【恋姫†無双】黒龍の剣   作:ふろうもの

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《真名早見表》
 土方歳三――義豊
 黄忠漢升――紫苑
 徐晃公明――香風(シャンフー)
 孫堅文台――炎蓮(イェンレン)



襄陽の戦い

 孫堅は目の前の光景に頭痛がする思いだった。

 異様、と一言で現してしまえばそうだと言えるだろう。

 呂蒙も、冷や汗が止まらないという表情で、それでも机に向かっているのは男のせいか。

 

「で、どういうことか説明して欲しいんだがな、歳三」

「どうということもない。見ての通りだ」

 

 と、(うそぶ)く歳三は椅子に腰掛けて居る。

 そこまでは、良い。

 歳三の膝の上には幼子が行儀よく乗っており、それを南陽の主・黄忠が見守っている。

 優しく柔和な微笑みを浮かべながら、である。

 それも揃いの黒い羽織(コート)を着ているのだから、傍目には夫婦にしか見えない。

 

「俺の見間違いじゃなけりゃ、歳三と黄忠殿は深い仲だとしか見えないんだが?」

「その通り。私にとってはつい先日だが、紫苑とは契りを交わした仲だ」

「そうですわ。私にとっては何年もの前の話ですが、この人は偽名を使ってまでも私たちを守ろうとしたのですよ?」

「ああ、同時に喋るのはやめてくれ。頭がいよいよ痛くなってきた」

 

 孫堅は頭を抱えながら、この状況の発端を知っているだろう呂蒙に声を掛けようとした。

 が、気の毒なほどに顔を青くしてまで何かの書物に向かっているので、やめた。

 多分、呂蒙自身も許容しきれない程のことがあったのだろう。

 そうでなければ、孫堅自身が、陸遜までもが才を認めた呂蒙が、ああなる筈がない。

 はぁ、と溜息を一つ()くと、孫堅は単刀直入に聞くことにした。

 

「わかった、俺の負けだ。最初から全部話してくれないか、歳三」

「それは構わないが、少し長くなるぞ」

「いいさ。どうせこの雨じゃ劉表も簡単に動けはしないさ」

「やはり、劉表殿のところに早馬は出ているのか」

「ああ。明命……周泰の報告で襄陽に早馬が五つは出てる。で、話す気はあるのか、歳三?」

「わかったよ。さて、どこから話したものか」

 

 歳三は膝の上の幼子、即ち璃々の頭を撫でながらゆったりと話し始めた。

 

 

 一から喋るのは久々だな、と歳三が喉の渇きを覚えた時、湯飲みがすっと眼の前に出された。

 湯飲みに絡みつく白くほっそりとした指は、無論、黄忠のものである。

 二人の間に会話はなく、ただ眼と眼が一瞬あっただけであったが。

 歳三は湯飲みを難なくするりと受け取ると、一気に飲み干した。

 湯加減も、歳三が飲みたいと思っていた通りの温度である。

 

「うまい」

「お粗末様ですわ」

「待て、夫婦仲がいいのは結構だが、とにかく待て」

「そんな、夫婦だなんて」

 

 と、頬に手を当ていやんいやんと腰を振る黄忠のその仕草、女でも見惚れる妖艶さがあった。

 なるほど、劉表が男として黄忠に執着するのもよくわかる、と孫堅は思った。

 だからこそ、どうにも腑に落ちない。

 何故こうも歳三は落ち着いているのか、である。

 

「なぁ歳三」

「なんだね、炎蓮」

「お前はどうしてそう、落ち着いていられるんだ?」

「驚いたな。落ち着いているのが不服とは。いっそのこと取り乱し狂っていた方が良かったか?」

「違う。お前は黄忠に関して何とも思っていないのか、ということだ」

 

 ふむ、と璃々の髪を梳きながら歳三は言った。

 

「話の最中にも言ったと思うが、私は紫苑との逢瀬を夢の様なものとしか思っていなかった」

 

 と、続けて。

 

「だがもし、紫苑が本当に居たのであれば、きっと私を待つだろうと思ってもいた」

「何故だ?」

「私が抱くと決めた女だからだ」

 

 気後れも躊躇(ためら)いもなく、歳三はそう言い切った。

 孫堅、これにはしばし唖然とした。

 自信から来ている、さりとて傲慢とはまた違う、ある種の信頼の様なものとでも言えば良いか。

 とにかく、孫堅にはそれを表す言葉が見つからなかったのは確かだ。

 

「まったく、大したたま(・・)だよ。お前は」

「私としては、炎蓮が私の話を全て受け入れている方が、驚きなのだがね」

 

 そんな口振りの癖してべらぼうに落ち着いているのだから、本当に食えない男である。

 今も、璃々を優しく撫でながら不愛想な(つら)のまま、という器用なことをやっている。

 

「はっ、ただの狂人が青州刺史にまで上り詰められるものかよ。過去なんてどうでもいいさ、要は結果だ。そして歳三は大事な結果を出している。これ以上に歳三を歳三として認めることができる要素なんてないさ」

