土方歳三――義豊
趙雲子龍――星
徐晃公明――
程立仲徳――風
太史慈子義――
公孫賛伯珪――
凍りついた笑顔をいつもの無愛想に戻すと、歳三は改めて程立に問いを投げかけた。
「で、風よ。本当についてくるのか?」
「ついていくに決まってますよー。今回黄巾党の向こうにいるのは単なる城ではなく官軍の将軍と軍師たちです。お兄さんはそんな人たち相手に、弁舌で渡り合っていくことができますかー?」
歳三、程立の弁に何も言い返すことが出来ない。
論ずるよりも行動で示すところのある男なのだ、歳三は。
それが、複雑な政治の中で生き抜いてきた官軍の将軍相手にまともに論ぜるかといえば、否である。場を見渡してみても、程立以上に適任の人材も居ないだろう。
「わかった。程立の参加は決まりだ」
必要とわかれば、歳三は躊躇しない。
程立の行軍を即決すると、即座に護衛を選抜した。
「では風には香風がついてくれ、で、星は私と一番槍だ」
「ん、わかった」
「ほう、この私を一番槍に使ってくれるとは、主はわかってらっしゃる」
徐晃も趙雲も、歳三の判断に迷うことなく同意した。
歳三の戦術眼をずっと間近で見てきた二人である、今更疑いも何もない。
残るは太史慈であるが、歳三は少し考えてから、太史慈の眼をじっと見て言った。
「梨晏は別に青州兵を率いてもらうが、これは難しい役所になる」
声色が、少し堅い。
この男にしては珍しい、と思ったか趙雲が茶々を入れたそうだったが、それを徐晃が止めていた。
「なにも言わずに引き受けてくれるか? 恐らく、これは梨晏にしか任せられない」
と、まで歳三は言った。
これはどんな困難な事を任されるのか。
趙雲などは一番槍もいいですがそっちの方が面白そうですな、などと言っている。
太史慈は歳三の魂胆を読もうとして、諦めた。
歳三の眼を見つめていても、頬ばかりが熱くなり身体が
だから、努めて明るい口調で誤魔化すことにした。
「大丈夫だって。もう私はこの身全部を歳三に預けちゃってるからね、なんでも言ってよ!」
「その割にはまだ抱いてもらってないみたいですけどー」
「ちょ、ちょっと! 急になんてこと言うのさ! 私は別に、その……そんな……ああんもう!」
突然の程立の横槍に、顔を真っ赤にして反論する太史慈。
これでは自ら抱かれていませんと言っているようなものである。
一方、徐晃と趙雲は視線を逸らして何処吹く風を装っている。
そして渦中の根源でもある歳三は、半眼でこちらをじっと見ている程立に頭を抱えていた。
「……やはり、怒っているのか?」
「そうですねぇ。散々幽州でお兄さんの活躍と艶事の噂話を聞かされる身にもなって欲しいのです」
要は放って置かれていたのが寂しかったのだろう。
それを、歳三たちをからかうことで発散しているらしい。
普段から隙を作らない様にしている歳三も、女性方面を突かれると、少し弱い。
「わかった。今度埋め合わせはさせてもらう」
「言質はとりましたからね、お兄さん」
「ふむ。私にしては少し事を
と、歳三は未だにあたふたとしている太史慈を見て呟いた。
◇
太史慈が落ち着きを取り戻してから
「今回、我々はどのような進路を取るにせよ、黄巾党の陣営を突っ切って官軍と合流しなければならないことが風のお陰でわかった」
「黄巾党は冀州を中心とした軍勢ですが、溢れるほどの軍勢は兗州や豫州に行き渡るほどなのですー」
「それで、この乱の首謀者は、風?」
「姿こそは確認されていませんが、張角、張宝、張梁の三人だそうですー」
「顔が割れてないのは厄介だね、下手して逃げられたら元も子もないよ」
太史慈の言葉に皆が頷き、程立が言葉を続けた。
「ですので、お兄さんと風たちのお陰で情勢が安定した幽州から公孫賛殿が南下を始めるそうで、官軍の包囲網は出来上がりつつあるとは言えますー」
程立の言葉を元に、歳三は幽州に馬の駒を置いた。
それでも、黄巾党の圧倒的な軍勢の前には些細な違いにしか見えないのだから恐ろしい。
