【恋姫†無双】黒龍の剣   作:ふろうもの

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《真名早見表》
 土方歳三――義豊
 趙雲子龍――星
 徐晃公明――香風(シャンフー)
 程立仲徳――風
 郭嘉奉考――稟


軍中に我あり

 公孫賛の居城を出る。

 手が薄くなっている、遼東方面の援護に向かってほしい、とのことだ。

 歳三は指揮官用の軍馬に乗りながら、物思いに(ふけ)った。

 来た時には僅か5人だったが、今や2500の兵を率いている。

 500倍もの人数が、手勢にいる。

 

(だが、それがどうした)

 

 2500の兵も、すべて借りものだ。

 歳三が率いてはいるが、元は公孫賛のものだ。

 己のものといえるものは、何一つない。

 去来するのは虚しさばかりである。

 

(しかも、稟と風がいない)

 

 歳三の理想には、稟も風も必要不可欠である。

 今の軍勢は、歳三に言わせれば骨のない(くじら)の様なものだ。

 大きいばかりで、柔い。

 

(今は耐えろ、歳三)

 

 飛躍の時の為に、耐えるのだと自らに言い聞かせる。

 あのいけすかない芹沢鴨の時も、狐の様な面をした伊藤甲子太郎の時も、耐えた。

 ならば、今もどうということはない。

 更に言えば耐えるだけだったあの時とは違う、今度は、戦えるのだ。

 

(見せてやるさ)

 

 歳三は闘志を静かに燃やしているつもりだったが、明らかに漏れ出ていた。

 趙雲や徐晃らでさえ、話しかけるのに躊躇うほどである。

 公孫賛から得体のしれない将に仕えることになった兵たちは、ただ恐怖した。

 このような闘気を持つ将に、兵たちは(まみ)えたことがないからである。

 ある意味、経験不足からくる不幸であるとも言えた。

 

 

 歳三の戦い方、いや、進軍方法は独特と言えた。

 (ひるがえ)って見れば、遼西を立つ前から、変わっていると言っていい。

 配下の兵からは、ひたすらに地形に関しての情報を集めた。

 有益な情報をもたらせば、少ないながらも報奨を与えた。

 歳三からすれば当然の対価くらいにしか思っていないが、本人が思う以上にこれは人気が出た。

 人間とは、結構現金なものであり、兵の掌握に知らず一役買っていたのを歳三は知らない。

 こうして情報を集める歳三に、徐晃は尋ねた。

 

「公孫賛殿に、地図を見せてもらった方が早くない?」

「それはそうなんだがね、駄目だったよ」

 

 歳三はにこりともせず答えた。

 公孫賛の居城にも、地図はあるのだが、軍事上の理由から見せてもらえなかったのである。

 これは当然と言えよう。

 いくら公孫賛の元で将をしているとはいえ、歳三らは正規の将軍ではない。

 自然、歳三自身の手で情報を集める必要があった。

 逐一竹簡に記録をしては、城の端に座り込み、木の枝でがりがりと地面に地図を描く。

 これがまた、上手い。

 一目見れば地形がありありと浮かんでくるような、見事な地図なのである。

 

「ほほう、主は絵描きが本業ですか」

 

 歳三の背中から覗き込んだ趙雲が、茶化す様に言った。

 にべもなく、歳三は答えた。

 

「うまいものだろう」

 

 これは歳三の特技である。

 歳三もこればかりは、誰にも真似できないであろうと思っている。

 単なる情報の分析では、稟や風に劣るだろう、だが歳三にはそれを補う以上に想像力がある。

 だから、誰にも負けることはない。

 それくらい、自信があった。

 同時に、この特技を生かせなければ、死んでも死にきれないほどの思い入れがある。

 とにかく、入念な下準備をした上で進軍を開始した。

 進軍している時も、この男は流儀を変えることはなかった。

 

「主、またですか?」

「まただよ」

 

 趙雲が呆れるほどに、とにかく斥候を、四方八方に放つのである。

 一度や二度で終わりにしない、執拗なまでに斥候を出す。

 別に敵を発見させるだけが目的ではなかった。

 地形の確認を、徹底させた。

 坂になっているのか、森はあるのか、平らで開けている場所はあるかといった諸々。

 全てを事細かに報告させた、無論、成果を上げた兵には少なくても褒美を出す。

 そして小休止の度に、木の枝でがりがりと地面に地図を描くのである。

 

「我々は今、ここにいる。こちらを進む予定だが、森が左側にある」

「敵の待ち伏せが、ある?」

「香風の言うような伏兵の可能性は低いだろうが、念を入れるに越したことはない」

 

 端正な顔で考え込みながら、歳三は地図を見ている。

 この男の脳裏には、これからどのような道で進軍し、どこで敵と会敵するかあらゆる可能性が思案されているのだろう。

 趙雲は歳三に知られぬように、密かに舌を巻いた。

 戦の申し子ではないか、と趙雲は歳三を恐ろしいものを見るような(まなざし)で見ている。

 個の武で歳三に負けるなど、趙雲は考えてはいない。

 しかし、同じ数の兵を率いて戦った時を考えると、趙雲は御免被りたいと本心から思う。 

 

