【恋姫†無双】黒龍の剣   作:ふろうもの

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《真名早見表》
 土方歳三――義豊
 徐晃公明――香風(シャンフー)
 趙雲子龍――星
 郭嘉奉考――稟
 程立仲徳――風
 孫乾公祐――美花(ミーファ)
 呂布奉先――(れん)


虎牢関の戦い

 歳三は愛刀である兼定の目釘を確かめた。脇差である国広に関しても、抜かりはない。

 

(随分と長い付き合いになったもんだ)

 

 この男にしては珍しい、心の動きだった。

 歳三の持つ和泉守兼定は、世間一般に之定(ノサダ)の異称を持つ二代目和泉守兼定の作刀ではない。会津兼定と言われる、十一代目和泉守兼定のものである。同じく国広にしても、刀工であった国広が京都一条堀川に定住し堀川国広と名乗った後の作ではない。もっと若い頃の、戦場で数打ちとして無数に作られた国広の一振りである。

 当然の話だ。堀川国広は大業物二十工、二代目和泉守兼定に至っては最上大業物十三工と称えられる名刀中の名刀。大名ですら持ちえないような刀を、一介の田舎侍であった歳三が持てる訳がない。

 

(だから、どうした)

 

 侍気取りの田舎者が、名刀気取りの刀を持っている。そう自嘲しないのが、歳三であった。偽物であろうと斬れれば良い。刀は道具であると思っている歳三は同時に、本当の意味で半身であるとも思っている。

 刀は武士の魂であると知った時、歳三は鼻で笑ったものである。名刀を金で買ったところで、持っている人間の魂まで流石と唸らせるものになるとは思っていない。

 

(俺が持つから、この兼定は之定になるんだ)

 

 歳三が新選組の副長として恐れられた時、この兼定は之定に並んだと歳三は思っている。あの恐ろしい人間が持つ刀ならば、之定と堀川国広に違いないと人々は噂する。歳三が豪農の倅でなく武士となったように、兼定と国広も歳三の半身として昇華されたのだ。

 近藤の虎徹にしてもそうである。出自のわからぬ怪しい刀ではあるが、よく斬れた。無論、兼定がどうとか虎徹がどうとかは、京都に跋扈(ばっこ)する志士への牽制も兼ねてこっそり宣伝していたのもある。結局、己を武士たらしめ、兼定を之定たらしめたのは、ひとえに歳三の鬼と言われる働きにあったのだ。

 

(ただ、沖田のだけは奇縁だろうなァ)

 

 沖田の菊一文字則宗だけは、運命の巡り合わせという他あるまい。あの不思議な雰囲気の若者が持つ何かが、かの菊一文字を呼び寄せたのだろう。あるいは、刀の方から沖田に使われたがったのか。

 ふと考えて、歳三はくすりと笑った。

 沖田は菊一文字を折りたくないと、変わらず加州清光を使い続けた。歳三なら、手元に本物の之定が来たらどうするか。間違いなく折れるまで使うに違いない。そんな持ち主のところに行きたがるような刀もいないだろうと思うと、おかしくなったのだ。

 

「……?」

「いや、なんでもないよ。恋」

「……そう」

 

 小首を傾げて見上げてくる呂布に、歳三はいつものむっつり顔に戻って答えた。呂布はそれならいいと言わんばかりに視線を戻す。もっとも、歳三の後ろに居る張遼配下の兵士たちは化け物を見る様な眼で歳三を見ている。

 

「なんや歳三、面白い事でもあったんか?」

 

 が、兵士を率いる張遼は気軽に歳三に話しかけていた。

 

「剣が、な」

「剣がどうしたん?」

「私の所に来たがるとは思えなくてな」

 

 張遼、歳三の言葉に大笑した。現実主義を徹底している男が、まさかそんなことを考えるとは思っていなかったのだろう。

 歳三はむっとした顔をして、張遼を睨んだ。

 

「いや、まさか歳三にもそんな面があるのかと思ってぇな。悪気はないんや!」

「もう二度と言わねェ」

 

 すっかり拗ねた歳三は鞘から兼定をすらりと抜き放つ。誰もがぶるりと震える様な魔性が、刀身から漂っている。なるほど、兼定が歳三の半身であるのは間違いないようだ。

 