現実を認識すればするほどこの乱を鎮圧するのは無茶なのではないか、そんな弱気な思考が芽生えるものだが、歳三にそんな恐れは一つもないらしい。
いつものむっつり顔で、程立に次の情報を話すよう促していく。
「黄巾党を攻撃している官軍の位置も、ある程度わかっているのだったな?」
「はいー。まず筆頭として曹操殿と袁紹殿、次いで
「盧植殿! 公孫賛殿から聞いたことがありますぞ、主」
「続けてくれ、星」
「はい。元々公孫賛殿と劉備殿は盧植殿の私塾に通っていたそうで、今回の義勇軍旗揚げに関しても劉備殿はその縁を頼って公孫賛殿の元へ来たとか」
なるほど、と歳三は一人納得した。
劉備が当時の拠点に入城していた時に、歳三に面会を求める兵士が異様に増えたのである。
もちろん東萊城攻略戦を眼の前にしていたから会う暇もなかったのだが、そうか幽州から来ていたのかと歳三は少し、郷愁に近いものを感じていた。
だが、今はそんなものは関係ない。
歳三はぎろりと眼を光らせて盧植率いる軍勢の駒を見た。
「盧植殿は青州からほど近いところに居るようだな」
「ええ。この様子だと劉備殿も合流している可能性が高いと思われますー」
趙雲と程立が歳三を見た。
その視線の意味を解するのに、僅かの時間も必要なかった。
劉備玄徳をどうするにせよ、一番の重要人物が盧植であることは間違いない。
つまり、歳三が官軍で最初に出会うべきは盧植であると言えた。
が、一つだけずっと最初から横たわっている問題があった。
「いずれにせよ、官軍と合流するには黄巾党を討ち破らなければならない、か」
逆を言えば、青州が未だ黄巾党による戦火に巻き込まれる危険があるということを示す意味もあった。
地図を見れば自ずと答えは見えてくる。
趙雲が皆を代表するように今の状況を口にした。
「ふむ。地理的に見れば青州はある意味、黄巾党に逆包囲されてもおかしくない状況ですな」
趙雲の言葉に全員が頷いた。
机の上の大地図には、黄巾党を示す駒が多く置かれているが、いずれも青州にほど近いものが多い。
つまり官軍が黄巾党に当たっているからこそ、青州は無事であるとも言えた。
逆に言えば、万一官軍が敗れる事態になれば青州へと一気に黄巾党が流入してくる危険がある。
歳三はもちろんとして、皆もそんな状況になるのは御免被りたい。
ならば策どころかすることは単純だ。
「我々も黄巾党討伐の軍勢として打って出る」
攻撃こそ最大の防御というが、今が正にその状況だった。
殻にこもるのも結構だが打って出る方が勝つ、歳三はそう戦況を見ていた。
しかし、不安点も多い。
青州兵は未だ歳三の指揮に不満気である、黄巾党に呼応されて包囲攻撃となっても困る。
黄巾党も怖い。厚い人の壁は突撃を柔らかく受け止め、入り込んだものを喰らい尽くす。
一見手がないように見える、だからこそ。
「だからこそ、軍を二軍に分ける」
と、歳三は言った。
◇
「二軍に分ける、ってどういうことさ?」
皆を代表して歳三に疑問の声を上げたのは太史慈だ。
程立は歳三の魂胆を見切っているかもしれないが、如何せん歳三以上にやりにくい相手である。
ここは素直に、歳三に尋ねるのが太史慈にとって楽であった。
「簡単さ。黄巾党を突破する部隊、これが一軍で黄巾党を誘い出す部隊、これが二軍だ」
「主、その内分けは?」
「一軍を率いるのはもちろん私。そして二軍……青州兵たちを率いるのは梨晏だ」
「そうだね。でもなんで歳三が丸々全部率いないのさ? 戦力はそっちの方が確実に増すと思うよ?」
「それも一理ある。が、青州兵は私よりも梨晏に対する方が素直だろうよ」
これが歳三の本音か、と太史慈は思った。
今の青州兵は歳三が扱えば、制御不可能となりかねない危険な存在でもある。
獅子身中の虫を飼っていられるほど、歳三も余裕があるわけではないのだ。
しかし、青州での人望厚く名声高い太史慈であるならば反発はあってないようなものだろう。
