【恋姫†無双】黒龍の剣   作:ふろうもの

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《真名早見表》
 土方歳三――義豊
 趙雲子龍――星
 徐晃公明――香風(シャンフー)


遼東の英傑

 古今東西、戦史において多数の戦死者を出すのは撤退戦である。

 整然と統率が取れているのなら、あるいは殿(しんがり)が機能しているのなら。

 追撃する側にも少なからずの被害を出し、敗走する軍勢の痛手は少なくて済むのだが。

 どちらもが、まともに働いてなかった場合はどうなるか。

 遼東の城へと続くこの隘路を見れば、よくわかることだろう。

 

「これはこれは、酷い有様ですな」

 

 と、趙雲。

 

(星の言葉も、(もっと)もだな)

 

 軍勢からは少し離れた場所で、歳三はぼんやりとそれらを眺めている。

 馬に踏まれた者は、内臓と血と吐瀉物をぶちまけ、白目を向いて死んでいる。

 槍に突かれた者は、胸や腹に大きな穴を空けて、空を仰いでいる。

 刀に斬られた者は、太い綱にも似た(はらわた)を掻き集める様にして事切れている。

 大地が血に塗れるとはよく言ったものだが、これはその通りだなと歳三ですら思う。

 気の利いた知恵者の一人でもいれば、ここは地獄だと称したかもしれない。

 

「お兄ちゃん」

 

 徐晃がやって来て歳三に声を掛けた。

 歳三は眠たげな眼で、振り返る。

 凄惨な光景など見慣れていると、言わんばかりの余裕である。

 

「投降者の、まとめが終わった」

「ああ、ありがとう香風」

 

 不意に、徐晃の顔を見つめる歳三。

 この男の眼光に晒され続けるなど、常人には失神物だが徐晃は動じない。

 返り血を雨のように浴びているのだから、見た目など普段より恐ろしいものなのだが。

 徐晃は堂々と見返している。

 

「? どうしたの?」

「ああ、いや。どうしたものかとふと思ってな」

「どういうこと?」

「私には、皆にしてやれることがなにもない、ということに今更ながら気づいてね」

「シャンは、満足しているよ?」

「そういうことではない。功労には報いるのが大将の務めだろう」

 

 声音が、驚くほど優しいことに徐晃は気付いた。

 歳三は論功行賞ができない、と言っているのである。

 功を立てれば、正しく報いる。

 武士とは古来そういうもだのと歳三は信じている以上、主たる者は、仕えてくれる者たちの功に報いなければならないという信念がある。

 しかし、歳三には報いたくとも、報いる為のものを持っていないという事実がある。

 歳三の声色が優しいのは、彼なりの労りなのだと、徐晃は思った。

 

「だから、どうしたものかと思ってね」

 

 滅多に見せないであろう、困ったような笑みをする歳三に、徐晃は少し呆れた。

 呆れると同時に、安心した。

 ついていくと決めた時と同じような、よくわからない安心感を徐晃は再び覚えている。

 

「んー、シャンは別に、いいかな」

 

 徐晃の言葉に、歳三は驚いた様に目を見開いた。

 

「いらないと、言うのかね?」

「そう」

「それは、どうしてだ? 私が、未だ弱いからか?」

「ううん、シャンが、お兄ちゃんについていくって、決めたからかな」

「私には、それがよくわからないのだが」

「ついていくって決めた以上は、シャンは、お兄ちゃんの言うことを聞く」

 

 徐晃は微笑みを浮かべた。

 歳三についていくことにしたのは、富や名声や、好奇心のためではない。

 もっと単純なことだと、この難物な男に気づいてもらう必要がある。

 徐晃は言った。

 

「シャンはお兄ちゃんのこと、好きだから」

 

