色付く柳の木の下で   作:たま紺

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 この作品は【上海アリス幻樂団】様の作品【東方Project】の二次創作作品です。
 故に原作との相違点がございます。極力そのようなものを無くそうと努力してはいるのですが、少々のものは目を瞑ってくださいませ。
 では、どうぞ。







第壱話

 

 

 暗い霧が立ち込めて、ざーざーと雨が降る日。

 そんな土砂降りの中、水たまりができてドロドロになった地面の上に立つ少女がいた。周りの家屋は関わることを拒んでいるように、不自然なほど静かであった。

 家の壁はより壁としての効果を発揮しており、広い大通りにいるはずの少女は何故か閉じ込められているような感覚に陥ってしまう。

 少女は人としてあり得るはずのない緑髪を持っているものの、それ以外は普通だ。淡い赤色をした上品な着物を身に纏い、後ろで括られた髪の艶やかさからそれなりにお嬢様であることがうかがえた。

 しかしそんな少女に駆け寄る人影はない。

 彼女には探し回ってくれる両親もいなければ、愚痴を聞いてくれる友人さえいないのだ。故に一人雨の中佇む。

 もちろん少女にだって親はいた。だが村八分にあっていたのである。少女を育て、忌み子と囁かれてもなお育て上げてくれた両親。しかしその灯火も先日潰えてしまい、彼女は拠り所を失ってしまった。

 頬に滴る水は涙か雨か。

 それは誰にもわからない。……………………………そう、少女にさえも。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

「〜♬」

 

 川に浮かぶ紅葉が美しい韓紅のくくり染めの布に見えるほど深まってきた秋。

 赤いゴスロリのような服を着た緑髪の女性──鍵山(かぎやま) (ひな)は誰に教えてもらったかわからない曲を鼻歌で優雅に奏でていた。

 川のほとりの突出した岩。河川の上流では比較的頻繁に見ることのできる岩の上に彼女は座っていた。

 別段、理由などない。もとより厄神になった雛には厄を溜め込んで神々に渡す以外に仕事はないのだ。強いて言うならひな祭りの日に流し雛を回収する程度である。

 だから年がら年中ぶらぶらと天狗を刺激しないぐらいに妖怪の山を練り歩いているのだ。

 あまりにも暇なら友人の河城(かわしろ) にとりの元へ向かってもいいかもしれない。

 だが現在はそのあまりにも暇というわけではないので、雛は動こうという気になれなかった。ひらりと真っ赤に染まった紅葉が目の前を滑るように落ちていく。そういえば白狼天狗にも同じ名前を持つ子がいたなぁ、いやあの子は〝椛〟か。

 閑雅な景色が雛の目に映る。彼女はこの光景が大好きだった。愛しているといっても過言ではない。

 ……その背景には、自分の過去が一枚噛んでいると思ってしまうと、雛は「なんだかなー」と呟いてしまう。

 今の生活は好きだ。こののんびりとしたライフは人間の時には味わうことができなかっただろう。

 だけど……好んで厄神になったわけではないのだ。あんなことがあったから今の私がいる。それは唇を噛まずに思い出すことはできなかった。

 

「……でも、振り返るにはちょうどいい時期かもしれないわね」

 

 雛は空を仰ぎ見る。赤や黄色に染まった葉っぱに隠された、蒼天の中に雲が浮いている。ゆっくりとゆっくりと流れるその様を見て、なんだか懐かしいことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 少女は幼少の頃の記憶がない。

 ただ忘れているだけのような気もするし、そもそもなかったような気もする。だけどちゃんと両親はいたのだ。これが余計にややこしくする。

 普通小さい頃のことを覚えていないと言っても、少しぐらいはあるはずだ。断片的に何かを想起することは誰でもできる。

 しかし少女にはそれがない。昔のことを思い出そうとしても、あるところできっぱり思い出せなくなってしまうのだ。

 忘れているだけかもしれないが、十歳前後の健全な少女がたった数年前を思い出せないということは、やはり何かを勘ぐってしまう。

 少女が思い出せる限界は、ただの何気ない日常。暖かな父と母を思い出したところでそれ以上先に進めない。

 両親が村八分にあっていたことに理由があるんだろうか。

 少女は村を追い出されたので、限りなく村に近い村の外の川のほとりで石を投げていた。遠くへ行ってやろうかと思ったが、ちょっぴり妖怪が怖かったのである。

 大きく放物線を描いた石は、やがて重力に逆らうことなく水に落ちた。一瞬だけ水面が波立ったがすぐに川の流れによってかき消されてしまう。

 

