家に奴隷が来た。数年前に、控えめに言って大怪我をして死にかけていた商人があの時の礼だと言って大量の札束と共に渡してきたのだ。
その娘は現在、怯えきった顔で居間の片隅で震えている。
原因は簡単である。
俺の顔だ。
中学の頃からの悪友曰く「顔を向けただけで地獄の悪鬼が裸足で逃げる」、そんな顔である。(因みにそれを言った悪友は、俺の渾身のジャーマンスープレックスで大地の犬神家にしてやった。)
俗にいう三白眼、だが普通より黒目が小さいせいで余計に悪化している目つき。ちょっとした理由で鍛えた結果、筋骨隆々となり四角っぽくなってしまった輪郭。かなり強い癖っ毛の為あえて短髪に刈り込んだ髪。ドスの利いた声。これら全てがわさ合ったせいで前述のような凶相が出来上がった。
医者になったものの、顔のせいで患者からは怯えられる始末。笑顔は凶相を100倍増にさせる(悪友談、のちテキサスクローバーホールド)ので封印し、無表情で応対することにしたら多少はマシになった。そんなレベル。
さて、話を戻そう。この目の前で震えている娘のことだ。
あの商人が言うには例の悪い噂ばっかり流れてくる資産家の高尚な趣味の犠牲者、だそうだ。
全身には火傷の痕、おそらくは火ではなく薬品だろう、よく見れば治りかけてはいるが火傷以外にも擦過傷が多数。無表情な顔、意志のない目…は俺を見た途端に恐怖という感情に塗りつぶされたが。どうもこの顔は本能レベルで恐怖を起こさせるらしい。流石に凹む。衣服はボロ一枚、半ば無理やり触診しようとして下すら無いと気が付き手を引っ込めた。衛生状態も悪い。
今にも消えてしまいそうなそんな娘を観察していたら、もう夜になってしまった。どうしよう。取り敢えず風呂だ。こんな衛生状態最悪のまま放ってはおけない。そしてありったけの飯をあげるべきだろう。ただ、食が細ってないかは心配だが。
俺が居るだけで怯えてしまうので、まずは風呂を焚きに行く。離れれば少しは落ち着くかもしれない。
離れた直後に溜めていた息を吐く音が聞こえた。泣くぞ畜生。
風呂が沸いたので呼びに行く…が顔を見ればまたああなるだろう。居間の外から扉を叩く。
「取り敢えず、だ。風呂沸かしたから入ってきなさい。」
ビクリと肩が震えるのがちょっと見えた。
「は、はい…。」
「風呂は居間出て2つ目の角を右な。」
「はい。」
そそくさと俺と目を合わせないように横をすり抜けるのが悲しい。ただ、どんな感情であれ表に出ているのはいい兆候なのではないか、と自分をごまかすことにする。
お風呂に入っている間に飯を作ってやる。服は…女物がないししばらくはあの格好で居てもらうしか無いか…。
娘がお風呂から上がる頃には一通りのご飯は作り終えた。偶々あった新鮮なレタスとトマトを使ったサラダ、昨日買ってきたばかりの卵を使ったカルボナーラ、俺が一番得意としているオニオンスープ。品数は少ないが量は作りすぎた感が否めない。一人暮らしが長いといざ人が増えると分量がわからん。
美味しそうな匂いに釣られたのか、娘がそっと顔を覗かせる。
「ご飯だ、来なさい。」
そう言うと怖ず怖ずと部屋に入って来て椅子の前に立つ。そんな彼女の前に料理を置き、座るように促す。
「あの…こんなに沢山…誰かお客様が来るのでしょうか…。私…隠れてたほうが…。」
「全部お前のご飯だよ。好きなだけ食べなさい。」
俺も極力彼女に目を合わせないようにしながら椅子に座る。話しかけるなら目を見るべきだろうが、目を合わせたらさっきの二の舞いになることがわからないほど愚かではない。
俺が口をつけると、娘も料理を食べ始めた。オニオンスープを一口飲んだ直後に、目を見開いて食べる速度が加速した。それを見て、正直ホッとした。
「そういえば。」
「はっ、はい!」
おびえんでよろしい。
「いや、名前。聞いていなかったなとな。」
家に来た直後から怯えっぱなしで会話もなかったのだ。ご飯で多少気が緩んでる今ならば少しは話ができるだろうか。
「シルヴィ…と言います。」
「シルヴィ、か。うん、覚えた。」
「…」
「…」
前言撤回、交わす言葉がない。
あっという間に就寝する時間になった。
取り敢えず空き部屋があるのでそこで休ませることにした。
「シルヴィ。君にはあの部屋で寝てもらう。」
「あの、ですが…。」
「ちゃんとベッドで寝るように。」
「わかりました…。」
「じゃあ、お休み。」
「お休み…なさいませ…。」
半ば強制的に寝かせる。
こんな感じでうまくやっていけるのだろうか…。