【恋姫†無双】黒龍の剣   作:ふろうもの

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《真名早見表》
 土方歳三――義豊
 趙雲子龍――星
 徐晃公明――香風(シャンフー)
 程立仲徳――風
 郭嘉奉考――稟


出立

 宴もほどほどに歳三は中座し、部屋に引きこもった。

 

(ありゃあざる(・・)というよりわく(・・)だな)

 

 趙雲が、である。

 それに付き合えるほどには飲める徐晃らも、歳三からすればざる(・・)の部類に入るだろう。

 もっとも、歳三が酒に弱い故に相対的にそう見えるだけかもしれない。

 枕元に兼定と国広を立てかけ、軍靴(ブーツ)を脱ぎ、寝所に横になる。

 目を(つむ)った。

 これからどうするかといった策がありありと浮かび上がる。

 同時に、昔の仲間の姿も歳三の前に現れる。

 

(俺だけが、生きている)

 

 急に死に損ねたという想いが持ち上がって来る。

 銃弾を受けた脇腹が(うず)く。

 旧知である井上源三郎も、腹に弾をくらって死んだ。

 監察の山崎烝も、井上と同じく銃によって死んだ。

 

(どうでもいいこった)

 

 何故、どうしてといった疑問など、考えるだけ無駄だと歳三は結論付けた。

 生きているから、生きている。

 死に損ねたという想いとは相反するが、生きている以上は絶対に生き続けるという自信もある。

 

(俺ァ、生きるよ)

 

 何の為に、とかまでは考えない。

 今を生きるためには戦うしかない、歳三とはそういう男である。

 無類の喧嘩好きだから、戦を心から切り離すことはできない、というのもある。

 

(それでも、お前たちは俺を見ているのか)

 

 (まぶた)に浮かび上がる仲間の姿を振り切る様に、歳三は眠りについた。

 

 

 ふと、夜陰に目が覚めた。扉の向こうに誰かいる。

 とにかく気配に敏感な男なのである。夜襲か、と思い兼定を手にし軍靴を手早く履いた。

 いつでも抜刀できるように柄に手を置きながら、歳三は扉をちょっと開けた。

 

美花(ミーファ)か」

「ご主人様……」

 

 なんてことはない、孫乾が扉の前に立っていたのである。

 孫乾の顔が、驚いているのとは別にやや上気している。

 ああ、と歳三はすぐさま理解した。

 

(夜這いに来たのか)

 

 江戸で京で大阪でと人前に晒すようなことはほとんどしなかったものの、歳三はどこに行っても女に不足しない男である。

 恋愛の機微には疎いが、女の扱いや仕草を読むことには長けている。

 もちろん、それに応じて相当な女好きでもある。

 その癖、時折女を怖いと思っているのだから、かなり偏屈な男であるのは間違いない。

 

「こんな夜更けに、何か用かね?」

「女が夜更けにこうして尋ねると言うこと、ご主人様ならよくおわかりではないのですか?」

「ふむ」

 

 歳三はわかった上ですっとぼけている。

 孫乾、見た目で語るならばもちろん美人の部類に入る。

 男として生まれたからには、こんな美女に夜這いをされるなど男冥利に尽きる。

 ここで抱くのを断る方が無粋と言えよう。

 しかし、ここが歳三の偏屈なところであり、孫乾を抱く気など今の歳三にはさらさらなかった。

 

(夜這われるのは、気に食わねぇ)

 

 気に食わないという理由だけで、この男は美女の誘いを断るのである。

 

「それにしては、無粋な虫が聞いているようだが」

「え?」

「出てこい。三つの内に出てこないならば、刺突()く」

 

 兼定を抜いた。辺りが冷え込むような刃が、薄闇の中ぎらりと光る。

 

睦言(むつごと)を聞かれているのも、もっと気に食わねぇ)

 

 歳三、女に不足しない割には、女と通じているのがばれるのを嫌がる奇癖がある。

 京においても、局長である近藤は私邸にて派手に女を囲っていたのは有名だ。

 もちろん組長らも、沖田の様な特殊な若者以外は屯所以外に家を持ち女を囲っていた。

 ただ、歳三だけが女の影を出さないように屯所の中に居座っていた。

 

