【恋姫†無双】黒龍の剣   作:ふろうもの

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《真名早見表》
 土方歳三――義豊
 徐晃公明――香風(シャンフー)
 程立仲徳――風
 郭嘉奉考――稟
 孫乾公祐――美花(ミーファ)
 太史慈子義――梨晏(リアン)


青州討伐命令

 漢全土が黄巾党の乱で揺れる中、徐州はどの州よりも平和であった。

 先の政変があったにも関わらず、徐州再編が孫乾や郭嘉が考えているよりも早く終わらせられたのは僥倖(ぎょうこう)であったといえよう。

 一つは孫候の存在が大きかった。

 おおよそすべての叛乱分子、汚職役人のほぼすべてを先の宴会で一網打尽にできたのは、偏に彼の策である。

 もちろん、賊の殲滅もまた、徐州に多大な影響を与えたのは間違いない。

 孫乾は穏和な融和策だけではない、過激な強硬策も取ることが出来ると言う認識は、芽生えかける悪の心を一気に引き抜くのに一役買った。

 それと、影の引き立て役として黄巾党蜂起とほぼ同時に姿を消した行宮の存在である。

 徐州に訪れる度に民衆を苛め、多大な賄賂を要求していた男が消えたことは、民にかかる年貢が減り、更には洛陽からの監視の目を弱めることに繋がり、民心安んじからせるにはうってつけだったのだ。

 もっとも、存在そのものが害悪と言わんばかりに嫌われた男は、今頃野犬の腹に収まったことなど誰も知る由がなく。

 黄巾党蜂起と共に消えたので、黄巾党に加わったという報告だけが洛陽になされることとなった。

 つまり徐州は今、土方歳三を必要としないほどに戦火の種がない、ということである。

 

 

 徐州の孫乾の居城、執務室の一角を間借りした歳三が、郭嘉らと共に地図を眺めていた。

 見事な漢全土の地図である。

 郭嘉と程立が、二人して各地を放浪していた時に書き上げたという逸品だが、歳三が商人であるならばこれに持てる金すべてを出しても惜しくはないほどの出来であった。 

 その地図の上に、歳三が小刀片手に掘っていた木型を駒の様に置いていく。

 太史慈が、歳三の不可思議な行動に疑問の声を上げた。

 

「ねぇ歳三、その、駒を置くのは何の意味があるんだい?」

「こうすればどこにどれだけの敵が居て、どれだけの味方がいるかわかりやすいだろう?」

「そうだけどさ……ちょっと黄巾党の数、多くない?」

「まぁ、仕方ないさ」

 

 漢全土にて蜂起、としたが黄巾党の現れた地域は既に壊滅させられた徐州を除き、冀州・兗州・豫州・青州の四州が実態である。

 しかしこれら四州は関中とも呼ばれる平原の多くに集中し、実際大勢力となっている。

 これだけの数が相手では、流石の歳三であっても面倒だった。

 

(黄巾党つっても、もとは農民みたいなもんだ。まともにやっても面白くねぇやな)

 

 と、考えているのだから、黄巾党など脅威ではなく短期で終わらせるつもりでいる。

 むしろ問題は、黄巾党より後にあると歳三は睨んでいた。

 

「たった今、洛陽から命令が届きました」

 

 孫乾が一枚の文を持ってくる。

 何が歴史を変えることになるかはわからないことは、歳三は良く知っている。

 鳥羽伏見では、たった一枚の旗が勝負の明暗を分けた。

 ならばあの紙切れ一つが、その分水嶺になりかねないことを、歳三は勘ながら感じ取っていた。

 

「帝より大将軍に任じられた何進様より、各地の諸将は黄巾党討伐をせよ、とのことです」

「これで漢帝国は本格的に弱体化を露わにしたわけですか」

 

 郭嘉が顎に手を置いてそんなことを言う。

 確かに各地の諸将に討伐を任せるなど、洛陽に全土の黄巾党を討伐するだけの余力がないというのと同義である。

 つまり、洛陽の威光は地に落ちつつあると言うことだ。

 残っているのは、僅かな権力にしがみつき甘い汁を尚吸おうとする毒虫ばかりか。

 

「ええ、そしておそらくですがこの乱が終わった暁には」

「諸将の任地による軍閥化……群雄割拠の時代が来る、というわけです」

 

 孫乾と郭嘉の会話に、歳三は何も語らない。

 ただ手慰みに、木彫りの駒を作るばかりである。

 

(今は、俺の()じゃねぇ)

 

 歳三の本分は戦いである。

 今は、孫乾や郭嘉と言った、情報戦の状態である。

 そこに歳三が口を出しても邪魔なだけであることを、この男は良く知っている。

 

