【恋姫†無双】黒龍の剣   作:ふろうもの

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《真名早見表》
 土方歳三――義豊
 趙雲子龍――星
 徐晃公明――香風(シャンフー)
 程立仲徳――風
 郭嘉奉考――稟
 孫乾公祐――美花(ミーファ)


腐都

 血を(したた)らせながら歩く歳三を最初に出迎えたのは、趙雲だった。

 遠目から劉備との遣り取りを見ていたらしい。

 

「主は人心掌握の芸事(げいごと)にも堪能しているようですな」

 

 と、口調はどこか皮肉気だが、目線は歳三の腕の傷に向いている。

 やはり心配なのだろう。

 普段の落ち着きも、どこかなくそわそわとしている様に見える。

 一方で、徐晃の方は素直であった。

 

「……腕、大丈夫?」

 

 と、いつものように短く歳三に聞いた。

 

「なに、浅く斬っただけだ。大したことはない」

 

 とは歳三の弁である。

 事実、歳三の傷は浅く派手に血は出ているが、特に問題はない。

 程立が何も言わず持ってきた清潔な布を受け取ると、器用に右手と口で左腕を巻き始めた。

 

「それに、致命に至る傷の加減は、よく心得ている」

 

 止血を終えた歳三が言った言葉に、聞かなきゃ良かったと徐晃は少し後悔した。

 歳三は普段そうとは見せないが、どこか(ほの)暗い影がある男である。

 今も、不愛想な顔にどこか酷薄さを張り付けて、足元の革袋に視線を落した。

 丁度、人間一人が入りそうなくらいの大きさのものである。

 戦利品だと、盧植の護送部隊を襲撃した後に歳三が持ち帰って来たものだが、果たして。

 

「こいつみたいな外道(やつ)で、何度も試してきたからな」

 

 歳三の軍靴(ブーツ)が容赦なく革袋に叩き込まれると、くぐもった声が聞こえてきた。

 これ以上は聞かない方が良さそうである。

 言わぬが花とはいうが、今は言わせぬが花といったところか。

 歳三は難なくその膂力(りょりょく)で革袋を肩に担ぎ上げた。

 

「とりあえず、補給部隊の荷車にでも放り込んでくるか」

 

 と、すたすたと歩いて行ってしまった。

 残された趙雲らはお互いに顔を見合わせて、何も見ず、聞かなかったことにした。

 

 

 歳三が革袋を補給部隊に預けてから少しして、珍しい来客があった。

 劉備玄徳である。

 息を切らせ肩で息をしているものだから、必死に走ってきたのがよくわかる。

 頬も軽く上気していたが、艶っぽさはなく顔はどこか悲壮でもあった。

 

「土方さん!」

 

 劉備は歳三の名を叫ぶが、その後の言葉が通じないのか、突っ立ったまま動かない。

 次の言葉を探そうとして、必死に絞り出そうとしているのが見て取れた。

 

「私、私……」

「何も言うな劉備。何も」

 

 歳三は劉備の肩に軽く手を置いた。

 励ます様な優しさを持った慈しみのある手だが、真意はどこにあるのか。

 

「私は劉備の理想が好きだ。好きだからこそ、その理想を劉備自身に汚してほしくはなかった。だから全ては私が勝手にやったこと、気にすることはない」

 

 劉備は顔を上げて歳三を見た。歳三は穏やかな笑みを浮かべて、劉備を見ていた。

 それでまた、感極まったのだろうか、劉備は目尻に涙を浮かべて感激している。

 そして何か言うべきだろうと、迷いに迷った挙句出た言葉は。

 

「とにかく、ありがとうございます!」

 

 と、いう至極単純で、しかし万感の想いが込められた感謝の言葉であった。

 

(礼を言われる様なことじゃねぇよ)

 

 けれども、歳三の内心は複雑である。

 

(俺には俺の理想(やりかた)があるから、やっただけさ)

 

 真っ直ぐな劉備の感謝が、この皮肉屋な男は照れ臭かったのもあるのだが。

 ともかく、と言わんばかりに劉備の肩から手を離した。

 劉備が小さく、あ、と漏らしたのを敢えて(・・・)聞き逃した歳三は次の問題を提起した。 

 