「一つ」

 

 妙な男である。

 かつては郷里に、如何に自分が女から持て囃されているか自慢する手紙を証拠付きで送ったこともある。

 それは、歳三の中では苦々しい思い出となっているが。

 

「二つ」

 

 函館においても、その奇癖は存分に発揮されていた。

 女好きである歳三が、婦人を近づけずにいたのも偏に露見を恐れたからである。

 無論、兵の士気に対する計算や、己の死期に対する悟りも含まれていたのは言うまでもない。

 そして、鬼の副長の異名を(ほしいまま)にした通り、やると言ったからにはやる男である。

 

「三つ」

 

 兼定が孫乾にも見えぬ速さで振るわれた。

 多くの人間を断ち切ってきた兼定は、木の扉など物の数ともしていない。

 歳三の隣の部屋の扉に深々と、兼定は突き刺さっている。

 もし、歳三の言う通り扉を前に聞き耳を立てていたのなら、まず刺殺されている光景だ。

 

(手応えがねぇ)

 

 避けたか、と歳三は考えている。

 多くの人間を斬り殺してきた男である。刀身から伝わる感触である程度わかるのだ。

 

「いやはや、まさか本当に突き立てるとは思いませんでした」

「星か。聞き耳とは、あまりいい趣味とは言えんな」

「わかっていながら剣を突き立てるのも、なかなか褒められた趣味とは言えませんぞ」

 

 扉の向こうに居る星が、呆れているのがわかる。

 が、そんなことは歳三の知ったことではない。

 歳三は無造作に兼定を引っこ抜くと、鞘に戻した。

 

「星も、もう寝ることだ。明日は早いぞ」

「主の言う通りですな。優しさが身に染みるようです」

「馬鹿言いやがる」

 

 趙雲の皮肉も屁とも思わず、歳三は孫乾に顔を向けた。

 

「今日のところはお戻りなさい。これでは興に乗ることもできません」

「……そうですか」

「ただ」

 

 孫乾が悲しそうに目を伏せたのを、歳三は見逃さない。

 彼女は本気で、抱かれに来ていたのだ。

 それをわからぬ歳三ではない。

 

「私が幽州から戻った時、徐州にも轟くほどの名を上げていたならば、その時は」

「その時は?」

「私から参りましょう」

 

 それからどうする、とはもちろん言わない。

 口に出すのは野暮と言うものだろう。

 ただ、この時の歳三はいつもの不愛想とは違って、孫乾が見とれる程の笑みを浮かべている。

 憎たらしいほどに、己の顔の使い時を弁えている男である。

 

(それまで、俺が生きていればの話だがな)

 

 と、笑顔の裏で思っていることは口に出さない。

 それと同時に死ぬつもりが一寸たりともないのが、歳三という男である。

 

 

 孫乾を部屋に返して、歳三はまた部屋に籠ろうとした。

 が、寝れない。

 理由はどうであれ、一度刀を抜いたせいだろう。

 どうにも血が滾り過ぎている。

 

(こんな時ァ、人を()るか女を抱くに限る)

 

 これほど物騒な価値観を持ち合わせている男も、そうはいないだろう。

 歳三にとって喧嘩と女を抱くことは、二つとも血の臭いがするということで等しく同じである。

 かといって、すぐに受け入れてくれるであろう孫乾の元に行く気はしない。

 あれだけのことを言っておいてすぐさま(ひるがえ)すのは、歳三の男が受け付けない。

 また、村のどこか適当なところへ夜這いをするつもりもない。

 女に不足がない故に、女の好みにはうるさいのである。

 少なくとも趙雲や孫乾ら五人より見目の劣る女を、歳三は抱こうとも思わない。

 

(風にでも当たるか)

 

 外に出た。

 夜風が染みるように冷たい。

 手頃に座れそうなところもなかったので、そのまま壁によりかかる。

 月が出ていた。

 歳三はぼんやりと月を眺める。

 不思議なことにむくむくと、歳三の中に住まうもう一つの癖が鎌首をもたげる。

 

(句が、できた)

 

