【恋姫†無双】黒龍の剣   作:ふろうもの

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《真名早見表》
 土方歳三――義豊
 徐晃公明――香風(シャンフー)
 趙雲子龍――星
 郭嘉奉考――稟
 程立仲徳――風
 太史慈子義――梨晏(リアン)
 孫乾公祐――美花(ミーファ)
 呂蒙子明――亜莎(あーしぇ)


暗雲

 反董卓連合の陣地は静まり返っていた。難所である汜水関を損害無く攻略し、董卓陣営の猛将である華雄すらも大きな被害なく捕虜にしたにも関わらず、である。

 たった一つの予想外の要素が、この巨大な連合の士気を挫いたのだ。

 

 ――土方歳三、離反。

 

 青州の主であり、徐州の影の支配者でもある男による全軍での董卓側への寝返り。

 ただ、軍の構成人数にしてみれば一万前後の土方歳三の軍勢に対し、連合軍は未だ十倍以上の戦力を抱えている。圧倒的多数が寡兵を前に意気消沈するというのも妙な話ではあるが、やはりいくつか理由があった。

 第一に、土方歳三という存在が諸将に与えていた影響が想像以上のものであったこと。

 幽州を治める公孫賛は土方歳三が名を轟かせる前からの援助者であり、今では名実共に盟友と思われている。現在公孫賛の部将を務めている劉備陣営にしても、そうだった。劉備などは土方歳三から直接薫陶を受けており、離反の報を確実とされても信じられないという態度を崩せなかった。

 呉郡の勇将である孫策にしてもそうである。元々土方歳三は孫策の母である孫堅と強い繋がりを持ち、また孫策による呉郡掌握の際にも力を貸している。

 目下、反董卓連合で有力とされている将軍は袁紹、袁術、曹操、孫策、公孫賛、劉備らだ。その内半分の将が土方歳三と強い縁があっては、これでは強い結束を望める筈もない。

 第二に、損害なく攻略した汜水関がほとんど無用の長物と化していたこと。

 華雄と戦うことなく、汜水関へと入り込んだ土方歳三は関を即座に閉門した。ここまでが外から見える全てであった。華雄を降し汜水関を迫った連合軍が関からの攻撃に身構えた時、抵抗の弓矢がない理由について勘の良い者たちは半ば悟っていた。

 土方歳三は汜水関を放棄していた。だけではない、門を壊し積まれた石を崩し関に蓄えられた物資は持てるだけ手に入れて、後は全て火を放つ。こうなってしまえば名立たる汜水関も通るに邪魔な石の山でしかない。

 結局、巨大な軍勢を通す為の作業に幾日もかかり、土方歳三には董卓軍への合流と防備を整える時間をむざむざと与える結果になった。

 第三に、補給の問題が一番大きかった。

 確かに数の多さは強みであるが、その分必要とする兵糧は多い。先の汜水関の作業中にも兵糧は消費されていくのだ。そうなると、配る兵糧を制限することになる。ここまでは、良い。

 問題は、連合軍は後方に居る袁術によって輜重を管理されているが、肝心の袁術軍が肥えているのに最前線の孫策らの将兵は飢えている、という現象が起きていることだった。

 孫策は軍議の席で今にも袁術を叩き斬らんばかりに怒り狂い、総大将である袁紹に諌められなんとか矛を収めたものの、連合軍の軋轢は更に深まったと言える。

 かつて土方歳三が無益と断じた軍議の席で、曹操は気付かれぬ様に溜め息を吐いた。虎牢関を前にして、連合軍は瓦解の危機にある。

 

「では虎牢関攻略について。先鋒は――」

「私は嫌」

 

 袁紹の軍師である田豊の言葉に、孫策は即断で返した。

 

「どこかの誰かさんが兵糧を送ってくれないお蔭で私の軍は疲弊している。これで私に前に出なさいって言うのなら、軍師としての質を疑うわ」

 

 完全に当て付けであるが、当の袁術はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。袁紹は何か言いたそうであるが、ただでさえ軍の士気が崩壊する寸前である。孫策にこれ以上拗ねられても困るから、何も言えない。

