【恋姫†無双】黒龍の剣   作:ふろうもの

30 / 45
《真名早見表》
 土方歳三――義豊
 趙雲子龍――星
 徐晃公明――香風(シャンフー)



洛陽へと至る道、黒龍は白龍を呑まんとす

 歳三の軍は半ば強引に、孫堅の軍勢に守られるようにして司隷(しれい)にある洛陽へと向かうことになった。が、この孫堅の行軍に納得いかない者がいた。

 趙雲である。

 徐晃等は歳三に頼り切っている為か何も言わないが、智恵が回る趙雲はあることを恐れた。

 このまま、なし崩し的に孫堅の軍勢に吸収されることを、である。

 無論、趙雲は即座に歳三に忠言したが、歳三は笑って。

 

「孫堅殿がそのつもりなら、最初からそう宣言してこちらを叩き潰してくるよ」

 

 と、言うとすぐにいつもの不愛想な面に戻り。

 

「まぁ、相手がそのつもりなら、我々もそうするから、星もそのつもりでな」

 

 どうやら歳三、油断など全くしていなかったようである。

 趙雲もその旨を聞くと、孫堅という人物の為人(ひととなり)を見た主が言うならと、後に控えた。

 と、そんな感じのことがあったが、概ね道中は平和であった。

 

 

 洛陽に向かう途中も、あの戦はどうだったかとか、黄巾党はどうだったかなど戦談義を存分に花開かせた歳三と孫堅であったが、洛陽が近づくにつれて孫堅の口数は減っていった。

 歳三も、同じく口を閉じることが多くなっていた。

 空気が腐り、淀み切っている。

 腐臭が洛陽に至らずとも漂い臭ってくるようであった。

 歳三や孫堅の様な勘の鋭い者は、そういうのが、なんとなしにわかる。

 

「なるほど。聞いていた以上だ」

 

 と、歳三が独り()ちたのを聞いて、孫堅はまた歳三の肩をひっつかんで引き寄せた。

 

「何かね、孫堅殿?」

「歳三、とりあえずお前は馬鹿のふり(・・)をしておけ」

「ふむ?」

 

 これが孫堅の忠告であることはわかった。

 わかったが、理由がわからない。

 眼でそう訴えると、孫堅は声を潜めるながら続けた。

 

「今の洛陽は半端ないぞ、お前の様なヤツは容赦なく消してくるからな」

「それなら得意だよ。暗殺者程度、何人も斬ってきた」

「暗殺者が来るならマシだよ。お前、勅命で斬首なんて来たらどうする?」

 

 孫堅の声は本気であった。

 今の朝廷は魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する魔窟(まくつ)

 そんな中に飛び込もうとしているのを、歳三は存分に理解したが、尚も涼しい顔で。

 

「それは困るな。今の皇帝を弑逆(しいぎゃく)することになってしまう」

 

 と、(のたま)った。

 真顔で、尋常ならざることを言うものだから、流石の孫堅も眼を見開いて驚いた。

 この男は現皇帝のことなどどうとも思っていない。

 どころか、自分の邪魔をするならば大逆を犯すことも平気で視野に入っている。

 それらを理解した孫堅は、虎を思わせるような獰猛(どうもう)な笑みを浮かべた。

 

「そいつは困るな。そうなったら歳三と戦わないといけない」

「朝廷の家臣としてか、それとも孫堅殿としてか?」

「もちろん前者、と言いたいところだが、本音は俺が戦いたいから戦いたい。お前もそう思わないか?」

「さぁ? 私は貴女と同じで戦えと言われたら戦うのみの身分だからね」

 

 歳三がさぁらぬ体で返すものだから、孫堅は今度こそ毒気を抜かれてしまった。

 孫堅は大笑いしながら歳三の肩をばしばしと叩くものだから、歳三の恐ろしさをよく知っている幽州の兵など冷や汗ものでその光景を眺めていたが、歳三は笑顔であった。

 歳三、実はこういう手合いは嫌いではない、むしろ好きである。

 孫堅からは政略や謀略の影が一切感じられないから、話していてむしろ清々しいのだ。

 だから、歳三は今度はおどけたように。

 

「私は女好きだからね。洛陽では荒淫に(ふけ)る馬鹿にでもなっておこう」

「そいつは丁度いいや」

 