「開門」

 

 よく通る声で、歳三は指示をした。虎牢関の門がゆっくりと開かれていく。隙間から溢れ出る光が、歳三を、呂布を、張遼たちを照らす。

 刀身を陽光に煌めかせ、歳三は兼定を振り下ろした。

 

「全軍突撃」

 

 わっと(とき)の声が上がった。

 

 

 呂布が方天画戟を振るうたびに、人が吹き飛ばされていく。この様を表す言葉を見つけるのは難しい。本当に、人が宙を舞っているのだ。よくも自分の身の丈以上の武器をこんなにも自由に扱うものだと、歳三は舌を巻いた。

 歳三自身も馬鹿力とよく言われたものだが、呂布には到底及ばない。改めて、呂布が敵でなくてよかったと心底思い直す。

 そんな歳三は今、呂布の影に潜む様に寄り添って戦場を駆けている。

 

「左から弓、右は無視」

「……ん」

 

 眠たげな眼がぎょろりと戦場を見回して、歳三が呟いた。

 呂布が歳三に言われた通り、左方から放たれた矢を方天画戟で薙ぎ払う。もちろん、呂布であるならば左右両方から一斉に弓を放たれようと問題はない。ならば何故、歳三が呂布に寄り添うように戦っているのか。

 張遼の騎馬隊が、右方に展開されていた弓兵をなぎ倒していった。

 呂布は強い。単身で突撃しても、たちどころに敵を圧倒し勝利する。歳三はその呂布の攻撃力に眼を付けた。いくら呂布が強いとはいえ、強いが故に生まれる無駄な時間は僅かに存在する。それを己の戦術眼で消し去ってやれば呂布は更に強く、自在に方天画戟を振るえるに違いないと歳三は思ったのである。

 

「半歩下がれ」

 

 言われた通り呂布が半歩下がる。歳三も合わせて半歩下がった。呂布の眼前を、矢が風を切って飛んで行く。その矢は、歳三の指示がなければ呂布の頭へ必中していた。必中していたからこそ、呂布は寸前で気が付いて矢を落とす為に方天画戟振るっただろう。

 

(その手にァ乗らねぇよ。曹操)

 

 兵士の中に紛れ込んでいく夏侯淵を尻目に、呂布と歳三は更に先へと突き進む。

 

(霞の騎馬隊が反転する頃か)

 

 馬の蹄の音、揺れる白刃の数、陽のかげり具合。あらゆるものが歳三に戦場を教えてくれる。加えて、歳三の頭の中には詳細な地図が入っている。そこに得た情報を落とし込んで最善の一手を呂布に指示するのだ。

 

「右斜め歩兵隊へ突撃」

 

 呂布が進路を変えて剣林に突っ込む。敵の左翼が、突っ込んできた呂布をどうにかして抑えようと動くが、そこへ張遼の騎馬隊が襲い掛かり戦陣を瓦解させる。

 今の状況なら自分はどうしたか、など呂布は考えていない。呂布は歳三の指示が正しいものと信じ、歳三もまた呂布を信じている。

 強いが故に力任せであった呂布の力が、歳三の直接の指揮によって無駄なく全て敵に叩きつけられるようになったのである。その威力は測り知れない。

 

(当たれば、敵は死ぬが俺も死ぬ)

 

 歳三は呂布の後ろに居るから全く問題ない、訳ではなかった。呂布は歳三を信じている、としたがそれには歳三が呂布の方天画戟を避けるということも含まれている。呂布は振りかぶり、あるいは振り抜いて緩急自在に方天画戟を操っている。当然、歳三に対する考慮など微塵もないのだがら、歳三も当たれば死ぬ。

 

(鉄砲と一緒さァ)

 

 呂布の一撃も、鉄砲も、当たれば死ぬ。呂布の影に潜むこの男はそんなことを考えながらにやにや笑っている。ひょい、と頭を下げた上を方天画戟の刃が通り過ぎて行き、髪の毛が数本舞った。

 

(やはり、恋はいい。身体から武器の扱いにまで邪念がない)

 

