土方歳三――義豊
趙雲子龍――星
徐晃公明――
程立仲徳――風
郭嘉奉考――稟
公孫賛の居城を出る。
手が薄くなっている、遼東方面の援護に向かってほしい、とのことだ。
歳三は指揮官用の軍馬に乗りながら、物思いに
来た時には僅か5人だったが、今や2500の兵を率いている。
500倍もの人数が、手勢にいる。
(だが、それがどうした)
2500の兵も、すべて借りものだ。
歳三が率いてはいるが、元は公孫賛のものだ。
己のものといえるものは、何一つない。
去来するのは虚しさばかりである。
(しかも、稟と風がいない)
歳三の理想には、稟も風も必要不可欠である。
今の軍勢は、歳三に言わせれば骨のない
大きいばかりで、柔い。
(今は耐えろ、歳三)
飛躍の時の為に、耐えるのだと自らに言い聞かせる。
あのいけすかない芹沢鴨の時も、狐の様な面をした伊藤甲子太郎の時も、耐えた。
ならば、今もどうということはない。
更に言えば耐えるだけだったあの時とは違う、今度は、戦えるのだ。
(見せてやるさ)
歳三は闘志を静かに燃やしているつもりだったが、明らかに漏れ出ていた。
趙雲や徐晃らでさえ、話しかけるのに躊躇うほどである。
公孫賛から得体のしれない将に仕えることになった兵たちは、ただ恐怖した。
このような闘気を持つ将に、兵たちは
ある意味、経験不足からくる不幸であるとも言えた。
◇
歳三の戦い方、いや、進軍方法は独特と言えた。
配下の兵からは、ひたすらに地形に関しての情報を集めた。
有益な情報をもたらせば、少ないながらも報奨を与えた。
歳三からすれば当然の対価くらいにしか思っていないが、本人が思う以上にこれは人気が出た。
人間とは、結構現金なものであり、兵の掌握に知らず一役買っていたのを歳三は知らない。
こうして情報を集める歳三に、徐晃は尋ねた。
「公孫賛殿に、地図を見せてもらった方が早くない?」
「それはそうなんだがね、駄目だったよ」
歳三はにこりともせず答えた。
公孫賛の居城にも、地図はあるのだが、軍事上の理由から見せてもらえなかったのである。
これは当然と言えよう。
いくら公孫賛の元で将をしているとはいえ、歳三らは正規の将軍ではない。
自然、歳三自身の手で情報を集める必要があった。
逐一竹簡に記録をしては、城の端に座り込み、木の枝でがりがりと地面に地図を描く。
これがまた、上手い。
一目見れば地形がありありと浮かんでくるような、見事な地図なのである。
「ほほう、主は絵描きが本業ですか」
歳三の背中から覗き込んだ趙雲が、茶化す様に言った。
にべもなく、歳三は答えた。
「うまいものだろう」
これは歳三の特技である。
歳三もこればかりは、誰にも真似できないであろうと思っている。
単なる情報の分析では、稟や風に劣るだろう、だが歳三にはそれを補う以上に想像力がある。
だから、誰にも負けることはない。
それくらい、自信があった。
同時に、この特技を生かせなければ、死んでも死にきれないほどの思い入れがある。
とにかく、入念な下準備をした上で進軍を開始した。
進軍している時も、この男は流儀を変えることはなかった。
「主、またですか?」
「まただよ」
趙雲が呆れるほどに、とにかく斥候を、四方八方に放つのである。
一度や二度で終わりにしない、執拗なまでに斥候を出す。
別に敵を発見させるだけが目的ではなかった。
地形の確認を、徹底させた。
坂になっているのか、森はあるのか、平らで開けている場所はあるかといった諸々。
全てを事細かに報告させた、無論、成果を上げた兵には少なくても褒美を出す。
そして小休止の度に、木の枝でがりがりと地面に地図を描くのである。
「我々は今、ここにいる。こちらを進む予定だが、森が左側にある」
「敵の待ち伏せが、ある?」
「香風の言うような伏兵の可能性は低いだろうが、念を入れるに越したことはない」
端正な顔で考え込みながら、歳三は地図を見ている。
この男の脳裏には、これからどのような道で進軍し、どこで敵と会敵するかあらゆる可能性が思案されているのだろう。
趙雲は歳三に知られぬように、密かに舌を巻いた。
戦の申し子ではないか、と趙雲は歳三を恐ろしいものを見るような
個の武で歳三に負けるなど、趙雲は考えてはいない。