(今はただ、聞くだけさ)

 

 新しく二つの駒、皇帝と大将軍の駒を地図上の洛陽に置くと、歳三は盤上をじっと眺めた。

 徐晃と太史慈らも同じように、歳三が置いた駒を眺めている。

 

 

 半ば寝ているかのように、歳三は動かない。

 ただひたすらにじっと、自らが作った駒を眺めてみては、眼だけがぎょろぎょろと動いている。

 この男の頭の中では何が起こっているのかはわからないが、声を掛けるのが躊躇われる雰囲気があった。

 現に、孫乾に報告に来た文官が、端の方で座る歳三を見てはぎょっとしてそそくさと出て行く。

 何を待っているのか、と問われることもなくずっと、そうしていると、郭嘉がやってきた。

 

「歳三様」

 

 初めて、自ら掘った木像の様に動かなかった歳三が、首を動かした。

 目は、極めて眠たげである。

 

「どうした?」

「幽州の風から、情報が届きました」

「なんだって?」

 

 歳三の眼がくわっと開いた。

 途端に身体に精気が漲ると、身体の向きを郭嘉の方へと向ける。

 

「よく、間の冀州と青州は黄巾党だらけなのに届いたな」

「それはですね」

 

 と、郭嘉は白魚の様な指を地図の上に泳がせた。

 そこは歳三が駒を置いていない唯一の場所、海路である。

 

「梨晏は青州から幽州に渡るとき、美花に船を造ってもらったそうです。それを使いました」

「造船なんて一朝一夕でできるものじゃないだろう。まさか梨晏」

 

 揚州一体は川が多く造船が盛んな地域である。

 以前、酒の席に揚州出身の孫策と周瑜と幼馴染であると話していた。

 だから、まさかと歳三は思ったのである。

 幽州まで太史慈が居たのは造船技術の一部を盗んだからではないか、と。

 

「いえ、それはないそうです」

 

 即座に、歳三の懸念は郭嘉によって一蹴された。

 ならどうでもいいか、と歳三は気持ちを切り替える。

 

「出所はれっきとしたものなんだろうな?」

「ええ。設計図自体も、梨晏の門出にと渡されたものらしく、揚州では既に古くなっているかもしれない設計図だそうです」

「そいつはいい。大軍を動かすのには船は重要だ。美花に渡しておかないとな」

「それに民の流通手段も格段によくなりますし、河川の整備に流民を使えます。これで更に黄巾党に加わろうとするものたちは減るでしょう」

 

 郭嘉は今でいう公共事業を行おうと言っているのである。

 流民といえど元は民、賊にも黄巾党にもなる存在だが、きちんと遇してやれば民として根付く。

 そう言った効果を狙ったものであろうことは、歳三にもなんとか想像できた。

 

(まぁ、その辺は郭嘉ならうまくやってくれるだろうさ)

 

 郭嘉を信頼しているからこそ、歳三は前で戦えるのである。

 しかし今、歳三が欲しいのは戦うための情報である。

 そういった主の雰囲気が変わったのを敏感に感じ取った郭嘉は、これまでの話をすっとやめると本題を切り出した。

 

「風の献策ですが、黄巾党の乱に乗じて青州一円を歳三様が乗っ取ってしまおうとのこと」

 

 歳三の眉がぴくりと動いた。

 これからは徐州孫乾の土方ではなく、青州の土方となる。

 つまり、大名格に一歩近づくということになる、と歳三の単純な頭は理解した。

 その上で、一つだけ聞いた。

 

「できるのか?」

「できます」

「なら、やろう」

 

 程立と郭嘉ができるというのなら、できると歳三は信じている。

 そして、二人ができるというのならできる力が己にあるとも、歳三は信じている。

 鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌に、見た目はむっつり顔のまま立ち上がった歳三は部屋を出ようとして。

 

「それと、これは風からの情報ですが、義勇兵を募っている妙に強い一団がいることと、歳三様らしき人と子をなしたとされる猛将が荊州に居る、とのことです」

 

 どこか思い当たる様な情報(はなし)を聞いて、初めて何もないところで躓きそうになった。

 居住まいを正すと、じっとりとした眼でこちらをみる郭嘉に向かって一言。

 

「いずれ荊州にはいかねばならんな」

 

 と、だけ言った。

 

 

 程立からの問題情報が無事全員に行き渡った中、洛陽から遂に黄巾党討伐の命が来た。

 それを、歳三は針の筵であるはずなのに平然とした顔で聞いている。

 徐晃や呆れ顔の太史慈はともかく、郭嘉など射殺さん勢いで見ているにも関わらず、だ。

 