 呂布があまりにも強いせいで未だ一人も斬れていないが、それよりも呂布と共に戦場を駆けるのが楽しくて仕方ないらしい。歳三は嬉々として次の目標へと呂布を向かわせようとした。

 その時である。

 

「呂布! これ以上華琳様の元へは行かせん!」

「ボクたちが!」

「相手です!」

「……邪魔」

 

 呂布に殺到する三人の猛将たち。一人は夏候惇であると歳三は気付いたが、他の二人には見覚えがなかった。鉄球使いと陰陽柄の円盤使い、前者が許緒といい後者が典韋という名であることは歳三の預かり知らぬところである。が、歳三はこの見知らぬ二人も夏候惇に並ぶ脅威と見た。事実、三人でとはいえ呂布と渡り合える以上尋常の腕ではない。

 

(曹操が呂布の封殺に動いたか)

 

 曹操は呂布に三人もの名のある将をぶつけてきた。ということは呂布への足止めか、それとも夏侯淵辺りに必殺の弓を射掛けさせるか。

 そこまで考えて、歳三は鋭い眼を光らせた。

 

(それをさせねぇ為に、俺がいる)

 

 呂布の影から、幽鬼がゆらり湧き出るように歳三が地上を走った。呂布と切り結ぶ夏候惇の腹に向かって、奇襲に等しい刺突(つき)が繰り出される。

 

「なっ!?」

 

 夏候惇が(ようや)く歳三の存在に気付いたか、驚きの声を上げた。それくらい驚いてもらわないと困る、と歳三は仏頂面のまま思った。なにせこの時の為に、呂布の影に隠れていたのである。驚いてもらわねば、張り合いがない。

 けれども夏候惇も、並みの者ではない。歳三の刺突を、身体を捻って避けようとした。

 

(まだだ)

 

 歳三の兼定の切っ先が、流れた。刺突が斬撃となって夏候惇へと迫る。

 

「くっ!」

 

 尚も夏候惇、追撃の刃を辛うじて(かわ)す。

 刺突から斬撃へと流れる、必殺の平突き。しかし兼定の剣先は夏候惇の服を僅かに斬っただけ。それでも大した落胆を見せず、歳三は剣を引いて身を(かが)め、顔を傾けた。

 

(斎藤君なら、外さなかったんだろうなぁ)

 

 ぼんやりとかつての仲間の姿を思い出す歳三の顔の真横を、方天画戟の刃が貫いていった。彼女らは三人で、呂布と渡り合えていたのである。その一人が歳三の刺突で退いたのであれば結果は必然であった。呂布を、抑えきれない。

 

「春蘭様! くうっ!」

「季衣! きゃあっ!」

 

 呂布の方天画戟が許緒と典韋を吹き飛ばす。二人が吹き飛んだだけ、呂布は更に前進する。呂布が前進すれば、それだけ兵士は振るわれる方天画戟によって命を落としていく。

 夏候惇は歯噛みした。何よりも殺すべきは呂布ではなく、その影に潜む歳三であると理解したのである。だが歳三は呂布の影に居る。陰と陽が互いに補い並び立つようにする歳三と呂布。片方を崩そうとすれば片方に殺される。そしてこうまで接近されては、弓矢による攻撃をするのも苦しい。

 

「土方だ! 土方を討て!」

「……させない」

 

 呂布が夏候惇の言葉を否定したが、歳三は小さく笑みを浮かべた。

 

「それは違うぞ、恋」

 

 足元の砂を掴んで飛ばし、許緒の目を潰す。更には助けに入ろうとした典韋の腹に兼定の柄頭を叩き込む。呂布は夏候惇を弾き飛ばし、二人はまた先へと進む。

 歳三の戦法、いやらしいという他ない。必殺といえる瞬間以外、手の速い攻撃で呂布の間隙を縫うように狙ってくる。これでは呂布を罠に掛けようとしても、歳三が狡猾さで食い破るに違いない。

 

「させないではない。できない、だ」

 

 歳三の言葉に、呂布は方天画戟をより凄まじく振るうことで応えた。

 これに誰よりも激したのは夏候惇である。歳三にその気があったかはわからないが、先の言葉は明確な挑発であると夏候惇は認識した。許緒も典韋も頭に来たが、夏候惇の具合の方が数段上だった。呂布に負けじと、幅広の刀である七星餓狼で応酬を繰り広げる。

