「やあ、ユウキにラン。……いきなりで悪いんだけど、2人ともこの動画は観たか?」
「うん。昨夜のうちに、MMOトゥデイの掲示板に投稿されてたやつだよね」
「ゲーム内録画機能で撮影されたものですね。もともとは、ゲーム実況者の配信用に実装された機能のようですが。内容は……PvP。それも1対1の」
「それ自体は別段珍しくもないが……問題はその中身だ。周囲の状況から見て、昨夜のレイド襲撃時のものなんだろうな。動画のタイトルは……『勇者様の末路』。投稿者の名前は、モルテ。2人とも、心当たりはあるか?」
「ええ。確か以前、ユウとわたしを勧誘しに来た人だったわね」
「うん、かなり強かったからよく覚えてるよ。あの時はギルドに入る気なんてまだなかったから、丁重にお断りしたんだけど……」
「よりにもよって、ラフコフのスカウトだったわけか……考えただけでもゾッとするよ。それにしても、ディアベルって本当に強かったんだなぁ。普段は熱血なのに飄々としてて、掴みどころがないような印象だったんだけど」
「ええ……。集団の先頭に立つにはまず、リーダーが強くなくてはならない、というのが持論の人ですから。恐らく誰も見てないところでは、相当な努力をされていたのでしょう」
「それでもごく僅差だが、モルテの勝利に終わった。……2人とも、奴をどう見る?」
「見た感じ、キリトと同レベルだよね」
「……そうね」
「それにこの部分……
『ブラッキーさ~ん、観てますかぁー? 次はあなたの番ですよー? 大晦日に会いましょうねー? あはははー』
……これは俺に対する、明らかな挑戦状だ。ユウキ、ラン……。正直な感想を聞かせてくれ。仮にレベルやスキルが互角として……今の俺の腕で、あいつに勝てると思うか?」
「ボクは……キリトの力を信じてるよ、でも……」
「難しい、でしょうね」
「! やっぱり、そうだよな……」
「ね、姉ちゃん……」
「キリトさんがボス攻略の作戦やギルド運営、同盟ギルドとの調整などにプレイ時間の大半を割いてる間にも、あの人は対人戦の腕を磨き続けています。恐らく装備からスキル構成、そして戦闘スタイルに至るまで、そのすべてが対人特化型のはずです」
「ああ……しかもこの動画を観た限りでは、まだ何か奥の手を隠している気がする」
「そこまでわかっているなら、わざわざ挑発に乗る必要なんてありません。遠慮無くわたし達を頼ってください。そのための仲間なんですから」
「それじゃあ……」
「……キリトさん?」
「それじゃあ駄目なんだ。守られて逃げてばかりじゃ、みんなを守ることなんてできっこない。俺自身が持ってるのは、この剣だけだ。名指しで挑戦された以上、剣を交えることもなく逃げ出すわけには絶対にいかない」
「でもそれこそ、相手の思う壺なんですよ? 彼らの目的は恐らく、有名攻略ギルドの求心力の低下。その先はあるのは、完全に無法地帯と化した世界だけでしょう」
「……ディアベルは俺に、たとえ奴なりの意図があったにせよ、この世界でなら別の生き方があることを教えてくれたんだ。それを否定されたら、俺はもうこの世界で生きる意味も、価値も無くしてしまう。それにここで俺が逃げ出したら、きっと奴らに同調する者が大勢現れる」
「キリト……」
「だからお願いだ……。どうか俺を鍛えてくれ。せめてあいつと互角に渡り合えるようになるまで……。俺は2人に出会う以前は、自分より強い人間がいるなんて想像だにしていなかった。口では俺より強い奴はいくらでもいる、なんて言ってみても心の底では、本当は俺こそが最強。黒の剣士の称号に相応しい人間だ、なんていい気になってた。今思えば、なんて馬鹿なことを考えてたのかと呆れ返るよ」
「そ、そんなことないよ! キリトはそれまでボクが戦った人達の中では、一番強かったよ。もちろん、姉ちゃんを除いて、だけど。自分に自信を持つのは、必ずしも悪いことじゃないと、ボクは思うな……」
「ありがとう、ユウキ。お前はいつも優しいな……。だけど俺はずっと前から思ってたんだ。2人より強くなりたい、いつか超えてやるって。……ギルドを作ったのだって、本当はそれで少しでもお前達の強さの秘密に近づければ、って思ってたからかもしれないんだ……」
「えっ? そうだったの?」
