雨の匂いを意識してたら腐臭が気にならなくなってきた。……慣れてきたとも言うが。
多分お日様が一番高いところに来た頃、なぜか食欲もなく、喉も渇かない少女はもう少し歩き回ることに決めた。いっぱい材料を拾ったが、あまり意味の無いような気がしたし、どうせなら何かを見つけた方がいい。
少女は奥に続いていそうな方向を選び、歩き出した。
座ったままだったが昨日はよく眠れたし、体調も万全だ。葉っぱをかき分けかき分けまだ見ぬ何かを探した。
少女の予想では、洞窟や木の洞があるのは山だと踏んでいる。ただ樹洞は人が入れるほど大きいものは無いに等しいと思っているので、当分は洞窟探しである。
何にせよここから山に入るまでは歩き続けなくてはならないことは確かだ。少女は静かに気合を入れた。──だが出端を思いっきりくじかれてしまう。
ごろごろと雷鳴が聞こえだしたのである。びくりと身体を震わせた少女は自分の肩を抱いた。瞳には涙が浮かんでいる。
「……こわい」
もともと雷が得意なわけでは無い。目を刺激する閃光は唐突で怖いし、体の芯にまで響いてくる轟音は心臓を鷲掴みにされたような気分になる。
でもまだまだごろごろ鳴ってるだけだ。大丈夫、大丈夫。
なけなしの勇気を振り絞って少女は歩くのを再開した。
瞬間にくしゅん、と可愛らしいくしゃみを一つ。だいぶ体が冷えてきた。いくら夏とはいえ体がびしょびしょなんだから寒いのは道理。
──早く屋根のあるところを探さなきゃ。
重い身体を引きずって歩くペースを上げる。しかし雷神様はどうしても少女を怖がらせて立ち止まらせたいらしく、轟く雷鳴は回数が増え心なしか近くなっているような気がした。
恐怖で少女の心が折れそうになった時、ついにそれはやってきた。
「
閃く稲妻と轟く雷鳴。全く同時にやってきたそれは、叫ぶ少女の声を掻き消した。どこかに落ちたのか、微かに地面が揺れる。轟音がおさまると一瞬だけ無音の時間を経て、何もなかったかのように雨が降り続けた。
恐い、怖い、
同時に心細さが少女を襲う。小さな体へ襲ってくる孤独感に打ち勝つ力を少女は持ち合わせていなかった。──怖い、助けて。
誰か、後から考えても結局わからなかった誰かに助けてもらおうと虚空へ手を伸ばす。だがその手を掴んでくれる人は誰一人としていない。
いつもなら、誰かが掴んでくれた。だけど今はそんな人はすでにいなかった。
「うぅ……。ぇぐっ、だ、れかぁ」
だれも返事をすることなく、ただ雨音が少女の鼓膜を揺らす。
知らずに目頭が熱くなり視界が濁ってきた。そして雨とはまた違った温かい水が頬を滑り落ちていく。
それが何かの引き金を引いたのか、目尻から止め処なく涙が溢れていった。
そうしてやっと気づいた。こんな時いつも手を握ってくれたのは家の人だったのだ。家の人はちゃんと少女の親だったのである。最近の嫌な記憶ばっかりが両親のことをあまりよく思わせてくれなかったが、よく考えてみれば彼らは立派な人だった。……たとえ血が繋がっていなくても。
◇◆◇
少女の親は村の中でも比較的裕福な家だった。少女がまだ家にいない時は閉塞的なこの村で唯一都市との交流があり、自家栽培した野菜を売りにいっては稼いだお金で何かを買ってくる。
日頃は夫と妻、そして夫の父が協力して畑を耕していた。季節に応じたものを育てていなくては都市では売れない。そのためいつも畑には何かが植えてあった。
ある日のこと。それは夫が都市へ野菜を売りにいった時のことだった。
爽やかな秋晴れの空の下、いつものように妻と父は夫を見送る。野菜をいっぱいに詰めた大きなカゴはいずれ空っぽになり、空いたその場所へはきれいな服やら農具やらを買って入れてくるのだ。
それが妻には嬉しくてたまらなかった。だが閉塞的な村ということもあって、都市と関係を持つことについて他の村民はあまりいい顔をしない。だがその交流のおかげで夫婦と父は安定し、なおかつ裕福な生活を営むことができていたのだ。……そう、彼女が来るまでは。
父親が都市へ出てから数日が経過した。もともとここは一日やそこらで往復できるような立地ではないため、その時間の経過は当然のものだった。
しかも毎回毎回野菜を売りきるまで夫は帰ってくるつもりはないらしく、帰宅するまでの日数はいつもまちまちである。