 沖田がここに居たならば、また駄句だろうなぁと噴き出しているところだ。

 例に漏れず、出来上がったのは駄句である。

 そう思わないのは本人ばかりだ。

 

(世を(たが)え 土も違えど 月は月)

 

 いつか書き残そうと心に秘めて、土方歳三こと豊玉は月を眺め続けていた。

 

 

 朝、が来れば目が覚めるのは道理である。

 こと歳三に至っては、寝坊とは無縁だ。この男がいつ寝ているのかは、よくわからない。

 宿の者が起き出して朝食を作り始めるころには、歳三は目を覚まして朝の鍛錬を行っていた。 

 兼定を抜いて、独特の平正眼。そして気を練る。

 天然理心流は一にも二にも気、が重要である。

 この流派は小手先の技術よりも、実戦における気と技を尊ぶ。

 もっとも道場試合となると、実戦重視が過ぎてまるで役に立たないという欠点となる。

 

「………………」

 

 歳三の仮想敵は、専ら沖田総司だ。

 長く同じ釜の飯を食って共に鍛錬してきたことと、この男の想像力もあって、歳三の眼前には刀を構える沖田の姿がありありと浮かんでいる。

 声すら、聞こえてくるようである。

 あの不思議な若者は、いつもの笑みで言うのである。

 こんなところまで来たっていうのに、僕は土方さんの相手なんてしたくありませんよ、と。

 

(そういうなよ、総司)

 

 脇腹の疼痛を感じながら、歳三は虚空に刀を振るった。

 

(また、俺の負けだな)

 

 本当に負けず嫌いなんだから、と困った笑みを浮かべる沖田が見える。

 歳三は頭の中で、三段突きによって刺殺された自分を幻視している。

 道場でなら、沖田が相手であっても三本に一本は取れる歳三だが、果たして実戦ならばどうか。

 突きの一段目は受け流せる、二段目は躱せる、三段目がどうしても防げない。

 防げないならば、そこで死ぬだけだ。

 歳三はゆっくりと構えを戻す。

 

「こそこそ見ていないで、出てきたらどうかね?」

「おや、主はお気づきでしたか」

「視線を受けるのは慣れているからな。それにしても星、聞き耳といい覗き見といい、趣味が悪いな」

 

 にこりともしないで、ひたすら剣先を睨んでいる歳三。

 今もその構えの先には、沖田が構えている。

 

「いえ、見惚れていた、というのもありますが……そうして気を発さない方が良いと思いますよ」

「どういうことだ?」

「あまりの気に家畜のみならず宿の主人らも怯えています。武を磨くのはよろしいですが、もう少し場所を弁えるべきだと思いますが」

「ふむ」

 

 趙雲の言うことも最もだと思い、歳三は兼定を鞘に納めた。

 沖田の幻は既に霧散している。

 切り替えの異常に早い男である。

 剣を納めたかと思えば、てくてくとどこかへ歩き始めている。

 

「どこに行かれるのですか?」

「汗を流しに、井戸へ」

 

 ここで歳三、振り返って意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「一緒に来るかね? なんなら、背を流すのも手伝って欲しいのだが」

「な、いや、そんな……それぐらい一人でできるでしょう!」

「ああ、もちろんだ。私も無理にとは言わないさ」

 

 昨夜のことといい、歳三は趙雲が耳年増まであることをなんとなく勘付いていた。

 そこへ今の問いかけである。

 

(生娘だな)

 

 多くの裏打ちされた経験と厳然たる事実が、歳三に趙雲がそうであると結論付けさせている。

 だからどうしたということでもあるが。

 

「朝食にまでは、戻るさ」

 

 そう言ってさっさと姿を消した歳三に、ようやく一本取られたことに気付いた趙雲は地団駄を踏んでいた。

 

 

 宴の時と同じように、宿屋の一角を六人が占拠している光景は中々近寄りがたい。

 内三人が名うての武人に見えるのだから、尚更だろう。

 宿の主人が配膳をするのもおっかなびっくりな風だったが、仕方ないことと言えよう。

 歳三、配膳された朝食に手を付けて、少しだけ顔をしかめた。

 

(美味くはねぇな)

 