「礼を言うにはまだ早いぞ、劉備よ。今は危機を脱したが、これからの盧植殿の身の安全を守ることが第一。今はどこかに隠れてもらうのがいいだろう」

「隠れてもらうって……そんなのどこに……」

 

 護送中の官軍に皆殺しにされた、という工作をしたとはいえ、盧植は大手を振って外を歩けるような人間ではなくなっている。

 それは当然だ、未だに盧植には罪科が掛かったままであり、名目上は死人である。

 盧植の出身地である幽州などに戻れば、途端に役人に捕縛されるだけであろう。

 しかし劉備には盧植を庇う為の()る場所など持っていない。

 どうしたものかと真剣に悩む劉備を横に、す、と現れた程立が声を上げた。

 

「それなら青州がいいでしょうー」

「青州ですか、程立さん?」

 

 劉備が程立にも臆することなく、疑問の声を上げる。

 劉備も恩師の命が懸かっているならば、苦手意識なども言ってられないのだろう。

 歳三は程立の見事な助言に胸中、感心しながら今思い出したと言うように話を続けた。

 

「そうか、程立の言う通り青州がいいな。青州ならば今丁度、孫乾と郭嘉がいる。彼女たちなら盧植殿の事に関してもうまいこと知恵を貸してくれるだろう」

「でもそうなると、また土方さんの手を(わずら)わせることに……」

「なに、自分から突っ込んだ話だ。最後まで責任は取るよ」

「土方さん……本当に、本当にありがとうございます!」

「いや、そう(かしこ)まらなくても良いさ」

 

 と、歳三は苦笑いで劉備の礼を受けるが、もちろんこれも劉備の為だけというわけでない。

 前に、盧植は武ではなく智の人間であると程立は言っていた。

 歳三はそこに眼を付けたのである。

 今、青州に必要なのは乱れた内政を立て直せる智を持った人間である。

 歳三も少し会っただけであるが、盧植は義理堅い人間なのは間違いない。

 ただ、青州に(かくまわ)われているだけではないだろうと、見通しを立てているのである。

 そんなことだとは表に全く出さず、歳三はただ親切な男を装う。

 

「私の手の者を何人か連れていくと良い。それと徐晃か趙雲を共に」

「いえ、そこまでお世話になる訳にはいきません」

 

 歳三の提案を断ったのは、話の途中から劉備の後ろに控えていた関羽だった。

 劉備などは今気が付いた様で、驚きながら振り返っていた。

 

「愛紗ちゃん!」

「盧植殿の護衛は、桃香様に代わりこの私と鈴々が務めます。土方様は一筆言伝(ことづて)を書いて頂けたらと」

「鈴々頑張るのだ!」

 

 が、歳三は関羽の提案に渋い顔をした。

 この男は性格に()らず女性的な、なよなよとした字を書くのである。

 それを今まで一度も見せていないことから、恥ずかしいという気持ちがあるのだ。

 

「いや、文章は程立に書いてもらう。私が書くよりはマシな文章だろう」

 

 と、もっともらしい理屈をつけて程立の真名を呼んだ。

 

「風」

「はい。美花ちゃんと稟ちゃんに言伝を盧植殿の隠匿の手伝いをするよう、書くのでしたねー」

「それと、美花と稟に頼む、と私が言っていたことを書き添えておいてくれ」

「お兄さんが書けばいいのではー?」

「それは断る」

「何か理由でもー?」

 

 と、訝し気な視線を送る程立から視線を逸らす歳三であった。

 

 

 程立の探る様な視線を一身に受けながら居心地の悪い時間を過ごしていた歳三。

 関羽と張飛も手紙を受け取って青州に向かってしまい、遂に孤立無援となった中で、救いの主が現れた。もっとも、救い主は救い主でも、暴虎と変わりないものであったが。

 

「おっ、いたいた歳三!」

「孫堅殿。今回はご協力感謝いたします」

 

 と、この傲岸不遜な男らしからぬ、頭を下げるという行為に孫堅は一瞬戸惑った。

 しかしすぐににやりと不適に笑うと孫堅は。

 

