【恋姫†無双】黒龍の剣   作:ふろうもの

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《真名早見表》
 土方歳三――義豊
 趙雲子龍――星
 徐晃公明――香風(シャンフー)
 程立仲徳――風
 郭嘉奉考――稟
 董卓仲穎――(ゆえ)
 呂布奉先――(れん)


傀儡皇帝

 平城門より洛陽城に入れば、そこは正に別世界であったと言えた。

 徐晃や趙雲は元より、劉備などは感心っしぱなしである。

 豪華絢爛とはこのことか、と歳三も思うものの、最も嫌な臭いが漂っているのがここだった。

 

(人が腐っている臭いだ)

 

 この場合、実際に人が腐っていると言うわけではなく、性質(なかみ)の話である。

 事実、遠巻きからこちらを眺めてくる役人などは、心が腐り果てていると歳三は感じた。

 

(腐肉で腐肉を固めた、虚栄の城だよ、ここは)

 

 そう、歳三は断じた。

 兵士に促されるまま、武器を預け政務の場でもある南宮へと案内される。

 内装もまた、外装と遜色ないほどの煌びやかさだった。

 が、歳三にはやはりこれらも虚しく映る。

 こんなものを守るために、民は苦しみ、兵は戦い、多くの血が流されたのだ。

 

(嫌な場所だ)

 

 一刻も早くこの場を離れたいと思いながら、歳三は膝をつき(こうべ)を垂れて皇帝を待った。

 

 

 ようやく奥の北宮から現れた皇帝を見て、歳三は微塵も敬意を抱くことが出来なかった。

 服装も服飾品も全て最上級の物で飾り立てられている、子供。

 それが歳三の霊帝に対する第一印象だった。

 だとしても、この霊帝が漢帝国で最も偉大であることに変わりはない。

 歳三は頭を垂れたまま、両手を組んで賛辞を述べた。

 

「この度の黄巾党に対するご戦勝、誠におめでとうございます」

「コウキントウ? ゴセンショー? それは何かのお菓子か? なぁ趙忠! 朕はコウキントウとゴセンショーを食べてみたいぞ!」

 

 歳三の後ろで頭を下げている徐晃と趙雲などは、必死に怒りを抑えているといった(てい)だ。

 劉備など、今にでも叫び出しそうだが、それは歳三が冷たい眼で抑えつけた。

 

(わかるさ劉備。お前たちはこんなやつの為に戦ってきた訳じゃねぇんだろう?)

 

 そう、歳三は眼で訴えると、劉備は渋々と言った風に怒気を収めた。

 歳三だって、こんな皇帝の為に戦っていたなんて思いたくはない。

 だが、漢帝国は最早根腐れまで起こしていると、歳三が確信したのはこの時である。

 

(本当に、なんてぇ皇帝だよ)

 

 あの様子では霊帝は本当に黄巾党も、歳三が言った言葉の意味もわからないに違いない。

 北宮で大事に育てられていると言えば聞こえは良いが、あれでは外界と隔絶され幽閉されているのと変わらない。斉藤一などが見れば、一段と醜悪な糞袋とでも断じただろう。

 とにかく、歳三は早くこの場を離れることを願いながら、霊帝の駄々を聞いている。

 すると、一人の女性がすすと現れた。

 皇帝と同じ殿上にいるのだから、相当に霊帝に信頼されているか、高位の女性だろう。

 玉石のような飾りはないものの、落ち着いた色合いながら高貴さを醸し出し、なおかつ妖艶だ。

 そんな女性を見つけた霊帝は、嬉しそうに声を上げた。

 

「おお何進(かしん)ではないか! 朕はコウキントウとゴセンショーが食べたい!」

 

 歳三、驚かずに零度の視線を僅かに何進へと向けた。

 

(こいつが、何進か)

 

 物腰こそ柔らかそうではあるが、表情にどこか酷薄さがある。

 更に言えば何進こそが今の宮廷を牛耳る腫瘍であると、歳三は勘ながら気付いた。

 遠くに控えていた役人たちが、何進が現れただけで震えている。

 歳三はとにかく、何進の機嫌を損ねるな、という視線を徐晃らへと送った。

 幸い、離れていることもあり何進が歳三のことに気付くこともなく。

 