 元は歳三。薩長と戦争をおっぱじめて各地を転戦し、函館にまで押し込まれた敗軍の将である。

 故に粗食に甘んじ、いつ死ぬかも知れぬ身故に食に対する頓着も薄れていたが、今は違う。

 歳三にとって過去は過去なのだ。

 元来、食にうるさい地が出てきている。

 これでも、地方豪農のお大尽と呼ばれた悪童である。

 食事に対してうるさくなるのも当然と言ったところか。

 

「お兄さんはここのお食事がお気に召しませんかー?」

「いや、別に」

 

 程立の言葉に歳三は不愛想に答える。

 食にうるさい、とは言っても単に美食や飽食がしたいわけではないのだ。

 ただ美味いものを食べたいという、それだけである。

 

(なぁに、いつかはもっと美味いものにありつけるようになってやるさ)

 

 その為には、戦って武名を上げるしかない。

 やはりこの男、何事においてもすべてが喧嘩に帰結している様なところがある。

 

「そういえば、美花。公孫賛殿への書状の件、どうなされるおつもりですか?」

「既に用意してありますよ」

 

 にっこりと、孫乾は笑った。

 

「ご主人様、星様、香風(シャンフー)様、風様、稟様。いずれも万夫不当の勇士、あるいは不世出の策略家と、この竹簡にしたためております」

「随分と、大袈裟だな」

「この書簡が虚偽になるか否かは、皆さまの手に掛かっておりますが、私は心配していませんよ」

 

 本当に肝っ玉の据わった女だと、歳三は思う。

 

「ありがたく頂戴いたします」

 

 孫乾から竹簡を受け取ると、歳三はズタ袋に突っ込んで朝食をかき込んだ。

 あまりの速さに一同、唖然とする。

 

「歳三様は……随分と食が速いのですね」

「そうかね?」

 

 函館に居た頃に、自然と覚えた習慣である。

 それこそ函館ではいつ敵が来るかわからない為、のんびりと飯を食う余裕などなかったのだ。

 なるほど、ここも歳三らしい。

 動きの鈍さはそのまま戦闘にも直結するのだから、飯であってもかける時間は少ない方が良い。

 

(今度は、のんびり食えるようになりてぇやな)

 

 そう思いながら歳三は席を立つ。

 

「どこにいくの、お兄ちゃん?」

「馬の準備をしてくる」

 

 徐晃の言葉に、相変わらずむっつりした顔で答える歳三。

 

「なに、一人で先に馬に乗っていくような真似はしないさ」

 

 ここでにこりとも笑えば、少しは可愛げのある男なのだが。

 当然ながら歳三は、相変わらずの不愛想である。

 

 

 五人が食事を終え、宿を出た時には既に旅装を整えた歳三が馬を引いていた。

 馬の背中には、それなりの荷物が積まれている。

 

「ははぁ、路銀がないと言っていた割には、これまた随分と……」

「ここまで揃えられたのも、美花のお陰だよ」

 

 星の言葉に歳三はしれっと返す。

 

「いくらか余分に貰っていたからな」

 

 いつの間に貰っていたのだ、という視線を軽く無視する。

 段取りと言い準備と言い、抜け目のない男である。

 

「他に荷物があるなら積んでくれ。なにしろ長旅だからな」

「その馬はお兄さんが乗るのではー?」

「軍勢でもないのに、一人偉そうに馬に乗っていられるかよ」

 

 歳三、なおも憮然としている。

 

「私も、歩くさ」

 

 当然というように歳三は言い切った。

 そして、孫乾に向く。

 

「いろいろとお世話になりました」

「いえいえ、私の仕える人はご主人様、貴方だけですから」

「この恩義は必ず返します」

 

 この傲岸不遜な男にはありえないことだが、歳三は孫乾に深々と頭を下げた。

 

「いずれ、また」

 

 なにがいずれで、また、なのかは二人の秘密である。

 歳三は孫乾にだけ微笑を見せ、振り返った時にはいつものむっつり顔である。

 

「では、行こうか」

 

 目指すは幽州遼西、公孫賛の居城である。




ハハハ ID:/2XT/GDg様、誤字報告ありがとうございました。
銀羽織様、誤字報告ありがとうございました。

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