「うぅ……。」
倦怠感と共に目を覚ます。目前に広がっていたのは、やはり昨日の見知らぬ洞窟の風景、そして変わらず拘束されている自分の体だった。
「やはり……夢ではなかったようじゃの……。」
僅かに抱いていた希望を打ち砕かれ、秀吉は深く溜め息をついた。
「やあ、お目覚めの様だね、坊や。」
「……ゼツ、と言ったか?お主、一体これからわしをどうするつもりなのじゃ?」
「……安心シロ、別ニオマエ自信ニ手ヲダシタリハシナイ。」
「そうだよ。ボクはこれから暫く君に成り代わって生活しなきゃいけないから、その間だけここにいてもらうだけだよ。だから、別に心配ないよ。」
「!?な、お主、それは一体どういうことじゃ!?わしに成り代わるなどと、一体如何して……」
「ああ、どうするって?そりゃこうするのさ」
ザッザッ……。
「!?こ、これは……な、何ということじゃ……!」
目の前に現れたもう一人の自分を目にし、驚愕する秀吉。……これは本当に現実なのか?まだ夢の中にいるかのような錯覚に襲われる。しかし、今もまだ体を締め付けられ続ける苦しみが、目の前の光景を現実のものだと証明していた。目の前のもう一人の秀吉が口を開く。
「とまあ、こういうことさ。ボクの変化の術は忍び一だ、誰にも見抜くことは出来ない。君達の学校とやらに潜入するために、ボクがこの仕事を任されたのさ。」
「ぐっ……お主、わしに化けて学校へ行って、一体何をするつもりなのじゃ?」
「ククク、まあ色々と、ね。安心しな、別に君の友達に手を出したりはしないよ。……まあ、どうしても仕事の邪魔になるようだったら……どうなるかは分からないけどね、アハハッ!」
そう言って秀吉に化けたゼツの分身は、洞窟の外へ出ていってしまった……。
「くっ……皆、済まぬ……。どうか……どうか無事でいてくれ……。」
「ククク、面白イコトニナッテキタナ?」
「うん。」
~木下家~
「あらおはよう秀吉、今朝は早いのね。」
「うむ、おはようじゃ、姉上。今日も朝練があるのでな。先に失礼するぞい。」
「うん、気をつけて。」
姉と簡単な挨拶だけ済ませ、秀吉……否、ゼツは家を出た。……今のところは何も問題ない。姉も何も気づいていない様子だ。
「ふふ、我ながら自分の演技力には感心するよ。これなら絶対バレない……まあ、いずれにせよ、忍者のいないこの国では、姿さえ変えていれば絶対にばれることなんてないんだけどね。」
(……トハイエ、クレグレモオカシナ行動ハトルナヨ?極力目立ダタナイヨウニ心掛ロ。少シクライ何時モヨリ暗イト思ワレテモ別ニ問題ナイカラナ。)
頭のなかに黒ゼツがテレパシーで話しかけてくる。……やれやれ、離れていてもこの黒ゼツの小言からは逃れられないようだ。
「はいはい、分かってるよ。まあ、心配せずに見といてよ。」
(フン、セイゼイ上手クヤルンダナ。)
黒ゼツからの連絡が終わり、ようやく一人静かになれた。……やっぱり一人は良いものだ。余計なことを考えずに、のんびり気ままに世の中の観察が出来る。……大げさな野望なんてない。ただ面白い出来事を気楽に傍観することが、白ゼツにとっての生き甲斐なのだ。
「さーて、とりあえずは朝練とやらをさっさと済ませるとしようかな。……仕事はそのあとだ。」
~学校~
「へえ、ここが若い子達が依って集ってよくわからないことをするって言う、学校ってところかあ。意外と大きいんだねえ。」
初めて見た学校の大きさに驚きつつ、ゼツは秀吉から抜き出した情報を元に、朝練の場所へと向かった。
~2年F組~
「さて、ここがあの子の教室か……早速開けてみよう!」 ガララッ
「うわっ!何!?」