 そうか、と歳三は短く答えると、徐晃から眼を逸らした。

 徐晃はそれを不思議そうに見ている。

 遠目から眺めていたからこそ、趙雲は歳三が何故目を逸らしたか、なんとなく察しがついた。

 歳三は照れている、あるいは喜んでいるのだ。

 即物的な繋がりではなく、人としての繋がり、そういったものがあることに、感動している。

 手のかかる主だ、と思いながら趙雲は助け舟を出すことにした。

 

「まったく、主は不器用な方ですな」

「何が言いたい、星?」

 

 不愛想なむっつり顔に、不機嫌な声を足して歳三は趙雲に振り向いた。

 とてもじゃないが、こんな歳三に好感を抱くことなど普通はない、が。

 これも歳三の下手くそな照れ隠しだと思うと、趙雲は愛しさと面白さが同時に沸いてくる。

 戦場では修羅の様な人であり、公では鬼の様に己を律するが、その癖どこか子供っぽい。

 笑いが込み上げてくるのを抑えながら、趙雲は言った。

 

「相手は女子(おなご)ですぞ? 頭の一つでも撫でて差し上げては?」

「む、シャンは子供じゃない」

「いやいや、何も持たぬ主ができることといえば、それはただ褒めることです。それに香風よ、主からの賞賛を素直に受け取るのも、臣下の務めですぞ」

「? そういうものなの、かな?」

 

 趙雲は口が(うま)い、そういうものかと簡単に徐晃を納得させた。

 納得しないのは、歳三である。

 

「私とて、甥をあやしたことはあるがね」

「シャンは子供じゃないって!」

「だから、抵抗があるのだよ」

 

 趙雲は、歳三に子供をあやした経験があったのか、と軽く驚愕している。

 泣いている子供を、殺気で無理矢理泣きやます姿しか想像ができない。

 呆けている間に、歳三と徐晃の間で話が進んでいることに、趙雲は気づかない。

 

「むー!」

「悪かった、ちゃんと大人の女性(にょしょう)として扱おう」

 

 徐晃に歳三が近づいた。少し、徐晃がたじろいだ。

 歳三は背が高い、誰が見ても小柄といえる徐晃からすれば、それだけで迫力がある。

 のを、歳三は腰を曲げることで四散させ、目線を徐晃と合わせた。

 徐晃の目の前にあるのはいつものむっつり顔、ではなく、見惚れるような笑みである。

 すっと伸びた歳三の右手に徐晃は気づくことなく、あっさりと受け入れた。

 

「ありがとう、香風」

 

 髪を()くようにしながら、それでいて慈しみを十二分に持った撫で方だ。

 こればかりは、徐晃でなければ表現の仕様がないだろう。

 とにかく、とろけるような女の姿を、徐晃は歳三の前で晒していた。

 歳三の手が頭から離れ行く時など、名残惜しそうに歳三を見つめていたくらいである。

 

「では、遼東の城に向かうとするか。引き続き指揮を頼む、香風」

「わかった」

 

 俄然やる気が湧いたように見える徐晃を見送り、歳三は趙雲を見た。

 一連の流れを見ていた趙雲が、怯えた様に足を一歩、下げた。

 

「な、なんですかな、主?」

「なにとは今更、決まっているだろう?」

 

 歳三の手が伸びる、趙雲が身体を固くする。

 確かに褒美を受けるのは臣下の務めと言ったがと、瞬間まで小難しいことを考えていた。

 

「星も、ありがとう」

 

 手が、いつ離れていったのか趙雲にすらわからない。

 わかるのは手が頭に触れるまでに考えていたことが、全て吹き飛んでいたことである。

 その後のことは、よくわからない。

 空いた空白に滑り込むかの様に、またこうして撫でられたいと強く思ったことと。

 歳三の体温を求めるようにぐっと、身体が熱くなったことくらいである。

 

「……私にもする必要はあったのですか?」

 

 思わず弛緩(しかん)仕切っていた自分を恥じながら、趙雲は非難を込めた目で歳三を見た。

 当の本人は素知らぬ顔である。

 

「同じ功を立てた以上、同じように処するのが道理だろう」

「では風と稟にも」

「戻った時には、いずれな」

 