「これからどうしよう……」

 

 彼女のこれから当分先までの問題である。

 住むところもなければ、食べるものもない。この川がある限り何かが釣れそうなものだが、餌もないから難しいものだ。

 もう一球放り投げる。その小石は川の中の大きな石に当たったようで、コツンと音を立てて静かに消えていった。

 加えて夜には妖怪が跋扈する世界へと様変わりする。この幼い身体で強靭な肢体の妖怪に立ち向かえるのだろうか。逃げ切れるだろうか。

 考えれば考えるほど思考はドツボに嵌っていく。

 

「早めに隠れるところ探そ」

 

 まだ陽は高い。太陽が地平線の彼方へ顔を隠してしまうまでには安全なところを見つけることは可能だろう。

 幸い今は夏である。ギラギラと照りつける太陽と喧しく大合唱している蝉が、その暑さを物語っていた。

 そのため寒さに凍えることはないはずなので、目下のところ外敵に見つからない場所を探すことが目標だ。

 どうせ村の近くにいても、誰かに見つかれば石を投げられるのは明白である。確実に酷い目にあう安全な場所か、誰の目にもつかない安全なはずの場所かを選ぶなら、もちろん少女は後者を選ぶ。

 ぴょこん、くるりと少女は立ち上がり、元気よく川辺を歩き出した。

 ずんずん川辺を進んでいく。この辺りは山に囲まれているので隠れ家を探すにはもってこいである。……ただ妖怪だって隠れている可能性は高いので気をつけなければいけないが。

 彼女の後ろ姿からは、悲しみというものが感じられない。

 それは昔から少女が虐められていたということが関係しているのだろう。

 ──道を歩けば石を投げられ。

 ──誰かと話せばすぐに逃げられ。

 ──家へ帰っても日に日に身体に傷が増えていく両親のみ。

 しかし今は少女を囲うしがらみが一つもない。だからその歩く足はとても軽やかなのだ。

 ……両親だって、特別な存在ではなかった。なぜなら───────少女が親だと認識していなかったから。

 ようやく山の麓までやってきた。ここからはかなり険しい道のりだ。気合いを入れよう。さっきは山が怖いと思ったが、よく考えてみれば川も山もどうせ夜には妖怪が来るときは来るのだ。見つかるかどうかは運次第。見つかった時はそれが少女の運の尽きといったところか。

 

「……んー。しばらくは森だから着物を破る必要はないわね」

 

 そう、基本的に山に入る前には森がある。この山とて例外ではない。森の勾配は比較的なだらかなので動きにくい着物でもある程度は問題無かった。

 もちろん地面が腐葉土になっていて足を取られたり、見えにくいところで隆起した木の根っこで躓く可能性は否めないが。まあそれは着物を破らなくても起こりうる事象である。

 よし、と元気に気合を入れて少女はずんずん進んでいく。とりあえず隠れる場所を探していくが、運良く洞窟があったり木の洞が隠れることのできる大きさになってたりするほど世界は甘くない。

 コケそうになりながら一生懸命森の中を進んでいくもいい場所が見つからなかった。せいぜい倒木が折り重なっている程度だ。

 帰り道がわからなくなるほど進んできたが、そろそろ日が落ち始める。

 少女は倒木の場所が一番マシかなぁと考え、戻っていった。さすがに川辺に戻るのは道がわからなくなってしまったけど、倒木の場所なら目視できる。

 だが気をつけないと目と鼻の先でも森の中というのは迷ってしまうのだ。四方八方が同じような景色で目印にしたものと似ているものなど腐るほどある。加えて道なんかないし、あっても獣道なので通るのが困難なのだ。もちろん何回も足を運んだり、若干の勾配があればなんとなくでも方向はわかるが。

 残念なことにこの森は真っ平らだ。周囲は緑、翠、碧。

 足元をよく見ながら、目的の場所を見失わないように頑張って頑張って少女は歩いた。

 そしてようやくたどり着く。行き道よりも時間がかかってしまった気がする。

 

「ふぅ……。今日はここにいよう」

 

 一日二日食べなくても生きれるだろう。それに今は空腹も喉の渇きも一切感じないのだから。

 少女は倒れた木の上とその上に重なっている木の交錯する場所──この木で一番高さがある場所に背を預けた。ここは二方向から死角になっていて、何もないところにいるよりは気休め程度だが安全だ。