 

「……それで、なに?」

「ぐうぅ! くそっ!」

 

 やはり呂布は強い。激して普段よりも力が出ている筈の夏候惇であっても、変わりなく対処している。どころか頭に血が昇っているせいか、許緒と典韋との連携がうまくできていない。僅かな隙が、生まれ始めていた。

 歳三、それを見逃さない。

 即座に呂布の後ろへと潜んだ。夏候惇の眼が歳三の姿を追おうとするが、激しさを増す呂布の攻撃の前に気を逸らすことは死に繋がる。呂布の影に潜んだ歳三が、右から出るか左から出るか、そんなことを考える暇も呂布は許さない。

 何合目かの呂布と夏候惇らとの打ち合いの末に、夏候惇が押し負けた。許緒と典韋が、呂布に夏候惇を討たせまいと押し込む。歳三が、ぬるりと影から姿を現した。躍り出た兼定の刃が、夏候惇を叩き斬らんと振り下ろされる。

 

「――おぉっ!」

 

 夏候惇の瞳に映ったのは、兼定の白刃ではなく敬愛する主君の曹操であったか。まだ死ねない、という夏候惇の気迫が無念無想の奇跡を生んだ。我武者羅に振り上げられた七星餓狼が、兼定と打ち合う。火花が散った。

 

(逝ったか、兼定)

 

 瞬時、歳三は兼定が打ち負けたことを悟った。歳三は左手に握られた兼定の先が、あらぬ方向へと飛んで行くのを見た。

 歳三は足を踏み出す。そう、兼定を握っているのは左手なのだ。歳三は兼定が夏候惇によって防がれると勘ながら気付いていたのかもしれない。もしくは両手では刃先が届かず、件の馬鹿力で斬ろうとしていたか。

 右手が、未だ残る国広へと伸びた。鞘走る国広が、夏候惇へと牙を剥く。

 

「ぐあぁっ!」

「春蘭様!」

 

 僅かに、夏候惇を斬る為には僅かばかり国広の長さが足りなかった。脇差とはいえ、大刀に近い国広ではあるが兼定よりは少し短い。それに、夏候惇の姿勢が崩れていたのも歳三に災いした。

 よって、国広は夏候惇の面は割れなかったが、その左眼を斬り裂いていた。

 

「……義豊」

「撤退するぞ、恋」

 

 地面に突き立っていた兼定の刀身の欠片を素早く回収すると、歳三は呂布に告げる。虎牢関の方からは撤退の合図である銅鑼が鳴らされ、張遼の騎馬隊も引き上げ始めている。遠目に見える袁の牙門旗が怯えるように震え、兵士に流される様に虎牢関から撤退していく。

 一方で曹の旗は全てが威風堂々と立っており、来るのならば相手をしようと待ち構えている。

 

「これ以上戦う意味はない」

「……わかった。恋が、義豊の後ろを守るから」

「頼りにしている」

 

 これ以上追っても何も益はないと断じた歳三は、左眼を押さえる夏候惇など気にせずに背を向けた。呂布もまた、歳三に(なら)って許緒と典韋を相手取るのを止めた。もっとも、二人は心配そうに夏候惇に寄り添っているのだが。

 

「土方!」

 

 夏候惇の声に、歳三はちらりと振り返った。激痛に(さいな)まれているだろうに、気丈にも許緒や典韋の力を借りずに、一人立っていた。

 残された右眼が射抜くように、歳三を見ている。

 

「逃げるのか!」

 

 夏候惇の問いに、歳三はにやりと笑った。

 

「戦だからな」

「ならばいつかまた!」

 

 夏候惇も、左眼から血を垂れ流して笑っていた。

 

「ああ、いつかまた」

 

 歳三は短く答えると、今度こそ振り返らずに走った。いつかまた、の先はわからない。わからないが、それで良かった。

 

 

 結論から言えば、反董卓連合は負けた。兵数で遥かに勝り、各地の諸侯を味方にしておきながら大敗したのだ。特にこの戦争の趨勢を決定づけたのは、呂布の一騎当千の活躍と張遼と麾下(きか)の騎馬隊による縦横無尽の攻撃のおかげだろう。

