土方歳三――義豊
趙雲子龍――星
徐晃公明――
程立仲徳――風
郭嘉奉考――稟
太史慈子義――
歴史上、土地を治める大名や
が、だいたいの場合においては領地を武力によって簒奪されることがほとんどだ。
平和的な方法で変わるのは、将軍や王による命令か、あるいは子孫への継承か。
さて、歳三らの場合、青州をものにするとはどういうことか見てみるとしよう。
現状青州を領地としている孔融と歳三らはなんら血縁関係もなければ一部を除いて面識もないし、領地を譲ることを考えるほど孔融も
無論、今の洛陽から歳三が青州を賜る可能性などないに等しい。
ならば、残る手段は武力による簒奪しかないわけである。
しかしかといって、洛陽の正式な官位を持つ孔融を攻撃すれば、即ち歳三らも朝敵。
つまりは黄巾党と同じく、他の勢力に追われる不届き者になり果ててしまう。
(が、そこで黄巾党が蜂起したのに意味がある)
と、歳三は兼定をゆっくりと鞘に納めながら考えた。
(孔融が、もし孔融が黄巾党によって死んでしまえば、俺たちが暫定的に青州を治めるのはなんの問題もねぇはずだ)
そも孫乾公祐は青州と徐州をまたにかける有力豪族であるし、太史慈などはそれこそ青州東萊郡の生まれで地元民にも名前を良く知られていると言う利点がある。
孔融が死ぬ、この一点に歳三らの青州攻略の意味が変わることになる。
だから、郭嘉と程立は軍勢を二つに分けたのだ。
北の幽州からと、南の徐州から、青州を真っ二つに割るように軍勢を南下、あるいは北上させ黄巾党の東西の繋がりを絶つ。
続いて軍勢を西の冀州・兗州へと押し込む部隊と青州東の東萊郡へと押し込む部隊に分ける。
(ここからが、肝だぜ)
悪辣と言っていいのはここからである。
無論、青州を治める孔融は国外脱出など考えることなどないだろう。
清廉な人物として知られる孔融ならば、益々民を置いて逃げ出すなど考えにくい。
つまり、歳三らの思惑通りに孔融は現在、青州東部地域にて最大の東萊城にて立て籠もって
「主よ」
「なんだね、星」
「たった今、香風と梨晏から報告がありました。黄巾党の陣四つを落したと」
「そうかね」
歳三は不愛想に答え、地図上の東萊城周りに新たに木彫りの駒を置いた。
「これで東萊城を囲む勢力は当初の三倍になったというわけですな」
「うむ。孔融殿も善戦しておるようだが、なかなか、難しいと見える」
「我々は援軍に向かわないのですか? 主よ?」
「援軍に向かいたくとも城を囲む黄巾党は我らの数倍はある。機がなければ迂闊に突っ込めんよ」
「機ではなく、気がないのでしょう?」
いい加減、諸将らも歳三を初めとした郭嘉、程立の悪辣な策に気づいていたらしい。
趙雲が歳三の首を抱くように、ゆっくりと後ろから抱きしめた。
豊満な胸が背中にあたるが、むっつりとした顔のまま歳三は東萊城を睨んでいる。
「あえて四方向からの殲滅作戦を取らずに戦力を分散させて、各地の黄巾党の陣を飢えさせる……まったくよくできた嘘ですな」
「最初は本当だったよ。ただ、稟と風のお陰でもっとうまくいっただけだ」
「でしょうなぁ、こんな戦略的過ぎる策、主には少々荷が重い」
「まったくだよ」
歳三が初めて笑った。
「軍師というものは、実に恐ろしい。そう思わんかね、星」
東萊城を囲む勢力が三倍に増えたとは、先ほど歳三が言った。
そう、当初からの作戦である、あえて三方向から黄巾党を撃滅する作戦は、意味を変えたのだ。
今はわざと黄巾党の戦力を削がずにある地点に一極集中させることで、包囲殲滅を伺っているのだ。
その地点とは即ち、孔融の守る東萊城である。
「元々大軍団が攻め立てていた東萊城に黄巾党の残党が加わるのは自明の理、いくら堅城とはいえ我々に攻められたものたちが集まる黄巾党、必死になって陥落させようとするに違いない」
「主の火付けにやられたのでは、敵も溜まったものではないですからなぁ」
「そして今、我々は東萊城を前にしてあまりの大軍に手を出すこともできず、他の小さな黄巾党の陣営を潰すことしかできない……孔融殿はそれで良いといい返事をしてくれた」