「ああ。少なくとも、その気持ちがまったく無かったとは言えない。……軽蔑するよな、こんな人間。俺は誰よりも強くなれれば、方法なんてどうでも良いと思ってきた。その結果がこのザマだ。……でも、今この瞬間だけは違うんだ。ディアベルに恩返しをしたい、仇を取ってやりたい。もしここで逃げ出したら、俺はまた俺自身を嫌いになってしまう。だから2人とも……今だけでいい。どうか俺に、力を貸してくれ!」
「姉ちゃん、ボクらはもう……」
「わかってるわ、ユウ……。キリトさん。メディキュボイドという名前の、フルダイブマシンをご存知ですか?」
「メディキュ……ボイド? 特に聞き覚えは……いや待てよ。終末期医療用に開発中のVRマシンが、確かそんな名前だったような……」
「流石ですね、キリトさん。ユウとわたしは、その試作機のテスターです」
「ボクが一号機の最初のテスターで、二号機が完成してからはそっちに入ってるんだよ」
「そしてわたしは、空席になった一号機を使わせて頂いてるんです」
「えっ? じゃ、じゃあ、2人は……不治の病……? もうすぐ、死……? えっ……?」
「ええ……そうなるはずだったんですけどね。無菌状態が有効だったのか、最近治験の開始された新薬が奇跡的に効いたのか、なにか別の力が働いたのか、それともそれら全部なのか。本当のところはよくわかっていません」
「それじゃ2人とも、死、死なずに済むんだな? う……ぁぁ……良かった、本当に……」
「キリト……ありがとね、ボクらのために涙を流してくれて。でも、もう大丈夫だから。それに昨日会ったばかりでしょ? 嘘なんかじゃないよ。だから泣き止んで、ね?」
「あ、あぁ……そうか……神様って、本当にいるんだな……」
「どうやらそのようですね……。近いうちにわたし達もここから出て、この機械を本当に必要としている人達に引き継がなければなりません。なんといっても、恐ろしく高価な機械ですから。でもそれは、わたし達にとってはなによりも嬉しいことなんです」
「ボク達はもう外の世界に出たり、ましてや学校にもう一度通うなんて不可能だと諦めてたんだ。……まあ問題が全部解決したわけじゃないけどね」
「なぜこの話をしたのかというとですね……。キリトさんが仰るわたし達の強さの秘密とは、端的に言えばマシンスペックの圧倒的な差です。ナーヴギアとメディキュボイドでは、CPUの処理速度も電磁パルスの出力も数倍は優に違います。かたや民生用の大量生産品、かたや1基数千万円はする最新技術の結晶なのですから。そしてそれこそが、わたしたちとキリトさんとの間に存在する、反応速度の隔絶を生んでいるものの正体です」
「ごめんね、キリト……。キミが考えてるような秘密は、本当は最初から存在しないんだ……」
「……いや、やっぱりそれだけとは思えないよ」
「えっ? だって……」
「ユウキは俺のソードスキルなんてすべて弾いてしまうし、ランは俺が動く前に先の先を取ってしまうだろ? 単純なスペック差だけで、あんな芸当ができるなんて思えないよ。だいたいナーヴギアだって、従来のフルダイブ機とは比べ物にならないくらいハイスペックなんだぜ。そんなもの言い訳にしてたら、いつまで経っても強くなれるわけないだろ?」
「それはそうかもしれないけど……本当にいいの? 大晦日まであと6日しか無いし、訓練したからといって、そんなにすぐ強くなれるとは限らないよ?」
「その時はその時さ。俺には他に良い方法なんて思い付かないからな。それにせっかくの冬休みなんだ。なんなら年明けまで一日中ぶっ続けでダイブしたって、俺は一向に構わないんだぜ?」
「完全にネトゲ廃人のセリフだよね、それ……」
「リーファさんもいるので、大丈夫だとは思いますが……」
「あいつもなんだかんだで結構ハマってるからなぁ……。まあ大掃除くらいは手伝わなきゃだけど、それまではなるべくこっちで過ごすつもりさ」
「はぁ……初めに言っておきますが、手加減は一切しませんよ? よろしいですね?」
「え? えっ? あのー、ランさん? 目が全然笑ってなくて、ちょっぴり怖いんですけど?」
「あちゃー……姉ちゃんのスイッチが入っちゃった。キリト、可哀想に……」
「今更後悔しても遅いです。キリトさんも男の子なら、一度言った言葉の責任はきっちり取って頂かないとダメですよ?」
「……俺、無事に来年を迎えられるかなぁ?」