【恋姫†無双】黒龍の剣   作:ふろうもの

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《真名早見表》
 土方歳三――義豊
 徐晃公明――香風(シャンフー)
 趙雲子龍――星
 郭嘉奉考――稟
 程立仲徳――風
 太史慈子義――梨晏(リアン)
 孫乾公祐――美花(ミーファ)
 呂蒙子明――亜莎(あーしぇ)


逆賊討つべし

 甘寧は歳三という人間を計り損ねていた。孫策に見いだされる前、錦帆族という江賊の頭領の頃から土方歳三という名前は聞いている。人の口の端に(のぼ)れば必ずと言って良い程、土方歳三とはおよそ人間と縁遠い存在だと思い込んでいた。

 が、それがどうだ。

 身体を怠けさせない為の遊びをしようと当の歳三に持ちかけられ、関の内部にある練兵場で木剣を持って打ち合う事数合。甘寧には歳三の腕前が趙雲や徐晃が心酔する様な使い手とは、まるで思えなかったのである。

 さりとて将器と武人としての強さは別である。ならばそこに秘密がある筈、と主だった人物に歳三への所見を聞いてみれば。

 

 ――外道。鬼。ひとでなし。おんなたらし。放火魔。むっつり不機嫌。

 

 と、散々なものだった。およそ人間的魅力がある様には感じられないが、悪口を言っている方にもそこまでの悪意がないのも確かであった。折角、外の人間が聞いてくれるのだから日頃の苦労と一緒に愚痴ってしまおうという感じである。

 あまりにも不思議に思い、何故自分の主君を悪く言えるのかと聞いてみたところ、帰って来た言葉は一律に。

 

『このくらいのこと、全部本人もわかっている』

 

 概ね、こんな感じであった。言われ慣れているとでもいうのだろうか。およそ甘寧が考える理想の将とは程遠く、それでいて何故あれだけの武人と賢者を抱えられるのか、わからない。

 わからないから歳三の後を付いて回ってみるが、やはりよくわからないというのが甘寧の結論だった。身体を動かしていたり、兵を鼓舞していたり、賈駆の部屋に入り浸っていたりと、とにかく行動に一貫性がない。そのくせ誰よりも近道や裏道に詳しいから、甘寧ですらも見失ってしまうくらいに虎牢関を自在に動き回っている。

 虎牢関へと潜入する前。孫策に孫権の為にも歳三のことを知っておいた方が良いと言われたが、これは確かに想像以上の難物であった。

 こうなっては甘寧も周瑜から授けられた秘策を用いて計るしかないと、たまたま眼の前を通り過ぎて行こうとした歳三を引き留めたのである。

 

「土方様」

「甘寧か。何か不都合でもあったかね?」

「いえ、聞きたいことがあります」

「ふむ……聞こうか」

 

 周瑜から授けられた秘策とは、これからの展望についてである。今、歳三は虎牢関において連合と睨み合っているが、何も連合は虎牢関だけを相手にしなくても良い。つまり、歳三が治める土地である青州や徐州を攻撃して基盤を揺るがせる、という手段も取れる。

 そうなっては、歳三も連合を釘付けにする為に虎牢関から出撃する必要がある。少なくとも甘寧は周瑜から聞かされた時、そう思った。孫家だって、呉郡解放に至るまでに大層な時間と労力を割いてきたのだ。誰だって得た物を失うことは怖い。

 しかし、歳三は至極あっさりとしたもので。

 

「ああ。青州と徐州、その片方あるいは両方が落ちるという予測は、連合を離れる前に郭嘉と程立から聞かされていたよ」

「わかっていて連合を離れたのですか?」

 

 何故、としか甘寧は思う他ない。連合を離れ董卓に付いた歳三に、青州や徐州を失う以上の利があるのだろうか。歳三が董卓と懇意にしていたから、という理由で二州を捨てる真似を許すほど家臣団も愚かではないし甘くもないだろう。

 けれども歳三からすれば甘寧の問いの方が余程何故、と思うものだった様だ。甘寧以上に歳三は不思議そうな顔をしていたが、ふと理由に思い至ったか真顔で甘寧に問い掛けていた。

 