歳三の手元には東萊城から送られた密使がもってきた手紙がある。
そこにあるのはまだこの城は落ちないから、歳三たちには他の黄巾党を叩いておいてくれ、という清廉で強直な人物らしい、清々しい字で書かれたものだった。
それこそが、歳三の罠だと知らずに、自分から沼にはまり込んでいるのが、歳三のみならず配下の諸将には哀れに思えた。
郭嘉と程立の描く最高の状態での歳三の青州占領、それは孔融が黄巾党との戦闘によって戦死することである。
東萊城近くで野営を続ける歳三ら本隊の軍はさながら、
◇
そうして、東萊城の北門が落ちたのはそれから四日後。
徐晃と太史慈があらかた近くの黄巾党の陣を叩き潰し、歳三の元へ帰還してのことである。
これで大義名分はすべてそろった。
歳三は孔融に言われて黄巾党の陣を叩いていただけであるし、東萊城陥落の危機となって突撃した、というのも周囲になんの不可解な点を残さない最良の状態と言えた。
歳三は天幕を出て兵士らに命令を下す。
「皆の者! 孔融殿が守る東萊城の北門が落ちた! 我々はかねてより孔融殿から他の黄巾党を討てと命令されていたが、このままでは孔融殿の命が危ない! 全軍、北門へ吶喊せよ!」
おう、と
この中には青州出身の兵もいるだろう、孔融に何かしらの恩を受けた兵士もいるだろう。
そんな彼らは死んでも孔融を助けなければと奮起するし、周りの兵はその心意気に打たれ同じく奮起する。
歳三は兵士たちの士気の上々っぷりに一回だけ頷くと、自ら軍馬に飛び乗った。
「全軍、突撃!」
うぉぉぉ、という怒涛のような声が響く。
その先頭をひた走るのは黒衣の龍神、土方歳三。
ここから、土方歳三の一世一代の大博打が始まるのである。
歳三の突撃が早過ぎれば孔融は死なず、遅すぎれば東萊城を閉められ余計な被害を出す。
(さぁ、やってやろうじゃねぇか)
兼定を鞘から抜いた歳三は、静かな笑みを浮かべていた。
◇
結論からいえば、第一段階はうまくいった。
歳三の本隊の突撃は、散々打ちのめされてきた黄巾党を蜘蛛の子を散らす様に四散させるのに役に立った。
さもあらん、歳三の行ってきた攻撃は黄巾党をして。
「鬼が現れた」
「災い為す黒龍だ」
「官軍の黒鬼だ」
と、言わしめてきたものである。
東萊城にとりついていた黄巾党は、我を忘れて大地に四散したが不幸であったのは北門近辺にいた連中である。
歳三の頭の中には最早、黄巾党の撃滅しかない。
そんな男が静かな笑みを浮かべて突撃してくるのだから、誰もかれもが城の中へと逃げ込もうとした。
「俺だ! 俺が先だ!」
「俺の方が先だ!」
「俺だってなぁ!」
俺だ俺だの大合唱で内城の門は打ち破られ、波が引くように黄巾党が押し寄せていく。
もう、策は半分以上なったも同然である。
歳三は軍馬から飛び降り、そこを斬ろうとした黄巾党を一人斬り殺すと、腹心たちの名前を呼んだ。
「香風、梨晏!」
「……なに?」
「なんだい歳三?」
徐晃は大斧を振り回し、太史慈は三叉槍を元気に振り回しながら歳三に応える。
「我々も城中に突っ込む。星! 外の黄巾党退治は任せたぞ!」
「相分かりました主よ! ご武運を!」
華麗に槍を振るう趙雲の姿を見て、あれなら大丈夫だろうと微笑みを浮かべた歳三は、向かってきた黄巾党の一人を殴り飛ばし、もう一人を投げ飛ばしながら城中へと駆けこんでいった。
既に、歳三の顔に笑みはない。
◇
城中は酷い有様だった。
最早これまでと力の限り暴れる黄巾党と、主だけは討たせまいとする兵士たちの乱戦。
更には孔融殿を助けろと、突撃してくる歳三らの三軍が入り乱れる状況であった。
兵士に斬りかかっている黄巾党の一人を、鋭い蹴り技で首を折り殺すと歳三は叫んだ。
「孔融殿はどこだ!」
「土方殿でありますか!?」
「そうだ! 孔融殿は、孔融殿はどこにおられる!?」
こんな必死になって、黄巾党を殺し続ける男が、如何にして青州の簒奪者に見えようか。
兵士はつい、孔融の居場所を指し示していた。
「向こうでございます! 土方様!」