 

 孫堅の言葉に、歳三は静かな笑みを浮かべた。

 歳三は孫堅が己が言うことを一切合切否定しないと、わかっていたかのようでもある。

 が、孫堅はともかくその娘や配下については違う様である。

 特に、長女である孫策などは歳三の言ったことについては不満顔だ。

 

「結局さ、歳三は何がしたいの?」

 

 全て、そこに尽きると言った顔である。

 陸遜や孫権も、同じような顔をしていた。

 目的が不明瞭すぎるのである。

 黄忠との再会を目指していたわけでもなく、流れに任せあるいは逆らい、戦ってきた。

 確固たる意志を持たない、戦好き、そういった印象が(ぬぐ)えないのである。

 それを歳三、くすりと笑った。

 

「なんだ、随分わかりやすいと自分では思っていたんだがね」

 

 孫策の眉がぴくりと動いた。

 馬鹿にされた、と思ったのだろう。

 恐らく炎蓮に似て気が早い方だ、と孫策のことを睨んでいた歳三。

 孫策の腰間の剣が抜かれるよりも早く、口を開いていた。

 

「喧嘩がしたい。ただそれだけだよ」

「喧嘩?」

「そう。この漢という帝国は広い。それに私におあつらえ向きな程に乱世の時代が近づいてきている。楽しいとは思わないか?」

「……自分の利の為に、世を乱したい。そう言うの?」

 

 孫策の眼だけでなく、孫権の目までもが密かに鋭くなった。

 

(ああ、どこまでも二人は炎蓮の娘らしい)

 

 戦に巻き込まれる無力な無辜(むこ)の民の平和を、彼女たちは案じている。

 それを乱すならばこの場で斬ることも辞さない、そういう気概がある。

 だからこそ、歳三は言い訳などせず、自分のやりたいことを言った。

 

「別に私とて王城の、京都の守護を任されていた身。いたずらに世を乱したいとは思っていない」

「じゃあ喧嘩したいっていうのはどういうこと?」

「例えこのまま世が平和になっても、北には未だ異民族がいる。その異民族を撃滅したとしても、ならず者は必ずと言っていいほどにどこにでも現れる」

 

 つまり、と歳三は孫策の眼を見た。

 孫策はどきり、と胸の鼓動が早まった。

 恋慕の情でなったのか、と問われれば違うと孫策は答え、こう答えるだろう。

 歳三の瞳の奥にある、どこまでも仄暗く燃える炎に見入ったのだと。

 

「私はどこまでも駆けずり回ってそういった戦場を探すだけ。ただ、それだけよ」

 

 孫策は再び歳三の眼を見たが、そこには先程までの炎はない。

 歳三は今、璃々を見ている。

 慈しみのものでありながらどこか無感情が入った、どうにも言い難い瞳であった。

 それがどういう意味なのかは、孫策にはわかりたくなかった。

 

「蓮華……?」

 

 孫策が二の句を継げずに戸惑って居る時、押しのける様にして孫権が前に出た。

 普段大人しい子なのにこんなことをするなんて珍しい、と皆が思った。

 歳三ですら、何も言わないだろうと踏んでいたのか、少し眼を細めているくらいだ。

 

「黄忠殿は、どうするんですか」

 

 孫権の言葉は、力強かった。

 それに誰もが思う、疑問でもあり、聞けなかった質問でもあった。

 歳三は妻も子もいると、この南陽で(ようや)くわかった。

 ならば、劉表を如何(どう)にかして、どこかで腰を落ち着けるのが男の筋ではないか。

 孫権の言葉には言外にそう含まれていた。

 歳三は、孫権に対して決して馬鹿にしたわけではなく、ただ静かに笑った。

 

「なに、紫苑ならわかってくれるさ。私がどこで生きようとも死のうともわかってくれる」

 

 と、そこまで言ってから歳三は少し考えて。

 

「うまく言葉にはできないが、私と紫苑とはそういうものなのだよ」

 

 と、言った。

 歳三も、これを如何言い表すべきかよくわからないらしい。

 さりとて黄忠の顔を見れば、それで良いという顔をしているのだから始末に負えない。

 それでも、孫権は食い下がった。

 

「愛は……黄忠殿に愛はないんですか?」

「さぁ? 私は今まで恋とか愛とかを感じたことのない男でね。それを求めて、戦っているのもあるのかもしれない」

 

 ふと、歳三の脳裏に董卓と呂布の姿が思い起こされた。

 あの二人は、歳三の心を熱くする何かを持っている。

 それを理解するためにも、歳三はまた洛陽へと戻らなければならない。

 つまり、南陽に腰を落ち着けるなどという選択肢は、(はな)から無い

 

「しかし、だからこそ、紫苑はそれら全てをわかって私を受け入れた。そして私はそれに答えた。それだけだよ」

 