「大丈夫ですわ陛下。この場はわらわにお任せください。食べたいものも、趙忠が作ってくださりますよ」

 

 と、霊帝をあやしているではないか。

 歳三は舌を巻いた。

 

(こいつはこいつで、とんだ女狐だよ)

 

 霊帝の扱いを、心得ている。

 下手に子供扱いせず、一個の独立した大人として扱うことで自尊心をも満たしている。

 事実、何進の言葉を聞いていた霊帝はみるみる内に機嫌がよくなり。

 

「うむ、何進に任せておけば政治は安心だな!」

 

 と、まで言い出したのである。

 これでは何進の政治に、霊帝がお墨付きを与えたのも同然である。

 実際に政務に奔走しているのは董卓だ、と言うがこれはいわば、何進の権力の強化。

 何進が如何に霊帝に信頼され、認められているかを示す演技と言ってもいい。

 

(本当に、腐ってやがる)

 

 と、歳三は北宮へと下がる霊帝を見る気も起きず、ただ床を見つめていた。

 しばらくして門が閉まる音がした、霊帝が完全に北宮へと下がったのだろう。

 だと言うのに、驚くほどに冷ややかで静かな時間が流れる。

 

(見下しながら、値踏みしてやがるな、こいつァ)

 

 不快な視線が歳三に突き刺さるが、歳三はただ無視する。

 ここで何かを起こすにしても、歳三にあるのは自分の両腕と右腰の拳銃しかない。

 武器と見なされずに没収されずに済んだものだが、使ったところで漢帝国は変わらない。

 ならば今は耐えるだけだとじっと、頭を下げていたが、上げる様にと何進は言った。

 

「そこの黒衣の男。確か……土方歳三、と言ったか。幽州、徐州、青州、豫州と四州に渡る活躍はここ、洛陽まで届いておる。なにか欲しいものはあるか?」

 

 来た、と歳三は思った。

 ここでの問答を間違えれば、下手すれば歳三の首は飛ぶだろう。

 無論ただで死ぬつもりはないが、歳三は全注意を払って何進に言葉を向けた。

 

「いえ、私には皇帝拝謁以上に嬉しきことはありません。後はこの王城の地にて美酒美食を味わい、更には配下の女たちを抱けると考えるだけで満足しております」

「そうであろうそうであろう。しかし、欲が薄いのも考え物だぞ、なぁ土方?」

 

 どう答えるか、いっそのこと言ってみるか、と歳三は考えた。

 ここで欲を見せなさ過ぎるのも、ある意味危険であると勘が告げるからだ。

 

「ならば私は青州を治めてみとうございまする」

「青州か、ふむ……」

 

 何進は考え込むような仕草をした。

 一体何を考えているのか、歳三には知る由もないが、この手合いは(ろく)でもないことを考えていることの方が多い。と、いうことを歳三は経験則で良く知っている

 事実、何進が浮かべた笑みは実に嗜虐的な楽しみに満ちていた。

 

「良いぞ。丁度孔融も東萊城にて立派に討ち死にしたと聞く。土方よ、お前を孔融の後続として認めよう。東萊城の到着を以って、土方歳三を青州刺史と任じよう。誰か筆を取れ」

 

 遂に、この一言で一州の主となった歳三であったが、内心は違っていた。

 

(青州に入った途端に殺そうという魂胆か。見えるんだよ、そのくれぇ)

 

 歳三は内心で吐き捨てた。

 まず、刺史就任の時期の指定がされていないのが可笑しな話である。

 任命するならば今ここですればいいのに、わざわざ東萊城の到着を指名しているのは妙な話だ。

 言い換えれば、東萊城に到着できなければ刺史ではない、と言っているともいえる。

 それに、これが一番の肝であるが、何進のあの態度が信用ならない、と歳三は思っている。

 裏切る人間は裏切るように最初からできている、というのは歳三の持論でもあるが、何進は間違いなく、己の楽しみの為に他者を破滅させることを喜ぶ人種であると直感していた。

 

 

 結局、土地という大きなものを貰えたのは歳三のみであり、劉備などは(きん)などを下賜されたが、それでも十分すぎるほどの報酬とも言えた。

 無論、この金にも漢帝国と結びつけるための何進の意図があるようだが、劉備は無邪気に喜んでおり裏に気が付いていないのが救いとも言えた。

 