 と、言って二人して笑うのであった。

 

 

「ああ、そういえばだな」

「なんだ、歳三?」

 

 ふと、思い出したように歳三は言った。

 

「私が長社城に行ったのはね、月……董卓と話したかったからなんだ」

「董卓とか?」

「ああ。董卓の軍師の賈駆と取引してね。長社城のことを私たちで片付けたら、董卓との面会の時間を取ってもらうことを約束してもらったのだよ」

 

 そう、歳三は長社城近辺の情報だけでなく董卓との会う約束すらも賈駆から取り付けていたのだが、孫堅がこうしてやってきたことで有耶無耶になりそうなのを今更ながら気付いたのだ。

 

(俺としたことが……)

 

 歳三、内心苦り切っている。

 こういう男でも、目先の楽しさに眼を奪われて大事を忘れることもあるらしい。

 しかし、孫堅は歳三の言葉を聞いて難しい顔をした。

 

「董卓とか……そいつはまた、難しいことを頼んだもんだな」

「なんだって?」

「今の朝廷の現状を鑑みれば、董卓と話そうなんて思うやつは、霊帝に対する胡麻擦り野郎か詐欺師くらいだよ。それを大勢(さば)いているのが賈駆なんだから、よくやってるよ」

「待て。まさか董卓が、(まつりごと)を任されているのか?」

「っと、まぁ……そういうこった」

 

 流石に口を滑らせてしまったと思ったか、孫堅にしては珍しく曖昧に返事をした。

 が、歳三それどころではない。

 

(あの小さな肩ァ一つに、国を背負わせてやがるだと?)

 

 董卓の儚げな姿が思い起こされる。

 叛乱鎮圧の為に戦わされ、政すらも任され有象無象の相手をし、誰からも褒められることなく認められることもなく、国の為にただひたすら懸命に我が身を削っているのが、あの董卓だと。

 怒髪天を突く、とはこの男場合には当てはまらない。

 憤怒のあまり空気が歪んで見えるよう、と言う方が正しい。

 隣に立つ孫堅など、歳三のあまりの怒り様に思わず息を呑んだくらいだ。

 が、この男は感情の制御が異常に上手く、早い。

 あっという間に怒気を心中に収めると平然とした風に孫堅に話しかけた。

 

「すまない、貸しが一つできたな」

 

 貸しとは、現在の朝廷内部のことを教えてもらったことに対する礼であろう。

 歳三らしい貸しの仕方であったが、孫堅は。

 

「一つじゃない、二つだ」

 

 と、言ってにやりと笑った。

 

「俺の戦場をくれてやった、その貸しだよ」

 

 これには歳三も苦笑して。

 

「随分と強引な貸しだなぁ」

 

 と呆れながら笑うのであった。

 が、呆れてばかりでいるのが歳三ではない。

 いつものむっつり顔に戻ると、歳三は孫堅に尋ねた。

 

「で、私はいつ、その貸しを返せばいい?」

「ほう、気が早いじゃねぇか? 嫌いじゃないぜ、そういうの」

「貴女に貸しを任せていると、どんどん利息が増えそうなんでね」

 

 と、歳三が答えると孫堅は怪訝な顔をした。

 

「なんだい、随分商人みたいなことを言うんだな、お前?」

「これでも農民、商人、武士、大抵のことはやってきたつもりだよ」

 

 歳三の突然の過去話に、孫堅はまたも大笑いして歳三の背中を叩いたのであった。

 

 

 そこへ、孫堅の兵士が駆け込んできた。

 途端に機嫌を悪くする孫堅であったが、兵士の只事(ただごと)ではないという空気を察して、すぐに言うよう鋭い目で促した。

 兵士は一瞬、歳三が側に居ることに躊躇してから、言った。

 

「盧植将軍が、讒言(ざんげん)によって捕縛されました」

「それは本当か?」

 

 孫堅ではなく、歳三が先に反応した。

 歳三のあまりの剣幕に、兵士はただ頷いて肯定を示すだけである。

 詰め寄りながら、歳三は孫堅の兵士だと言うのに冷たい声で問い正す。

 

「一体どんな罪によってだ? 盧植殿はそういう讒言とは無縁の筈だ」

「そ、それは……」

「まぁまぁ、落ち着けよ歳三」

 