 孫権は紫苑を見た。

 紫苑は孫権に、ただ微笑んで見せた。

 

「っ……!」

 

 孫権は(きびす)を返すと部屋から出て行ってしまった。

 歳三は璃々をあやしながら、それを止めることもせず、ただ一言。

 

「まだ、若いのだな」

 

 と、言ったのであった。

 

 

 雨は、依然として強く降り続いている。

 これで軍を進めては、疲労するばかりで何も益はないだろう。

 つまり、孫堅の南陽での滞在がもうしばらく延びると言うことでもある。

 歳三は璃々を膝から降ろして黄忠の元に行かせると、席を立って言った。

 

「それよりも、襄陽で待ち構えている劉表について話した方がいいのではないのかね?」

「歳三の言う通りだな。劉表との一戦は最早避けられん。しかし黄忠、お前は良いのか?」

「孫堅殿、私の心は最初から隼人様……歳三様のものですわ。それに」

「それに、なんだ?」

「劉表様は私に貢ごうとするあまり税を強盗の様に取り立てていると聞いています。荊州の平和の為にも、それは正さねばなりません」

 

 黄忠の語るところによると、荊州は今、妙な金銭の巡りができているのだという。

 劉表は取り立てた税を、金銀財宝に変え黄忠へと贈る。

 黄忠はそれを貯めることも使うこともせずに、糧食に変え金に変え万民へと返還する。

 そして民は黄忠を慕い、本来の主である劉表を憎悪するのである。

 (ちまた)では、劉表が失脚して黄忠が荊州を治めればいい、なんて童歌までできているそうだ。

 孫堅はそれらを聞くと、憐れみを込めて呟いた。

 

「こうしてみると、劉表も哀れなもんだ。人の恋路を邪魔するばかりに馬に蹴られるどころか龍の夫婦に狙われることになるとはな」

「国を傾かせるだけの価値が紫苑にはある、それだけのことだよ」

「……案外と惚気(のろけ)るやつなんだな、歳三は」

「褒め言葉として受け取っておこう。紫苑、襄陽あたりまでの地図はあるか?」

「はい、すぐに持ってきますわ」

 

 黄忠が部屋を後にしたところで、孫堅は呂蒙が歳三の隣に付いているのに気付いた。

 その顔は最初見た時から変わらず青ざめているが、何故呂蒙をここに置いているのか。

 孫堅はそれが気になった。

 

「おい歳三、なんで呂蒙がここにいるんだ?」

「ふむ? 孫堅は私に一軍、預けてくれるのだろう?」

「そりゃあな。歳三を遊ばせておくなんてもったいないこと、誰がするもんか」

「それを聞けて安心したよ。私は今回、前衛に出る」

「ん? 一番槍が欲しいのか?」

「いいや、私と私の部隊は全て、呂蒙に任せる」

 

 ぽん、と呂蒙の肩に軽く手を置いた歳三。

 対する呂蒙は飛び上がるんじゃないかと思うぐらい震えていた。

 気の毒な位青ざめていた理由はそういうことか、と孫堅は理解した。

 今まで陸遜配下の下士官だったのが、いきなり将軍格に大抜擢である。

 しかも歳三の口振りからして、呂蒙の指揮に全て従うつもりだろう。

 一軍と、百戦錬磨の土方歳三と徐晃公明を殺すのは自分次第、考え難い重圧である筈だ。

 孫堅はにやりと、意地の悪い笑みを浮かべて、あえて聞いてみた。

 

「それで、駄目だったらどうする?」

「決まっている。私が腹を()(さば)いた後に首を刎ねてくれ」

 

 歳三は平然とそんなことを言う。

 どうやら本気であるらしい、眼が、笑っていない。

 

「責任は全て私が取る。それが死を以ってでしか償えないというのなら、喜んで腹を斬るさ」

 

 ああ、と孫堅は納得した。

 自分が部屋を訪れても、ひたすらに机に向かっていたのは、この為であったのか。

 呂蒙は書物に向かうと眠ってしまうという悪癖があると、陸遜から聞いていた。

 それを歳三は、呂蒙に大き過ぎる仕事と責任を与えることで克服させたのだ。

 しかし、それで勝算はあるのか、と孫堅はふと思ったが、歳三が笑うの見て杞憂だと思った。

 

「呂蒙に必要なのは、後は実戦だけだ。そして私は、呂蒙は勝つと信じている」

 

 歳三はそういうと、にこやかに呂蒙に笑いかけた。

 そこには邪念は一切なく、好青年が言葉の通りに信じていると思わせる笑みである。

 けれども呂蒙は、まだ顔を青くして震えている。

 

「呂蒙はそうは思ってないみたいだぞ?」

「初めては誰だってそうだよ」

 

 歳三はくすりと笑うと、いつもの不愛想な顔に戻った。

 丁度その時、黄忠が紙束を抱えて部屋に戻ってきたのである。

 以心伝心じゃないか、と孫堅はこっそり思ったのであった。

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