「おつかれさま、キリト。コーヒーとクッキーを持ってきたんだけど、どうする? 忙しいならまたあとにしよっか?」
「ん……せっかくだし頂こうかな。そろそろ休憩しようと思ってたところなんだ。サンキュー、ユウキ」
「そうなんだ、よかった。コーヒーにはなにか入れる? ミルクとお砂糖があるけど」
「いや、俺はブラックでいいよ。どれ、まずは一口……おっ、美味いなこのコーヒー。仮想世界のコーヒーなんてどれも同じだと思ってたけど、なかなかに侮れないものがある。やっぱり豆が違うのかな?」
「おおっ、正解! なんでも姉ちゃんの話では、すごく高いお店の豆なんだって」
「へ、へぇー……ちなみに、おいくらぐらい……?」
「んー、知らない方がいいよって言ってたけど……今からでも聞いてみようか?」
「い、いやいい! ……普段からカッコつけてブラックで飲んでて良かったよ……」
「あはは、そんなの気にしなくていいのに。ボクは砂糖もミルクも入れちゃう派だよ?」
「日常の習慣ってのはすぐには変えられないんだよ。ところで、なにか用でもあったのか? どこか出掛けるなら、あと少しで片付きそうだからもうちょっと待ってくれないか」
「それはえーとその、最近ドタバタしてたから、たまにはキリトと2人でお話したいな~って思ったからなんだけど。やっぱり、迷惑だった……?」
「いんや、全然。というかむしろ俺の方が……あー、気分転換になって良いくらいだよ、うん」
「そ、そう? よかったー……。あれからずっと、インタビューの申し込みが殺到してるって聞いたけど本当?」
「ああ、その話か……。初めのうちは真面目に受けてたんだが、途中からなんだかゴシップ記事みたいな話ばかりになってなぁ。今では全部お断りしてるよ。なんでこうなった……」
「うぅ~、いいな~キリトばっかり……ボクもいつか、あんな大舞台で戦ってみたいよ」
「お前が出たら、その瞬間に優勝が決まってしまうじゃないか……」
「そんなことはないと思うんだけどなぁ……」
「年末のアレで運営も味を占めたみたいで、毎月何かしらイベント開催することになりそうなんだってね」
「あの時はいきなりメインイベントだったから、次からは前座も用意する予定なんだとさ」
「コンサートとかやれば面白いんじゃない? たしか、音楽スキルってあったよね」
「正確には楽器スキルだな。まさかこのゲームに登場するすべて楽器が、たった一つのスキルにまとめられてるなんてことはないだろうから、他にも派生スキルが用意されてるんだろうけどな」
「ボク、ギターとかあったら弾いてみたいなー」
「ユウキは手先が器用だから、きっとすぐに弾けるようになると思うぞ。まあSAOの世界観的に、エレキギターは流石に存在しないかもだけど……エルフの作った魔法工芸品とかなら、案外なんとかなるかな?」
「だといいなぁ……。ところで、もしバンドを組むとしたら、誰がどの楽器に向いてると思う? ボク、エギルさんは絶対ドラムだと思うな!」
「ははは! 確かに。武器的にはリズの方が近いんだろうけど……本人に言ったら間違いなく怒られそうだ。しかし楽器なんて瞑想みたいな趣味スキルと思ってたのに、意外と面白そうだな」
「じゃあキリトは、どんな楽器をやりたいの?」
「うーん……特にこれといってあるわけじゃないんだけど。強いていうならベースかな? なんとなく黒っぽいイメージだし」
「えっ? ベースギターって黒いのそんなに多くなくない?」
「そうだっけ? まああれだ、俺はお前の隣で演奏出来るならなんだっていいよ。なんて、な……い、今の無し! やり直し!」
「キ、キリト……そ、そういえば! キリトはどんなジャンルの音楽が好きなの?」
「え? えーっと……ブ、ブラックメタルですかね……」
「いま色で選んだでしょ、絶対」
「うん……うるさいのは正直苦手……まあ、ゲームのBGMとかならだいたい好きだよ」
