま、ひきずるようにして行宮を部屋の外へと連れていく。
「な、何事ぞ!? どこに連れていく!」
「兵の謀反……。すぐに洛陽に戻って」
それだけ言うと硬い石の床の上をずるずると引きずっていく。
服がまくり上がり醜く太った足が擦れ、肌が裂け血が噴き出し、行宮は悲鳴を上げたが兵はかまうことなく、城の裏手へと行宮を引きずっていった。
◇
「殺す、殺してやる……」
馬車上の人となった行宮がしきりに呟いている。
足は石畳みと砂の上を引きずりに引き摺られ、ずたずただ。
馬車に乗せられる時も、物でも投げ入れるかのようにぶんと、投げられた。
その後は汚いものでも触ったかのように手を払う兵の姿である。
少ない護衛として馬車の後ろについてくるその兵に、行宮は恨みの視線を投げかけるばかりであった。
「援軍」
口数の少ない、兵としては小柄な騎兵が、そんなことを呟いたのを行宮は聞いた。
見れば徐州の城の方から騎馬隊が駆けつけてくるではないか。
「……土方か」
その中に歳三の姿を見た行宮は露骨に機嫌を悪くしたが、騎馬隊の中に絶世の美人がいることに再び気を良くした。
三つ編みと肌を大きく露出した服、江東の方の女に多い褐色の肌、行宮は知らぬが名は太史慈である。
よいよい、と行宮は心の中で破顔した。
兵の無礼と歳三の無礼を、あの太史慈を嬲らせることで許してやろうと決めたのである。
瞬間、行宮の身に感じたこともない恐怖が襲いかかった。
歳三が、行宮をじっと見ている。
後にも先にも、行宮がこの視線を感じたのは、先の宴会の時だけである。
「ま、まさか土方!」
気付いた時にはもう遅い。
歳三が太史慈に何事かを伝えると、太史慈は強弓を構えた。
狙いは、行宮。
ひい、と思わず失禁しながら頭を抱えた行宮だったが、太史慈必中の矢は、行宮に当たることはなかった。
歳三、行宮などという愚物ごときに太史慈の弓を使わせるのを嫌ったのである。
太史慈の放った矢は、見事に馬車の車輪へと命中し行宮は地面へと放り出された。
「ぐうぅ……痛い……」
「お前に甚振られてきた領民や某たちのほうが、よほど痛かったと思うがね」
砂埃を立てながら、援軍こと歳三の軍勢が到着した。
不思議なことに、歳三たちの軍馬には紐で生肉が括り付けられている。
これも、歳三の策であるが行宮はまだ知る由もない。
ひらりと軍馬から降りると、歳三は行宮を引きずっていた小柄な兵に声を掛けた。
「すまぬな香風。こんな愚物の相手をさせて」
「別に、いい。でも、今度……その……褒めてくれたら、嬉しいかな」
「ああ。十分にその働きをしたよ」
ぐうぅ、と痛みに悶える行宮は目の前のやり取りをただ見るだけである。
本来なら行宮が付き従えている筈の美女を、目の前の男が、しかも愛によって従えているなど。
行宮にはとても理解できない現実だった。
なるほど、行宮は洛陽では万能の人物だった。
気に入らない男が居れば簡単に処刑できたし、気に入った女がいれば男がいようと婚約者が居ようと夫が居ようと強権で以て略奪し、己のものにしてきた。
だが決して、愛だけは手に入れることはできなかった。
悔しくなったのである、こんな洛陽の位階も持たない田舎者如きが、愛を持っていることなど。
「土方ぁぁぁ!」
それが恨みつらみとなって歳三への恐ろしい悪言となるが、歳三は素知らぬ顔だ。
どころか、耳を澄ませてみろと行宮に余裕をもって語り掛ける始末である。
心の中でありとあらゆる歳三への罵詈雑言を並べたてながら、耳を澄ませた行宮であるが、今度は別に恐怖した。
野犬の、唸るような声が四方八方から聞こえてくるではないか。
行宮が野犬に気付いたのを見計らってか、歳三は呑気に語り掛ける。
「野犬ですな」
「おい! はやくなんとかしないか!」
「ええ、すぐに」
すると、馬の後ろに引きずっていた生肉を、行宮へと投げかけた。
他の兵たちも、徐晃も太史慈も習うように生肉を行宮へとかけていく
「な、んな……きさ……ま! 何をする!」
行宮の言葉を無視して、歳三は馬に飛び乗った。
そして行宮に背を向けて、馬を歩かせていく。
辺りから響く野犬の声がだんだんと、大きくなっていく。
歳三はこれで最後と言わんばかりに行宮に振り返った。