 呂布の無双ぶりは当然であるが、張遼は呂布の突撃で浮き立つ袁紹の大軍勢を見事な指揮で分断し、大混乱を引き起こした。更には後方の袁術本陣を奇襲し大量の兵糧を焼くという大戦果まで成し遂げていたのである。

 ここで強襲でなく奇襲、としたのは張遼本人の弁による所が大きい。とにかく袁術の軍勢は襲われるとは微塵も考えず、前線との連絡も満足に行っていなかったようなので奇襲になったということだった。

 これらの報告を受けた賈駆は一先ず安堵すると同時に、呂布と帰って来るなり古くからの腹心らと部屋に引き篭もった歳三の動向が気になった。気になったが、歳三の考えもあるだろうと部屋から出てくるのを待つことにした。

 

 

 呂布と共に帰還した歳三を待っていたのは、徐晃からの冷たい視線であった。文官である郭嘉や孫乾などは、戦場に立つのは仕事ではないので至って平静である。

 張遼は面白そうに歳三と徐晃を見守っているから、助けが入ることはないなと歳三は思った。

 

「……お兄ちゃん、なんでシャンを連れて行ってくれなかったの?」

「すまぬ」

 

 確かに有効的だからそうしたとはいえ、徐晃の不満を可愛い嫉妬とする気には歳三にはなれない。徐晃は武人である。主君と仰ぐ歳三と共に戦場を駆けるのが何よりも喜びということは、幾度も共に戦ってきているのだから良くわかる。

 故に、歳三が半死半生の素浪人時代からの付き合いである徐晃より、新参である呂布を歳三が戦の相方に選んだのが不服なのだ。

 

「申し開きは、部屋でする」

 

 よって、歳三はこの小さな戦では分が悪い。傲岸不遜を地で行くこの男は、今もふてぶてしい面構えである。そんな歳三の羽織(コート)の裾を、引っ張る者が居た。

 呂布である。

 

「……義豊」

「なんだ、恋?」

「……お腹すいた」

 

 歳三は苦笑を浮かべ、伝令にありったけの食事を用意するよう伝えてから徐晃らを伴って虎牢関の自室へと引っ込んでいった。

 ここまでは、賈駆も知っている。

 部屋に入った歳三はまず、郭嘉に問うた。

 

「稟よ、この部屋に潜む者はいないな」

「大丈夫です、歳三様。ただ扉の前に甘寧が立っておりますが、彼女も一角の武人。こちらを探る様な真似はしないでしょう」

「そうか」

 

 既に程立や趙雲、太史慈らは孫権と陸遜と共に手勢を率いて洛陽へと先に入っている。だから、歳三の腹心たちは今この部屋に居る徐晃と郭嘉、孫乾のみである。

 そんなことを思い出しながら、歳三はようやっと緊張を解いた。

 揺らぐことのない大樹の様な大男の身体が揺らぐ。慌てて徐晃と孫乾が駆け寄って、歳三の身体を抱きとめて支える。歳三の顔には今まで見たこともない程の汗が、浮かんでいた。

 連携など考えない呂布と無理矢理連携した戦法、その分負担があることは想像に難くない。

 

「俺としたことが、はしゃぎ過ぎたな……。すまない、香風、美花」

「ご主人様が謝る様なことはありませんわ。むしろ、嬉しいのです」

 

 孫乾の言葉に、歳三は疑問符を浮かべる。孫乾は困惑しきりの歳三に、優しく声を掛けた。

 

「今までご主人様はどんな時も凛々しいお顔でした。そう、どんな時も。焦ろうと疲れようと、ひたすら私たちが望むご主人様であろうされているのが、私だけではありません。香風様も、星様も、稟様も風様も悲しかったのです」

 

 歳三はただ、孫乾の言葉を聞いている。言われてみれば、疲れを見せる様なことは初めてかもしれない。歳三はかつて徐州で出会った翁、孫候を思い出していた。地獄に共に落ちてくれる仲間にすら、弱った姿を見せない。それは、本当に強さと言えるのだろうか。