(能天気ってのはこういう時楽だよな)

 

 と、思いながら南宮を辞そうとした時、何進が声を掛けてきた。

 振り返る歳三。

 

「そういえば土方よ」

「何でしょうか、何進殿」

「董卓がなにやら、そちのことをえらく気に掛けておった。青州刺史の就任も、董卓の後押しがあってこそ、しかと励めよ」

「仰せのままに」

 

 歳三は頭を下げて両手を組み、如何にも言葉の通り受け取りましたという姿を見せる。

 が、胸中そうではない。

 

(こいつは本当に、酷薄な女狐だぜ)

 

 と、毒を吐き続けていた。

 何進の笑みが、先の嗜虐的な笑みに残酷さが加わっていたのである。

 恐らく、董卓の良かれと思ってやったことが、歳三の死に繋ることを楽しみにしている。

 あれはそういう笑みだと歳三は看破していた。

 

(覚えてやがれ。いつか月は必ず取り返してやるからな)

 

 と、元々歳三のものでもないというのに、歳三はそんなことを思っていた。

 

 

 歳三たちにあてがわれた宿舎は、金市(きんし)にほど近い場所にあった。

 金市、というのは洛陽西部に位置する商業地区で、主に富裕層向けの贅沢品を取り扱っている。

 この辺りまで来ると、首都らしい活気を見ることができるのであるが、それもそうである。

 黄巾党の乱を避けて洛陽に入った流民などの流入を、一切禁止している地区なのだ。

 避難民を下層民に押し付けて、富裕層は今まで通りの暮らしをする。

 歳三などはある意味で上手い手だと思ったが、劉備などは洛陽の実情に心を痛めていた。

 

「で、だ」

 

 と、歳三は宿舎の椅子に座りながら気になっていることを述べた。

 

「私はこれから荒淫に励むつもりだが、なんで劉備までここにいるんだ」

 

 何故か、劉備までもが同じ宿舎に居たのである。

 当の本人は歳三の問い掛けの意味なんてないと言わんばかりに、にこにこしている。

 

「あの後、何進さんに頼んだんです! 私、土方さんから学びたいことがあるから一緒の宿舎にしてくださいって!」

 

 歳三は頭を抱えた。

 あの何進(女狐)(いや)らしい笑みが見えてくるようである。

 恐らくだが、何進は徐晃と趙雲には歳三との男女の(よしみ)があることを見抜き、かつ劉備とはそういったものがないことをわかっていて、敢えて一緒にしたのであろう

 つくづく、食えない女だ、と歳三は何進の評価を一つ上げていた。

 無論、油断できないという意味での評価である。

 そんな歳三の気苦労を知らずか、劉備はこれからお世話になるから、と自らの真名を告げた。

 

「あ! 私は真名を桃香と言います!」

「ああ、私の(いみな)は義豊だ」

「? 諱ってなんですか?」

 

 歳三はまた頭を抱えた。

 いっそのこと諱と言うのを止めて真名にでもするか、と考え始める歳三。

 いい加減にもう諱のことを毎回説明するのが面倒くさくなってきたのだ。

 何故、最初に諱というのにこんなにもこだわったのか、歳三自身でも検討がつかない。

 とにかく、諱について劉備に軽く説明すると、劉備は深刻そうに受け止めていた。

 

「そうなんですか……気を付けないと……」

「ああ、存分に気を付けてくれ」

 

 どこか、投げやりになってしまっていた。

 

(霊帝も大概だが、桃香も少し世間知らずが過ぎるんじゃねぇか?)

 

 と、歳三が思っていた時。

 

「ところで、荒淫ってなんですか?」

 

 と、劉備からとんでもない質問をされてしまった。

 歳三など、椅子から滑り落ちそうになったくらいである。

 ただの女好きの馬鹿のふり(・・)をするのが、劉備がいるだけで失敗しそうな気さえしてきた。

 趙雲がこっそりと、歳三に耳打ちをする。

 

「随分と初心(うぶ)な様ですが、どうするんです、主?」

「それでも荒淫に励むしかなかろう。声を抑えろよ。桃香に聞かれたくなければな」

 

 下手にそういった知識を仕込んだら、関羽に叩き斬られそうでもある。

 

(そんなことは勘弁願いてぇやな)

 