「甘寧は呉郡を守るか天下を手に入れるかとしたら、どっちを選ぶ?」

 

 それは、と甘寧は言葉に詰まった。甘寧はあくまで武人であり、政治に口を出す立場にはない。甘寧とは孫権の剣であり盾であるのだ。歳三の言葉に答えるということは、己の分を越えた越権である。口ごもる他ない。

 

「すまない、意地悪なことを言った」

 

 歳三は謝ると、こんな顔もできるのかと甘寧が驚くほどの笑みを浮かべて。

 

「二州を失うだけで天下を手に入れられるなら、安い物だろう?」

 

 と、続けて。

 

「その分、美花……孫乾に苦労を掛けるだろうが、私を選んだのだから了承しているさ」

 

 なるほど、これは皆が言う通りの悪人であると、甘寧は納得したのであった。

 

 

「……土方歳三の見ているものがわかりません」

「朱里ちゃんも? 私もわからないの……」

 

 反董卓連合の陣。公孫賛の陣中にあって半ば独立している劉備の陣営で、諸葛亮孔明と鳳統士元は唸っていた。二人は土方歳三の目指す勝利の形が見えていない。古今東西どこを見ても他の追随を許さない頭脳が揃いながら、土方歳三が目指すところが見えないのである。

 戦とは勝つ為に行うのであり、利益があるからするものであって負けて失う為に戦争をする馬鹿はいない。董卓に与した所で死に体の漢帝国が土方歳三にどれほどの利をもたらすものか。それどころか青州か徐州という最上の領地のどちらかを失うことは確実である。

 それが、彼女らを悩ませる。

 わからないのは当然である、という結論が直接話したこともない二人から出て来ないことを責めるのは酷だろう。土方歳三は、目の前の喧嘩以外は特に考えていないのだから。

 存在しない答えを延々と探し求める二人に、おずおずと声を掛けたのは彼女らが主と仰ぐ劉備であった。土方歳三が連合軍を離反してから唸りっぱなしの二人に、声を掛けるのは躊躇われたようだった。

 

「今大丈夫かな? 朱里ちゃん、雛里ちゃん?」

「あっ、桃香様……」

「ごめんなさい、私じゃちょっと曹操さんの相手は……」

「失礼するわ」

 

 劉備の背後から現れたのは、曹操孟徳その人である。諸葛亮は曹操の突然の登場に身を固くし、鳳統は諸葛亮の影へと隠れた。未だ所領する範囲こそ狭いものの、反董卓連合の後に訪れるだろう群雄割拠の時代に飛躍するのは間違いない英傑の一人である。

 天下でも煌めく才の二人であっても、未だ経験が少ない為に曹操の覇気に気後れするのは致し方ないといえた。

 もちろん、曹操はそんなことを考慮しない。

 

「次の軍議なのだけれど、貴女たちから青州と徐州への攻撃を袁紹に提案して欲しいの」

「はわわ……え? 私たちが、ですか?」

「そうよ、諸葛孔明」

 

 剣の切っ先の様に鋭い眼光が、諸葛亮を射抜く。恐ろしくてたまらないが、これに負けていては桃香の理想を叶えることはできない。恐怖心をぐっと飲み込んで、諸葛亮は曹操の提案を跳ね除けた。

 

「それはできません」

「どうして? 青州も徐州も、そのまま劉備が治めてもいいのよ? 決して悪い話ではないと思うけど」

「だったらどうして、曹操さんがやらないのですか?」

「貴女程の軍師なら、私ができない(・・・・)理由がわかると思うのだけど」

 

 諸葛亮にも鳳統にもわかる。戦後における袁紹と曹操の力関係だ。

 袁紹が何よりも警戒しているのは、反董卓連合の成否よりも犬猿の仲である曹操が連合を踏み台に強大になってしまうことだろう。曹操が今、青州と徐州という豊かな領地を手中に収めることは、袁紹にとって面白くない筈だ。

 例え皇帝を手中に収めることができても、曹操は袁紹の統治に乱世を幸いと歯向かってくる可能性が高い。だから、有効的であるとわかっていても袁紹が曹操に攻略命令を出す訳がない。色々と難癖を付けて連合に居させようとするのは容易に想像できる。