妻は早く帰ってこないかなと思う反面、時間がかかるんだから夫の帰宅はまだまだ先、と考えることではやる気持ちを紛らわせた。
──外で物音がする。
父は家の中にいるし、他の村民は滅多なことでは近づかない程度には他の家から離れた場所にある家だ。物音がするなんて────夫が帰ってきたとしか思えないじゃないか。
修繕していた着物をその辺にほっぽかして妻は急いで外へ出た。しかし妻を待っていたのは信じられない光景だった。
いつものカゴ。雑に投げつけるものを夫はワレモノが入っているかのようにそっと置いたのである。
そんな様子を不審に思いながら妻は中を覗き込む。そこで、本当に息が止まった。
『この子、どうしたの……?』
そう、カゴには五歳かもう少し下の少女が入っていたのだ。うずくまった体勢で窮屈そうなカゴの中なのにスヤスヤ眠っている。
『俺たち、子どもできないだろ?』
確かに夫婦が何度コトに及んでも子どもを孕む気配がなかった。……だから子どもを持って帰ってきたのか? どこから? 誰の子を?
妻の疑問が尽きない。
『この子、川のほとりで倒れてたんだ。周りは何もない場所のはずなんだけどなぁ』
その疑問全ての答えを夫が言う。
夫が言った意味を要約するならば、この子は捨て子なのだろう。そう考えると不憫で助けてあげたいという気持ちにもなってきた。
だが相手は赤ん坊ではなく幼児だ。前の親のことを覚えていたら絶対騒ぐに決まってる。
渋い顔をした妻の思いを夫は汲み取ったのか、
『その子、記憶がないみたいなんだ』
普通に受け答えはできるんだけどね、と夫は続けた。そんなことを言われるとますます引き取ってもいいんじゃないかという気持ちが大きくなってくる。
『引き取ってもいいんじゃない? 減るもんなんて微々たるものなんだから』
夫が念を押してくる。こうなった夫を止める術は妻は持っていない。
だが、その子の髪の色は緑色だったのだ。その点が最後まで妻を渋らせる。緑髪ということは少なくとも人間ではないはずである。
それでも愛する夫が子を連れてきたんだから、育ててみたいという気持ちも多少はあった。私たちの子供として。
『わかったわ』
結局夫を信じて折れた妻は、その緑髪の子を引き取り娘として育てることにしたのである。
そうしてその日から夫は父親に、妻は母親に、父は祖父に、子は……忌み子として呼ばれることになったのだ。
少女が忌み子と呼ばれるようになったのは理由がある。
まず少女を引き取った日から数日後に祖父が亡くなったのだ。祖父は結構高齢だったこともありそれ自体は何も問題視されなかった。
しかしそれを皮切りに次々と少女の周りで不幸なことが起こり始める。
少女はその不気味な緑髪のせいで周りから若干敬遠されていたのだが、ある時村のガキ大将が好奇心に突き動かされた結果、道行く少女に拳よりは少し小さい程度の石を投げたのだ。
少女は幼いながらもかなり綺麗で、難しい時期の男の子が気になったのでとりあえずちょっかいを出してみようという思考に至るための条件が見事に揃っていた。だからガキ大将はそんな行動をとったのだった。
少女はまっすぐに飛んでくる石に気づくはずもなく
たまたまだった。
このような出来事が一回だけならば、その言葉で片付けることができたのだろう。だが実際は同じようなことが何度も起きた。
少女に触れれば、少女と話せば、挙げ句の果てには少女を見ただけで、不幸になってしまったという人まで出てきた。
そんな中でも少女の両親だけは彼女の味方だった。どんな時でも絶対に少女を敵に回すことなどせず、どんな時でも少女の手を握っていたのだ。
……そんな両親も少女に深く関わったから命を落としたのかもしれない。
◇◆◇
鼻をつく雨の匂いで少女は目が覚めた。
いつの間にか木に凭れて眠っていたようだ。涙の跡でほっぺたがかぴかぴするが、少し擦ってやると問題なくなった。
立ち上がろうと腰を浮かせる。だが変な体勢で寝てたのか、体のいたるところに痛みが走った。少女はその痛みに顔を顰めながらも立ち上がってみせる。
すでに雨は止んでいた。
相変わらず雨の匂いが鼻にまとわりつくが、空を見上げると雲の切れ目からお日様が顔を見せている。