しかし、同じ数の兵を率いて戦った時を考えると、趙雲は御免被りたいと本心から思う。
「どうかしたかね、星?」
「いえ、なんでもありませぬ。このまま遼西に辿り着ければいいと思っておりまして」
「それは私も同じだよ」
嘘である、と趙雲は直感で感じ取った。
歳三の底冷えするような眼は、ぎらぎら光りながら戦いを求めている。
これは恐ろしい人に仕えてしまったのではないか、と思わないでもない。
しかし、それ以上に何かとてつもないことを成すのではないか、と趙雲は期待している。
◇
歳三の変わっているところは、全てを兵に任せないところにある。
この男、一応は総大将である癖に自ら斥候に出るのだ。
趙雲と徐晃が止めようが、まるで意に介さない。
挙句の果てには、共に行動して日の浅い兵たちにすら止められる始末だ。
その歳三が、いつものむっつり顔を少し険しくしながら、本陣に戻ってきた。
流石にからかえる雰囲気ではないと察したか、趙雲がいたく真面目に声を掛ける。
「どうかなされましたか? 主?」
「敵だ」
短く、歳三は答えた。
敵が居たくらいで、この男が顔色を変えるはずがない。
歳三の性分をわかり始めている趙雲は、知らず冷や汗を流した。
「それで、どうでした? 相手の数は?」
「ざっと6000、いや、7000といったところだな」
趙雲が息を呑んだ、徐晃も、面食らったような顔をしている。
ただ歳三だけが、むっつりと考え込んでいる。
しばしの沈黙の後、歳三がぽつりと呟いた。
「兵力差は約三倍、か」
誰に聞くでもない、確認するように言葉にしただけである。
「賊とは一口に言っても、強いな」
量は時に質を凌駕することを、歳三は良く知っている。
この男の場合は、質も量も上の相手と戦っていたが。
故に、強いと評価しても、歳三に恐れの心は一切ないと言っていい。
「どうするの?」
「決まっているさ、斬り込みよ」
顔色一つ変えず、歳三は徐晃の問いに答えた。
斬り込み、つまりは戦いを仕掛けるということである。
趙雲が、声を上げた。
「それは、あまりにも無謀ではありませぬか? 兵力差は約三倍、そんな相手に」
「私は別に真正面から戦いを挑むほど、馬鹿な真似をするつもりはないよ」
歳三が正面突破しかできぬ愚将であるならば、函館にまで辿り着くことはできなかったろう。
もしくは戊辰戦争が始まるもっと前、新選組になる前から、屍を道端に晒していたに違いない。
趙雲は歳三の眼を見た。
物腰は静かだが、やはりその眼には燃えるような闘志が漲り、爛々と光っている。
ふいにその眼が、趙雲と徐晃に向いた。
「私はね、とてもじゃないが、純粋な武では星や香風を越えられぬよ」
趙雲はあっという声を上げた、徐晃も声を上げそうになったがぐっとこらえた。
歳三は、自分のことをよく知っている。
そして味方であれ敵であれ、徹底的に調べ上げ、過小評価も過大評価もしない男だ。
「星の槍は、私には
以前の賊との戦いで、歳三は星と香風の戦いをよく見ていた。
その上での結論である。
土方歳三は、趙雲子龍や徐晃公明には勝てない。
だからこそ、と歳三は続けた。
「私は軍略で勝つ。人中に土方ありとはならぬとも、軍中に土方ありと、全土に知らしめてやりたいのよ」
歳三は笑った。
「こんなところで、負けてたまるかよ」
とても静かに笑っているのが、ひたすらに恐ろしい。
これが猛獣や猛禽類を連想させるような、獰猛な笑みならばわかる。
波の立たない水面の様な静けさを見せる歳三の笑みは、底知れなさを二人に感じさせた。
乾く口を無理やり開いて、趙雲は歳三の言を評した。
「主は案外と、子供っぽいことを称されるのですね」
けれども、趙雲の顔に侮辱の色はない。
極めて純粋に、そう思っただけなのだろう。
歳三はまた普段のむっつり顔で答えた。
「理想とは、本来子供っぽいものだろう」
「ええ、ええ、主の言う通りです」
趙雲が観念したように両手を上げた。
「では、お聞かせ願えますか、主の軍略を」
◇
本陣でも、歳三は木の枝でがりがりと地面に地図を描いていた。
この時代では紙は貴重であるゆえに、歳三の様な貧乏所帯にはそんな高級品はない。
竹簡も、
すぐに描けてすぐに消せる土の方が、好都合だと歳三は考えている。
「今、我々が布陣しているのがここだ」
