【恋姫†無双】黒龍の剣   作:ふろうもの

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《真名早見表》
 土方歳三――義豊
 趙雲子龍――星
 徐晃公明――香風(シャンフー)
 程立仲徳――風
 郭嘉奉考――稟
 孫乾公祐――美花(ミーファ)
 太史慈子義――梨晏(リアン)


黒龍と対なる者

 青州域、黄巾党より奪還と孔融死亡の報は瞬く間に漢帝国全域を駆け巡った。

 同時に土方歳三の名も全国に轟いたと言っても過言ではない。

 だが洛陽からしてみれば歳三など無名の徒であり、田舎者の無名武人でしかありえない。

 しかも宦官の専横により、政治が硬直化した今の洛陽には歳三を臨機応変に扱うことは土台無理であった。

 それは土方歳三を洛陽に召喚することも、青州における仮の領主としての任命もできぬほどであり、漢帝国の弱体化を益々晒したことになる。

 各地の先見のある諸将などは呆れかえりながら、漢帝国と歳三の行く末を見ているのは間違いなかった。

 このまま青州を治めるか、それとも滅びるか、あるいは。

 そういった思惑が坩堝(るつぼ)となって冀州、兗州、豫洲をかけた黄巾党の乱は激しくなるのだが、歳三はそんなことを知らずにとある場所に居た。

 東萊城の、執務室である。

 城内の遺体を片付け、破られた北門を修繕し、孔融の葬儀を終えた歳三に待っていたのは、趙雲による弾劾であった。

 

 

 椅子にどっかりと腰を下ろし、机の上に兼定と国広を無造作に投げ出している歳三。

 けれども、兼定も国広も一足で手が届く範囲に置かれているのであり、本当の意味で投げ出しているのとは少し違う。

 そして机の向こうには、槍を手にした趙雲と、多くの兵の姿があった。

 にも関わらず、歳三はいつもの鉄面皮を崩すことなく、静かに口を開いた。

 

「話を聞こうか星。いや、趙雲子龍。それと、後ろの兵たちよ」

 

 あまりの自信から放たれる冷たい声に、兵たちは冷や汗を垂らした。

 左右を太史慈と徐晃という凄腕で固めているからの自信、というわけではないのだろう。

 例え、彼ら全員が斬り込んできても生き残ると感じさせる、冷たい声であった。

 多くの兵士たちが歳三の気に呑まれている、そんな中で趙雲は口を開いた。

 

「私は、主……いえ、土方殿が孔融殿を見殺しにしたのではないか。そう考えているのです」

「後ろの兵たちも、同じ考えか」

 

 歳三が鋭い目で兵隊を見た。

 別に、歳三からしてみれば睨んだわけではないのだろうが、何人かの兵が震えた。

 それくらい、この男の眼光は鋭い。

 ふむ、と一度考える素振りをした歳三は懐から一枚の書を取り出した。

 

「ここに、孔融殿の密使が遣わした書がある」

「それには何と?」

「この書には私への命令があった」

 

 歳三は悠々と語る。

 

「孔融殿は東萊城を囮とし、各地の黄巾党を殲滅せよと私に命令した。そう言われた以上、私にはどうすることもできなかった」

「拝見してもよろしいですか?」

「もちろん」

 

 歳三は書を太史慈へと渡した。

 書を受け取った太史慈は机をぐるりと迂回して、書を趙雲へと渡す。

 太史慈の眼は、いくらか険しい。

 

「先に行っておくけど、字と印に関してなら本物だよ。それは私と美花……孫乾が確認している」

「おや、聞きたいことが先に言われてしまいましたな」

 

 太史慈に牽制されても趙雲の飄々(ひょうひょう)とした態度は変わらない。

 書を見たいものは居るか、と兵士たちに孔融の書を見せて回っている。

 それを、歳三らはじっと眺めていた。

 

 

 わざわざ歳三を疑う兵士たち全員に見せたのだろうか、それなりの時間をかけてから趙雲は歳三の前に戻ってきた。

 が、趙雲の態度は変わらない。

 依然としてその眼には歳三への懐疑が含まれている。

 

「孔融殿は土方殿に他地域の黄巾党殲滅を命じた、それはよくわかりました」

 

 趙雲が、ぎらりと眼を光らせた。

 

「では何故、土方殿は城の近辺に本隊を配置していたのか、その理由は?」

「いくら堅牢を誇る東萊城であっても、陥落する可能性が存在しないわけではない。故に、陥落する可能性も視野に入れた上で、すぐさま孔融殿の救援に迎えるよう、部隊を置いておく必要があった」

 

 ついでに、本隊ではなく分隊である、と付け加えて歳三は一旦黙った。

 そして。

 

「なるほど、君たちはどうあっても、私が青州を治めるのを断りたい、そういうことだな」

 

 結論を、言った。

 

「それはそうか。私は世には鬼だとか黒龍だとか言われている。それが、気に入らない」

 