「……! やった、雨止んだ」
少女は静かに喜ぶ。
これで重たくなった着物がだんだんと乾いていくはずだ。太陽が味方になってくれたと思った少女は歩くのを再開する。
やはり太陽は偉大だ。燦々と葉っぱの上から少女を照りつけてくるが、それは全く苦痛にならず、逆に元気が出てくるぐらい。
進む足は疲れを感じず、荒んだ心は豊かに戻る。
少女の体感で雨が降っている時の倍程度歩いた頃、突然その音は聞こえた。
──ザァァァァァァ。
雨とはまた違った、多くの水が一気に流れていく音。
少女はその音を聞いて一度立ち止まった。目を瞑り音の根源を集中して探す。ここで迷ったら二度と音の元へは向かえないだろう。
「…………。──!」
右斜め前。音はそこから聞こえてくる。……気がする。
意を決して少女は歩き出す。もしここで間違ってしまったら、もう戻れないだろう。音が聞こえなくなったら間違った道を歩いているということだが、そんな心配に対して音は大きくなってきた。
前を見てみると、鬱蒼としていた木が途切れている。──あそこが出口ね。
少女は見失わないように一度たりとも目を離すことなくその場所へ向かった。
その場所は意外にも遠くで、予想よりもずいぶん歩いてしまったがやっと着いた。
そこから望む景色にあったのは、美しい渓流だった。対岸はまた山で、川の部分が小さな谷のようになっているらしい。
山を登ってきている感覚はなかったため裾を破かなかったのだが、だいぶ上流の方まできていたらしくその川は飛沫をあげるほど流れが早い。足を取られようものなら一瞬で呑まれてしまうほどだった。
そして河原も広かった。ゴツゴツした大きな岩がそこかしこに点在していて、隠れられる場所も十分にある。場所によっては人一人が雨宿りができる程度に入れる場所もあった。
「よしっ。しばらくはここにいよう」
ここなら森の中の木漏れ日と違って直に太陽に当たることができるし、川も近くにあるから身体も洗える。いざとなったら魚だって捕まえれそう。
歩き出してすぐ絶好の場所に出会えてことは、少女にとってとてつもなく幸運だった。……お腹も空かないし、喉も未だに渇かないのは少し心配だが。
──果たしてここで安寧の地を見つけてしまったのは本当に正しかったのだろうか。
三日目。
昨日と違って雨は降らず、久しぶりに心地よい朝を迎えることができた。もちろん蝉たちの大合唱による目覚めなので心地よいかと聞かれると首を捻ってしまうが。
少女は大きな岩と岩の間の隙間で寝ていた。球状の岩が隣り合わせに並んだ時、下側にできる空間である。岩自体はかなり大きく、少女が体を起こす程度なら障害はなかった。もちろん寝ているのは砂利の上だ。岩だったら背中が痛い。
……カニやらなんやらが一杯いそうだったが、大自然の中で欲を出してはいけない。というか選択の余地がない。
少女はもぞもぞと尺取虫のように動いて岩の隙間から脱出する。
「っ、はぁ」
出てくる時に乱れた髪を手櫛で解いてまっすぐに戻すと、そのまま少女はぺたりとその場に座り込んだ。
まだ起きたばかりで頭が全然回らない。ただ照りつけてくる太陽が鬱陶しかったので、河の冷たい水を掬った。
その水をぱしゃりと自分の顔にかけてやると、目が醒めるほど冷たくて気持ちよかった。ジリジリと灼けつく肌も冷たくなって一石二鳥だ。
サッパリとした少女はこれからのことについて考え始める。
安全な場所は確保した。夜は岩の下にいれば危険は回避されるだろう。昼は明るいので論外。
次は人間の三大欲求の一つである食事だ。……だけど、三日間飲まず食わずなのに何も感じない。さすがに不思議で不気味で不可解だと思うようになってきた。もしかしたら色々あったせいで身体のどこかがおかしくなってしまったのかもしれない。
もし本当にそうならば、非常にマズイ。脳が欲してなくても身体が欲している可能性があるんだから。
急に身の毛がよだって怖くなってきた少女は川の水を掬って飲んだ。ここの水は本当に綺麗で、底の方まで結構あるのに何もないかのように透き通っている。だから飲んでもだいじょぶ……多分。
「んっ、ぷはぁ」
少女は美味しそうに喉を鳴らしながら水を飲む。
