【恋姫†無双】黒龍の剣   作:ふろうもの

24 / 45
《真名早見表》
 土方歳三――義豊
 趙雲子龍――星
 徐晃公明――香風(シャンフー)
 程立仲徳――風
 郭嘉奉考――稟
 孫乾公祐――美花(ミーファ)
 太史慈子義――梨晏(リアン)
 公孫賛伯珪――白蓮(ぱいれん)


北よりの吉報

 歳三の調練は苛烈である、という話は以前書いた。

 基本的には恨まれることが多いが、何故か歳三を慕うような者が不思議と現れるとも。

 それは歳三の理想が、西洋の近代軍編成と歳三の独創によるところが大きいのが理由である。

 一番変わったところは出来ない者を置いていくことなく、皆が出来る様になるまでやるところであろう。だから、実戦では統一を乱すことなく連携して動くことができる。

 他にも歳三は兵たちとは独特な人付き合いをしているのだが、長くなるので今は書かない。

 要するに、軍歴の長いものには嫌われやすく、軍に入って日の浅い者や軍に入るしかなかったような者からには人気があったのだ。

 そして今日も、独自の調練を終えた歳三は汗を流すために、城の裏手にある井戸に来ていた。

 衣類を全て脱ぎ、兼定と国広をすぐにでも取れる様に置き、井戸の中に桶を落した。

 水を汲んでは被る、という動作を繰り返しながら、歳三は不愛想な顔で考え事をしている。

 

(徐州の兵はともかく、青州の兵は私に不信感がありすぎてどうにもならんな)

 

 軍事面に関しては歳三に一任されているようなものなので、歳三の悩みが尽きることはない。

 最近はもっぱら、徐州兵と青州兵との間に練度が広がっていることに対する不安であった。

 

(徐州の者たちは、美花のことと賊殲滅のこともあって信用してくれているが、青州兵はな)

 

 徐州の者は歳三の言うことをよく聞く。

 徐州筆頭である孫乾と歳三が(ねんご)ろな仲なのもあるが、一番はその武勇であった。

 この時代、一騎打ちを代表する様に将軍が前線に出て当たり前の時代である。

 その斬り込みを誰よりも好む歳三に、兵が鼓舞され付いていくのは当然と言えた。

 しかし、青州兵は違う。

 孔融死亡の遠因は孔融自身の命令にあるのだが、前の東萊城防衛線では黄巾党の数の前に尻込みした、と吹聴する者が兵の中に居る始末である。

 無論、歳三としても後ろ暗いところがあるし、一部は事実であるので処罰はしていないが、この背後関係には別の意図が隠されているのが、歳三の頭痛の種であった。

 

(梨晏が遺言を聞き届けてなお、私に反発するのは豪族どもの出世欲も強くあるのだろうな)

 

 孔融が死んだことで起きた弊害は、兵の反発というより豪族たちの反発であった。

 青州の政治にある種の空白が生まれたことで、豪族たちがその間隙に入ろうと躍起になっているのである。その嫌がらせの一つが、青州兵の調練に対する反発であった。

 

(軍令で処刑するのは容易いが、さてどうしたものか)

 

 歳三とて新選組と軍の違いはよくわかっている。

 新選組は近藤や歳三らの政府(幕府)から委託された私設警察組織に近いが、青州兵は軍隊だ。

 手を間違えれば滅びるのは自分である。

 

(せめて稟か風が居てくれれば、この悩みを取り去ってくれるのだろうが)

 

 が、二人は遠く徐州と幽州に居る。

 居ない者を頼るわけにはいかないので趙雲辺りと相談するか、とあらかたの方針を決めた時。

 後ろから忍び寄る者が居た。

 気付いていない振りをして、後ろの気配を探る。

 足音の踏み方から体格は小柄で痩せ形、児戯の様な隠形(おんぎょう)であるが、隠形は隠形である。

 歳三は敵、と見た。

 井戸に落ちた桶をするすると引き上げる、中にはほとんど水が入っていない。

 歳三の頭の中には既に、桶を投げつけその隙に兼定を取り抜撃(ぬきうち)で斬り捨てる形ができている。

 後半歩で歳三の間合いに入る、というところで歩みが止まった。

 念のため兼定をいつでも抜ける様にして振り返ると、そこに居たのは。

 

「殺気を飛ばすなんて酷いのですよー、お兄さん」

「武士の後ろから隠れて迫るほうが悪い」

 

 程立であった。

 どうやら、戯れのつもりで後ろから隠れて迫ってみたらしい。

 が、歳三からしてみれば迷惑千万である。

 兼定を元の位置に置き直すと、再び桶を井戸へと落した。

 