 ふむふむと一人頷きながら歳三は続ける。

 

「孔融殿は孔子の子孫であると聞く。つまり私は仁の存在からはすべからく遠い。だから青州を治めるには仁が、そう、仁が足りないと言いたいのだろう?」

 

 兵士たちが、その通りだと言わんばかりに頷いた。

 

(馬鹿馬鹿しい)

 

 歳三、心内で吐き捨てた。

 その結果が、これではないか。

 漢帝国の衰退、黄巾党の叛乱、青州刺史孔融の謀殺。

 それらすべてが、孔子の言う仁を生んだ国で起きたことではないか。

 

(古臭ぇもんにいつまでしがみついてやがるんだ)

 

 歳三にはそう思える。

 普通の武士であったならば、孔子の仁については特と勉強し、理解しているはずである。

 もちろん孔子の子孫である孔融に対しての尊敬など、特段あってもおかしくない。

 だが、歳三は武士は武士でも目指している武士は源平の戦国武者だ。

 歳三は関東の荒えびす(・・・)だとか、そういう古い時代の武士を目指している田舎者であり、商人の合理性をも持つ特異過ぎる武士なのである。

 だから、こういう型にはまり過ぎた形骸には無性に腹が立つ性分である。

 が、表には出さない。

 

「よく、わかった」

 

 表に出せば、今ではなくともいつかは必ず殺されると、歳三もわかっている。

 それくらい、孔融は名声は低くとも臣民にはそれなりに慕われていたのだ。

 下手に故人を侮れば、どんなしっぺ返しを食らうかなどわかったものではない。

 かといって、歳三が青州を手放すつもりも、毛頭なかった。

 

「ではこの青州刺史を現す印綬を、孫乾に返還、いや、移譲しよう」

 

 これには兵士たちがざわめいた。

 目の前の男は青州の支配権を手に入れておきながら、さっさと手放さそうとしているのである。

 普通、一州を手に入れておきながら簡単に誰かに渡す真似をする馬鹿はいない。

 誰もが、歳三の真意を測りかねた。

 

「そして私は君たちの言う、仁を学びたいと思う。そこでだ趙雲。君が思う仁の人は、一体誰だ?」

「そうですなぁ……となると、今黒龍に対なすと言われている白龍の元」

 

 兵士たちに見えないように、趙雲が歳三へにやりと笑いかけた。

 

「劉備玄徳殿のところへ行かれるのがよろしいでしょう」

 

 

 東萊城であてがわれた一室で、歳三は羽織(コート)を脱いだ。

 あてがわれた、としたのは歳三は既に青州の頂点に立つ者ではないからである。

 青州全権は今、孫乾が持っている。

 この人事については誰も反論する者がなかった。

 いや、正しくは反論することが出来なかった、というべきであろう。

 

(政治は息苦しぃから(きれ)ぇだ)

 

 歳三は苦々しい顔をしながらシャツの前襟を崩した。

 それもそうだろう、と歳三は椅子に座りながら考える。

 孫乾は青州と徐州を股にかける大豪族であり、陶謙から徐州一州の全権を任されている。

 その政治手腕に関しては徐州を見れば明らかだ。

 更には他の豪族に任せる、としても黄巾党の乱で疲弊した中で力のある豪族はそれこそ青州には孫乾しかいないのである。

 これでは他にどうしようもない。

 それに、その場に居た太史慈が賛成したのも良かった。

 太史慈は元々青州東萊の出身であり、江東の虎と称される孫堅の元で武名を挙げていたのも効いた。

 

(旗揚げしてなかったのが、逆に良かったか)

 

 結果論にはなるが、正式に軍勢として旗揚げをしていなかったのも、良かった。

 要は徐州からの兵が青州を奪還し、きちんと所持者に物を返した、とこれで多くの者は見る。

 本来ならば、全ては歳三の下で権力が動いたに過ぎないのだが、そうだと見れるものは少ない。

 孔融の死に対する怒りも、歳三ではなく黄巾党へと向かうことになるだろう。

 

(ここまで読んでいたってぇのか、風と稟は)

 

 歳三は久々に怖気を感じることになる。

 この場に居ないのに、この場のすべてを支配されている様な気さえする。

 兼定に、右手がかかり、にわかに立ち上がっていた。

 いったい、何を斬ろうとしたのか歳三にもわからない。

 わからないままに、歳三は兼定を鞘から振り払い中空を斬った。

 何を斬ったのかは歳三自身にもわからなかったが、怖気が綺麗になくなっていた。

 

 

 歳三は昨日とは打って変わって、きっちりと仏蘭西(フランス)士官服をきっちり着込んでいる。

 左腰には兼定と国広を差し、右腰には拳銃嚢(ホルスター)を付ける。

 月明りの中で軽く頭を撫でつけれてば、いつもの歳三の完成である。

 少しばかり髪が伸びてきただろうか、と思わなくもない。

 こちらに来てから、髪を切る機会など一度もなかった。

 