やっぱり喉は渇いていたんだろうか。いつもより美味しく感じる。
となると今度は食料だ。おそらくこの川ならいっぱい魚がいるはずである。ただ少女には魚を捕らえる術がない。
どうしようかと腕を組んで考える少女。すると急に立ち上がった。そのままクルリと一回転。そして「いーこと考えたっ」と一言。
家は農家のため魚取りに関しては無知に等しいが、道具ぐらいはわかる。
釣竿に、網に、籠みたいなやつ。少女はそのどれもを作ったりすることができないが、そのうちの一つである籠からヒントを得た。
つまりどこかに入っていれば、素手でも捕まえることができるだろうということだ。朝一番、まだ太陽が本気を出してくる前にやってしまおうと少女は早速行動に移った。
まず川で一番幅の狭い場所を探す。これに関してはしっかりやらないといけないので、投げやりにすることなく川を行ったり来たりした。
そしてとある場所を見つける。そこはこの川で一番大きい淵のすぐ上の場所で、川幅が一番狭かった。淵に魚がいるのをすでに見ているので、この場所から深いところに行くんだなと思った結果である。
だが川幅が一番狭いということは、流れが速いということでもある。少女はその場所がどれだけ深いのか知りたかったため、自分の頭ほどある大きさの石を持ち上げよろめきながら放った。
パシャン、と派手に水を巻き上げながらその石は川底についた。……と言ってもだいぶ浅いらしく、その石の上側は川面から露出している。
「深さは、私の足首くらい。……いけるわね」
少女は着物を腰のあたりまでたくし上げさっきと同程度の石を持った。そしてそれをさっき投げた石の隣に置く。
少女の作戦はこうだ。このような感じで急な流れの中に石を置き、ある程度堰きとめる。もちろん水が流れるぐらいに隙間がないと、決壊してしまうので大きな石だけを使って堰き止めるのだ。
そして少し待ってから見に行くと魚が岩のせいで先に行けず、かといって戻ることができる場所でもないので、少女が捕らえることができるのである。
我ながらなかなかいい作戦だ。少女はテキパキと動きあっという間に堤防を作り終えた。川に足を突っ込みながら川辺に座り、額に浮き出た汗を手で拭う。
「ふあー……。つかれた」
石を十数個置いただけなのだが、意外に疲れた。単純な作業故に飽きやすく、なおかつ暑い。ずっと中腰だったため腰も痛いし石を掴んでいた手も擦れてヒリヒリする。
草鞋が流れていかないように親指を曲げて押さえつけながら、少女は辺りを見渡した。さっき見回った時、上の方に柳の木がポツリと立ってたはず。
あの木の下が涼しそうで中々に魅力的だったのだが、その時はやる事があったので無視していた。しかし今になって思い出してみると、凶悪なほどに涼しそうな陰がこっちへ来いと誘ってきている気がした。
もちろん誘惑に逆らう理由がないのであっさり少女は負けてびちゃびちゃの足のまま木陰へと走った。
そして太陽によって肌が痛いと感じ始める前に到着。流れるように鮮やかに、幹を背もたれにして座り込んだ。
木陰は予想以上に涼しい。遠くには陽の光を反射しながら流れていく川があり、近くには風で揺れる柳の葉っぱがある。
この柳は両脇の山から少し離れた本当に河原の真ん中あたりに生えており、少女には少し不自然に思えた。しかも辺りは一面砂利のはずなのに、柳の根っこあたりのみ土ということも少女を不審がらせた。……まあ、だからどうってこともないのだが。
ふう、と少女が一息吐いてあくびをする。その際、チラリと視界の右端に何かが映った。動く気配がなかったので何の気なしに覗き込んでみる。
──地蔵だった。
そこにはポツリと雨風から守ってくれるものなど一切ない状態で地蔵が鎮座していた。長年風雨にさらされてきたのだろう。結構な範囲が緑になっていて可哀想だった。
そう思った少女は腰を上げて地蔵の目の前まで行く。いくら少女でもお地蔵様が尊いものぐらいは知っているので、そこで合掌。目をつぶり何かを祈ってから、おもむろに手で緑の部分をこすり始める。
「……。お地蔵様なんだから綺麗にしなくちゃ」
一生懸命親指の腹で緑の汚れを落としていく。本当は布があれば文句なしなのだが、さすがに要らない布は持ってないし自分の服で拭うのもしたくない。