「内容を頼む、美花」

「はい。我ら徐州一門は州内の乱を治めた後、青州の乱を討伐せよ、とのことです」

「なら、すぐに向かえるな」

「そうですね。ですがご主人様は荊州一門と共に行動した方が良いのでは?」

「そう拗ねるな美花」

 

 歳三は苦笑している。

 女で失敗しようともけっしてこりないのが、この男の真骨頂である。

 孫乾の耳元で一言二言、恐らく他人には理解できない睦言を呟くと、孫乾は顔を赤くして下を向いてしまった。

 一体何を言ったのか、驚く太史慈と郭嘉だが、歳三は鋭い流し目でそれを黙らせた。

 もう、ここに居るのは女好きの歳三ではない。

 戦好きの、鬼と呼ばれた歳三である。

 

「それでだ。私たちは青州の親玉を叩く為に出撃することになる」

 

 が、と歳三は続けた。

 

「馬鹿正直に真正面からでは敵の大将に辿り着く前に、こちらの兵力がまず足りなくなる」

 

 幾ら相手が民兵とはいえ、宗教で団結した一団である。

 歳三、その時代の人ではないから一向一揆の凄まじさは知らないが、近藤の歴史講義を寝物語に聞いていたのだからなんとなく面倒くささがわかる。

 それに、京都時代では宗門はいかなる高位の御人と繋がっているかわからないという、恐ろしさがあった。

 

(いつの時代も、宗教ってのは厄介なもんだな)

 

 厄介だからこそ、歳三には秘策()がある。

 

「ちまちまやってても仕方ないな。久しぶりに、やるかね」

「やるって、何をさ?」

 

 太史慈が聞いたのを、歳三は意味深に笑い返した。

 

(京都ではご法度だったが、ここは京都じゃねぇからな)

 

 いくらでも使える、という精神的余裕がある。

 もっとも、これを余裕というには些か、異常であると言わざるを得ないのだが。

 果たして歳三の秘策とは。

 

「火付けだよ」

 

 歳三の顔は、あくまで不愛想である。

 

「要はこうだ。油の入った(かめ)と僅かな食料をわざと奪わせて、村だが砦だかに運び込んだところで火矢を放つ」

「私は?」

「本命の梨晏は油甕を狙って壊してくれれば最高だ。これは夜襲の必要はない」

「でもさ、私でも狙えない位置に甕があったらどうするのさ」

「梨晏が弓で狙えないところに油甕があるならば、兵を黄巾党に偽兵して夜半に火付けを行う。これは夜襲になるな」

 

 歳三は最後までむっつり顔のままで、黄巾党が迎えるだろう結末を口にした。

 

「そしてどちらも火が回って混乱してきたところを三方向から殲滅する、降服は認めない」

 

 平たく言えば撹乱作戦からの奇襲、殲滅攻撃である。

 言ってしまえばこの前の孫乾と郭嘉らによる三方向攻撃からの、更に大掛かりな作戦だ。

 確かに残酷ではある。

 これまでは剣、槍、矢だった死因の中に混乱による圧死と焼死が加わるのだから(むご)いといえば惨い。

 が、黄巾党が各地で行っている略奪や凌辱の嵐の話を聞けば、当然と思わざるを得ないのも、戦乱の常であると言えた。

 

「お兄ちゃん」

「どうした、香風?」

「なんで三方向からなの? 今回は越境は気にしなくていいんでしょ?」

「今回は窮鼠猫を噛むのを心配しているんじゃない。こういう戦はさっさと頭を叩くに限る」

 

 歳三はとんとんと頭を叩いた。

 

「得てして、そういう頭の連中は守りの堅い要塞に居るものだ」

「? じゃあさっさとその要塞を落せばいいじゃないか?」

「その要塞になりそうな場所が、風と稟の調べでいくつあると思う? 梨晏」

 

 太史慈は押し黙った。

 歳三は何も地図の上に無作為に駒を置いていたわけではない。

 守りの強さや兵の強さ、現状わかる食料の多寡を微妙に変えて彫り上げていたのである。

 これを見て、絶対にここが黄巾党の頭がいる、とはわかるはずがなかった。

 何よりも同じ大きさの駒が、つまりは同じくらいの兵力の黄巾党が多過ぎるのだ。

 

「つまり逆の発想さ。支城になっている村や砦を落して逃げていくやつらを追っていけば、自然と頭の居る要塞は割れる。それにだ、人が増えれば自然と消費する食料も増える。これで敵の戦闘力は間違いなく落ちる」

 

 そして歳三は更に先を見ている。

 人が増えれば食事の量は増える、これは自明の理だ。

 圧死、焼死が加わると言ったが、黄巾党の死因に更に餓死が加わるのは間違いない。

 郭嘉が、当然食料が減れば行うであろう略奪を気にしてか、歳三に聞いた。

 