「どうかしたかね、星?」

「いえ、なんでもありませぬ。このまま遼西に辿り着ければいいと思っておりまして」

「それは私も同じだよ」

 

 嘘である、と趙雲は直感で感じ取った。

 歳三の底冷えするような眼は、ぎらぎら光りながら戦いを求めている。

 これは恐ろしい人に仕えてしまったのではないか、と思わないでもない。

 しかし、それ以上に何かとてつもないことを成すのではないか、と趙雲は期待している。

 

 

 歳三の変わっているところは、全てを兵に任せないところにある。

 この男、一応は総大将である癖に自ら斥候に出るのだ。

 趙雲と徐晃が止めようが、まるで意に介さない。

 挙句の果てには、共に行動して日の浅い兵たちにすら止められる始末だ。

 その歳三が、いつものむっつり顔を少し険しくしながら、本陣に戻ってきた。

 流石にからかえる雰囲気ではないと察したか、趙雲がいたく真面目に声を掛ける。

 

「どうかなされましたか? 主?」

「敵だ」

 

 短く、歳三は答えた。

 敵が居たくらいで、この男が顔色を変えるはずがない。

 歳三の性分をわかり始めている趙雲は、知らず冷や汗を流した。

 

「それで、どうでした? 相手の数は?」

「ざっと6000、いや、7000といったところだな」

 

 趙雲が息を呑んだ、徐晃も、面食らったような顔をしている。

 ただ歳三だけが、むっつりと考え込んでいる。

 しばしの沈黙の後、歳三がぽつりと呟いた。

 

「兵力差は約三倍、か」

 

 誰に聞くでもない、確認するように言葉にしただけである。

 

「賊とは一口に言っても、強いな」

 

 量は時に質を凌駕することを、歳三は良く知っている。

 この男の場合は、質も量も上の相手と戦っていたが。

 故に、強いと評価しても、歳三に恐れの心は一切ないと言っていい。 

 

「どうするの?」

「決まっているさ、斬り込みよ」

 

 顔色一つ変えず、歳三は徐晃の問いに答えた。

 斬り込み、つまりは戦いを仕掛けるということである。

 趙雲が、声を上げた。

 

「それは、あまりにも無謀ではありませぬか? 兵力差は約三倍、そんな相手に」

「私は別に真正面から戦いを挑むほど、馬鹿な真似をするつもりはないよ」

 

 歳三が正面突破しかできぬ愚将であるならば、函館にまで辿り着くことはできなかったろう。

 もしくは戊辰戦争が始まるもっと前、新選組になる前から、屍を道端に晒していたに違いない。

 趙雲は歳三の眼を見た。

 物腰は静かだが、やはりその眼には燃えるような闘志が漲り、爛々と光っている。

 ふいにその眼が、趙雲と徐晃に向いた。

 

「私はね、とてもじゃないが、純粋な武では星や香風を越えられぬよ」

 

 趙雲はあっという声を上げた、徐晃も声を上げそうになったがぐっとこらえた。

 歳三は、自分のことをよく知っている。

 そして味方であれ敵であれ、徹底的に調べ上げ、過小評価も過大評価もしない男だ。

 

「星の槍は、私には(さば)けない。香風の剛腕による斧は、私の細剣では受け止められぬ」

 

 以前の賊との戦いで、歳三は星と香風の戦いをよく見ていた。

 その上での結論である。

 土方歳三は、趙雲子龍や徐晃公明には勝てない。

 だからこそ、と歳三は続けた。

 

「私は軍略で勝つ。人中に土方ありとはならぬとも、軍中に土方ありと、全土に知らしめてやりたいのよ」

 

 歳三は笑った。

 

「こんなところで、負けてたまるかよ」

 

 とても静かに笑っているのが、ひたすらに恐ろしい。

 これが猛獣や猛禽類を連想させるような、獰猛な笑みならばわかる。

 波の立たない水面の様な静けさを見せる歳三の笑みは、底知れなさを二人に感じさせた。

 乾く口を無理やり開いて、趙雲は歳三の言を評した。

 

「主は案外と、子供っぽいことを称されるのですね」

 

 けれども、趙雲の顔に侮辱の色はない。

 極めて純粋に、そう思っただけなのだろう。

 歳三はまた普段のむっつり顔で答えた。

 

「理想とは、本来子供っぽいものだろう」

「ええ、ええ、主の言う通りです」

 

 趙雲が観念したように両手を上げた。

 

「では、お聞かせ願えますか、主の軍略を」

 

 

 本陣でも、歳三は木の枝でがりがりと地面に地図を描いていた。

 この時代では紙は貴重であるゆえに、歳三の様な貧乏所帯にはそんな高級品はない。

 竹簡も、嵩張(かさば)り過ぎるから、歳三は嫌いだった。

 すぐに描けてすぐに消せる土の方が、好都合だと歳三は考えている。

 