 と、歳三の肩にぽんと、孫堅の手が置かれた。

 

「これが今の朝廷の半端ないところだ。お前、盧植と会ったことあるんだろう?」

 

 歳三、無言で首肯して孫堅に答えた。

 

「俺もちらっとしか見たことないが、あれが賄賂とかを送れるような器用なタマだとおもうか?」

「まさか、賄賂を贈らなかったことで怒った役人が讒言を?」

「まぁ、そういうところだろうな」

 

 と、孫堅が己の見立てを立てたところで、歳三は既に考え込んでいた。

 

(これは、良い機会かもしれねぇな)

 

 怒っているのか、と孫堅は先の董卓の時を思ったが、歳三に怒気はない。

 むしろこれは、と孫堅は凶暴な笑みを浮かべて歳三を見ている。

 歳三、孫堅の視線に気付いた。

 孫堅の獲物を狙う虎の様な眼を見て、ああ、これは読まれているな、と直感した。

 

「孫堅殿も、着いてきますか?」

「おうともさ! 何やら面白れぇことをやりやがるんだろ?」

「もちろん」

 

 と、歳三は短く答えてにやりと笑った。

 孫堅はその返事に満足したか大きく頷いて。

 

「じゃあ、後で会おうぜ」

 

 と、歳三を趙雲と徐晃の元へと送り出した。

 韋駄天の如き速さで自分の軍を指揮しだす歳三を一度見てから、孫堅は大声を上げた。

 

「策! 権! こっちへ来い!」

 

 歳三の軍を囲んでいた孫堅軍の中から、孫堅と同じような格好をした二人が出てくる。

 髪の色も、肌の色も、服の色も冠までもそっくりだ。

 が、違うと言えば顔つき位か。

 一人は凶暴、一人は飄々(ひょうひょう)、一人は温厚。

 それぞれ孫堅、孫策、孫権と言った、誰もが江東を代表する武人の一族である。

 

「よし、策は俺と一緒に半分の兵を連れて来い。権は残りと洛陽へと向かえ」

「ちょっとちょっと、何をする気なのよお母様!」

 

 と、二人の姉妹の内、孫策が代表する様に問いを投げかけた。

 それはそうである。

 洛陽へと行軍中にこうも急に目標を変えるとは、どういう意図があるというのか。

 それに対し孫堅は我が娘に対してまでも凶暴な笑みを浮かべて。

 

「なに、面白いことだよ」

 

 と、言った。

 孫策は呆れて、だからそれは何、と聞き返したことを心底後悔した。

 

「決まってらぁ、歳三と一緒に役人殺しだよ」

 

 

 劉備玄徳は焦っていた。盧植と官軍と共に、義勇軍を率いて最後の黄巾党の(こも)る城を攻め立てて落城させたのまでは良かった。

 するとどうだ、どこからか現れた別の官軍が、盧植を捕縛すると言ってきたのである。

 盧植の方はただ、諾々(だくだく)と罪を受け入れます、と言って捕縛されてしまった。

 劉備はもちろん憤慨した、一体何の罪が盧植先生にあるんですか、と。

 帰ってきた答えは非情の一言に尽きた。

 

「軍監察、左豊殿の報告により盧植将軍が戦いを行わなかったのは明らかである。従って、洛陽にて盧植将軍の官職剥奪、及び死罪を執り行うものである」

 

 左豊が、そう言った官軍の兵の隣で笑っていた。

 なんてことはない、左豊が賄賂を要求したのを、盧植は毅然と断ったのである。

 その賄賂の中には劉備ら三人の身柄が含まれていたのも、劉備たちは良く知っている。

 そして劉備らは、盧植は劉備たちを守るために(いわ)れのない罪を被ったのだと理解した。

 死罪を受ける(こうなってしまう)ことを覚悟してまでも。

 張飛は、激昂した。

 

「こんな檻、鈴々なら……!」

「駄目だ、鈴々!」

「どうしてなのだ愛紗!」

「今鈴々が暴れたら、盧植殿の厚意が全て無駄になるのだぞ!」

「……っ!」

 

 鈴々が悔しそうに、蛇矛を下す。

 関羽もまた悔しさで胸が一杯であった。

 青龍偃月刀の柄が砕けんばかりに握りしめていた。

 

「風鈴先生……」

 