 頭を抱える田豊は場を見渡すが、袁家の腰巾着たちはまず頼りにならない。だからといって他の将はといえば。

 

「すまないが私と桃香も無理だ。相手が義豊(・・)では、私の兵は腰砕けになる」

 

 公孫賛は劉備と共に無理である、と告げた。公孫賛の兵は間近で土方歳三の戦いを見ているから、当たれば負けるという公孫賛の分析も間違いではないだろう。

 それに、と曹操は公孫賛が積極的には戦わないだろうと思っている。土方歳三が離反した際の公孫賛の第一声は歳三がか、であった。その後すぐに義豊が離反か、と言い直したことを曹操は知っている。つまり、あの軍議の席で義豊が真名ではなく別の何かであると指摘できた筈なのだ。

 それをしなかったということは、離反の企みについては知らなかったにしても心情的には土方歳三の側にあると見て良いだろう。劉備についてもそうだ。

 そこまで考えた曹操は田豊の視線が向く前に、虎牢関攻略についての持論を述べた。

 

「私も虎牢関の攻略はできないわ。公孫賛も見て来たから知ってると思うけど、今の虎牢関は万全の防備がされている。ちょっとやそっとの数で攻めても返り討ちに会うのは目に見えているわ。そうね……それこそ全軍で力押しでもすれば少しはやれるんじゃないかしら?」

「ちょっと華琳さん、それはあまりにも短絡的過ぎるのではなくて?」

「なによ麗羽。もっと貴女の被害が少ない手がいいの?」

 

 曹操の言葉に、袁紹は押し黙った。曹操には袁紹の魂胆が見えている。袁紹はなるべく自軍の被害なしに洛陽へと入りたいのである。そして皇帝を真っ先に保護し、何進と共に漢を傀儡にしようというのだろう。異を唱える者がいれば温存した兵力で圧殺すればいい。

 なんとも、長い間名家として君臨してきた者らしい戦い方である。

 

「そうなると、土方の暗殺が最善手かしら」

 

 曹操は提案しながら目まぐるしく頭を働かせる。袁紹の野心が予想通りなら、曹操は袁紹よりも早く洛陽に入り皇帝を保護することが第一になる。この際、皇帝は袁紹以外の勢力が保護してくれても構わないと曹操は思っている。

 漢帝国の衰退を知らしめたのは黄巾党の乱であり、それ以前に皇帝の権威は既に風前の灯であることは周知の事実である。それこそ袁紹や袁術の様な大勢力でなければ、皇帝を利用しきることは難しいだろう。もちろん、利用しきる自信が曹操にはある。

 

「土方の暗殺ねぇ……それはまた難しいと思うわよ?」

 

 曹操の暗殺案に対し、意外なところから横槍が入った。先程から面白くなさそうに軍議を聞いていた、孫策である。

 

「私が土方と一緒に居たことがあるのは知ってると思うけど、土方は隙だらけに見せて恐ろしく慎重で、なのに大胆で狡猾よ。戦の時どころか平時でさえそれは変わらないわ。実は曹操も既に試してるんじゃない?」

「そうよ。土方の暗殺については、一度私が試している」

「……本当に試したのか、曹操?」

「ええ、公孫賛。貴女と劉備が土方の説得に向かった際、土方は姿を現したと言ったでしょう? だから私が土方の説得の時に、秋蘭に矢を射させたの」

 

 公孫賛と劉備が非難の視線を向けてくるが、曹操は気にした素振りはない。

 実は既に二回、連合軍は土方歳三との接触を計っている。一回目は公孫賛と劉備が使者として、二回目は曹操が使者となってである。

 曹操は先立って土方歳三が姿を見せたことを公孫賛から聞いていた為、弓の名手である夏侯淵を潜ませて暗殺の機会を狙っていた。

 

「それで、義豊は?」

「私たちがまだここに居る。それが何よりの結果よ」

 

 諸将が押し黙る中、公孫賛は露骨に安心し孫策は愉快そうに笑っている。

 曹操は夏侯淵を潜ませる為に、絶対に側を離れたくないと言う夏候惇の主張を退けてまで単身虎牢関へと近づいたのである。目論見通り土方歳三は姿を現し、夏侯淵は矢を放った。