その点手であれば、痛いかもしれないがじきに治るし汚れても洗って終えばすぐに落ちる。
「……っ。よ……しょ」
やがて綺麗になった地蔵を眺めながら少女はまた座り込んだ。朝から結構動いてきたので思ったよりも疲れていたらしい。足には鈍い痛みが走る。
キラキラ光りながら流れていく川を見ていたら、少女の瞼がだんだん落ちてきた。そして視界が真っ暗になってすぐに少女は夢の世界へと旅立った。
「……!」
何かに急かされたように少女は跳ね起きた。予想以上に気持ちよくていつの間にか眠っていたらしい。
影を見ると、向きが朝起きた時と反対向きになっていたので昼は過ぎたのだろう。伸び方からして夜が近いかもしれない。
寝ぼけ眼の目をこすりつつ魚が引っかかっていないか確認しに、罠を仕掛けた場所へ向かう。寝起きなので足元がおぼつかないがだんだん目が覚めて足取りがしっかりする。
罠の設置場所を見てみると、そこには何もいなかった。もちろんわかっていたことだが、実際失敗すると意外と悔しい。
ただ罠にかかってないことは誰の目からもわかる事実なので、今度は改良してみようと明日の予定を作ってみる。
この時期はだいぶ日暮れが遅いものの、夜起きているわけにはいかない。寝床にいれば当たり前のことだが安全だ。だがそれ以外の場所が安全かどうかと問われれば答えに迷ってしまう。
……だからいくら昼寝をしすぎて眠くないからといって、星を眺めることは許されないのだ。
もうじき日が完全に落ちる。谷のようになっているこの場所は他の場所よりも早く暗くなるはずである。さっさと寝床に行かないと。
身をよじらせて岩の隙間に入っていく。岩の下自体は広いのだが、入る場所はそうでもない。むしろ狭いと言っても差し支えない。
やがて定位置に着くと少女はどうしようか考え出した。今一番後悔しているのは昼寝のしすぎだ。寝返り程度しか身動きが取れないのに、眠れないというのはなかなかしんどい。
そしてそのような状況に陥ってしまったらどうしてもいろんな変なことを考えてしまう。
──私はいつまで生きれるのだろうか、とか。
──なんでお腹空かないんだろう、とか。
──一回も妖怪を見かけないのはなんで、とか。
──そもそも私は人間なのか、とか。
変な方向に流れ出した思考は止まるところを知らない。イヤな感じがして別のことを考えようとしても、なぜか同じ場所に戻ってきてしまう。
私の昔の記憶が無いのはやっぱりあの人たちから生まれてないから? でもあの人たちは最期まで少女をかばい続けた。
それはなぜ? 愛おしかったから。産んでもないのに? 子どもというのに変わりはないのだろう。
私はなんで虐げられた? 髪の色が原因だ。気味悪がられた。でも世界は広いんだから同じ髪色の人だっているかもしれない。
でも身近に緑髪の人なんていなかった。そもそも私は人間なの? 否定する要素が少ない。逆に肯定する要素は? お腹が空かない。つまり永遠に生きれる? それはわからない。
じゃあ妖怪を見かけない理由は? わからない。でも私に何かありそう。
そういえば私に関われば不幸になるとか。それはなぜ? 私が人間じゃないから。これが妖怪を寄せ付けない理由? ありえない話ではない。
話を戻そう。人間である要素は? 人間の親がいる。人の村で育った。でも最たる理由がない。
人間じゃないなら何? わからない。妖怪? 違う。あんなに屈強じゃない。じゃあ? 人間じゃないナニカ。
ずっと生きれるんだったらこれからどうするの? どうしようもできない。一生ここにいるかも。服とかは? 成長したら小さくなるんじゃ? 無理して着れば問題ない。
一生ここで生きれるの? 無理かも。途中で死のうかな。
生きようよ。どうして? せっかく育ててもらったんだから。死ぬことだけはダメだよ? わかった。
心が翳り、だんだん昏くなっていく。黒い靄は幼い心を包み込み、周りから隠した。だけど微かに抵抗する少女の心もあった。ただ、絶望へと向かう力で負けそうになっていた。
──そうして夜は更けていく。
──いったいわたしはだあれ?
閲覧ありがとうございました。
次回は最終話となります。12月13日17時17分に投稿します。