「んー、なら仕方ないか」
太史慈は歳三の戦術が嫌なのではない、共に戦えないのが残念なのである。
この辺り、太史慈も歳三と同じく根っからの武人であると言えた。
いいよ、引き受けた、と太史慈は言うと歳三に続きを話すよう促した。
歳三、頷いて二軍の駒を手に取った。
「まず第一に、二軍を敵の左翼にぶつける」
と、歳三は駒を黄巾党の大軍にぶつけるように近づけた。
こうも数が多い相手では敵に右も左もあるのかわからないが、とにかく想像し理解できることが重要だ、と歳三は思っている。皆が頷いているのを確認しながら、歳三は次に黄巾党の駒を動かした。
「敵は恐らく、二軍を迎撃するために左翼を動かしてくるのは間違いない」
と、
そこへ、歳三は一軍として伏せていた駒を切り込ませた。
「そして左翼が敵の中央との連携が薄くなったところを徐州、幽州、そして我々で突破する」
歳三は場を見渡し、皆理解していると判断した。
戦術としては至って普通と言える、陽動と奇襲の組み合わせであるが決まれば効果は高いこれ。
しかし、懸念も多い。
趙雲が代表して、この作戦の最大の欠点を上げた。
「ふむ、これは一軍、二軍共に包囲されずにうまくいきますかな?」
「その通り。この戦術の肝は敵の左翼が動くかどうかにある。動かなければ我々は突撃することすらできん。下手に突撃すれば包囲されて殲滅されるだけだ」
「この顔ぶれなら包囲されても突破できそうだけど、その分犠牲は大きいだろうね。それが歳三は嫌なんだろう?」
「そうだ。よくわかってるじゃないか、梨晏」
太史慈の言葉に歳三は深く頷いた。
悪鬼だ黒龍だなどと言われているが、歳三は安易な兵力の損耗を嫌う。
それが人道的見地から出ているかと言われたら、微妙なところではあるが。
「うん。歳三が難しい役所って言ったのもわかるよ。一軍が突撃できるだけの誘いをして、尚且つ被害を最小限に離脱しなければならない。これは確かに、難しいなぁ」
太史慈は考えるが、こういった戦術や戦略はあまり得意な方ではない。
ちらり、と歳三の方を見たが、手を貸す気はさらさらなさそうに太史慈を見ていた。
お手並み拝見、というつもりなのだろうか。
と、そこで程立と眼があった。太史慈は程立が少し苦手である。
心中すべてを見透かされていそうで怖いのだが、この際はそうも言ってられない。
戦いに勝つ、それこそが皆の共通意識である筈なのだから。
「ね、ねぇ風。何か二軍がうまく誘い出せるような策があったりしないかい?」
「もちろん、風には策があるのですよー」
二つ返事で程立はあっさりと答えを出した。
「はいー。ここで青州兵たちに食料に偽装した荷車を運ばせる、と言うのはどうでしょうかー?」
「そっか。黄巾党も大軍過ぎて末端では飢えが広まっているらしいし、食料があるっていう情報を流せば間違いなく釣ることができるね」
「ついでにお兄さんが青州兵に一定の信頼を置いている、との意思表示にもなりますねー」
「? それはどういうことなの?」
「食料の輸送部隊は言うなれば軍隊の命綱、それを任せると言うことは信頼している部隊だ、という印象を与えることになりますー」
太史慈は感心した。
単なる囮部隊である、ということであれば青州兵の反発は免れなかったろう。
そこで輸送部隊という大任を任せることで、青州兵の自尊心を守ることができる。
うまい馴らし手である。
「もちろん中身は表以外は全て油
「それは……凄いね。風も、火付けが好きなの?」
「お兄さんの真似をしてみましたー」
最後にしゃあしゃあとそんなことを言ってのける腹黒軍師に、歳三は苦い顔である。
太史慈はくすり、とおかしくなった。
なんだ、自分が単に苦手意識を持っていただけで程立は悪くない。
そう思うと太史慈は程立に晴れやかな笑みを浮かべ。
「風、ありがとね」
と、言った。
◇
太史慈が風に礼を述べている時、趙雲はこっそりと歳三の傍に寄って耳打ちをしていた。