「少し待ってくれ、すぐに服を着る。」

 

 言うや否や、身体を手早く拭くと、士官服をきっちりと着こなした。

 尋常の者なら笑顔の一つでも見せればいいのに、と思うところだが、歳三はただ見栄を取った。

 婦人にみだりに裸を見せるべからずという、掟を持っているのかもしれない。

 服装も、顔もいつもの通りで歳三は程立の労を(ねぎら)った。

 

「それにしても久しぶりだな、風。幽州以来か」

「ええ、お久しぶりです……歳三さん」

 

 くすっと笑う程立が、まったく別の誰かに見える。

 歳三は度肝を抜かれる想いがした。

 

(見た目は童女の癖に、百戦錬磨の女性(にょしょう)みてぇな声ァ出しやがる)

 

 やはり女性は恐ろしい魔物だ、と女好きのこの男は密かに思った。

 

「お兄さんのそんな顔、風は初めてみましたよ」

「恐らく、私も初めてした顔だろうよ」

 

 苦々しげに、歳三は程立に言い返す。

 

「そんな喋り方も、できたのだな」

「お兄さんの前でだけ、ですよー?」

 

 いつもの気の抜けた声で、意味深な言葉で返す。

 歳三はぐっ、と言葉に詰まった。

 郭嘉は表情に出易い為わかりやすいが、程立の眠たげな眼は、その胸中を悟らせない。

 程立の眼と合わせること数秒、歳三は観念したというように視線を逸らした。

 

「さて、風がここに何故ここに居るのかも含めて聞きたいことはいろいろあるが」

 

 と、歳三は程立へと歩み寄った。

 

「まずは褒美だな」

 

 と、程立の頭に手を置いた。

 自然、大男が童女の頭に手をやる図になるが、不思議と絵になった。

 歳三の色男振りと、程立が持つ独特の雰囲気がそうさせたのかもしれない。

 

「これはなかなか、いいものですねー」

 

 と、程立は一言いうと、歳三の手を頭に乗せたまま歳三の顔を見るという器用な真似をして。

 

「お兄さん、皆を集めてほしいのですよー」

 

 とだけ言った。

 歳三はただ頷くと、さっと城の方へと踵を返していった。

 程立は歳三が去りゆく方を見詰めながら、頭に自分の手をやって、すぐに下した。

 

 

 執務室に趙雲、徐晃、太史慈を集まっているのを見て、歳三は真っ先に計られたと悟った。

 見れば悪戯が成功したような笑みで、趙雲が笑っている。

 程立がこの東萊城に来ると最初から知っていたのかもしれない。

 歳三は苦々しげな顔を一瞬すると、すぐにいつものむっつり顔に戻った。

 いつまでも意地を張るよりは、疑問を解くのを優先したようだ。

 

「で、見たところ大した軍勢はないが、風はどうやってここに来たのだ?」

 

 執務室から見える城下を見下ろして、歳三は尋ねた。

 丁度、程立が執務室に入ってきたところである。

 程立、淀みなく答えた。

 

「船を使いましたー」

「船? 太史慈の船をか?」

「いえ、新しく建造した船ですー」

 

 これには趙雲と程立以外の者が疑問符を浮かべた。

 太史慈が幽州に行くのに船を使ったのは知っているが、その他の船とは。

 

「梨晏ちゃんの設計図に風の考えを合わせて造った、新しい船ですー」

「陸路は、使わなかったのか」

「黄巾党と官軍に溢れる冀州や兗州に比べれば、余程の差がありますよー」

 

 程立の言葉、道理である。

 黄巾党はもちろんのこと、末期症状を示し始めた官軍も一部が暴徒と化している、ということは歳三も聞き及んでいた。こういったことは脱走兵を取り締まる側だった歳三もよくわかる。

 人間、負け戦となると何をしでかすかわからない者もいるのである。

 数に勝る黄巾党を前に、官軍が野盗と変わりない存在に成り果てるのも無理はない。

 そういう意味で、陸路よりは陸を臨んで進む海路の方が安全というのは、理に適っている。

 歳三は納得したと程立に視線を送ると、程立は言葉を紡いだ。 

 

「それと、公孫賛殿から兵力をいくらか貰って来たのですよー」

「軍勢を? 一体どうして?」

「お兄さんを慕っている兵たちですー」

 

 これには歳三も、余程驚いたと見える。

 いつもの眠たげな眼をぎらりと開き、口は何かもの言いたげだ。

 