「今、我々が布陣しているのがここだ」

 

 相変わらず、見れば情景が想像できるような見事な地図である。

 軍略で全土に名を知らしめる、というのも大言壮語でないかもしれない。

 とかく、趙雲と徐晃は地図を見下ろした。

 賊の集団は、幸運にもこちらには向かってきてはいない。

 

「賊の動きから予測するに、敵はまだこちらに気付いてはいない。一応何人かに動向を見張るよう置いてきてはいるが、まさか気づいていない振りをすることができるほど、訓練されているわけでもあるまい」

「それはもう、賊というよりは正規軍でも一握りの正規軍でしょうなぁ」

 

 趙雲の言葉に、歳三は頷く。

 

「敵の目的がなんなのかはわからぬが、これだけの大軍勢となれば自ずと目標は限られるはずだ」

「城攻め?」

「恐らくはそうだろう」

 

 徐晃の意見に歳三が同意する。

 商隊を襲うには、数が必要以上に多過ぎる。

 他に集落を襲うにしても、戦力としては過剰だ。

 そこから導き出されるのは、それなりの規模を持つ城に対する攻城戦だと目星を付けていい。

 

「ここに我々が目指す城があり」

 

 趙雲が地図の一箇所を指差した。

 そこには公孫賛から向かうよう指示された、遼東の城がある。

 

「敵が城攻めを目的としているとなると、そういうことと考えてよろしいですかな?」

「ああ。敵はここを攻めようとしているに相違なかろう」

 

 敵の動きからも、軍の規模からもそうだろう。

 公孫賛自らが、守りが薄いと言っていたくらいだ、敵が知っていてもおかしくない。

 ふむ、と歳三は考える。

 

「少数が大勢を叩くには二種類ある」

「強く当たって逃げるか、首領格を討って逃げるか、ですな」

 

 趙雲の言葉に、徐晃が顔を上げた。

 

「逃げるのは、得策じゃない」

「香風の言う通りだ。逃げるにはこちらの数が多過ぎる。敵の追撃で間違いなく余計な被害が出る」

「ならば夜戦ですか?」

 

 趙雲の提案に対して、歳三は首を横に振った。

 

「夜戦も、この軍の練度では厳しいだろうな」

 

 夜戦というものは、よく訓練された兵でなければ中々に難しいものだ。

 視界が効かない上に、誰が味方かもわからない混戦になりやすい。

 下手を打てば、敵を倒した数より同士討ちの数が多い、ということにもなりかねない。

 となれば、歳三は(はら)を決めた。

 

「やつらのどてっぱらを突く。それしかないな」

「軍勢の横を突く、ですか。案としては悪くないですが」

 

 大軍に弱点があるとすれば、それは小回りが効かないということである。

 それはそのまま、人間の持つ弱点にも繋がる。

 人は、前からの異常には対処しやすいが、横や後ろからの異変には弱いのだ。

 だからといって、馬鹿正直にすぐやる、となっても数の多さから包囲殲滅されるのがオチである。

 趙雲はそう言っているのである。もちろん、歳三もわかっている。

 

「とにかく、やつらの動きを徹底的に探る」

 

 機が熟すのを待つ、今はそうする他ない。

 

「真に何を目標にして動いているのか、どういう経路を使うのか、それを推測し、攻撃をかける」

 

 歳三の言葉に、趙雲と徐晃が頷いた。

 

 

 時は来たれり、と斥候の報告を聞いて歳三らは俄に闘志を燃やす。

 遂に、賊の詳細な動きがわかった。

 賊は間違いなく、遼東の城に向かっている。

 こちらの軍勢に気づいている様子は、まるでない。

 歳三の描いた精密な地図の上で、仮初の軍勢を動かす。

 

「ふむ、この動きだとこの隘路(あいろ)を間違いなく通るな」

 

 地図を見下ろしながら、歳三は言った。

 隘路とは、平たく言えば大軍が容易に通れない、狭い道のことだ。

 どう動くにしても、ある一箇所の隘路を通過せざるを得ない位置に、賊は居る。

 隘路を迂回すると仮定しても、いたずらに日数を消費するだけである。

 兵法に疎い賊だといっても、時間の経過が城の防御の上昇に直結することはわかるはずだ。

 動きを察知され、防備を固められては落とせるものも落とせない。 

 ここまでは、良い。

 

「しかし、我らも隘路の先を行くことはできませぬぞ」

 

 趙雲の言う通りである。

 賊に気付かれることなく、隘路の先に行くには空でも飛ばなければ無理な話だ。

 隘路を抜けて気が緩んだところを狙うという、趙雲の言葉は理に適っている。

 が、歳三はその理の逆を行く。

 

「いいさ」

 

 歳三が万夫不当の勇士であるということは、この決断でわかる。

 

「隘路に入るところを、突く」

 

 静かに歳三は笑って、(おもむろ)に立ちがるなり、言った。

 

「さぁ、敵の大将の(ツラ)でも眺めに行こうか」




三国志に自信ありでも、外史だからで流してください。
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