ボロボロの引き戸を開けると、おおよそ高校生が健全な学校生活を送るために作られたとは思えない見るからにみすぼらしい教室があった。壁や床は傷つき、汚く、教室にあるはずの机と椅子のセットがなく、代わりに昭和の親父にひっくり返されるためだけに存在しているかのような、どこか悲壮感を感じさせる古びたちゃぶ台が並んでいた。
(……いやあ、あの子のクラスは学力最底辺のクラスだって聞いてたけど……まさか最高クラスとここまで格差があるとはね……。やっぱり人間って酷い生き物だね……。)
このクラスに割り振られた哀れな子達の運命を哀れみながら、記憶をたどりに自らの席に着く。今日は朝練が早く終わったので、教室に来ているのは自分だけのようだった。
「さすがにまだ誰も来てないか……。まあ、誰か来ても話すことなんてないし、黒ゼツの言った通り目立たない男子高校生を演じるとしようか。」
そうしてゼツは誰もいない教室でちゃぶ台に突っ伏し、睡眠を始めた。
「はあ~、今日こそは本当に死ぬかと思ったよ……。」
「ああ、俺もだ。今日は本気であの世へと旅立ちそうになった……。あと1秒救護が遅れていれば、俺はあいつに、最初からこの世に存在していなかったことにされていたことだろうな……。」
「いや~、お互い命拾いしたねえ……。あの人に救ってもらった命、これからも大切にしないと……ていうか僕達はこの爽やかな朝から何でこんな話をしなきゃいけないのだろうか……?」
「おい、よせ、言うな。それを言ったら俺たちの辛うじて保っているプライドがズタズタにされてしまう」
「はあ……僕はもう生きる気力が……ん?あれは……秀吉?こんな早い時間に来てるなんて、珍しいな。
オーイ!秀吉~!」
「…………。」
「あれ?ひょっとして秀吉、寝てる?」
「みたいだな。にしてもあいつが朝っぱらから居眠りなんて珍しいな……お前じゃあるまいし。」
「五月蝿いな!……それにしても本当にグッスリ寝てるねえ。……相変わらず寝顔も可愛い……見てて癒されるなあ……。ああ、こんな顔見せられたら思わずイタズラしたくなっちゃうじゃないか!」
カシャッ
「……任務完了」サッ!
「ん?何か今一瞬だけ人影が見えたような……気のせいか。……まあそろそろ鉄人も来そうだからな、起こしてやるか。」
「よーし、じゃあ……秀吉、おはよう、朝だよ!」
「……。」
「あれ?起きないな…よっぽど疲れてたんだろうね、可哀想に。秀吉~!僕だよ~!」
「……うぅ……」
「あっ、起きた!おはよう、秀吉。ふふっ朝から居眠りなんて珍しいね、寝不足?」
「……!!お、オマエはッ!?」
「うわあッッ!!ビックリした!!秀吉?どうしたの?僕だよ!!明久だよ!?」
「……あ」
マズイ、やってしまった。目を覚ましたら目の前に見知らぬ顔があったもんだからつい警戒してしまった様だ。ああくそ!目立たないようにって黒ゼツに言われてたのに!!
「え、ああいや、その……お、おはようじゃ、あ、明久よ。ハハッ。」
「…秀吉、どうかしたの?大丈夫?」
「お、おう、すまんのう。ちと変な夢を見ていたようでな。心配かけたな、もう大丈夫じゃ。」
「そ、そう?なら、いいけど……」ガララッ
「おーい、授業始めるぞー。席につけー。」
「お、鉄人が来たようだな」
「ああ、本当だ。座らなきゃ。じゃあ、秀吉、また後でね!」
「おう、またの」
……これからは本当に目立たないように心掛けないとな……。出来るだけ奴等との接触は避けよう。
(秀吉……今日は何だか様子が変だなあ。……何かあったんだろうか……?)
「……早速ヘマヲシテクレタナ。」
「いや~、ゴメンゴメン!ま、でも何も感づかれてないみたいだし、大丈夫でしょ!」
「……全ク軽イ奴ダ。」
「うぅ……わしはいつになったら帰れるのじゃぁ……」
続く