相変わらず、見れば情景が想像できるような見事な地図である。
軍略で全土に名を知らしめる、というのも大言壮語でないかもしれない。
とかく、趙雲と徐晃は地図を見下ろした。
賊の集団は、幸運にもこちらには向かってきてはいない。
「賊の動きから予測するに、敵はまだこちらに気付いてはいない。一応何人かに動向を見張るよう置いてきてはいるが、まさか気づいていない振りをすることができるほど、訓練されているわけでもあるまい」
「それはもう、賊というよりは正規軍でも一握りの正規軍でしょうなぁ」
趙雲の言葉に、歳三は頷く。
「敵の目的がなんなのかはわからぬが、これだけの大軍勢となれば自ずと目標は限られるはずだ」
「城攻め?」
「恐らくはそうだろう」
徐晃の意見に歳三が同意する。
商隊を襲うには、数が必要以上に多過ぎる。
他に集落を襲うにしても、戦力としては過剰だ。
そこから導き出されるのは、それなりの規模を持つ城に対する攻城戦だと目星を付けていい。
「ここに我々が目指す城があり」
趙雲が地図の一箇所を指差した。
そこには公孫賛から向かうよう指示された、遼東の城がある。
「敵が城攻めを目的としているとなると、そういうことと考えてよろしいですかな?」
「ああ。敵はここを攻めようとしているに相違なかろう」
敵の動きからも、軍の規模からもそうだろう。
公孫賛自らが、守りが薄いと言っていたくらいだ、敵が知っていてもおかしくない。
ふむ、と歳三は考える。
「少数が大勢を叩くには二種類ある」
「強く当たって逃げるか、首領格を討って逃げるか、ですな」
趙雲の言葉に、徐晃が顔を上げた。
「逃げるのは、得策じゃない」
「香風の言う通りだ。逃げるにはこちらの数が多過ぎる。敵の追撃で間違いなく余計な被害が出る」
「ならば夜戦ですか?」
趙雲の提案に対して、歳三は首を横に振った。
「夜戦も、この軍の練度では厳しいだろうな」
夜戦というものは、よく訓練された兵でなければ中々に難しいものだ。
視界が効かない上に、誰が味方かもわからない混戦になりやすい。
下手を打てば、敵を倒した数より同士討ちの数が多い、ということにもなりかねない。
となれば、歳三は
「やつらのどてっぱらを突く。それしかないな」
「軍勢の横を突く、ですか。案としては悪くないですが」
大軍に弱点があるとすれば、それは小回りが効かないということである。
それはそのまま、人間の持つ弱点にも繋がる。
人は、前からの異常には対処しやすいが、横や後ろからの異変には弱いのだ。
だからといって、馬鹿正直にすぐやる、となっても数の多さから包囲殲滅されるのがオチである。
趙雲はそう言っているのである。もちろん、歳三もわかっている。
「とにかく、やつらの動きを徹底的に探る」
機が熟すのを待つ、今はそうする他ない。
「真に何を目標にして動いているのか、どういう経路を使うのか、それを推測し、攻撃をかける」
歳三の言葉に、趙雲と徐晃が頷いた。
◇
時は来たれり、と斥候の報告を聞いて歳三らは俄に闘志を燃やす。
遂に、賊の詳細な動きがわかった。
賊は間違いなく、遼東の城に向かっている。
こちらの軍勢に気づいている様子は、まるでない。
歳三の描いた精密な地図の上で、仮初の軍勢を動かす。
「ふむ、この動きだとこの
地図を見下ろしながら、歳三は言った。
隘路とは、平たく言えば大軍が容易に通れない、狭い道のことだ。
どう動くにしても、ある一箇所の隘路を通過せざるを得ない位置に、賊は居る。
隘路を迂回すると仮定しても、いたずらに日数を消費するだけである。
兵法に疎い賊だといっても、時間の経過が城の防御の上昇に直結することはわかるはずだ。
動きを察知され、防備を固められては落とせるものも落とせない。
ここまでは、良い。
「しかし、我らも隘路の先を行くことはできませぬぞ」
趙雲の言う通りである。
賊に気付かれることなく、隘路の先に行くには空でも飛ばなければ無理な話だ。
隘路を抜けて気が緩んだところを狙うという、趙雲の言葉は理に適っている。
が、歳三はその理の逆を行く。
「いいさ」
歳三が万夫不当の勇士であるということは、この決断でわかる。
「隘路に入るところを、突く」
静かに歳三は笑って、
「さぁ、敵の大将の
三国志に自信ありでも、外史だからで流してください。