「主よ、先ほどの梨晏への対応、少し荒療治過ぎではありませんかな?」
「そうは言うがね、やはり仲間同士で疑心暗鬼とまではいかなくとも苦手意識を持ってしまうのはよくない、と私も散々学んだのだよ」
歳三も顔を前に向けたままひっそりと趙雲に返した。
もの嫌いの激しい男の言うことだから、妙に説得力がある。
趙雲はやれやれと言った様子で。
「まぁ、結果良ければと言いますし、今回はあまり言わないでおきましょう」
と、言った。
歳三は趙雲にすまないな、と小声で返し、隣で今の会話も聞いているだろう程立に尋ねた。
「二軍についてはわかった。しかし、我々の食料は一体どうするつもりだ?」
「それに関しても、風から提案がありますー」
と、風はがさごそと机の下を漁ると、一つの袋を取り出してきた。
辺りに、少しばかり獣の様な臭いが漂う。
徐晃などは露骨に、歳三は肩眉を顰めた。
(一見獣の皮を張り合わせただけに見えるが、単なる物でないのは風のことだ)
歳三はそれほどまでに、程立を信頼していると言える。
もちろん、程立は歳三の信頼を裏切る様なことはしていなかった。
「我々は幽州でこんなものを作っていましたー」
ばっと広げて見せられた袋には、何やら棒状の布を縦にし上下を縫い付けた二本、横に一対片側だけ縫い付けられたものが見て取れる。
袋の横と下部分はきっちりと縫い合わされ、上の口は紐によって開閉が自由になっていた。
どこかで見たことある様な、と歳三は思って、思った通りのことを口にした。
「ズタ袋、とは少し違うな」
「これはお兄さんの言うズタ袋を参考にさせていただきました。これは本当は背負って使うものなのです。ではでは、実際に誰か背負ってもらいましょうかー」
「じゃあ、シャンが」
名乗り出たのは意外にも徐晃だった。
歳三も、程立が背負うと言ったところでなんなのか見当がついていたが、徐晃がそれを背負った姿を見て改めて確信した。
「なるほど。軍用の背嚢、リュッフザックか」
歳三が
この男が洒落者でもあることも何度も書いたが、軍の装備にも変に日本語を当てるよりは、外国語を当てた方が洒落ている、ということで仏蘭西語には疎くても単語の方は割と詳しいのだ。
程立も未だ聞きえぬ
「“りゅっふざっく”ですか、それは良い名前ですね。今度からこれはそう呼ぶことにしましょうー」
と、言ってあっさりと名前まで決めてしまった。
それにしても、程立考案の“りゅっふざっく”は良い出来である。
肩に掛けるが簡単なのはもちろん、横一対の紐を前で縛ればより身体に固定させることが出来る。開け口も大きいので物の出し入れが簡単だ。
これなら戦闘の邪魔にもならず、中に水や食料を一緒に運ぶことができる。軍の食料を輸送部隊だけに任せず、個人単位でも持ち運ぶというのは、ある種の革命であると言えた。
「風よ。やはり君は天才というべきだな」
「それほどでもありますよー」
ふん、と胸を張る程立に歳三は小さく笑いながら、最後の懸念を問いた。
「これは確かに良い。が、数はあるのか?」
「もちろん2万ほど数は用意してあります。公孫賛殿の軍でも採用されているおかげで、売り上げは幽州でも好調なのです。すぐに軍全体に配備しましょうかー?」
手堅いことに既に公孫賛には売り込み済みらしい。
しかも公孫賛自らが軍備として採用しているからか、民にまで浸透し始めているとは。
程立は軍師の才だけでなく商業の才もあるのだな、と歳三には珍しく感心しっぱなしであった。
が、気持ちをすぐに切り替える。
程立がここまで場を整えてくれたのである。
何としても黄巾党如き賊に負けるわけにはいかない。
「これで我々は万全を期すことが出来た。皆、黄巾党など蹴散らしてやろう」
応、と勇ましい返事が返ってきたのを歳三は頼もしく思ったが。
(さて、黄巾党の数を前にこの気概を持ち続けられるかな)
とも思っていた。
アカギ様、誤字報告ありがとうございます。
コーヒー飲み様、誤字報告ありがとうございます。