日が昇るのを感覚で理解する。
「朝、か…。」
結局シルヴィをどうするべきか考えていたら殆ど眠れなかった…。寝不足は少々キツイが運動すれば目も覚めるだろう。庭先でラジオ体操でもしよう。
庭に出る前にそっとシルヴィの部屋を覗く。…未だ寝ているようだ。起こすのも可哀想だが、ラジオ体操くらいの運動もした方がいいのもまた真実。…まぁ今日のところは寝かせておこう。ご飯を作ってから起こしてやれば良いだろう。
やはりラジオ体操は素晴らしい。冴えた頭でそんなしょうもない事を考えつつ朝ごはんを作る。町で人気のパン屋で買ったバゲットを適当な大きさに切り、チーズを散らして焼く。シンプルだが故に飽きの来ない味だと思う。朝はコーヒーだが、シルヴィは飲めないだろう。一緒に紅茶も作っておく。
そんな事をしていたら、ダイニングの戸が開いたことに気がつく。朝ごはんの匂いに目が覚めたようだ。
「朝ご飯だ、来なさい。」
少しだけって見えた肩がビクリと跳ねる。ややあってこちらに目を合わせない様にしながら静かに入ってきた。
「おはよう。」
「おはよう…ございます…。」
取り敢えず席につかせてご飯を食べさせる。
「今日は、仕事がある。」
「は、はい。」
「とはいえ仕事場は繋がってるそこの診療所だから、心配しなくいい。お昼には一度こっちに戻ってくる。」
「はい…。」
一言話す度に小さく肩を震わせる。そんなに怖いか…。
皿を洗い終わり、仕事を始める。
「行ってらっしゃいませ…。」
背中から声がかかる。
「行ってくる。」
「ああ、先生。おはようございます。」
診療所に行くと町外れで農家を営む老婦人が来ていた。腰痛持ちで薬を貰いに来ている、そして俺を怖がらない数少ない患者の一人だ。
「おはようございます。いい天気ですね。今開けます。」
「すみませんねぇ。年を取ると朝が早くて、ついつい早く来ちゃって。」
「いえいえ。朝早く起きることは健康の第一歩ですし、良いことだと思いますよ。」
診療所の鍵を開け、老婦人を待合室に案内する。
「直ぐに呼びますのでちょっと待ってて下さい。」
「はいはい。急がなくて大丈夫ですよ。」
カルテと薬の用意をして、老婦人の診察をする。
「この頃は安定しているみたいですね。」
「お陰様で、以前より腰痛はずいぶん楽になってますよ。」
「それは良かった。」
この分なら薬は少し減らしても問題ないだろう。そう考えていたら、
「先生、今日は何か悩んでらっしゃいます?」
鋭い指摘が飛んできたので言葉に詰まってしまった。
「ふふふ。その様子だと当たりみたいですね。」
「他言無用なのですが…ちょっと、相談に乗ってもらってもいいですか?」
彼女なら、口が堅い。多少核心に触れるような話をしても他者には漏らさないだろう。
「この老いぼれでよろしければ。」
まだ患者もおらず、これ幸いとシルヴィについて話し始める。
「まだ小さいのに、可哀想にねぇ…。」
「正直、どう接すれば良いか悩んでいます。この顔にも完全に怯えちゃってまして…。」
「うーん。そうね、撫でてみるっていうのはどうかしら。」
「撫でる、ですか。」
「ええ、人の温もりを与えるの。感情を表に上手く出せないなら、心を込めて彼女を撫でてみるのはどうかしら。」
心を込めて、か…。
入り口の鈴が鳴る。
「先生、居るかー?」
「あら、他の患者さんも来ちゃいましたしここまでですかね。」
「いえ、参考になりました。有り難うございます。あ、これお薬です。お値段はいつもの半分で。」
「有り難うね。じゃあ、また来るわ。」
老婦人を見送り、次の患者を診る。
そんなこんなで午前が終わる。ご飯は…昨日の夕飯の残りを適当に暖めて食べよう。
「お昼御飯にするから座りなさい。」
「はい…。」
黙々と食べているシルヴィを見る。そう言えば昨日も今朝もなにも言わずに食べていたが不味かったりしていないだろうか。食べれない物を無理して食べてたりしていないだろうか。端から見ている限りではそんな様子はないが…。
食べ終わってお皿を片づけようとしたとき、声が掛かった。
「あ、あの…。」
「?」
「お手伝いできることは、ありませんか…。ご主人様ばかりがお仕事をして私が何もしないというのは…。」
確かにシルヴィは奴隷である。だが、正直奴隷扱いはしたくは無い。かといって一緒に暮らす以上少しは仕事をさせた方が良いだろう。少し考えて、とりあえずお昼御飯の皿洗いから任せることにした。
「もし皿を割ったりしても、怒らないからきちんと報告しなさい。後、破片は俺が片づけるから触らないこと、危ないからな。」
「はい…。」
怖いだろうに、きちんとこういう主張を返してきたことは正直褒めたい。奴隷だからという後ろ向きの理由だとしても、それでもシルヴィは目を見て主張してきたのだ。
気がつくと俺はシルヴィの頭に手を伸ばしていた。
「ひっ!」
身を竦めるが敢えて手を止めない。そのまま頭にそっと手を乗せ、撫でる。
柔らかでサラサラした良い手触りだ。少し痛んではいるが、長期の奴隷生活を感じさせない指通りの良い髪。昨日お風呂にいれたからだろう、石鹸の良い香りもする。ずっと撫でていたくなる。
暫くして、不思議そうにこちらを見ている目と視線が合う。
「あの、何を…。」
「…。」
どう返せば良いのだろう。
「ご主人様がしたいのならば、どうぞ…。」
そのまま、無言で撫で続ける。
そのまま1時間近く撫で続けていたらしい。気がつくと午後の診療を始める時間だった。取り敢えずシルヴィに再度皿洗いの指示と注意をして診療所に向かう。
既に並んでいた数人に謝りつつ、午後の診療を始める。
仕事が終わって帰宅すると、居間の片隅で座っているシルヴィが居た。
「お帰りなさいませ。」
「ただいま、そんな所で座ってないできちんと椅子に座りなさい。」
「ご主人様の椅子に無断では座れません…。」
「はあ、気にしないから座りなさい。」
前途多難な気がした。
取り敢えず風呂に入れ一緒に夕飯を食べる。
皿を洗い終わったタイミングでシルヴィを呼ぶ。
「お呼びしましたか。」
「取り敢えずここに座りなさい。」
自分の前の椅子に座らせる。そしておもむろに頭に手を伸ばし、撫でる。
「あの、楽しいんでしょうか。」
「楽しい。楽しいから取り敢えずじっとしてなさい。」
敢えて「ご主人様」の権限を振りかざし、撫で続ける。
「はい…分かりました。」
居心地は悪そうだが、無視する。朝のアドバイスもあるが、昼の撫で心地が忘れられなかったというのも大きい。撫でてて落ち着くし、気持ちいいのだ。
気づいたらもう寝る時間だった。
不思議とこっちの疲れも抜けるような、そんな感じがする。
「おやすみ、なさいませ。」
「ああ、お休み。」
寝よう。取り敢えず、明日はどうしようか。