「周辺の作物は?」

「我々がすべて収穫したのち、焼き払う」

「お待ちください、それでは民衆への怨嗟は私たちの方に向くことになります」

「全部黄巾党がやったことにすればいいのさ。そんなの誰も気づきやしないよ」

 

 平然と、歳三は言った。

 太史慈はようやく、自分が付いてきた人は本当に鬼なのだと納得した。

 元々、生きたままの人間を野犬に食わせるなど、尋常の感性などではないとは思っていた。

 死体の検分ができないからと、理に適っているからと普通やるだろうか。

 だが、それをやる男が目の前に居る。

 こんな非道ともいえる作戦を幼馴染は取るだろうか、と知らず比較して太史慈は首を振った。

 

「でも、でもさ。それでも民衆からの反感が間違いなく来るんじゃない?」

「なら、軍からいくらか供出できるようなものを作らせるんだ。汁飯とかなにか、そういうものなら(かさ)を増せるだろう。民衆には恩も売れる、黄巾党は付近から略奪しようにもどうにもならない、結局籠るしかない。どうだ、良い案だとは思わないか、梨晏?」

 

 歳三は笑っている。

 だが眼は笑っていないことに太史慈は気付いた。

 幼馴染もこんな笑顔をするが、ここまで獰猛さが見えない笑顔も初めてだ、といよいよ比べ始めていた。

 

「そして、命を懸けて出てきても腹が減ってふらふらの、どうしようもない連中だ。殺すのは容易いだろう」

「では、完全に籠る体制に入られたらどうしますか?」

「落すのは簡単だよ。夜に大量の篝火を焚いて出て来なければ皆殺し、投降すれば命を助けると夜通し言ってやればいい」

 

 歳三はなおも笑っている。

 

「城内に満ちているのは火付けで蹴散らされたか、夜襲で散々火矢を叩き込まれた連中さ。その怖さは身に染みてわかっている」

 

 だから、と歳三は続けた。

 

「火が付こうが付かまいが、ひたすらに火矢を放つ。そうすればいずれ内部で暴動が起きるだろうさ」

 

 歳三の話は、容易にその光景を想像させた。

 一本通しに話が通り過ぎているから、想像力豊かなものが聞けば吐き気を催すかもしれない。

 

「私はね、人よりは恐怖の感情の出所を理解しているつもりだよ」

 

 その癖、この男自体は恐怖の出所が滅茶苦茶な場所にあるのだから尚更性質(たち)が悪いのである。

 

「この作戦、幽州の公孫賛と連携を取りながら青州を取り戻すぞ」

「確かに公孫賛殿も冀州奪還を袁紹や曹操殿と協力して取り返すよう命を受けていると思いますが……」

 

 郭嘉は珍しく消極的な声で言った。

 別段協力しなくても青州は取れると郭嘉は踏んでいる。

 だから歳三の一人手柄で青州を、洛陽からぐうの音もなく統治権を奪い取りたい。

 それがわからないお人でもあるまい、と視線を向けると、歳三は郭嘉ににやりと笑って返した。

 どきり、と郭嘉の胸が高鳴った。

 読まれている、という期待があり、そしてやはり読まれていた。

 歳三は郭嘉にではなくあえて徐晃へと尋ねる。

 

「香風よ、私は確かに三方向から殲滅すると言ったな」

「うん」

「なにも皆殺しにするよりも、他の土地に逃げて行ってもらった方が簡単だと思わんかね?」

「つまり、残った黄巾党は冀州と兗州に押し付ける、ってこと?」

「違うよ、押し付けるんじゃなくて頼むんだよ」

 

 くすくすと歳三は笑った。

 

「その間に俺たちは豫洲の援護に行く」

 

 す、と歳三の顔から笑顔が消えた。

 郭嘉、これでお前の不安は取れたかと言わんばかりの、無表情である。

 

「さて、郭嘉から見てこれはどう思う?」

「多少の穴はありますが、ほぼ異論はありません。後は完璧に詰めていきましょう」

 

 ああ、やはり読まれていたという想いと同時に、この人に付いてきて良かったと言う万感たる思いが、郭嘉にはあった。




このままだと反董卓連合まで間に合うか不思議なのでちょっとペースアップするので質が若干落ちているかもしれません。
申し訳ありません。
後、資料が必要になるのは豫洲戦辺りなのであと一話、うまくいけば投稿できる、かも?


次回、「徳の人」

鬼と仁が出会う、はず。

DANTE MUST DIE様、誤字報告ありがとうございます。

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