 既に悪政を敷く董卓を討つという目的は形骸化し、如何に後の乱世で有利を取るかが先を見ている者たちの共通認識だ。最も、公孫賛は幽州があればそれで良いだろうし、劉備は今でも漢帝国の復興を願っているが。

 だからこそ、諸葛亮と鳳統は頭が痛くもある。

 

「それは、桃香様の理想と異なります」

「あら? 何よりも貴女たちが力を付けることが漢帝国の復興に繋がると思わない?」

「ちょ、ちょっと待ってください曹操さん! それって、私たちが土方さんの領地を泥棒するってことですよね!? それは私……」

「卑怯なんて思うことはないわ、劉備。何よりも皇帝に反逆した董卓に土方は付いた。その土地を漢帝国に返還する為に戦うことは称賛こそされるもので、卑怯と謗られるものではないわ」

「うっ……朱里ちゃん、雛里ちゃん……」

 

 やはり舌戦では曹操に遥かに分がある。曹操の言葉に反論できない劉備が、助けを乞う様に諸葛亮と鳳統に視線を向ける。

 二人も曹操の言葉はもっともだと思う。青州と徐州を取れば、劉備たちは公孫賛の部将から脱却し、真に独立した勢力として認められる。未だかつてない栄光が、すぐそこにあるのだ。だからこそ、解せない。

 うまい儲け話には裏がある様に、曹操がただこちらに利益がある話を持ちかけてくるだろうか。いや、ない。絶対に曹操が利となる側面があるに違いないのだ。それを見誤れば、足元を掬われるのはこちらである。

 考える時間が欲しい、そう告げようとした諸葛亮を制したのは曹操であった。

 

「そういえば、青州には劉備の恩師も居るそうね。なんと言ったかしら?」

 

 劉備が固まった。やられた、と諸葛亮も鳳統も思った。お人好しが極まった仁徳の人である劉備が、かつての師である盧植を見捨てることはできない。例えできたとしても、世間一般に温情厚い将と謳われている劉備がそんなことをすれば、名も無き民衆の支持すら失ってしまう恐れがある。

 たったこれだけの言葉で、曹操はこちらの行動を一気に制限してきた。同時に、劉備の弱点となりうる存在が土方歳三に確保されていることに(ほぞ)を噛む。その時は諸葛亮と鳳統は劉備に合流する前のことであり、どうにもできないことであったから余計に悔しいのだ。

 

「……わかりました」

「朱里ちゃん……」

「大丈夫です、桃香様。私たちは逆賊の手から民を解放するのですから、後ろめたく思うことはありません!」

「そして劉備は恩師の命も救える。これで万事解決というわけね」

 

 さらりと言ってのけた曹操を諸葛亮がきっと睨むが、平然と受け止められる。

 事態は刻々と動き始めている。諸葛亮の推測する限りでは、曹操も孫策も如何に自軍の損害を少なくして反董卓連合から離脱するかに力を注いでいる筈だ。諸葛亮も鳳統も、土方歳三が守る虎牢関を抜くことはほぼ不可能であると思っている。

 どこに土方歳三の利があるかはわからないが、青州と徐州の防衛を戦略に組み込んでいないのであれば、虎牢関が盤石であり続けるのは間違いない。

 だったら青州か徐州、あわよくばその両方を物にすることが誰もが笑顔で過ごせる世界への第一歩になるに違いない。諸葛亮はそう切り替えて、未だ土方歳三への迷いを捨てきれない劉備の説得にかかることにした。

 

 

 なんとか劉備の説得を終えた諸葛亮に待っていたのは、急変であった。虎牢関の攻略から撤退してきた孫策が、一同が会する席で遂に連合軍を降りると言い放ったのである。既に、孫策の軍師である周瑜などは全軍撤退の準備を始めていた。

 無論、袁紹は孫策を必死に引き止めようとするが、孫策は烈火の如く怒り始めたのである。

 

「前に私が言ったと思うけど、補給は満足にしてくれると言ったわよね? それがないまま虎牢関に突撃することになったのよ! これでまだ戦わせようとかふざけないで!」

 