「公孫賛殿から伝言もあるのですよー」

「白蓮からか?」

「む、公孫賛殿と真名を交換し合っているとは、お兄さんも隅に置けませんねー」

「茶化すのは後でいい、白蓮はなんと?」

「はいー。この軍勢たちは歳三を忘れられないようだ、私の手には余るから歳三が預かっておいてくれ、ということだそうでー」

 

 ああ、と歳三は腑に落ちる思いだった。

 程立の護衛に合わせて歳三の首を討ち取りにきたのだと考えれば、よほど納得できる。

 

(だとしたらそいつァ妙だな)

 

 しかし、それならば程立を人質にでもすれば、よほど早く済む話でもある。

 歳三は意味が分からず、ただ憎まれ口を叩いた。

 

「わざわざ幽州から私を追って来るとは。よほど恨まれたものだ」

「違いますよ」

 

 それを、間髪入れずに程立が否定した。

 

「みんな、歳三さんが好きだから青州に来たのですよ」

 

 歳三はそれこそ目が点になった。

 おべっかが嫌いな男である、人に好かれる様なことをしてきたつもりは、ない。

 むしろ趙雲の方が人気があるのではないかと、歳三自身思っていたくらいだ。

 幽州でも、ただひたすら我を通してきただけの男に、命を預けようとする者が居るとは。

 

「もちろん風たちとの好きとは違います。ですけど、海を渡ってまで歳三さんに仕えたいという兵たちの気持ち、わかっていただけますか?」

 

 わかるとも、と歳三は叫びたくなった。

 男でも女でも、心から仕えたいと、支えたいと感じる気持ちは絶対に不変であると歳三は信じている。かつて、新選組に心血の全てを捧げた男は静かに感謝した。

 己の流儀が通じる者がここにも居ると言う事実に、嬉しくなったのだ。

 

「わかった。あとで見ておこう。何人くらい来たのだ」

「二百人です」

「うむ、絶対に、会いに行こう」

 

 この歳三の静かな感動は、歳三以外にもひしひしと伝わっていたらしい。

 太史慈などはいい話だよ、と言いながらうんうんと頷いていた。

 

 

 程立という人間は、割と唐突に話題を変える人間でもある。

 それも、話が一段落ついたところで急に変えるのだから、皆違和感なく受け入れてしまう。

 今回もそうだった。

 

「そうそう、幽州と徐州で海運業を始めることになったのですよー」

「海運業?」

 

 坂本が聞いたら手を叩いて喜ぶだろうな、と歳三は静かに思った。

 いつか日本の海どころか世界の海を手中に収める、などととんでもないことを言っていたが、あの時歳三は確かに坂本ならできるかもしれない、と胸中思っていた。

 

(やはり、坂本と劉備。この二人は人を惹きつける何かを持っているのだろうな)

 

 そう考えていると、程立がむくれていた。

 歳三はなぜかわからないが、その疑問はすぐに氷解した。

 

「むー、風が話しているときは他の人のことを考えないで欲しいのです」

「風には、わかるか」

「ええ、風はお兄さんのことが大好きですからー」

 

 まるで何でもないことの様な事を言い、太史慈を赤らめさせる軍師である。

 もっとも、歳三は不愛想から不変であり、程立の言葉が当然であるかの如くである。

 これだけふてぶてしい男もそうは居ないだろう。

 話をつづける様に目で促すと、程立は頷いて続けた。

 

「幽州と徐州、そしてお兄さんのおかげで安全になった青州。この三つの州を繋げることで莫大な利益が見込まれているのですよー」

 

 歳三、話はわかる。

 これでも若き日に商人の奉公を勤め上げた男である。

 更には坂本龍馬からの入れ知恵も、多少はある。

 安全な海運業が軌道に乗れば、それだけ人の流れも増え、物流は刺激され利益を生む。

 だが、この手の事業の懸念についても、よく知っていた。

 

「しかし青州を含めると言ったが、青州はこの前黄巾党から奪還されたばかりだ。まさか徐州だけの金で回すわけにもいくまい」

 

 そう、青州が荒れに荒れてしまっていることは周知の事実だ。

 今、新しく何かを始められるほどの体力はないと、政治にほとんど関わらない歳三だって知っている。商売には元手が居る。そして肝心の元手がない青州を下手に含めては、幽・青・徐の海運業構想は立ち枯れになってしまうのではないか。

 歳三にはその不安があった。

 けれども、何事も救い主というものは居るようである。

 程立はその不安は杞憂ですよ、と言うと最も心強い者の名前を挙げた。

 