 歳三は洛陽での生活が、どうなるかはまるで見当がつかなかった。

 

 

 が、歳三が一番早く洛陽での生活に順応したというのは、最早わかりきっていたことでもある。

 以前にも歳三の朝は早いと書いたが、誰よりも早く起き出して行動をするのがこの男であった。

 まず初めに、昨夜の荒淫の後を井戸で洗い流してから仏蘭西(フランス)軍士官服を着込むと、朝食を求める為に金市を適当にぶらぶらと歩きまわる。

 前にも食い物の好き嫌いも激しい男、と書いたが流石は王城の地。

 歳三の舌の好みに合うものも多いのである。

 けれども一所(ひとところ)にじっとせず、次なるものを求めて歩き回るのは常であった。

 そして毎日違う食べ物を大量に、それと適当に酒を買い込むと兵舎に行く。

 では何故兵舎に行くかというと。

 

「……おはよう」

「おはよう、恋」

 

 呂布に会いに行くためと、自軍の兵士の見回りのためである。

 大量の食べ物は主に呂布に、酒は自軍の兵士に配るために買っていくのだ。

 別に金市から荷車で大量に運ばせればいい話だが、歳三はそうしなかった。

 何故かといえばちゃんと理由がある。

 呂布に通常の人間には多過ぎる程の朝飯を渡すと、歳三は酒を兵士たちの間で(そそ)ぎ歩く。

 

「酔って軍規を乱すのはご法度だからな」

 

 と、笑いながら一人一人に酒を注いでいくのだが、誰一人として被ったことは一度もない。

 注いだ相手の顔を、ちゃんと覚えているのである。

 これには兵士たちは感激し、歳三が問い掛ければ腹を割って話した。

 こういう訳で兵士たちの士気は保たれ、また呂布の食べる姿に誰もが癒やされているというのを歳三は聞き、呂布は謀らずしも毎日美食を歳三から受け取っているのである。

 

 

 午後になれば、金市の散策を適当に切り上げて賈駆に会いに行く。

 そしてこれも、最早一つの恒例行事になっているのだが。

 

「いつ来ても月には会えないわよ」

「知ってるよ。だが、青州刺史就任の礼を言いたいと思うのは人として当然だろう?」

 

 と、いう()り取りをしてから、歳三は部屋の隅に椅子を置いてじっと座っているのである。

 腕を組み、眼を閉じていることから寝ているのか、と賈駆も最初は思っていた。

 しかしどうやら、考え事をしているらしく寝ているのでない、というのは先のことでわかった。

 

 

 こんなことがあった。

 あまりにも動かない歳三に、賈駆は戯れに聞いてみたのである。

 ぽつりと、本当に小さな声であったが。

 

「あんた、月に惚れてるの?」

 

 と。

 答えが来る筈もないかと、来る日も来る日も減ることのない政務に取り組もうとしたその時。

 

「それがわからぬのだよ。私は恋や愛とは無縁の人間だとずっと思っていた。だから、この感覚をどう言ったらいいのかわからないのだ」

 

 と、眼だけを開いた歳三はそんなことを言った。

 へぇ、と興味が湧いた風に声を出した賈駆は、またも問い掛けてみる。

 

「だからここ毎日、ずっとここに通い詰めているわけ?」

「そうだ。月のことを一番詳しいのは賈駆、お前以外にいないだろうからな」

「それはそうね」

「……思えば、兼定を初めて鞘に納めた時も、こんな気持ちであったかもしれない」

「前言撤回よ。そんな物騒な気持ちと恋やら愛と一緒にされちゃ困るわ」

 

 それ以来、歳三が董卓をどう思っているのかの話は、賈駆はしていない。

 ただ、政務の邪魔もしないので、歳三が部屋に居ることを黙認しているだけである。

 

 

 そして夜になれば劉備に隠れて荒淫に励む、というのが日課である。

 が、この日は少々違った。

 部屋を訪れた風に向かって、歳三はいたく真面目な様子で語りかけた。

 

「風よ」

「なんですかお兄さんー」

「私は軍制改革をしたい」

 

 と、突然そんなことを言い出したのである。

 これが徐晃や趙雲ならば、目を見開いて驚くところであるだろうが、程立は眠たげな眼でじっと歳三を見つめるばかりである。もしかしたらそう言い出すことがわかっていたのかもしれない。