 孫権配下の隠密、甘寧が虎牢関の潜入に成功したという報告を引っ提げてきたのは同じく潜入していた周泰である。曰く、土方歳三の暗殺は不可能に近い為、秘密裏に協力者を集め機会を待つということであった。

 果たして、諸葛亮はその準備完了の合図の詳細を知ることはできなかったが、孫策軍が一丸となって突如開門した虎牢関に突撃したのはよく覚えている。

 結果は孫策がまだこの陣中に居る通り、失敗であった。関に殴り込んですぐに、孫策たちは血相を変えて反転し撤退してきたのである。一体関の向こうはどうなっているのか、孫策は怒気を孕ませながら説明した。

 

「関を抜ければそれで終わり? まさか、土方はそんなに甘くない。関を抜けても一直線にしか軍が進めない様に左右に盛り土やら馬防柵をして行動を制限。真っ直ぐに道を進んでも終わりには掘があるし、堀の向こうの柵の裏には隠れた兵が槍を突きだしている。おまけに街路の横には櫓が組んであって進む軍勢に容赦なく弓を射かけてくる。あんなのどう考えたって無理よ」

 

 だから、孫策は関の突破は不可能と判断して即座に反転してきたということである。が、孫策が怒りに塗れていたのは単に戦に負けたからではないようだった。

 

「袁紹。貴女確かに約束したわよね、十分な補給をくれるって。それが何? 必要最低限の物資しか送らないで、それでも皆が生み出してくれた機会を逃すまいと思って突撃してこのざまよ。こっちは兵のみならず蓮華も穏とも離れてしまって安否もわからない。それでも尚、戦えというのなら私は貴女を斬るわよ」

 

 袁紹に文句を言わせない怒り心頭の孫策に、袁紹は最早これまでと観念したようだった。

 

「……わかりましたわ。本当に残念ですが、孫策さんはここで」

「ええ。領地に帰らせてもらうわ」

 

 言質は取ったと踵を返して去っていく孫策に、諸葛亮も鳳統も違和感を覚えた。

 確かに、門の向こうに防衛機構を備えている土方歳三の手腕は敵ながら認めざるを得ない。けれども、周瑜ならばそういった防衛策を敵がしていないと考えるだろうか。なにより、敵は悪名高い土方歳三である。諸葛亮らにわからない合図にしても、何かあると知らせる単純な手段はあったのではないか。

 

「ね、ねぇ朱里ちゃん……」

「雛里ちゃんも……そう思った?」

 

 劉備や関羽の後ろで、諸葛亮と鳳統はひっそりと言葉を交わし合った。孫策の一連の行動、汜水関攻略の軍議での土方歳三とどうしても被るのである。

 かつて、土方歳三は言葉通り三日で汜水関のみならず虎牢関までも手に入れた。そこに連合の物とするとは一言もなかった。孫策にしても、そうだ。戦の一番槍と潤沢な補給を袁紹に確約させておきながら、孫策は補給に関して今の今まで袁紹に訴え出ることはなかった。

 約束したのは袁紹で、袁術は関係ない。そんな論理で張勲が袁術を(そそのか)し、孫策への補給を止めていたのを諸葛亮と鳳統は知っている。諸葛亮が知っているのであれば、周瑜も知っていると考えるべきだろう。にも関わらず、孫策が無謀にも見える突撃を敢行したのは何故か。

 

「……連合からの離脱と、土方側への橋渡し」

「朱里ちゃん!」

「はわわ」

 

 諸葛亮は思わず呟いてしまい、慌てて口を閉ざす。下手なことを袁紹に聞かれて、やっぱり孫策を問い質すと言われては困る。孫策の謀略を示す手段が、今の諸葛亮らにはないのだ。嘲るか、と孫策がこちらを攻撃してくるのも有り得る。

 曹操だけがこちらを見透かすように見ているが、諸葛亮は気にしないように帽子を深く被り直した。

 考えれば考える程おかしな話だ。孫策は妹である孫権と優秀な軍師である陸遜が、先の戦闘で離れたと言っているが、それなら何故怒り、奪還をしようとしない。土方歳三にしてもその二人を捕らえたならば、何故連合側に示さない。

 

「あの、袁紹さん」

「なんでしょうか、劉備さんの……えっと?」

「諸葛亮と言います」

 