 自分でもとんでもないことを吹き込んでしまったのではないかと、趙雲は思う。

 思ったからこそ、皮肉の一つでも言ってやらないと気が済まなかった。

 

「まったく、主は一体どれだけの女性を泣かしてきたのでしょうなぁ」

「さぁてね、覚えてないよ」

「つまり、主に泣かされた女性の涙で河ができるほど、と?」

「私なんぞのために、泣くヤツは居たのかねぇ」

 

 返事にいつもの覇気がない。

 歳三は、胡乱(うろん)げな眼で空を見上げていた。

 趙雲もつられて、空を見上げた。

 

「少なくとも、恋なぞはしたことないだろう」

「……主?」

「していれば、あるいは」

 

 歳三は見上げるのをやめて首を振った。

 

「詮ない話だ。私達も香風の元に向かおう」

 

 歩き出す歳三の背を追いつつ、趙雲はちらりと空を見た。

 透き通るような蒼天が眩しいが、歳三の眼にあの空の蒼さは映っているのだろうか。

 趙雲は訳もなく、悲しくなった。

 

 

 凱旋の時ほど、高揚する瞬間はないと歳三は城に入る前に趙雲と徐晃に言っていた。

 確かに遼東の城の歓迎は強烈であった。

 穏やかに暮らす民が、活気溢れる商人が、城門を守る兵までもが。

 歳三たちの姿を一目見ようと溢れかえっていた。

 いつの間に伝わっていたのか、三倍もの軍勢を撃滅したとの話も聞こえてくる。

 その中で、高揚すると言っていた歳三本人が考え込んでいるのを趙雲と徐晃は見逃さなかった。

 

「で、主は彼らを一体どうするおつもりですか?」

「私にどうこうする権限はないよ。公孫賛殿に指示を仰ぐしかあるまい」

 

 遼東の城主に捕虜と兵とを一旦預け、与えられた部屋で歳三たちは(くつろ)いでいる。

 城主はずっと黙りこむ歳三に恐怖を覚えたか、賛辞もほどほどに奥へ引っ込んでいった。

 もちろん、趙雲にも徐晃にも怒られた歳三だが、政治は苦手だの一言で相手をしなかった。

 何を言っても無駄、と悟った趙雲はこうして、椅子に座りながら歳三にこれからを尋ねている。

 

「そうですか。なれば主ならば、どうなされますか?」

「ふむ」

 

 歳三は顎に手をやった。

 政治の話の時とは違って、やる気のあるといった顔である。

 これには趙雲も徐晃も呆れた。

 軍勢を強く、大きくしようというなら、政治力は不可欠である。

 恐らく歳三の中では、程立と郭嘉にその辺りを丸投げしようとしているのだろうが。

 

「投降者から志願兵を募りたい。後は解放」

「おや、主も白馬義従をつくるおつもりで?」

「確かに私の手足になるようなのは欲しいが、まずは十分な兵だよ」

 

 歳三の脳裏には、新選組の旗が翻っている。

 やはり手足となる軍組織が欲しいというのは、公孫賛の持つ白馬義従の感覚と似ている。

 打てば響き、敵に圧倒的な恐怖を与える撃剣部隊、それを歳三は欲しい。

 

「そして解放というのは、主にしては随分温情に思えますな」

 

 趙雲が皮肉っぽく言う。

 徐晃も言葉にはしないものの、同意見だった。

 先の戦いでさえ、武器を持ち続けるのなら殺し続けろと命じていたのは歳三である。

 急に融和政策に走るとは、とても考えられない。

 事実、当たっていた。

 

「無論、解放の前に首領格の近親縁者、あるいは重要な位に居る人間を探し出す」

「その心は?」

「賊の規模、武器の充実加減、糧秣の具合とまぁ、とにかく全てを吐かせる」

「ほほう、しかし口を割らないとなれば?」

「それでも、聞かせてもらうだけさ」

 

 歳三は冷たく笑った。

 