「そこは、公孫賛殿が主な出資者となってくれたのですよー」

「ああ。確かに白蓮は商人を重用していたな」

「はいー。公孫賛殿が旗印となってくれたので幽州の張世平殿を始めとした、有力な商人が大勢集まってくれたので、今では徐州と同じく幽州の港でも造船が始まっていますー」

 

 歯車は、確実に回り始めていると歳三は感じていた。

 たった五人から始まったちっぽけな集団が、国を回し始めていると言う実感である。

 このまま海運業構想がうまくいくのであれば、青州の復興も加速度的に進むであろう。

 歳三は持ち前の勘で、以前の郭嘉の話を思い出していた。

 

「それはもしや河川の整備も含めて、か?」

「はいー。もしかして稟ちゃんから聞きましたかー?」

「ああ。流民を集め河川の整備をすると言っていたが、なるほど。青州でもそういった職や農地から追い出された者を造船に河川整備にと使うつもりなのだな?」

「そうですー。流民の人たちも下手に命を落とす黄巾党に入るよりも、安全で食事とお金が保証されるこの事業に一目置いてくれている筈なのですー」

 

 黄巾党などという命の危険がちらつくものより、一時でも衣食住が保証された安全を望むのは、多くの人間の性である。これは一見ではわかりづらいが、黄巾党の弱体化と国力の増強に通じることは確かだ。

 ふと、ここで歳三は不安に駆られた。

 青州では孫乾到着までに如何に自分が上に昇るかの、水面下の権力闘争の真っただ中である。

 せっかくの復興も、そんなしょうもないことに資源を割かれたのではどうしようもない。

 

「風、青州の豪族の件だが」

「ふっふっふ、それについては稟ちゃんにお任せあれーなのですよー」

 

 これだけで、歳三の暗雲立ち込める心は涼風に吹き流されるようであった。

 そうだ、今の孫乾には郭嘉が付いている。

 郭嘉が居るならば、必ず歳三にとって最善になるようにすることができるし、現にしてきた。

 

(孫候殿にも言われたじゃねぇか。もっと人を信じろ、と)

 

 一抹の不安が、歳三の心にあったのかもしれない。

 しかしそれすらも見通して不安を吹き飛ばすとは、これはやはり軍師の技というべきか。

 

「さて、最後はお兄さんお待ちかねの黄巾党の情報なのですよー」

 

 と、程立が言うと歳三の眼がぎらりと光った。

 程立は内心、これを最初に言えば不安など抱かせなかったかなと思うと同時に、徐晃と太史慈までもがどこか眼つきが歳三に似てきていることに気付いた。

 眼光が、以前よりも鋭い。雰囲気までも似てきて隙がない。

 これらが良いことなのか悪いことなのか、今の程立には判断しかねることなのでとりあえず、流すことにした。

 

 

 程立は歳三の様に、長ったらしい前置きなどなくずばりと物を言う。

 

「風は広宋方面に官軍と黄巾党の大軍勢あり、との情報を届けに参ったのですよー」

 

 冀州鉅鹿郡広宋、と歳三はぱっと机に広げられている大地図を見た。

 歳三手彫りの駒が置かれているそこは、青州からもほど近い。

 

(劉備の進軍が順調なら、今頃辿り着いていてもおかしくない筈だ)

 

 と、歳三が考えているのを読み取ったか、程立は代わる様に言葉を続けた。

 

「その方面には劉備殿の軍勢と、その師である盧植という雇われ将軍がいるらしいことも掴んできましたー」

「ふむ」

「それで、会いに行くのですよね、お兄さんは?」

 

 程立の眠たげな眼が、歳三を射抜いた。

 徐晃と太史慈は何のことやら、という感じで歳三を見たが。

 

「うむ」

 

 と、歳三はそれしか言わないので何のことかわからない。

 太史慈が、声を上げた。

 

「それは歳三にとって重要なこと?」

「そうだな。私にとっては分水嶺になるかもしれん」

「なら、私はいいよ」

 

 こざっぱりとした笑顔で、太史慈は納得した。

 徐晃も同じように頷いているから、歳三が良ければそれで良いのだろう。

 

「いい仲間に恵まれましたねー」

「ああ、まったくだ」

 

 程立の言葉に、歳三は笑顔で返した。

 が、その笑顔もすぐに凍り付くことになる。

 

「今回は風もお兄さんの軍勢に同行していきますからねー」

 

 瞬間、歳三は趙雲の顔を見た。

 面白そうに笑っていることから、このことも最初から示し合わせていたに違いない。

 

(本当、食えねぇやつらだよ)

 




h995様、よもぎもち様、誤字報告ありがとうございます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。