 寸分の狂いもなかった、と夏侯淵の腕前を信じている曹操は命中を確信した。しかし、必殺の矢は別に射られた矢によって土方歳三に辿り着く前に空中で四散したのである。

 

「秋蘭の矢を防いだの、貴女の大切な友人の太史慈じゃないかしら? ねぇ、孫策?」

「梨晏が? 当然よ。梨晏の腕は大陸一なんだから。ねぇ、冥琳」

「その通りですね、雪蓮」

 

 秋蘭の弓の腕前の方が上だ、と叫び出しそうな夏候惇を夏侯淵と共に抑えながら、曹操は孫策を見ている。

 悔しいことではあるが、太史慈の腕前は夏侯淵に並ぶ程のものであるのは間違いない。でなければ夏侯淵の矢を撃ち落とせる訳がない。更に言えばそんな稀有な人材を孫策の元から引き抜いて配下に置いている土方歳三が、羨ましくもある。

 曹操特有の、優秀な人材を配下にしたがる悪い癖であったが、それはそれだ。

 

「先に言っておきますが、梨晏……太史慈はずっと前に雪蓮と別の道を行くことにしていますから、今現在土方に太史慈がついている責任を取れ。等という様なことは一切受け付けませんので」

 

 周瑜の言葉に袁紹が言葉を飲み込んだ。あわよくば弱みとして突いて孫策を前線に出そうと思ったのだろう。無論、曹操も羨む軍師の一人である周瑜がそんな発言を許すはずもない。釘をさされた袁紹は馬鹿にした様に笑う袁術を見て、助けを乞う様に田豊へと視線を彷徨わせた。

 先程から頭を抱えてばかりの田豊が、苦しみながらも話を進めようとする姿はそれでも袁紹に懸命に仕えようとしていて、曹操も流石に同情した。

 

「……弓による射殺が不可能ならば、刺客の潜入による殺害はどうでしょうか?」

「刺客……それですわ! 真直! 流石我が袁家の軍師ですわ!」

 

 袁紹が笑みを浮かべて田豊を褒め称える。

 

「そう、刺客! 孫策さん、貴女とても優秀な隠密を二人も抱えているそうではありませんか!」

 

 曹操の眉がぴくりと動いた。他家の隠密について情報を得ているとは、袁家の影響力は一向に衰えていない。関心はするが、袁紹ではく袁家の歴史が元にある。と曹操は思っているから袁紹に対する評価はさほど変わっていない。

 

「な……! まさか今の虎牢関に思春と明命の二人を向かわせろと!?」

「その通りですわ! それくらいの力があると(わたくし)は聞いておりますわ!」

 

 袁紹の言葉に真っ先に反応したのは孫策ではなく、その妹である孫権であった。

 曹操は内心驚いていた。傍目は姉の後を付いてまわっているだけの様なのに、臣下のことを心から想っている。そういう相手は、敵に回すと強い。孫家は孫策だけが強い、という認識を曹操は一人改めていた。

 

「静かにしなさい、蓮華。今は軍議の途中よ」

「でも姉様……」

「蓮華の心配はもっともだわ。相手はあの土方、今の虎牢関は虎の口どころか龍の口でしょう」

 

 孫策は一旦言葉を切ると、自信を持って言い切った。

 

「でも、私は二人ならやれると信じてるわ」

「ということは、土方歳三の暗殺を請け負ってくれるということでよろしいですわね?」

 

 袁紹の言葉に、孫策は少し考えた。今、この軍議においての力関係でいえば孫策の方に分がある。それをわからない袁紹ではないだろうが、打開の光が見えたことでつい調子に乗ってしまっているのだろう。もちろん、孫策は袁紹の提案を断る公算が大きい。

 曹操は孫策の思案顔をそう考えているのだとまずは捉えた。

 けれども、と曹操は思索を発展させる。孫策がこのまま飛躍するには間違いなく、土方歳三という存在は邪魔になる。呉郡解放を成し遂げた今、土方歳三と孫家の間に借りもなければ義理も無い筈だ。それは土方歳三が呉郡にて孫家と別れて行動をしたことから間違いない。