 いつしか歳三は、鬼となり果て蝦夷の地で腹を撃たれるまで鬼の副長であり続けたが、今や歳三はそんな楔に囚われることもないのだ。

 

(人は、変わるものだ)

 

 過去は、過去でしかない。

 

「ありがとう、美花」

「どういたしまして。香風様、ご主人様が座る椅子を用意してくれますか」

「わかった」

「美花、汗を拭くものと水を用意しておきました」

「流石ですわ、稟様」

 

 ああ、悪くないと歳三は思いながら、皆の好意に素直に甘えることにした。

 

 

 一息つけた。

 徐晃が用意してくれた椅子に座り、郭嘉から渡された清潔な布で顔を拭き取ってから、水の入った湯呑を(あお)る。それだけで、身体に溜まっていた疲労が抜けていくようである。穏やかな顔を浮かべた歳三を見て、徐晃たちは嬉しそうな笑みを浮かべた。

 それも、一瞬の事ではあったが。歳三はまたいつものむっつり顔に戻ると、郭嘉に尋ねる。

 

「風たちから、何か連絡はあったか」

 

 反董卓連合は撃退したが、洛陽の情勢に関しては未知数なのである。呂布や張遼からなんとはなしに聞いているが、彼らは完全に武官の人間だ。歳三が必要としている情報に関しては、少々心許ない程度しか持ち合わせていなかった。

 

「はい。風から現状の洛陽、及び皇帝関連の事に関しての書が届いています」

「読み上げてくれ」

 

 だいたい、わかった。

 洛陽は最早首都としての機能を完全に失っていると同然であった。何進と十常侍は結託し霊帝を確保、董卓の霊帝奪還を免れるために遷都と称して西方の長安へと移った。

 これだけなら、まだいい。問題は何進と十常侍らは洛陽城に溜め込まれていた財宝に飽き足らず、歴代皇帝の墳墓すらも掘り返し、更には裕福な市民からも税と称して搾り取った挙句、遷都に付いてこないのであれば殺すとまで言ってのけたそうである。

 その結果、董卓の必死の反抗にも関わらず洛陽からは多くの人が去り、皇帝の威光は完全に地に落ちてしまった。

 

「陳留王だけは、洛陽に残ったか」

 

 だが、その中でも希望がある。董卓が懇意にしていた霊帝の妹、陳留王だけは董卓の側に付いているのである。これならまだ、巻き返しを計れる可能性が完全に絶たれた訳ではない。

 

(あの女狐だけは、斬ってやりてぇところだが)

 

 霊帝を傀儡として操る、何進の姿が思い起こされる。これだけのことをやらかしておきながら、恐らく何進は自分が生き残る為ならばなんでもするだろう。だからこそ、付け入る隙はある筈だ、と歳三は睨んでいる。

 それはともかくとして。

 

「稟」

「なんでしょうか?」

「無茶は承知だが、洛陽に腕の良い鍛冶師がまだ残っていないか探すよう風に伝えておいてくれないか?」

 

 長らく共に戦ってきた兼定が、遂に折れたのだ。それに関しては、良い。戦の中でのことである。武士の魂だとか己の半身だと飾り立てようが、刀は所詮道具である。使っていればいつか壊れるのは道理なのだ。

 

(夏候惇ほどの猛者が相手だったならば、兼定も冥利に尽きるさ)

 

 それに、良い戦いであったのだから、歳三も後悔など微塵もない。

 

「次は洛陽か」

 

 歳三の呟きに、徐晃たちは静かに頷いた。

 




武器破壊はパワーアップイベントへの通過儀礼。
半身とした兼定が恋姫の武器で折れたので、土方もまともに恋姫と戦うとだいたい死にます。そんな感じの理屈です。結構ノリで折ってたのでそんな感じでお願いします。
夏候惇の左目喪失イベントをやっていなかったなと思ってこうなりました。
次からは廃都と化した洛陽編が始まります。
戦闘描写はやっぱり難しいな……。

呂布&土方は例えるならスーパーアーマー持ちパワータイプキャラにガード不可技とかガード確定反撃持ちキャラがくっついている様なくっそウザい組み合わせです。

よもぎもち様、リドリー様、ゆっくりしていきやがれ様、誤字脱字報告ありがとうございます。
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