「お前の様な小役人如きに、兼定も国広も、香風の斧も梨晏の槍も使うには値せん」
「洛陽では十常時……張讓様の……!」
「そうか。では、野犬にそう言ってみると良い。少しは手心を加えてくれるかもしれんぞ」
それきり、歳三は振り返ることはなく、兼定と国広の目釘を確かめていた。
悲鳴が聞こえ、肉を噛み千切る音が聞こえる。
歳三はそのまま無視して、腹心の二人に語り掛けた。
「香風、梨晏。このまま国境の
と、言うが歳三は笑って。
「もっとも、美花と稟が指揮しているのだから、とっくに終わっているかもしれないな」
と、言った。
徐晃はいつもの通りそうだね、という様な風であったが、太史慈は少し困惑顔である。
「歳三はさぁ……なんというかあれだね、うちの大殿様もよく虎って言われるけど、歳三は鬼だね」
「よく言われるよ」
不愛想に返した歳三に対し太史慈も。
「ま、らしいっちゃらしいけどね」
笑うことで返したのだから、太史慈も多分、歳三の持つ何かに
◇
徐州の国境、そこは幽州での隘路以来の地獄が広がっていた。
「酷い有り様だな」
と、その遠因を作り出した男は呑気にそんなことを言う。
元来、徐州では孫乾による穏和な融和策があった。
それは賊でもあっても帰農するのであればそれまでの罪は問わない、というかなり寛大なものだったのである。
他にも、ここで述べるには足りないくらいの融和策が孫乾統治下の元ではあったのだが、それでも謀反が現実的になるほどの賊が発生しているのが現実であった。
が、その現実を打ち破ることにしたのが歳三と郭嘉である。
孫候の策によって集められていた賊を、正規軍によって三方向から撃滅する作戦を二人は取ったのだ。
更生する余地なければ殺すほかなし、ということを徐州全土に知らしめたのである。
「それにしても、四方向から攻撃しないなんて、歳三も随分甘いんだね」
どの辺りが甘い、というべきかわからないが、太史慈が歳三にそんなことを聞いた。
「窮鼠猫を噛むと言う言葉もある。あまり逃げ道を絶つべきではない。それに、相手にもそれなりに頭の回るやつが居たらしい。
賊の殲滅が目的、とはいえあくまでそれ以上のことは望んではいない。
下手に国境を越えて侵略が目的と取られて周辺の州牧と対立することも、洛陽から討伐軍を送られることも望んではいないのだ。
行宮こそ始末したが、それ以上に敵対するような行動をすることはない、というのが歳三と郭嘉の共通の認識である。
歳三の短い言葉からある程度の事情を察した。
「なるほどねぇ……それにしてもさ、妙だね、この死体」
太史慈が死体の一つを槍でひっくり返した。
歳三には、剣で斬られた死体にしか見えない。
「どういうことだ?」
「頭だよ。どいつもこいつも黄色い布を巻いている」
言われて、歳三は周りの死体を見渡した。
首がなくなってしまっているのはともかく、太史慈の言う通り、賊たちは頭に黄色い布を巻いていた。
一体何を示すのか、と歳三が考えた時、徐晃がぽつりと呟いた。
「……青色を倒すのは、黄色」
「どういう意味だね、香風」
「風が言ってた。風水では青の次は黄だって」
徐晃の言葉に怪訝な声を上げた。
「……つまりこいつらは漢帝国を倒そうってことかい?」
「なるほどな。そして風の夢見もある」
「歳三も、そうなると思っているのか?」
「ああ。風は稟と同じくいつも的確だ。無駄なことなどはよほどのことがなければ言わない」
「ということは、この国は……」
「ああ。荒れるな」
突風が、歳三らの髪を揺らした。
それはこの国に吹き荒れる戦乱の予兆を感じさせた。
◇
そして歳三らの予想通り、城に戻ってすぐに各地で叛乱勃発の報告が飛び込んできた。
世に言う、黄巾党の乱である。
行宮
暗愚・うであんぐうというオリジナルキャラ。
孫候殿より覚える価値なしの一話限りで死ぬキャラなので忘れてください。
次回より黄巾党の乱ですが資料を集めなおすので更新遅れます。
後半は疲れからちょっと雑気味だから修正するかもしれない。
南斗星様、誤字報告ありがとうございます。
同じく十津川烏様、パンダ師匠様、誤字報告ありがとうございます。
今回誤字多過ぎですね……。
並べて三の丸様、誤字報告ありがとうございます。