 また、明確に連合軍を裏切った土方歳三が孫家に対し温情を示すかも未知数だ。これまでの経緯で言えば、まず土方歳三は敵を必ず抹殺する人間だ。それに世論は袁紹の根回しによって正義は連合にあると思っている。果たして、孫策が土方歳三を討たない理由はあるか。

 

「いいわよ。但し、虎牢関への一番槍は何があろうと私たち、邪魔は絶対に許さない。それと兵糧を目一杯くれるなら、の条件はあるわ。もちろん今ここで、総大将が全将軍の前で約束して頂戴。万一約束違いがあれば、それだけで私は暗殺どころか連合から降りるわよ?」

 

 袁紹はいよいよ落ち着かない。妹の不始末が最たる原因とはいえ、袁紹は孫策に弱みがある。それでも、自らの野望の為には孫策に一番槍を渡してしまうのは、と躊躇している。

 姉である袁紹が右往左往する様が楽しいのか、肝心の元凶である袁術は嘲笑っているだけだ。両者の溝は、深い。

 田豊が何事かを袁紹に耳打ちされ、袁紹は(ようや)く諦めたようだった。

 

「わかりました。袁家の名に賭けて約束いたしますわ」

「雪蓮は何も言いませんでしたが、一筆、残していただけますよね?」

 

 口約束だから知らぬ存ぜぬは許さない、と周瑜に駄目押しされた袁紹はいよいよ小さくなってしまった。

 

 

 これからの方針がなんとか決定し、解散となって自陣へと戻った曹操は深く考え込んでいた。

 椅子に座ってじっと目をつぶり、身じろぎ一つしない。今、曹操は話し相手が欲しい時だと感じた夏候惇は躊躇なく話しかけた。

 

「どうかされましたか、華琳様?」

「いえ、まさか土方一人でここまで戦場が荒らされるとは思ってなかったから」

「やはり私があの時土方を斬って捨てておけば……!」

「どこまで春蘭は猪なの!? あんな男でも一応青州を治めているのよ、大義名分もなく斬っていたら先に滅ぼされるのは華琳様になってたのに」

桂花(けいふぁ)の言う通りだ、姉者。姉者の勘は正しかった。だがそれを証明する手立てはなかった以上、悔いるのは違うぞ」

「それはそうだが……」

 

 猫耳の様なものが付いた服を着る軍師、荀彧と妹である夏侯淵に(たしな)められ夏候惇は気勢を収める。

 けれども陣中の名立たる将は、今の状況が主君である曹操にとって望ましいものではないということがわかっている様だった。

 

「だったらどうするの? このままだと土方……? が大局を握ることになるんでしょ?」

「それくらい華琳様もわかってるって……季衣」

 

 曹操の親衛隊である許緒と典韋が、皆の気持ちを代弁していた。

 もう一度目を閉じて、曹操は今の状況を整理する。どう考えても流れは反董卓連合にはなく、むしろ董卓側にあり、更に言えば土方歳三にある。このまま行けば、あの身元も判然としない素浪人が天に昇る龍と化すだろう。

 その前に、孫策は土方歳三の首を獲るか。

 

「黒龍、か」

 

 土方歳三の異名の一つを、曹操はぽつりと呟いていた。

 皆が曹操の呟いた真意を汲み取ろうとするが、わからない。

 曹操は先の軍議の中で出した結論に、異を唱えている自分が居ることに気が付いた。孫策が土方歳三を討つ。そこがどうにも引っ掛かる。合理的な視点でみれば、孫策は土方歳三を討つべきである。今、土方歳三が死ねば董卓軍の士気は急落し、配下の将も連携は取れなくなる。虎牢関も盤石ではなくなるとなれば、連合によって董卓は倒れ世相は更に乱れる。加えて、優秀な将兵を吸収できる可能性もある。

 ただし、それは曹操の考える合理である。孫策の合理がどこにあるかは、外から見ていただけでは測れない。むしろ共に居ただけ土方歳三の方が、孫策の合理を知っているかもしれない。

 