「なに、話をさせる(・・・)のは私の得意分野だ」

 

 趙雲と徐晃の背中に、冷たい汗が流れた。

 何をしようとするのか理解したくないが、歳三の冷笑が嫌でも情景を想像させる。

 戦場で血と悲鳴には慣れているが、それでも見たくないものはある。

 

「その(さま)を、解放する全員に見せ、反骨する気概を折る」

 

 徐晃は唾を飲み込んだ。

 敵に容赦をするな、なんてことは幾らでも、どこでも聞いたことがある。

 だが、この男以上に徹底した者が他に居るだろうか。

 少なくとも、徐晃は見たことがない。

 趙雲も同じだろうと、徐晃はそっと顔色を伺った。

 案の定、いつも浮かべている皮肉気な笑みの端が、引きつっていた。

 

「それで賊の襲撃がなくなるなら、それでいい」

「なくならなければ?」

国境(くにさかい)に磔にして、烏にでも食わせるさ」

「……死体までも辱めるおつもりですか?」

「そんなことはない、生きているよ」

 

 歳三はなおも笑っている。

 

「生かしたままにするのは、得意でね」

 

 何が得意、とまでは趙雲は聞かないでおくことにした。

 

「もちろん、兵は埋伏させておく。磔にしていたものを助けようとしたところを一網打尽にする」

 

 趙雲は閉口した。

 この男は武人ではあるが、武人らしい倫理とか道徳といったものがどこか捩じ切れている。

 敵の肉体を囮にして誘殺するという、類を見ない残虐非道な作戦を行うというのだ。

 口だけの男であるなら、まだ良かった。

 歳三とは必要とあれば絶対にやる男だと、趙雲も徐晃も身に染みて知っている。

 更に趙雲らは預かり知らぬところだが、油小路で伊東甲子太郎の遺骸を囮に使い、御陵衛士を壊滅させるという作戦を実際にやってのけているのが歳三である。

 生半可な感情など、勝利するためなら、冷徹さでもって捨ててしまえる。

 確信をもって行動するだけ、普通の狂人より何倍も性質(たち)が悪い。

 

「その繰り返しだよ」

 

 歳三は笑うのをやめて、いつものむっつり顔に戻った。

 

「当然、助けに行こうとする者はいなくなるだろうが、そうなれば将と将の関係も、将と兵の関係も崩壊する。当たり前だ、口では味方とは言っているが、敵に捕まれば最後、助かる希望はないのだからな」

 

 と、歳三の言うことは最もである。

 救援を送る、送らないというのは将と将の信頼関係に大きく影響を与える。

 助けが来るという、その一念で戦える者も、助けが来ないとわかれば存外脆い。

 希望とは、人を活かす妙薬であることに間違いはない。

 歳三の様に敗戦確実の中でも戦えるという方が、余程気を(たが)えている。

 

「では、主は私が磔にされたら、どうされますか?」

「そうはさせないさ」

 

 趙雲が思わず言ってしまった疑問に、歳三は即答した。

 

「私が指揮するのだからな」

 

 歳三は笑ってみせた。

 趙雲と徐晃は不思議と歳三が指揮するならば、そうならないだろうな、と感じていた。

 もしかすると二人も、歳三の持つ狂気に()てられているのかもしれない。

 

 

 結局、歳三の言うような残酷な作戦は行われることはなかった。

 公孫賛が、捕虜に対して寛大に接するようにと命令を送ってきたのである。

 この判断に対し、歳三を始めとして趙雲も徐晃も異論はなかった。

 何故反発しないのか、二人が歳三に問い詰めたくらいである。

 歳三は笑って、

 

「これで公孫賛は流石だと人々は褒め称え、人徳が増す。いい手だよ」

 

 と言って取り合わなかった。

 趙雲など言ったことをそんな簡単に変えるのか、と食い下がったが、

 

「私はね、良いと思った流儀はすぐ取り入れるのが、流儀なのさ」

 