 

「なるべく星や香風ばかりに負担のかかる戦場を、少なくしたいのだよ」

 

 相手が程立であるからか、歳三は遠慮無く言葉を続けていく。

 

「正確な収支は知らないが、幽州・青州・徐州の海運業は好調なのだろう? その金で軍制を一気に整えてしまいたいんだ」

「具体的には、どういった感じにですかー?」

「今の様に戦争の度に兵士を集めて訓練するのは効率が悪い、だから、軍を専門化させたいんだよ」

 

 歳三の理想の根本には、新選組と歩兵操典がある。

 この二つを組み合わせた独自の軍制を持った軍隊を、歳三は創りあげたいと思っていた。

 

「つまり、職業として軍を一般化させるとー」

「ああ、そうだ。そして能力に合わせて兵士たちに金が払えるような新しい構造が作りたい」

「能力に合わせて、ですかー?」

「一律に同じ金額と食糧では兵士もやる気がでないだろう?」

 

 この辺り歳三が昔、商家へ奉公に出ていた経験が生きていると言えた。

 人は様々な理由によって動くが、この時代の兵士は主に食事だ。

 食い詰めたものや農家の三男坊などのが、兵士として集まってくる。

 そんな理由で参加するものばかりでは、軍は強くならないと歳三は考えている。

 

「そして装備もだ。折角育てた兵士もすぐに死ぬようでは意味がない」

 

 ちょいちょいと、風に近づくように手招きすると。

 

「触ってみな」

 

 と、胸を張る歳三。

 遠慮無く、歳三の胸を触った程立であったが、ぎょっとした。

 感触がひどく硬く、冷たかったのである。

 これは程立の珍しい姿が見れた、と笑いながら歳三が上着を脱ぐと、下から現れたのはずしりと重い、腕には手甲までもが入った鎖帷子である。

 

「これは、凄いですね……いつの間にこんなものを?」

「金市をぶらぶらしている時に、いい鍛冶屋を見つけてね。そこでだよ」

 

 歳三は程立に種を明かすのが楽しいのか、くすくすと笑っている。

 そして今度は懐からごそごそと何かを取り出した。

 

「それと、こういうのもある」

 

 鉢金(はちがね)であった。

 鉢巻(はちまき)に小さく薄い鉄板を縫い付けた、いうなれば簡素な兜である。

 もっともこの時代、剣は切れ味よりも重さで叩き潰すという風が強い時代に、鉢金の意味があるかと問われれば歳三自信も疑問ではあった。

 が、歳三の別の理想の実現のためにはいずれ必要になる、と思っているものでもある。

 

「それは……随分と巨大な軍制改革ですねー」

 

 続々と出てくる歳三独自の改革案に圧倒されていた程立であったが、すぐにいつもの調子を取り戻すと内容を咀嚼(そしゃく)するように考えこんだ。

 だが、歳三は苦笑いを浮かべて考えこむ程立の頭を撫でた。

 

「だから、これは稟と風とでまた詰めておいて欲しいことでもある。今の私は青州に一歩入れば恐らく殺されるだろうからな」

 

 長い目で考えてみてくれ、と歳三は言ったのだろう。

 即座に答えが必要な案件でないのなら、と程立はいつもの眠たげな眼に戻った。

 そして今度は逆に程立が。

 

「それなら風からも提案があるのですよー」

 

 歳三に提案をする番になっていた。

 

「なんだ?」

「今、お兄さんの周りには女の子がたくさんいるのです。ですからもっと公平に接するべきではありませんかー」

「ふむ、それも、風に任せるよ」

 

 歳三、即決である。

 全幅の信頼を、程立に置いていると言っても良い。

 言い方を変えれば、丸投げであるとも言えるが。

 

「いいのですか? 風だけが良い思いをするようにするかも知れませんよー?」

「いいや、風なら、私情を挟まず公平にするからな」

「むぅ。信頼されているのは嬉しいのですが、なんだか複雑な気持ちなのですー」

「まぁまぁ、そう言うな」

 

 歳三は少年のような声音で、程立の真名を呼んだ。

 

「おいで、風」

「その前に、それは脱いで欲しいのです」

 

 これは一本取られたな、と歳三が笑いながら鎖帷子を取った後、程立は歳三の胸に飛び込んだ。

 


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