「凪を呼んで、桂花」

「華琳様?」

「このままで終わるとは思えない。きっと、もう一波乱あるわ」

 

 わからなかったが、曹操の合理を疑う者はこの陣中には居ない。曹操が無駄な命令をする訳がないと確信しているから皆、即座に動き始めていた。

 

 

「これは、どうにかなりそうね……」

「さぁ、それはどうだろう」

 

 賈駆の言葉に歳三はそっけなく答えた。賈駆はじっとりと歳三を睨むが、本人は涼しい顔で窓の外、要塞虎牢関の壁内を見下ろしている。

 賈駆は洛陽の時と同じように裁決すべき書簡に埋もれながら、歳三は椅子を窓の近くへと置いて、ただ座っていた。

 

「あんたがそれを言う?」

「戦での楽観は時として死に繋がるのは、嫌というほど身に染みている」

「その楽観をあんたがしているんでしょうが!」

 

 机が軋む程に叩かれるが、それでも歳三は賈駆の方を見ようとしない。幾つかの書簡が机から落ちて行ったが、賈駆は気に掛けることなく続けた。

 

「この壁内警備兵の配置はなんなのよ! まるで侵入してくださいと言わんばかりじゃない!」

 

 いくら虎牢関が漢帝国屈指の大要塞であるとはいえ、隠密の類であれば侵入可能な箇所が大きいが故にどうしても存在する。

 賈駆が一番気を付けていたことは、外部からの攻撃ではなく内部からの崩壊であった。雨降って地固まると言う様に、外からの連合軍の攻撃に対して一致団結することは容易い。だが、堅い外殻を持つ程中身は柔らかいと相場は決まっている。内応や反乱を誘致された時、数で遥かに勝る連合軍を抑えきれるかとなると歳三たちが居ても無理だろう。

 だから、賈駆には理解できなかった。

 

「なんで侵入した相手に精鋭を複数で当てる様な配置をするの! それなら最初から入れなければいいじゃない!」

 

 歳三の意図は賈駆にとって不可解でありながら、合理的だった。

 事実、歳三の指示した配置は巧妙だ。外見(そとみ)では警備兵はなく、簡単に侵入可能に見える。が、実際に入ってみればすぐさま兵に囲まれ、更には趙雲や徐晃といった名立たる武将が待ち構えている。賈駆でさえ、他を見渡してもここしか侵入経路はないと思考誘導される程の巧緻な配置である。

 貴重な隠密を誘殺する為の罠ならば、賈駆もここまでは言わない。問題は、誘導はできるが確殺できる配置ではない、ということである。要するに、何故か詰めが甘いのだ。

 

「あれだけの物を壁の中に造っておいて、こっちは手抜きって言うのは筋が通らないのよ」

 

 幾分叫んで冷静になったのか、賈駆は落ち着いた様子でそう結論付けた。歳三が虎牢関の中に造り上げた戦術構想と、この隠密誘殺構想はどうしても噛みあわないのである。

 歳三はやっと賈駆の方を見た。いつも眠たげな眼が、逆光の中ぎらぎらと輝いている。

 

「なに、何も入ってくるのは我々の敵ばかりではないだろう」

「……刺客ではなく使者が来る、ってこと?」

「まぁ、そういうことだ。何分、隠密に長けた者を幸運にも知っている。もしかしたら、そうやって接触をしてくるかもしれない」

「だから、確殺の陣を敷かなかった、と?」

「それ」

 

 歳三の言葉は短いが、賈駆は十二分に理解していた。

 罠を敷いていきなり殺しにかかる様な相手と話し合いができるなど、隠密になる様な人間は考えない。逃げられる程度に包囲し、害意があれば殺すが話があるならば聞く用意はあるという姿勢を示せば、相手は警戒しながらも応じる可能性は十分ある。

 万一、話をする振りをして攻撃を仕掛けてくる可能性を考慮しての趙雲らの配置である。包囲兵を殺された後に内部に潜伏されるという最悪の事態も避けられる。

 

「じゃあ、隠密が使者ではなく刺客だったら?」

「私は既に二度、連合の顔を立てている。次が三度目の正直と言うやつだ。四度目はもうないよ」

「……わかったわ。これに関してはもうボクは口に出さない」

 