 と、兼定を城の練兵場で振るいながら言っていた。

 そんなことが、あった。

 そして今、歳三たちは城下のとある店で飯を食べている。

 

「兵站と兵士の補充ができたのなら、私が調練を開始する」

 

 肉をつつきながら、歳三が言った。

 客将の身分である故に、どうしても公孫賛からの命令を受けてからでなければ動けないのだ。

 歳三は内心不満ではあったが、郭嘉には既に手を打つように書簡を送っている。

 先の大戦果で、更なる自由裁量が認められれば万々歳なのだが。

 ともかく、今回の公孫賛の書簡によって軍事権を持つことが出来たので良しとしている。

 

「いや、それより主。何故こんなところでそんな話をするのですか?」

「決まっているだろう、城の飯は不味いからだ」

 

 趙雲の言葉に、にべもなく歳三は言った。

 食にうるさい男、とは前にも言ったが、こんなところにまでも出てきている。

 

「私が城下を歩きまわって見つけた店だ。なかなか、良いだろう?」

「確かに味は良いですが、話すのならば城の方がいいのでは?」

 

 趙雲の言うことも、もっともである。

 奥まった席に座っているとはいえ、今は一番人で賑わう昼飯時。

 軍事方針を定める大事な話を、どこの誰が聞いているかもわからないところで話すとは。

 歳三らしくない不用心さである。 

 

「星の言いたいこともわかるよ。ただ、城にいるとどうにも居心地が悪い」

「それは、シャンもわかる」

 

 徐晃が大きな肉の塊を頬張りながら、小さく言った。

 歳三は頷く。

 城に居ると、どうにも悪い勘ばかりが働くのだ。

 

「大方、客将が三人寄り集まって話し合ってるのが、嫌なのさ」

「城を取られるかもしれない、ということですか?」

「私達の人気も気に入らないのだろうよ、それに応えない公孫賛にもな」

 

 趙雲の言葉に、歳三はあっけらかんと言った。

 城の人間たちが抱いているのは、要は恐怖と嫉妬である。

 どこから来たのかわからない無名の輩が、突然主君の軍勢を率い、大戦果を上げた。

 その集団は決して傲ることなく兵を預けた上で、気さくに民と接している。

 自然、人気は城主よりも戦が強く、欲が薄い方に出る。 

 肝心の主君ですら、長年仕えた自身よりも無頼の輩を頼むとなれば、どうか。

 

「城の中で斬り殺されるつもりはないが、小細工をされても面倒だからな」

 

 遼東の住民たちは、比較的歳三たちに友好的である。

 俄然、城の中で話し合うことが漏れ出るよりも、危険性は少ないというのが歳三の持論だ。

 毒を盛られる可能性も考えて、歳三は城中で食事をせず毎日食べる場所を変えている。

 今、歳三たちが居る店は、そういった経緯で発見したことを趙雲らは知らない。

 いつもどこかに出かけている、といった印象しかなかった。

 

「公孫賛はいい将軍さ。私達を用いようとしているんだからな」

「そうですな」

「シャンも、そう思う」

 

 ただ、周りに恵まれていない、とまでは歳三も言わなかった。

 遼東の人間は、公孫賛のことを非常に好いているのを、歳三は散策の中で知っている。

 趙雲も歳三からの頼みごとの途中で公孫賛の話を聞く機会が多い為、よくわかっている。

 徐晃は人々の営みから、公孫賛が慕われていることを悟っている。

 歳三は箸を置いた。

 

「ともかく、これからの話さ。香風は身軽そうなのを集めて偵察隊の結成を頼む」

 

 徐晃は頷いた。

 

「一度大きく打ち払ったとはいえ、また大きく来ないとは限らないからな」

 

 歳三が異様なまでに斥候を放つのを、徐晃はよく知っている。

 そして重要さもよく理解しているから、素直に飲み込める。

 

「ああ、できることなら、何人か捕らえておいてくれ」

「うん」

 