 劉備だって、悔しかった。

 戦うことが下手な劉備でさえ、靖王伝家を抜き放って斬りかかろうと思ったくらいである。

 そんな劉備に、盧植は笑顔を浮かべて最後の授業をするのであった。

 

「あのね、風鈴はね、思うの。桃香ちゃんは絶対大きいことをするって。だからね」

「せ、先生……」

「こんなところで立ち止まらないで、ね? 風鈴は、大丈夫だから」

 

 劉備は泣き崩れた。

 盧植を入れた檻が離れていく。

 涙を拭き、離れていく盧植を最後まで見つめ続け、地平線の彼方に消えるまで見送った。

 

 

 筈だった。

 その当の搬送された盧植が、劉備の目の前に、居る。

 それも、横に土方歳三が立っている。

 劉備らは混乱の極致にあった。

 なぜ、どうして、と聞きたいことは一杯あったが、劉備はとりあえず。

 

「良かったぁ~!」

 

 と、大泣きして盧植に抱きつくのであった。

 わんわんと泣き喚く劉備に呆れながら、歳三はぽつりと

 

「泣く子と地頭には勝てぬ、か」

 

 呟いたのであった。

 

 

 ある程度泣いて落ち着いたのか、劉備はようやく立ち上がった。

 そして聞いたのである、今一番聞くべきことで、同時に聞いてはならなかったことを。

 

「風鈴先生は罪を許されたんですか!? 土方さん!」

「あのね、桃香ちゃん……」

「いや、そうではない」

 

 歳三が冷たく言い放った言葉は、劉備の思考回路を一瞬にして停止させた。

 

「ただ、護送する官軍を皆殺しにしただけよ」

 

 歳三は今なんと言ったか。

 皆殺し、官軍を皆殺しなど、劉備がしたくてもできなかった叛逆そのものではないか。

 それを、歳三は平然とやって(あまつさ)え盧植まで救って見せた。

 ただ悲しむだけの劉備とは違って、しかし、官軍を皆殺しにして。

 劉備の中では盧植を助けたいという気持と、漢帝国への叛逆への恐れで一杯であった。

 が、歳三は劉備に構わず話を続ける。

 

「盧植殿、官職の印綬はお持ちですか?」

「は、はい。ここに」

「それと髪を一握り、頂戴致します。」

 

 歳三は黙々と作業を続ける。

 盧植から印綬を受け取ると、盧植の長く豊かに、先が巻いた髪を国広で一握り切り取って懐紙(かいし)で包むと懐に入れた。そして劉備に向く。

 

「劉備よ」

「は、はい。土方さん!」

「今の朝廷を、どう思う?」

「……それは」

 

 劉備は、中山靖王の子孫である。

 言うなれば今の霊帝の外戚に当たると言っていいだろう。

 その劉備が、公然と皇帝を非難できるかと言えば、否だ。

 ただでさえ、歳三がやってのけた暴挙に頭が真っ白になっているところに、今の劉備に普段の思考をしたままで歳三に反論しろという方が無茶だろう。

 盧植でさえ、今の歳三に呑まれてしまっている中で、歳三を止められる者はいない。

 

「謂れなき者を罪に陥れ、贅を肥やすことしか脳にない役人どもが跋扈する朝廷を、このままにして良いのか?」

「……それは」

「だが、劉備よ。お前の手は汚すには綺麗すぎる」

 

 そう言って、歳三は自身の左腕の袖を(まく)った。

 

「しかし、だからこそお前はそれでいいのだ」

 

 歳三は国広で己の左腕を軽く斬ると、国広を鞘に納めた。

 ぽたりぽたりと滴り落ちる血が、劉備の視界に鮮明に映る。

 真っ赤な赤色が、黒衣が、歳三の言葉が、劉備の脳裏に焼き付けられていく。

 

「血を流すのは、私の様な者でいい」

 

 歳三が、己の血で盧植の印綬を汚した。

 

「これで盧植殿は官軍と共に皆殺しにされた。それが全てだ」

 

 そう言って歳三はくるりと踵を返すと。

 

「ではな」

 

 と、言って去っていった。

 ただ残された劉備たちは、呆然と歳三の後ろ姿を見つめるしかなかった。

 

 




死にたがり様、誤字報告ありがとうございます。
コーヒー飲み様、誤字報告ありがとうございます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。