 そう言うと賈駆は積まれた書簡に手を伸ばし、歳三はまた窓の外を眺めていた。

 賈駆には歳三の言わんとしていることがよくわかる。三度目までは歳三も相手をするが、四度目から完全な敵。故に、殺す。単純な話であった。

 

 

 あれから数日経ち、虎牢関の外に変化が起きた。連合軍の動きを歳三から借りていた双眼鏡で観察していた趙雲は、いの一番に歳三に(あて)がわれた部屋へ飛び込んでいた。

 歳三は抜いていた刀を鞘に納め、無愛想な顔で趙雲を迎え入れた。

 

「主、連合が動き出し始めましたぞ」

「そうか、攻勢に出ようという気にやっとなったのか。で、数は?」

「それがですな、前線に上がって来たのはどうやら孫策殿の軍勢のみの様です」

「なんだって?」

 

 歳三は思わず聞き返していた。如何に勇猛揃いの孫策軍であったとしても、虎牢関に籠る軍を攻め落とすには数が足りなさ過ぎる。一般的に攻城戦は守勢の三倍の兵力が必要だと言われているくらい、難しいものなのだ。

 定石であるならば、孫策の行動はただの無謀であり無策からくる暴走である。

 

「しかし、あの孫策が単なる囮となってこちらの軍勢を誘き出す、という役をやる筈はあるまい」

「同意見ですな。孫策殿は何よりも良い戦を好む方、後ろに卑怯な戦場漁りが居るというのに囮を引き受けるとは到底思えません」

 

 卑怯な戦場漁り。公孫賛や劉備、あまり話すことはなかったが曹操がその類ではないというのは歳三と趙雲で共通している。袁紹と袁術、何よりも信用ならない姉妹が、背後に居る。

 

「今、例の場所を守っているのは亜莎と霞か」

「ええ。主の言い付け通り、我ら交代して見張っております」

 

 例の場所、とは先日歳三と賈駆が言い合った件である。

 歳三は、孫策がそろそろ仕掛けて来る、という奇妙な勘があった。事実、趙雲の言葉が終わると同時に、伝令の兵が駆け込んできた。

 

「土方様、火急お伝えしたいことが!」

「なんだ」

「連合軍の隠密を、呂蒙様と張遼様が捕らえております!」

「わかった」

 

 歳三は羽織(コート)を翻すと、趙雲を引き連れて件の場所へと足を向けた。

 

 

 精兵に包囲され呂蒙と張遼に見張られても尚、隠密の一人は見事な泰然自若であった。もう一人の方は今にも逃げ出しましょうと言わんばかりに震えている。

 歳三は震えている方に面識があった。

 

「周泰か」

「あうあう……土方様ぁ……」

「もう一人は見覚えがないな?」

 

 眼付き鋭く、自然体でありながら隙がない。腕のある者、と歳三は見た。裾の短い中華服から伸びる脚は艶めかしいが、あれから繰り出される蹴りは人の首を簡単に折ってしまう力強さも秘めている。

どこからか鈴の音を鳴らし、女が頭を下げる。

 

「甘寧と申します」

「なるほど。孫策があの後傑物を見出してきたか」

「はい。孫策様に見出していただき、今は孫権様の護衛をしています」

「ふむ」

 

 歳三は静かに唸った。

 感服したのである。所作隙がないのはもちろん、余計なことは喋らない。褒めそやされても必要以上に浮かれることはなく、主君を立てることも忘れない。

 

(山崎君の様だな)

 

 ふと、歳三は死ぬ最後の瞬間まで新撰組であり続けた監察の山崎丞を思い出していた。

 が、今それは関係がない。こうして包囲を破ろうと試みることもなく、逃走を計ろうともしていないのであれば二人は刺客ではなく密使ということになる。

 

「何か、孫策から預かっているのか」

「これを、持ってきました」

 