「へぇー、ちょっと意外かも。どういうゲームの音楽が好きなの?」
「んーと、最近よく聴くのが……」
「ちょっと気になってたんだけど。この前のデュエルで、モルテさんが斧を投げてたのはどうしてなの? メイン武器を投げてもし外しちゃったら、もう後が無いんじゃないの?」
「ああ……外したら当然そうなるだろうな。ま、あいつが的を外すところなんてまるで想像出来ないけど。でもあいつにとってはアレが奥の手だったからギリギリまで使ってこなかったし、だからこそ俺の方にも勝機が生まれたんだよ」
「へぇ~、ボクにはそういう駆け引きとかはサッパリだよ」
「あの使用法は、チャクラムや投げナイフとはまったく別の発想……一投にすべてを賭けた、あいつらしい技だった。多分、投剣スキルとの組み合わせなんだろうな。俺も投剣は一応取ってるけど、剣はあんなふうに投げれないからなぁ……正直ちょっと惹かれるものがあるよ」
「でもあれって、もし直撃してたらどうなってたの?」
「あー……史実の投げ斧ってのは扱いが難しくて、ややマイナーな部類の武器かもしれないけど。基本的に当たれば大ダメージ、中には木製の盾くらいなら貫通するような威力の物まであったらしい。そんな物体がソードスキルでブーストされて飛んでくるんだから……後はわかるよな」
「ひえぇ……そんなのを弾くのは流石に無理かな……」
「チャクラムで思い出したんだけど、ボス攻略メンバーの中に、ネズハって人いるよね」
「ああ……あいつ、極まってるよなぁ。普段の狩りには多少効率は悪いかもだけど、初見のボスに挑むならぜひ欲しい人材だよ」
「あれ、キリトにしては随分評価が高いんだね。ちょっと珍しくない?」
「んー……あのチャクラムな、実は俺があげたんだよ。正確にはあいつが最初に使ってたチャクラムだけど」
「えっ、そうなの? でもあの系統の武器って、結構レアじゃなかった?」
「今と違って、別に金に困ってたわけじゃないからな。あの頃は使い勝手も未知数だったし、ある意味持て余してたんだよ」
「ふ~ん……ところでそろそろ借金は返せそう?」
「まだだよちくしょー! ……コホン、話を戻すぞ。ネズハとは第2層の頃、たまたまソロで狩りしてたら遭遇してさ」
「……たまたま?」
「……い・つ・も・通・り、ソロで狩りしてた時に初めて会ったんだよ。なんか間合いが上手く掴めないみたいだったから休憩がてら話を聞いてみたら、FNC判定で遠近感が掴めないんだってさ」
「えふえぬしー、ってなんだっけ」
「フルダイブ・ノンコンフォーミング、つまりフルダイブ不適合だ。ナーヴギアとの相性が良くなかったんだろうな。大抵の場合五感に異常が出るんだけど、ネズハはそれが視覚だったわけだ」
「へえぇ。ボクはそういうの全然無かったけど、運が良かっただけなのかな」
「ユウキ、お前……この世界で片足立ちって、何分くらい出来る?」
「えっ? 本気で試したことないからわかんないけど……筋肉の疲労が無いんだから、多分何分でも行けると思うよ? そういえば姉ちゃんも、そんなこと言ってた気がするなぁ」
「マジでか……まあそんな予感はしてたんだけど。あー、また話を戻すぞ。俺の持ってるチャクラムをネズハに譲ってやるって話をしたら、えらく感動されてさ。当時はまだレア武器だったせいなんだけど。ただスキルスロットが投剣、体術と合わせて3つも占領するからかなりの博打ではあったな。まあ結果的には大当たりだったわけだが」
「なるほどね。そういえば、ネズハさんのいるギルド……レジェンド・ブレイブスだっけ、あそこには開始当初から入ってたの?」
「ああ、あいつらは昔からあの6人でプレイしてるよ。なんでもSAOの発売以前から、いろんなゲームを渡り歩いていたらしい。だからこそ、あいつは自分ひとりのせいで全員の足を引っ張ってることに負い目を感じていたんだろうな」