(こちら、か)

 

 歳三はしばし逡巡した。

 もう故郷への郷愁は断ち切っているつもりだが、時折歳三は考える時がある。

 

(こちらに来ているのは俺一人なのだろうか、そして突然に帰るということもないのだろうか)

 

 今のところ、どちらの兆候もないのだが、それでもと、つい考える時がある。

 歳三は首を振った。

 いくら考えたところでわからないものはわからない。

 なら、そのままでいいではないかと思う。

 それに。

 

「ここは、良い女ばかりだからね」

 

 ふと呟いた時に、後ろから誰かが起き上がる様な、衣擦れの音がした。

 歳三は少し微笑みながら、寝所で寝ている人物に声を掛けた。

 

「起こしたかね?」

「……ん」

「まだ寝ていると良い、香風」

「……うん」

 

 寝所で徐晃が寝ぼけているのだろう。

 小さく返事を返すと、また規則的な寝息が聞こえてきた。

 昨夜はあの小さな身体を心行くまで堪能したことを思い出し、ふっと息を吐いた。

 

(戦の熱と香風の熱、あれは確かに、幻なんかじゃねぇさ)

 

 歳三は徐晃を起こさぬようにそっと部屋を後にした。

 目的は一つ、趙雲子龍である。

 

 

 部屋の扉の一つを叩く。

 開いておりますよ、と声があったのを聞いてから扉を開いた。

 中では趙雲が、メンマを肴に月を見ながら酒を飲んでいた。

 

「まだ、起きていたのか」

「来ると思っていましたからな」

 

 趙雲が、妖艶(ようえん)な微笑を浮かべた。

 歳三はそれを軽く流すと、静かに扉を閉めて部屋の隅から椅子を持ち出し趙雲の隣にさっさと座った。

 そしてこの男にしては珍しく、杯を要求した。

 

「おや、飲まれるのですか?」

「ああ。そうなる気分もあるさ」

「珍しいことも、あるものですな」

 

 趙雲が笑うのを、歳三はただ見ている。

 と、口を開いた。

 

「お前の」

「?」

()の笑い方は、私は好きだよ」

 

 瞬間、趙雲の顔は真っ赤になり、身体は縮こまってしまった。

 こうなるくらいなら、最初からやらなければいい、とは歳三は言わない。

 妖艶な振りをしながらも、まだまだ初心(うぶ)に変わりはないのだ。

 杯を、一つか二つ重ねた。

 飲む速さは確かに遅いが、一献一献噛み締める様に飲むので趙雲としては嫌いではない。

 むしろ好きでもある。

 趙雲が常備している酒は常にその地で最高のものである、それが評価されていると感じるのは、悪くない。

 

「星よ」

「なにかな、主?」

「あまり私を肴に酒を飲むのはよしてくれないか」

「おや、これは失礼」

 

 先ほど、失態を見せてしまったと思っているのか、今度は縮こまる様な真似はしなかったが、顔は赤い。

 歳三はそれを指摘するほど野暮でもなく、ただ趙雲の美酒を楽しんでいた。

 

「ところで」

 

 趙雲が居住まいを正したところで、本題(・・)を切り出してきた。

 

「一応、現在土方歳三に対し嫌疑を抱いていることになっている私に、こんな夜更けに何用ですかな」

 

 そう、趙雲は今、この城の歳三懐疑派の筆頭将軍という形になっている。

 これも程立による指示だということは歳三も知っているが、それ故にこうして会うのは危険である。

 もしこの密会が暴露した場合、どうなるかは想像に難くない。

 しかし、歳三はただ静かに笑った。

 

「ただ、星と逢瀬を楽しみたかった、と言いたかったのだが」

 

 趙雲、この時は本気で驚いた。

 あの、鬼だ黒龍だと恐れられる男が、恋い焦がれる少年の様な声を出した、と。

 が、その声は酒に酔っていたからそう聞こえたのだと思うくらい、いつもの不愛想に戻っていた。

 

「趙雲に会って確認しておきたいことがあった」

「何をです?」

「とぼけないでくれ。劉備玄徳は今、どうしている?」

「えらくお気にされておるのですなぁ。劉備殿のことを」

「白龍、今そう呼ばれている劉備殿のことを気にしない黒龍はいまい」

 

 目の前の男は鬼であり龍であり、蛇でもある。

 一度くらい付いたら死んでも離さない、そんな気概の男である。

 そんな男に目を付けられた劉備のことを趙雲は。

 

「おお、劉備殿はご愁傷さまですなぁ」

 

 と、言うしかなかった。

 

「茶化すな」

「失礼いたしました。ではお話ししましょうか」

 

 趙雲はいつものふざけた雰囲気を捨て、真面目に喋り始める。

 

「劉備玄徳……その人が幽州に来た時のことから」




三の丸様、誤字報告ありがとうございました。

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