 太陽の当たらない土は湿気ていて、じんわりとお尻の方の着物が濡れていく不快感と戦いながら少女は目を閉じる。

 上半身はねっとり汗で濡れていて、下半身は下からの水でじんわり濡れていく。

 

「最悪……」

 

 やっぱり川の方にいればよかったかしら、と今更ながら考えた。

 あそこなら水浴びもできるし、あわよくば魚も獲れる。

 そう考えると、自分は相当間違った判断をしてたんじゃないのかと思えてきた。

 だがすぐに頭を振ってそんな考えを振り払う。どうせあそこにいてもいいことなんてないんだから。

 少女は改めてこれからどうしようか考える。さっきまでの目標である安全な場所は確保した。

 次は食料である。この時期なら食べれそうな雑草がたくさん生えているだろうが、少女には殺菌・調理するほどの技量は無いし、そもそもどれが食べれてどれがダメなのかの知識が無い。というか本当にここで妖怪から身を守ることはできるのだろうか。

 そう思いだすと止まらない。まだまだ安全確保が十全でないと気づいた少女は隠れることのできそうな材料を付近で探した。

 一番いいのは大きなシダ植物だ。あれは葉っぱが大きくて身体の小さい少女ならたくさん集めることで隠れることが可能になる。

 次に木の枝か。組み合わせれば屋根みたいなのが作れるかもしれない。だんだんワクワクしてきた。

 幸いこの場所は木が二本倒れている、つまりもともと木が二本占拠していた場所なので比較的開けていた。おかげで近くからならわかるし、あまりにも遠出をしなければ迷う心配さえないだろう。

 少女は辺りを見渡していいものがないかを探す。だがここから見る限りではシダ植物はない。となると木の枝だ。早々に狙いを切り替えて落ちている木を拾っていく。

 生えている木の枝も折ろうとしたがまだ瑞々しくてパキンと折れなかったため諦めた。

 枯れ木の裏にいる蟻やへばりついている白いモノが気持ち悪かったが、気にしていられない。湾曲しているものではなく、できるだけまっすぐなものを選んでいく。

 最終的に目指しているものの形がわかっていないので、必要に応じてその都度拾えば問題ないはずだ。

 少女は小脇に抱えることのできないほど枝を集めた。

 

「……。どうしよう」

 

 勢いで集めてしまったが、改めてこの〝隠れ家〟を木の枝で作るのは無謀な気がした。

 しかし挑戦して失敗したところでデメリットがあるわけではない。ただ何もしないより、やってみてできなかったから元に戻したというほうが精神的に楽だ。

 少女は手におそらく一番大きい枝を持った。それをとりあえず屋根になりそうなところへ置いてみる。しかし高さが段違いになっているためうまく固定できない。

 ここで留める材料が必要なことに気づいた。

 

「えと……」

 

 家の屋根はどうやって固定されていただろう。いや、あれは木を加工して固定している。

 それ以外になると……縄か。

 少女は辺りを見回してそれっぽい材料を探す。そして見つけた。木に巻きついている(つる)である。

 自分の小指ほどの太さのそれを木から剥がそうと手をかける。しかし思いの外硬くて柔軟性がなかった。

 

「うーん……」

 

 縄は縄だからこそ縄になるのだ。

 それを思い知った少女は組み立てるのを諦めて定位置にぺたりと座り込む。

 夏でいくら日が落ちるのが遅いと言ってもコレだけ色々やっていてはすぐに暗くなってしまう。すでに周囲は明るいとは言い難いほど暗くなってきていて、これ以上動くのは危険だ。

 これから妖怪の跋扈する夜へと突入する。妖怪以外にも鹿や狸などの動物たちだっているのだから、何かあったら諦めよう。

 ふと見上げた空は茜色をしていた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 肌にポタリポタリとぬるい水が落ちていく。それは確かに身体の体温を奪っていった。

 そこへ生暖かい空気。不規則な周期で吹きつけてくるその風は身体の芯から拒絶するほど気持ちが悪い。

 そしてどこからともなく漂ってくる腐臭は少女の快眠を妨害している。

 

「……っ。ぅん」

 

 ごろりと身体の向きを無理やり変える。しかしそれで不快感が消えるわけではない。

 

「────!」

 

 唐突に悪寒が頭からつま先まで迸った。それは人間が持つ危機的状況に陥った時の本能なのかもしれない。頭が寝起きとは思えないほど鮮明になって──嫌な予感がした。何かいるかも。