 歳三の眼が冷たく光ったのを徐晃は見逃さなかったが、触れないことにした。

 城下の外れにある空き家を、歳三が何軒か探していたことを徐晃は知っている。

 何をするつもりかはわかるが、聞くつもりまではなかった。

 徐晃のことは済んだか、歳三は趙雲へと向いた。

 

「星は、例の人物は見つかったかね?」

 

 例の人物、とは先の戦で大きな役割を果たした弓使いのことである。

 弓を使う赤銅の女である、ということで顔の広い趙雲に探してもらっていたのだ。

 趙雲が歳三から頼まれていた頼み事というのは、このことである。

 困ったように、趙雲は歳三の言葉に答えた。

 

「何分、情報が少ないですからなぁ。主が見た、という情報以外にはあまりにも少なく」

 

 人探しというものは、情報が少なければ少ないほど難しい。

 かつて新選組において監察方を握っていた歳三のこと、よくわかる。

 それでも、あの弓使いを見て惚れたのは事実である。

 できることなら仲間に加え入れたいと、歳三は思っていた。

 

「そうか、見つからないか……」

「すみませぬ、主。私も手あたり次第に尋ねて回ってはいるのですが」

「見つけられぬからといって、責めることはないよ」

 

 歳三は苦笑した。

 

「不逞の輩が相手ならともかく、あれは傑物だよ。会えぬなら、単に私と縁がなかった、というだけさ」

 

 たったこれだけで、歳三は謎の人物への想いを断ち切ろうとした。

 傑物とは然るべき時に出会えるもので、会いたい時にはどうにもならないことが常だ。

 

(坂本も、そうだった)

 

 敵同士になったが、歳三は坂本と酒を酌み交わしたいと思っていた。

 叶うことは、坂本の死によって終ぞなかったが。

 僅かな感傷に歳三が浸っていた時、一人の女がやってきた。

 この地方には珍しい、褐色の肌をした女である。

 

「あ、ここ、相席いいかなぁ?」

 

 見渡してみれば辺りはどこも満席である。

 丁度四人掛けの、この一席だけが空いていたことになる。

 

「どうぞ」

「ありがとね」

 

 徐晃に促されて、女が歳三の眼前の席に座った。

 左のもみあげを結っているのがよく似合う、扇情的な格好を含めて美しい女であった。

 悠々と店員に注文をしている姿を、歳三はじっと眺めている。

 趙雲が不審と思ったか、歳三に声を掛けた。

 

「どうかされましたか?」

「見つけたよ」

「見つけた、とは?」

「君だな、ここ遼東の英傑は」

 

 断定したように、歳三は眼の前の女に言った。

 

「君だろう、前の戦の時に加勢してくれたのは」

「困るなぁ急にそんなこと言われてもーっ!」

「私の名は土方歳三だ」

 

 有無を言わせずに、歳三は名乗った。

 傲岸不遜を地で行き、神仏相手にも名乗らねば名乗らぬ様な男が、自分から名乗る。

 これだけで趙雲と徐晃は、隣に腰掛けている女が歳三の求めていた人物だと悟った。

 歳三と、女の視線がぶつかり合う。

 お互いに、一瞬たりとも逸らさない姿は、どこか戦の前を想像させる。

 静かな果たし合いは、女がぷっと吹き出したことで終わりを告げた。

 

「あーあ、バレちゃったかぁ」

 

 と言う癖に、快活な笑みを浮かべている。

 歳三は無愛想な面に珍しく、喜色を浮かべていた。

 

「本当は、私を探していたのではないのかね?」

「そうだよぉ。毎日毎日行く場所が違うんだからさぁ、追う身にもなってよね!」

 

 女が笑う。

 

「ああ、名乗られたからには名乗らないとね! 私は太史慈。太史慈子義だよ!」




太史慈が弓の名手で遼東に一時期潜伏していたのは本当です(Wikiより)



イケメンにのみ許される行為、オリ主なら斬首後梟首

銀羽織様、誤字報告ありがとございました。
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