「そうか、ここは任せる! 必ずや孔融殿をお守りしよう!」
「ありがとうございます! 土方様!」
歳三は兼定を振るい、時には国広も振り払って黄巾党の中をひた走る。
その後ろに続けと言わんばかりに振るわれる大斧と三叉槍は、あらゆる障害を吹き飛ばしていく。
走る、斬る、走る、蹴り殺す、走る、投げ殺す。
器用にも足を止めることなく黄巾党を殺し続けながら、歳三は遂にある一角に辿り着いた。
幽州や徐州でも見たような、立派な部屋のある場所である。
(ここに孔融が居るに違いない)
勘等なくともすぐにわかったが、廊下には黄巾党が満ちている。
ぐっと兼定を握り直すと、歳三は走り抜けようとしたが、大声によって遮られた。
「止まれぇ! 止まらねぇと殺すぞぉ!」
奥から出てきたのは、如何にも武人と言った屈強な人物を羽交い絞めにした、同じく屈強な人物である。
一見細身に見える歳三とは対照的ではあるが、両者とも他者とは別格の力強さを感じさせた。
が、性根に関しては別だろう。
歳三はともかくとして、孔融の手に武器はなく、孔融を羽交い絞めにする黄巾党の男は刃を孔融の首筋に突き付けていた。
人質のつもりであろう。
なるほど、ここから無事に逃げるにはそれが一番手っ取り早いであろう。
(こいつァ……予想外だったな)
歳三、思案した。
それが隙になった、この場で空虚を作ってはいけないことを、わかってはいたが作ってしまった。
「おらぁ! 孔融の命が惜しければどきやがれぇ!」
その隙を、敵は押し込んでくる。
今まで歳三の勢いで突き進んできた部隊も、孔融の人質姿を見て怯みだしている。
どうするか、歳三考える。
こうなれば、と腰間の
「土方殿! 私に構うな! 私ごとこの者を斬れい!」
「な、なんだてめぇ!」
「太史慈殿、貴殿が生き証人である! 青州は土方殿に預ける! 故に印綬を!」
「黙れぇぇぇ!」
孔融を黙らせようと男の刃が振り上げられた。
よりも速く歳三が風の如き速さで孔融の胸を突き、男の胸を兼定で貫いた。
「御免、孔融殿」
「あ、謝らないでくれ……土方殿」
歳三が兼定を一思いに抜いた。
孔融を人質にしていた男はどっと後ろに倒れ込み、歳三は孔融を迷うことなく抱き止めた。
血が、歳三のシャツを汚していくが、構うことなく抱き続ける。
「こ、これが青州を治める者の印綬だ。土方殿」
「それ以上お喋り召されるな、孔融殿!」
「これも私の見通し不足が招いたこと、乱世の常よ、土方殿」
血を吐き身体から熱を失ってもなお、孔融は喋るのを止めない。
「ふっ、ふふ……先に地獄で待っておるぞ、土方歳三……黒龍よ」
それっきり、孔融は動かなくなった。
(わかっていたのか、孔融殿)
歳三は慎重に孔融の死体を床へと横たわらせた。
顔は、満足したような顔をして眠っている。
これを隙、と見たか一人の黄巾党がやぁ、と歳三に斬りかかった。
無論、歳三に届くことなく必殺の向抜撃打剣によって心臓を一突きされ、絶命した。
黄巾党の男の顔は、未だ自分が死んだことがわからないような、驚いた顔をしていた。
(男として死ぬからには、孔融殿の様に死にてぇやな)
自らの手で死地においやり、自らの手で殺したこととなった、青州を治める者、孔融。
歳三は初めて、孔融に会わなかった自分を殴りたくなっていた。
(先に会ってりゃあ、絶対にこんなことはしなかったぜ)
だが、それも後の祭りである。
水の一粒が風に吹かれて飛んでいくように、孔融のことを心から消した歳三は黄巾党に向いた。
胸から真っ赤に流れる孔融の血が、涙の様にも見えたのは、徐晃と太史慈だけだろう。
「まだ、やるか?」
歳三の、鉄から滲み出るような恐ろしい声が、黄巾党のみならず配下の兵士たちの耳を打った。
この一言で、青州黄巾党は降服を受け入れたと言っていい。
◇
歳三の心に苦いものを残したが、こうして東萊城攻略戦は終了し、大義名分を手にして歳三は青州を治める者となったのである。
孔融・史実にもいた、曹操にもズバズバ物をいった凄い人。
最後は怒った曹操に殺されました。