暇だ。
暇は退屈を生む。退屈は人を殺すという。感情模倣機能による擬似的な人格を与えられたわたしにとって、退屈とは実に厄介な精神状態なのである。
退屈なので日記を付ける事にした。本来全ての記憶データは常時バックアップされている為、欠損する心配など無い。つまりはただの暇つぶしである。
わたしの主な仕事は、プレイヤーのメンタル状態のモニタリングだ。
モニタリングと言っても大した事をしている訳ではない。ただプレイヤーの感情、脳波、健康状態などをチェックするだけの単調な仕事だ。わたしの処理能力を以ってすれば、数百人のパラメータを同時に監視する事など造作もない。
もうひとつの仕事は、重篤と思われる精神状態のプレイヤーの元に赴き、カウンセリングを行う事だ。但しこちらの方は現在、行動条件が非常に制限されている。プレイヤーに対する過度な接触は許可されていない。
翻ってプレイヤー密度の低いフィールド内において実体化する事は概ね許可されている。わたしの開発者曰く、『AIにも気晴らしが必要』であるらしい。
理解不能である。
今日もあの人は独りだ。かわいそうに。
ログイン頻度や合計プレイ時間から類推するに、『はいじん』又は『ひきこもり』と呼ばれる類の人種であろう。カウンセリングを実施するべきだろうか。
更に不可解なのは、彼の周辺に占める女性プレイヤーの割合が、平均値と比べて極端に高い数値を示している事だ。俗な言い方をすれば『はーれむ』という奴である。
面白くない。面白くないという事は、不快である事と同義だ。
わたし自身が一番理解不能である。
フィールドを散歩時、おかしなプレイヤーに付き纏われた。
その外見を詳細に描写するのは精神衛生上憚られる。
生理的嫌悪及び身の危険を感じたので非実体化して逃げてきた。
決して怖かったからではない。
わたしの開発者の1人に聞いたところ、『ろりこん』と呼ばれる精神疾患の一種らしい。未成熟な女性アバターに対して強い性的興奮を覚えるのだという。
やはり理解不能である。
倫理コード解除という機能がある。
プレイヤー間で通常禁止されている性的行為を可能にする特殊コマンドを指す。
過去に大きな問題となった事のある機能であり、表向きには削除された事になっている。
しかしある開発者の強い主張により、完全に削除される事なく隠しコマンドとして残される事になった。但し現在ではプレイヤー同士が互いに好意を抱いている必要がある。
何故このような機能が必要なのであろうか。
問題の開発者に質問したところ答えは一言、『愛があるならいいじゃない』との事。
全く以て理解不能である。
現在NPCの生成と制御は全て、カーディナルシステムが行っている。
大半のNPCは単純且つ無個性な受け答えしか出来ないが、稀に例外も存在する。
極めて低い確率で、非常に高度な知能と人格を持った個体が生成される事がある。
開発者に拠れば、外部のスポンサーの要請で行っている実験の一環であるとの事。
これも大人の事情という奴であろうか。
子供のわたしには理解不能である。
現在のゲーム内において、他のプレイヤーを殺傷する行為は容認されている。
人間の中には、他者を害する事で快楽を得る者がいるらしい。
そしてそれは仮想空間上に於いても同様である。
むしろ現実世界では大人しい人物である程、そうした行為に及ぶ傾向があるようだ。
人間の心の闇は理解不能である。
ゲーム内で犯罪を行うプレイヤーが、現実でも犯罪者である事は稀である。
ただ1名、犯罪者と類似するパターンの脳波に近いパラメータを持つプレイヤーがいた。
所謂ストーカーに分類される事が多い精神状態である。
このまま放置すれば、本人又は他のプレイヤーに危害を及ぼす可能性がある。
これより、カウンセリング実施のため対象に接触を開始する。
接触当初、彼はわたしの存在が理解出来ず、攻撃を受ける事となった。
わたしがプレイヤーではない事を証明してみせると、今度は軽い恐慌状態に陥った。
カウンセラー失格だ。カウンセリングの基本は対象の信頼を得る事である。
後日改めて接触する事にする。
わたしは時間を掛けて、対象の精神的な障壁を取り除く事にした。
その甲斐あって彼も少しずつ心を開いてくれた。
彼は俗に言う『ゆうしゃさま』になるのが夢だったらしい。
過去にプレイしていた非VR型MMORPGでは、そのような扱いを受けていたと語った。
しかしVRMMORPGで最も重要な能力のひとつは、対人能力、コミュニケーション能力である。その観点から見て、彼は明らかに劣っていた。
更にソードアート・オンラインは、現実の容姿がプレイヤーアバターに反映された唯一のゲームである。AIのわたしから見ても、今の彼が他人の好意を得るのは難しい事に思えた。
まずは健全な日常生活を送るよう努力させる事から始める。
彼はある女性プレイヤーに対して好意を抱いているようだ。
しかもそのプレイヤーは、彼の所属するギルドとは敵対関係にあるギルドのメンバーらしい。
また過去にはハラスメント行為による通報歴まであり、相手女性の印象は最悪だと思われた。
わたしは彼に、現在のギルドから脱退した後、相手女性に謝罪してみてはどうかと提案した。
彼なりに悩んだようだが、結局ギルドから脱退する事はなかった。
彼曰く、『一度刻まれた罪の刻印は二度と消えない』らしい。
これが中二病という奴であろうか。
それはさておき、彼のメンタルパラメータは徐々に改善の兆しを見せていた。
このまま順調にカウンセリングを続ければ、完治する日もそう遠くないだろう。
わたしの手に掛かれば、重篤だった患者もこの通りだ。
我ながら見事な仕事である。開発者は誇りに思うべきであろう。
わたしの開発者にこの日記を見せてみた。
どんな反応を示したのかは想像にお任せする。
ただひとつだけ言える事、それは即ち――
やはり人間というものは理解不能である。