 甘寧は懐から竹簡を取り出した。丁寧に封泥もされており、誰にも中を見られることもなく届けられたものであることがわかる。

 一歩、甘寧が踏み出すと同時に兵士たちが俄かに殺気立った。

 密書を渡すと見せかけ、歳三の首を獲るかもしれない。周泰の方は知らされていなくても、甘寧にはそう命じられているかもしれない。精兵であるが故の、帰結だった。

 

「すまぬな。万が一、ということがまだ捨てきれぬ」

「武器を帯びてはいません。それでも、というなら服も脱ぎますが」

 

 甘寧の言葉に、歳三は何が面白かったのかくすりと笑った。

 

「貴殿の四肢を見ればわかる。暗器がなくとも私の首などすぐに折れるだろうよ」

「では」

「そこから、それを彼に投げてくれるだけで良い」

「わかりました」

 

 甘寧が投げた竹簡を、歳三に指示された兵士が受け取った。念には念を入れる、それが歳三の流儀だ。毒針などの仕込みがないか、兵士が丹念に取り調べる。彼も、精兵の一人であるから心が決まっていた。

 何もない事を確認すると、兵士は恭しく歳三に渡す。歳三は受け取ると封を破り書かれた内容を即座に読み上げた。一読すると、遅れてやって来ていた程立と郭嘉に書簡を渡した。

 

「確かに確認した。それを孫策殿に伝えてくれるか?」

「はい。明命、孫策様のところへ。土方様は約定をしたと」

「でも思春殿……」

「私は心配いらない。これも役目だ」

 

 周泰は何度か甘寧の方を振り返ってから、意を決した様に去って行った。兵士は動かず、ただ武器を甘寧に向けて構えている。歳三は、周泰を捕らえろとは一言も言っていない。

 そして甘寧がここに残るということは、孫策が約定を履行する為の保険。いわば人質ということだろう。

 甘寧はじっと、歳三からの裁断を待っている。

 

「では、兵は賈駆に指示された通りのかつての持ち場に戻れ」

 

 兵士たちは武器を下ろして各自の持ち場へと戻っていく。それが、甘寧を困惑させた。まだ、油断させて仕掛けてくるという疑念は残っていてもおかしくない筈である。

 甘寧の戸惑う姿に、歳三はいつもの鋭い眼を向けた。

 

「甘寧殿は賓客である、捕虜ではない。将として遇せよ。風」

「はい、全軍に通達しておきますねー」

 

 そう言うと歳三は踵を返すが、甘寧は呼び止めていた。怪訝そうに振り返る歳三に、甘寧は疑問の限りをぶつける。

 

「私はまだ、武器も外しておらず暗器を持っていない証拠も出しては――」

「武器を奪うなど、降った将ならいざ知らず、対等な相手にすることではない」

 

 それに、と歳三は真面目な顔で続けて。

 

「女が、好いた者以外の前でむやみやたらに肌を晒すものではない」

 

 とだけ言うと、趙雲と郭嘉を引き連れさっさとどこかへと行ってしまった。

 呆然として歳三の後姿を見届けた甘寧に、張遼が肩を叩いた。

 

「歳三はああいうやつなんや。すぐに慣れると思うで」

 

 甘寧はそれでも信じられないという顔で、張遼の後に付いて行った。




曹操の扱いを決められたので更新再開です。
期間が空いたので以前の書き方をすっかり忘れてしまいました……。
そろそろ恋姫夢双革命の情報も出始めたので、発売前に完結させて「キャラの口調や性格が違うじゃねーか!」というお叱りを受けないようにしたいですね。
後、感想やリクエストボックス、あるいは評価に再開のお願いをしてくれた方々、本当にありがとうございます。
私みたいなものは単純でして、簡単な感想や高評価を貰うだけで嬉しさのあまり続きを書いてしまいますからね。

……口調が間違っていたらご指摘願います。

リドリー様、誤字脱字報告ありがとうございます。
なんで数を間違えてるんだ…。

ミーム様のご指摘により袁紹のセリフ周りに地の文を追加。
ご指摘ありがとうございます。

部将→部隊を率いる将(not家臣)
武将→部隊を率いる将(yes家臣)
だと思ってましたけどどうなんでしょうか…?
でも公孫賛の頃は武将にしてたような…
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