 少女は気づかれないようにそっと、そしてほんの少しだけ、視界に瞼が被っているほど少しだけ目を開ける。

 正面、何もなし。

 右、何もなし。

 左、何もなし。

 上、雨が降っていた。

 

「雨降ってるの……?」

 

 身の危険が去った少女はさっさと立ち上がり、悲愴に満ちた声で言った。

 そしてその場でくるりと一回転。このように回るのは彼女の癖だった。悲しい時も泣きたい時もしんどい時も嬉しい時もくるっと回れば気持ちが晴れるのである。

 だが、この時だけは何ももたらしてくれなかった。たまり続ける悲しみがそれを上回ったのだ。

 だがふとあることを思う。この雨で、ベタベタした身体を洗えるんじゃない?

 そう思った少女は早速取り掛かった。

 ぺちぺちと衣ずれとは言い難い音を周囲に響かせながら雨と汗で重くなった着物を脱いでいく。

 やがて一糸纏わぬ生まれた時の姿になった少女は両手を広げて、雨を全身で受けた。少女の身体はやはり十歳前後で、胸は膨らむ兆ししか見えておらず、下腹部やその他の場所にも体毛は生えていない。

 ぽたぽた葉っぱの間から落ちてくる雨である程度濡れてくると手で洗い始めた。

 腕に始まり、首、胸、お腹、股、太もも、膝、つま先と上から順々に洗っていく。ぬるい水でも水なんだから汗よりはマシだった。

 きっちり洗い終わってから、着物を着ようとして少女は気付く。

 

「着物、濡れちゃってるよね」

 

 これも野宿を選んだから起こってしまったことだ。仕方ない。

 そう割り切った少女はさっきよりも重くなった着物を着た。着物はいつもよりずっと重くて、だいぶ時間がかかってしまったが。

 

「それよりも」

 

 さっきから感じてる腐臭の正体を探そう。できるだけ気にしないようにしてきたが、そろそろ限界である。

 少女は背伸びをして辺りを見渡す。が、視界には緑と茶色しかない。

 仕方なしに少女は歩き回る決断をした。この重くなった着物で歩き回るのはしんどい。それに()()()からもらった大切な着物だ。あんまり汚したくないという気持ちもあった。

 しかし腐臭には耐えられない。いっその事服を脱ぎ捨ててしまえば、身体も軽くなるし着物も汚れないしの一石二鳥でいいのかもしれないが、それは羞恥心が勝ってしまう。こんな場所で全裸になっても誰かに見られることは無いに等しいのだが。

 少女はゆっくりと歩く。その度に膝に痛みが走り、足が土に汚れていく。

 少女が履いているのは薄っぺらい草鞋だ。直に地面の感触を感じれるし浮いてくる水で気持ち悪い。ここに来てから気持ち悪いことばかりだなぁ。

 微かに漂ってくる腐臭。それを追ってふらりふらりと彷徨い続けてちょっとばかし。

 

「あった……」

 

 臭いの原因。それは動物の死骸だった。

 少女の知識ではそれが何の動物かわからない。四本脚の茶色い毛の動物で、地面に横たわっており周囲には蝿がブンブン飛んでいた。

 その動物は血を流しており、少なくとも何か外的要因があって死に至ったようである。

 何でだろうと少女は動物の近くを見てみると、一部木の根っこが隆起していた。そこに脚を引っ掛けて頭でも打ったのだろうか。何にせよ()()なことである。

 少女は静かに合掌してから下に落ちている木の枝を拾って死骸をつついてできるだけ隠れ家から遠ざける。ぶにぶにとした肉の感覚が手に伝わってきて、途中で押すのを躊躇ってしまった。

 まあ、別にある程度押せたしいいかな。原因がわかったなら我慢できる。

 少女が踵を返して隠れ家へ戻る途中、食料にできないか考えたが、あそこまで蝿がたかっていたら食べる気にはならない。……まだお腹も空いてないし喉も渇いてない。

 ちょっぴり自分の身体が怖くなったが、これも危機的状況に陥った時の人間の反応なのかな、と結論付けた。

 

「気にしてても意味無いしね」

 

 ……それは本当に人間の反応なのか、少女が真相を知るのはまだ当分先のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 





 いかがでしたでしょうか。この作品は週一投稿をし、12月13日に完結します。
 来週は12月6日17時17分に投稿します。また読んでいただけるとありがたいです。
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