「なに、俺たちが勝手にやったこと、ってぇ言いたいところだが、これで貸し三つ目、だな?」

 

 と、言った。

 けれども、これでは定法に合わぬと思ったのは歳三である。

 その定法を散々破ったものが定法を語るとは、ちゃんちゃら可笑しな話ではあるのだが。

 

「戦場を作ったことで今回の貸し借りは無しだと思うのだが」

「いいや。ちゃんと後片付け(・・・・)したのは俺たちだ。これは間違いないよな?」

 

 孫堅が犬歯を見せる様に、にかっと笑った。こういわれてしまっては歳三はお手上げである。

 確かに丹念に官軍の兵士に止めを刺し回ったのは孫堅の軍である。

 歳三の軍は、今回の事件の首謀者探しに忙しかったのだ。

 こればかりは言い逃れのしようがない。

 仕方ないと歳三は呆れた様に笑ったが、(かたわ)らの劉備は顔を青くしていた。

 やはり朝廷に叛乱した、いや、叛乱させることになってしまったことへ負いを感じているのに違いない。劉備はそういう優しさを持つ人間だ、と歳三もなんとなくわかってきた。

 が、孫堅はどうやら違ったようである。罰の悪そうな顔をして、劉備に謝った。

 

「っと、お嬢ちゃんに聞かせるような内容じゃなかったな」

「だ、大丈夫です! 私は大丈夫ですから!」

「そうか。それならいいんだが……」

 

 歳三、耳打ちする様に孫堅に話し掛けた。

 

「なんだ、意外と甘いところもあるのだな、孫堅殿も」

「苦手なんだよ、ああいう理想に燃えるような子は。俺の子はそういう風に育ててきていないからな」

「そういうものか」

 

 わからない、という顔で歳三が言うものだから、これには孫堅が驚いた。

 

「なんだ、おめぇみてぇな良い男が、一度も所帯を持ったことがねぇのか?」

「生憎な。恋とか愛とか、そういうのには無縁らしい」

 

 くすくす、と歳三は笑って答えた。

 

「女を抱くのは、好きだがね」

「そうかい。まぁ、いいさ」

 

 と、どこまでも英傑らしい清々しさで、孫堅は笑みを浮かべた。

 

「こうしていつまでもこのまま孫堅殿、ってのも妙な話だ。俺の真名は炎蓮(イェンレン)。これからはこれでいいぜ。それで歳三、お前は?」

「私か? 私のは義豊だが、これは(いみな)と言ってな」

「なんだ、普段は呼ぶなってことか?」

「そういうことだ。私が死んだら、好きに呼ぶと言い」

「随分と物騒な真名なこった」

 

 と、顎に手をやって何やらにやにやと考えごとをした孫堅は大笑すると。

 

「が、そこが気に入ったよ。じゃあな、歳三。また洛陽の近くでな」

「ふむ? またな。炎蓮」

 

 と、気になる一言を残して孫堅は去っていったのであった。

 

 

 孫堅を見送ってから、歳三は劉備へと振り返る。

 劉備はまだ、顔を青くしていた。

 当の本人である歳三と孫堅が良いと言っているのに、真面目な娘である。

 

(これからは気苦労を背負う立場になるんだろうなぁ)

 

 と、歳三は呑気なことを考えながら、まだ顔を青くしている劉備の眼を覚ます為にぱん、と目の前で手を叩いて起こす。

 

「でだ劉備」

「は、はい!」

「これから私たちが乗り込むのは炎蓮曰く魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する腐った都だそうだが、大丈夫か?」

「だ、大丈夫です!」

 

 と、言う劉備の顔はまだ青い。

 それも当然、歳三の言い方には悪意が存分に含まれており、聞く者の心が弱ければそれだけで縮み震えあがるようなものだ。

 それでもなんとか顔を青くしているだけで済んでいる劉備は、相当に肝が強いと言える。

 そんな劉備をからかう様に、後ろからぬっと顔をだす趙雲。

 

「まぁ、主から十分に脅しを掛けられておけば大丈夫でしょう」

「あっ、趙雲さん!」

「お久しぶりですな、劉備殿」

 