 充分な補給がないのであれば、孫策は連合を降りると宣言した。

 実際に補給の約束は履行されないとわかっていたから、約束を利用した最高の形で孫策は連合を降りた。これで孫策はどちらが勝とうが有利な立場になれる。連合が勝っても、孫策は努めを果たした上で降りた。董卓が勝っても、孫権は土方歳三と居るから孫策の悪いようにはならない。

 この戦争は土方歳三が勝つ。ならば、劉備らも有利な形で連合から抜けるのが最善である。曹操の策に乗るのは(しゃく)だが、次があればその策を上回ることもできる。

 だから。

 

「私たちは、青州と徐州を攻略して土方を揺るがしたいと思います」

 

 

 歳三は暇そうに楼上から連合軍を眺めていた。後ろには徐晃や趙雲といった古くからの武将はもちろん、孫権と陸遜に加え甘寧までもが居る。諸葛亮の推測は当たっていたのだ。

 

「孫策だけでなく、白蓮と桃香も動いたか」

 

 風を受けて揺らめく旗の字を見て、歳三は呟いた。孫策との約定は諸葛亮と鳳統が想像した通り、連合を抜ける代わりに孫権たちの面倒を見てくれ。という様なことがおおまかに書かれていた。無論、面倒を見る中で男女の仲になっても構わないとあったが、それはそれで孫家と歳三とで縁戚関係になればということだろう。

 

(ま、孫権が俺に惚れるかわからんがね)

 

 と、自意識の強いこの男はそんなことを考えている。見え透いた政略結婚の類が、あまり好きではないのかもしれない。好きではない、とは言っても勢力を築く前であるなら一も二もなく飛びついていただろうが、そんなことはおくびにも出さない。

 歳三とはそういう男である。

 

「あのぉ~、一つ良いですか、土方様?」

「何かな、陸遜殿?」

「このままだと青州と徐州、取られちゃうと思うんですけど~……」

 

 陸遜の心配、当然であると歳三は思っている。このまま歳三が一角の勢力であり続けられるなら、孫権に身の危険が及ぶことはまずない。しかし、歳三が寄る辺を失い破れかぶれになった時、孫権を手土産にどこかの勢力に入り込む可能性はある。

 ふむ、と歳三は考える素振りをしたが、腹の中は端から決まっている。

 

「それは郭嘉か程立に聞いた方がいい。私では、そんな先の事はわからない」

 

 絶句する陸遜と孫権を(おもんぱか)ることなく、歳三は再び連合軍へと視線を移した。

 

「私は眼の前の戦を考えることしかできないからね」

 

 事実、歳三はそれだけしか考えていないのだろうな、と孫権の後ろに控えている甘寧は思っている。甘寧は歳三が天下を狙っていることは、陸遜どころか孫権にも話していない。これは孫権の成長の機会であると先に孫策と周瑜から聞かされている。なればこそ、孫権自身で歳三が行こうとする所を見極めて欲しいと、甘寧は考えている。

 なにせ、歳三は天下なんて取れるなら喧嘩のついでに取ってやるかくらいの考えでしかないのだ。下手に天下を狙っている、と今の孫権に教えても、重く考えてしまうのが関の山だろう。

 

「これで霞たちを洛陽に向かわせられるか」

 

 歳三がぽつりと呟いた時、甘寧の背後で趙雲が静かに去っていくのを感じた。恐らく、郭嘉か程立に歳三の考えていることを伝える為だろう。

 甘寧は歳三に聞こえぬよう、静かな声で孫権に話しかけていた。

 

「蓮華様」

「どうしたの、思春?」

「趙雲が去ったこと、お気づきになりましたか?」

 

 歳三たちの強さはここにあるかもしれないと、甘寧は孫権の成長を願って耳打ちするのであった。

 

 

 虎牢関内の、賈駆の部屋。そこで部屋の主である賈駆はほっと安堵していたが、歳三はむっつりとした顔で窓際から壁内を見下ろしていた。付き合いの長い趙雲なら、折角作った玩具が使えなかった子供の様だとからかっただろうか。徐晃ならば、ちょっと拗ねているとでも言っただろう。

 ともかく、歳三はそんな感じでむっつりとしていた。

 

