優しい世界
「よう、クライン」
「おう、キリの字。相変わらずだな、おめぇ。ちゃんと学校行ってんだろうな?」
「行ってるって。期末試験終わって暇なんだよ」
「メシちゃんと食ってるか? 寝る前に歯は磨いてるか?」
「わーかってるよ! お前は俺のオカンか!?」
「ははは、わりぃわりぃ……おめぇを見てるとなんか、弟みたいでほっとけなくてよォ」
「こんな野武士面の兄貴がいたら嫌だよ……」
「そんなに褒めるなよ、照れるじゃねぇか」
「だから褒めてないっての……」
「でも実際、メシもロクに食わずにダイブしっぱなしだった廃人プレイヤーが、そのまま餓死したっていう間抜けな事件があったばかりからな。心配にもなるってもんよ」
「俺は本当に大丈夫だって。親が仕事で遅くなる日も、妹と交代で夕飯ちゃんと作ってるし」
「そうか、ならいいんだけどよ……っといっけねぇ! 今日ピザ頼んでるの忘れてたわ!」
「またかよ……お前、正式サービス開始初日でも、ギリギリになって思い出してただろ。アラームぐらいセットしとけよな。それと、ピザばっか食ってたらいい加減太るぞ?」
「大丈夫だって! オリャあこの世界では、バリバリ体動かしてカロリー消費してるからよォ!」
「だからそれ、現実世界では指一本動かしてないんだってば……」
「そういえば、俺の妹も今度、このゲーム始めるかもって言ってた」
「マジで!? 何歳くらいだっけ?」
「俺の一つ下、あと手を出したら殺すからな」
「そっかー、残念……って、おめぇの妹なんだから未成年で当たり前か」
「それに小1の時から剣道やってて、全国大会でも良いところまで行ってるから、多分あっという間にお前より強くなるぞ」
「うへぇ……おめぇと妹さんが兄妹で有名になるのも、遠い話じゃなさそうだな……」
「あいつ、ネットゲームに興味なんて全然無いと思ってたんだけどなあ」
「おめぇなあ……それどう考えても、兄貴と一緒にやりたいからに決まってるだろうが!」
「えっ? そうなのか?」
「まったく……おめぇも兄貴なんだからよォ、妹の面倒をもっとしっかり見てやらないと駄目だろうが……」
「さっきまで兄貴風吹かしてた癖によく言うよ……まあ、努力はしてみるよ」
「おうよ! オレは一人っ子だからよくわかんねぇけどよ、兄弟ってのはやっぱり、仲が良いのが一番だろ?」
「……ああ、そうだな。きっとそうなんだろうな……ありがとな、クライン」
「??よくわかんねぇけど、気にすんな! その歳であんまり深く考えすぎても、良いことなんてないからな!」
「お前はもう少し考えた方がいいと思うけどな」
「なんだと、このォ……」
「やあ、アスナ」
「こんにちは、キリトくん、クラインさん」
「こんにちわー、アスナさん。ったく、キリトもこれぐらいきちんと挨拶しろよな」
「いいだろ別に、挨拶くらい」
「いーや、こういう基本的なことができてないから、最近の子供はだな……」
「ふふっ、いいのよクラインさん。わたしは全然気にしてないから。逆に新鮮味があって楽しいくらい。……うちは躾が厳しいから」
「ああ、そっか……ごめん、変なこと思い出させて。そういえば、アスナは受験生なんだろ? その、大丈夫なのか? 今が一番大事な時期だと思うんだけど」
「うん、そっちの方は大丈夫。気分転換にここの空気を吸いに来てるだけだから。それより二人とも、ちょっと聞いてくれない? うちの母さんときたら、学校の成績はちゃんと維持してるのに、ゲームのやりすぎだー!なんて怒るのよ? ひどいと思わない?」
「あ、ああ……アスナのお母さんは随分と教育熱心なんだな……」
「良いとこのお嬢様も大変だよなぁ……」
「本当、大変なのよもう……そのうちゲームをするのも禁止されるかも……」
「しかしまあ、親なら心配して当然じゃないか? 娘が学校から帰ってくるなり、VRゲーム始めたりしてたらさ……俺も他人事じゃないけど」
「こっちもこっちで心配だなあ」
「うー……それはそうなんだけど。それにこれ、本当は借りてるゲームだから、取り上げられても文句は言えないのよね……」
「アスナ、兄貴のソフト借りてやってるんだっけ」
「そうなのよ。もうすぐお兄ちゃんが出張から帰って来るから、そうなったらもう、みんなとも遊べなくなるかも……」
「それだけ妹に甘い兄貴なら、自分の分も買って一緒にプレイするんじゃないか?」
「そ、そうかな? 今度思い切ってお願いしてみようかな……」
「ところで、アスナさんのお兄さんってどんな人なんです?」
「えっとね……」
「しっかしよう、正式サービス開始から1ヶ月経ってるのに、まだ10層にも辿りつけてないとか流石におかしいと思わねぇか?」
「フロアボスが、ベータテストの時より強化されすぎなんだよな」
「第1層のボス攻略の時は、本気でGMコールしようかと思ったぜ。なんだよこのクソゲー、まともにクリアさせる気あんのか!ってよ」
「確かフルレイドで合計10回ぐらい挑んで、ようやく倒したんだっけ……途中参加なのにラストアタックだけちゃっかり頂いたから、白い目で見られたよ」
「天才ゲームデザイナーが聞いて呆れるぜ、まったくよォ」
「あの人が開発から降ろされたのが関係してるのかもしれないな」
「キリトは茅場信者だったなあそういや……」
「安全マージンを取らずに突撃する連中が多すぎるのも問題だよな。もしこれがデスゲームだったらどうなってるんだか……」
「デスゲーム? ……あー、ゲームの中で死んだらリアルでも死ぬってやつだろ? 10年くらい昔のラノベやらWeb小説で流行ってた」
「そう、それそれ」
「そういやそのデスゲームなんだけどよ、システム的には一応可能らしいぜ」
「? どういうことだよ?」
「なんかネットの記事で読んだんだけどよ。オレらの被ってるゲーム機を使えば、電子レンジみたいに脳ミソもチン!できるんだと」
「そりゃナーヴギアならそれくらい簡単にできるだろうけど……そんなことしていったい何の意味があるんだよ?」
「ははっ、ちげぇねぇや。オレに言わせりゃ、バイクや車の運転したりする方がよっぽど危ないぜ」
「バイクかー……そのうち買おうと思ってるんだけど、金がなあ……」
「エギルに聞いてみたらどうよ? あいつ、バイク屋の知り合いがいるって言ってたぜ」
「マジで? 次に会った時にでも聞いてみるよ」
「ところで、なんか忘れてないか? 貴重な情報を提供してくれた人間に対してよ?」
「えーと……このお礼はいつか必ず、精神的にってことで……」