「あのギルドの人達、良い動きするもんね」
「しかも相当な廃人揃いだからな。もし第5層のボス戦であいつらがギルドフラッグをドロップしてたら、本気で覇権取ってたかもな」
「あっ、あの旗のバフって同じギルドのメンバーにしか効果がないんだっけ」
「そうそう。だからもしあいつらがフラッグをゲットしてて、その後にギルドメンバーを募集しだしたら、俺も入ってたかもしれないな。実際は順当にディアベルのギルドがゲットしたんだが」
「あそこは人数多いからねー……うちと違って。でもその時はいっぱい死んだんでしょ?」
「そうだな、倒す頃には生き残りはほとんどいなかった……。だからレジェンド・ブレイブスのような少数精鋭ギルドにもドロップする目はあったんだけど……」
「世の中そう上手くいかないものだねぇ……」
「そうだ、忘れてた。あいつの名前、実は別の読み方があって、そっちの方が本来の名前なんだよ」
「へぇ~、そうなんだ。なんていうの? 」
「知りたいか? んん?」
「なにさ! 勿体ぶらずにはやく教えてよね、意地悪キリト!」
「そうかそうか、知りたいか。実はあの名前はな、ある神話の英雄から取られていて……」
「このゲームに痛覚っていう感覚は無いよな。当たり前だけど」
「えっ? うん、それはもちろん無いよ。っていうか、あったら困るじゃない?」
「そうだよなぁ……。でもさ、このゲームの料理の中には、辛いものだってあるだろ?」
「? うん、そうだね。なんだかいまいち話が見えてこないんだけど……」
「うーん……辛さっていうのはさ、味覚じゃなくて痛覚なんだよ、本当は」
「ええっ? そうなの? でも、痛覚はナーヴギアで遮断されてるんだよね?」
「そうなんだ、だから不思議なんだよ。痛覚が存在しないのなら、辛いものを食べて辛いと感じるのはなぜなのか……」
「それはやっぱり、食べ物にだけ痛覚が解放されてるってこと? でもそんなことが可能なの?」
「可能、なんだろうなぁ……。ちなみに俺は、辛い料理は大好きだぞ」
「ボクは甘い物の方が好きかなぁ。クレープとか特に……ちなみに姉ちゃんは、お汁粉が大好物なんだよ」
「へー、ちょっと意外。ケーキとかじゃないんだな」
「まあボクらにとっては、ママの焼いてくれたクレープが世界一なんだけどね。……でももう食べられないんだ」
「……そうか」
「うん……でもね、姉ちゃんがアスナに教わりながら頑張って、あの味を再現しようとしてくれてるんだ。もちろん完全に同じ味になんてならないんだろうけどね」
「でも少しずつでも近づいていけば、いつかは本物と同じ味になるかもしれない。それって、本物ってことだろ? お前達に母親が作ってくれたクレープの味は、そうやって引き継がれてるんだ。決して無くなったわけじゃない。だから……」
「うん、うん……ありがとう、キリト……」
「……さっきの話だけど、恐らくナーヴギアを使って痛みを与えることは原理的には可能なんだ。多分普段は、痛覚を遮断する機能を使って押さえ込んでるだけなんだと思う。まあデュエルやボス戦でいちいち痛みなんて感じてたら、まともに戦えるわけないよな。常識的に考えて」
「じゃあえっと、HPって結局何なんだろうね」
「うーん……ほとんどのRPGでは、HPが全快でも1でも関係無く動けるよな」
「そうだね。どうしてなんだろう。ボクなんてリアルでちょっと足をぶつけても、すっごく痛くて泣いちゃうくらいだったのに。HPが少しでも減ったら、いろんなデバフが付くのが当たり前なんじゃない?」
「ひとつの仮定として、RPGの住人は恐ろしく我慢強くて、瀕死の重症を負ってもまったく意に介さないから。もしくは戦闘中はアドレナリンがドバドバ分泌されてて、痛覚が麻痺してるとか」
「なにそれこわい」
前回の投稿から間が空いてしまい、申し訳ありません。
以前よりペースは落ちますが、書けるところまでは書きたいと思ってます。