「不満そうな顔ね」

「……わかるか」

「どんだけあんたがここに居ると思ってんの。いい加減、わかるわよ」

 

 呆れたように言う賈駆に、歳三は苦笑を浮かべて思考を切り替えた。

 反董卓連合は圧倒的多数の兵力を持っているが、その多くが袁紹と袁術の配下である。量はいるが質は大きく劣る。今残っている軍勢で脅威に思うべきは、曹操の配下ぐらいだろう。

 もっとも、真に驚嘆すべきはそれだけの兵力を動員可能な破格の経済力と名声を持つ袁家かもしれないが、それらを相手にすることができる虎牢関もまた凄まじいのか。

 

(面白くねェ)

 

 ともかく、歳三の心中はその辺りとは何の関係もない。戦の趨勢に己の感情を(はさ)むことはしないが、面白くないものは面白くない。このまま袁紹は虎牢関に仕掛けることもせずに、そのまますごすごと引き下がってしまうのだろうか。

 

(それはそれで、具合が良くねぇな)

 

 が、歳三はそうはさせたくないと思っている。現状、戦端を開くことなく勝利するという最上に近い状況であるが、これから続くに違いない乱世の前にどれくらいの価値があるか。

 大軍の反董卓連合軍を知略だけでなく武力でも破った。この名声が、歳三は欲しい。一大勢力である袁家に勝ったという箔は、袁家のみならず大陸全土で有効になる。

 

(それをさせないのが、曹操だ)

 

 曹操はそういった歳三の考えを恐らく読んでいる。孫策は公孫賛か劉備も歳三側へと送り込むことを考えたようだが、曹操の監視が厳しくできなかったと孫権は言っていた。

 つまり、曹操はこのまま歳三が何かしでかさないようにするのが連合での役目だと思っているらしい。

 妙な話だと歳三は思う。戦わずに勝利している筈なのに、戦わずに抑え込まれているところがある。頭がこんがらがってしまいそうだ。

 

(解けない結び目は、斬ってしまうに限る)

 

 その為には、乱麻を断つ為の快刀が必要なのだ。

 賈駆の部屋の扉が開かれる。そこに居たのは。

 

「……義豊」

「え……恋?」

 

 洛陽にて董卓を守護している筈の、呂布であった。

 

「久しぶりだな、恋」

「……ん、待ってた」

 

 賈駆が居るのを知ってか知らずか、呂布は真っ先に歳三へと抱きついた。それを当然という様に受け入れて、歳三は呂布の頭を撫でてやる。

 呂布は犬の様に歳三の厚い胸板に顔を押し付けて、朗らかな笑みを浮かべている。

 

「恋のお蔭で助かったよ」

「……月と一緒に、考えた」

「あの華雄との入れ替え策、月と恋の発案だったの!?」

 

 賈駆が驚愕し、呂布の後から部屋に入って来た張遼がその気持ちがよくわかるという笑みを浮かべていた。

 

「なにせあれだけの為に恋はいろんな書を読破して考え込んでたからなぁ……恋の底がウチにはわからんわ」

 

 もちろん月もそうやで、と張遼は言うが、賈駆は唖然としっぱなしである。

 歳三は呂布の相手をしながら、張遼の方へと向いた。

 

「霞も恋と共に来た、ということは……準備は整ったということか」

「せや。歳三が洛陽に援軍を出してくれたおかげで、恋もウチの兵も自由に動けるって寸法や。ウチらで直々に仕込んだ騎馬隊、見せてやるで!」

 

 張遼の言葉にはっとしたのか、賈駆は歳三の方を向いた。歳三は賈駆の視線に頷いて答えると。

 

「さぁ、大仕上げだ。逆賊、袁紹を討ってやろうじゃないか」

 

 かつて錦の御旗を掲げられた男は、皮肉気に言ってのけた。

 




次回で反董卓連合最後の決戦が終わり、またしばらく政治の話になりそうな感じです。
土方歳三が小勢力だった頃はともかく、大軍になるといろんな思惑が入り乱れるので大変です……。
では次回『虎牢関の戦い』というタイトルにできるといいなぁ……。

リドリー様、誤字報告ありがとうございます。
変換機能がたまに仕事してない…。

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