 趙雲を見てぱあっと笑顔を咲かせる劉備に、これなら大丈夫だと思いながら歳三は言った。

 

「まぁ、自己紹介は追々するとして、今の洛陽について再確認することにしようか」

 

 

 孫堅が洛陽の近くで、と言っていたのは歳三と劉備の軍を預かる為であった。

 今更ではあるが、歳三と劉備は漢王朝の官位を持って居ない。

 その為に洛陽内には軍を入れることが出来ない規則なのだ。

 しかし、孫堅は正式な官位を持っている為に軍を連れて入ることが出来る。

 つまり歳三と劉備の軍を、孫堅軍の兵士として扱うことで、洛陽内の兵舎で休ませることを孫堅は進んで担ったのだ。

 危うく兵士を城外で野宿させることだったことに、劉備と共に感謝すると孫堅は真顔で。

 

「今回で貸し四つ目、と言いたいところだが、洛陽は見るなよ、歳三」

 

 と、忠告を送ってきた。

 

「何も見ず、聞かず、言わずに南宮に向かえ。そこで何進(かしん)が待っている」

 

 孫堅の重い、ひたすらに重い言葉に歳三はただ頷き、劉備は孫堅の迫力に押されながらもなんとか頷いて、洛陽へと足を踏み入れた。 

 

 

 一般に首都とはどういうものか。

 文化の中心であり、人々の活気あふれる交流点であり、皇帝の鎮座する王城でもある。

 少なくとも劉備はそういう認識を持っていた。

 しかし、目の前に広がる光景はなんだ。

 誰もが目から精気を失い、下を向いて歩いている。

 路地を一歩覗いてみれば、痩せ細った犬が何かの骨を取り合って殺し合っている。

 これが王城の地、洛陽の今の姿であった。

 

「ここが、洛陽……」

「……酷い」

「……活気とは程遠いですな」

 

 劉備、徐晃、趙雲がそれぞれ小さく感想を漏らした。

 ただそれだけだ、人として極々普通のことのはずなのに。

 声が出せるだけで、恨めしそうな視線を向けられている様な気さえする。

 まさしく、洛陽は腐っていた。

 が、歳三はこの渦中であってもひたすらに冷静であった。

 

「世が乱れればこういうものだが、今は見るな」

 

 歳三は、先程から別の視線を感じている。

 新選組時代に幾度となく感じてきた、暗殺者や隠密の視線だ。

 監視されている、ということをいち早く見抜いた。

 

「私たちを見ている者がいる。無関心を装え」

 

 なるほど、洛陽の現状に憂いてこの惨状を変えようと言うものが現れたら、現政権を牛耳る者にとっては厄介だろう。孫堅がひたすらに無視を進めたのもわかる。

 徐晃や趙雲ほどの武人であっても、戦場での惨劇とはまた違う種類の現状に面食らっているらしい。歳三は小さな声で顔を前から動かさずに、言った。

 

「それでも眼が動くと言うのなら、私の背中だけを見ていろ」

「土方さんの……?」

「そうだ。今はこの洛陽の惨状に無関心であると相手に思わせることが肝心だ。下手に尻尾を出せば、勅令が降るのは間違いないぞ」

 

 そう言うと歳三は、先へ先へとずんずん歩いていく。

 大男が大股で歩くものだから、劉備などは追いついていくだけで精一杯である。

 その後ろを、趙雲たちが余裕そうについていくのだが。

 

「おやおやぁ、これはこれは。私も主の背中だけを見させてもらいましょうか」

「……シャンも」

「風もですー」

 

 と、言うので歳三は。

 

「勝手にしろ」

 

 と、吐き捨てた。

 ただ、歳三の切れ長の眼だけはぎょろりと動かなくとも洛陽の惨状を見て取っていたが。

 

(それにしたってこいつァ酷すぎる。どんだけ引き籠ればこの有り様を知らずに済むんだ)

 

 歳三、未だ見ぬ霊帝の姿に嫌な予感を覚えていた。

 

 




なおぽん様、誤字報告ありがとうございます。
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