拳の一夏と剣の千冬   作:zeke

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第35話

「ううーん。良く寝たー」

 

 今日も一日授業を睡眠学習で受けて体の筋肉が固まった一夏は放課後、デュノアに起こされてようやく眼を覚ました。机にうつ伏せで寝ていたため体中、特に背中辺りが痛いとまではいかないが違和感がある。

 首を振り、コキコキと首を鳴らしながら筋肉をほぐしているとデュノアとセシリアが机の前に立っていた。

 

「ねえ、一夏。今日予定ある?」

 

「んにゃ、ねえけど?」

 

「でしたら、今週末には臨海学校ですので一緒に水着を買いに出かけません?」

 

 セシリアに言われ、そう言えばと記憶を思い起こしてみると水着を使ったのが二年前であり、肝心の水着も家にある。二年前に中学の水泳の授業で使ったきりで去年は生憎水不足でプールの授業が無かった為、水着を試着していなかった。

 今から着れるかどうかも解からない水着を取りに帰る電車代と時間を考えるなら、確実に新しい水着を買った方が良かった。それに、昨日新しいAIを作ろうと思ったが肝心の材料が無かった。今から学園の要らないゴミを調べて使える材料を軽く調べてから水着を買いに行くとするなら――

 

「――1時間半って所か?」

 

「?どうしたの?」

 

「あ、いや。悪い、予定がある。つっても、1時間半って所だとは思うけれども……」

 

「先生に何か頼まれていますの?」

 

「あ、いや、個人的な事なんだが――」

 

――まさかAIを作るから材料集めを今からしたいとは言えない。

AIの事は一夏の秘密である。

 

「⁉」

 一夏はふと思い出してデュノアの袖を引っ張ると教室の隅に連れ出した。

 

「どうしたの?」

 

「あ、いや、昨日の事……俺がAI作れるのとAI持ってるの誰にも言わないでくれ」

 

「え、どうして?」

 

「ほら、ちーたん……織斑先生に知られたら何言われっかわかんねえから、俺とデュノアの二人だけの秘密って事で、な。そう言う事にしといてくれや」

 

 一夏はここでひそかに切り札を入れて置いた。

 人は誰かと本能的に繋がろうとする。それは、家族であったり恋人であったり友達であったりと様々ではあるが、その本質は誰かと繋がる事であり、それは無意識でも誰かと繋がる事を求める事がある。それは、デュノアのように母親が死に今まで無下に扱われて来ていた者にとっては、麻薬のように強烈な存在となる。一夏の様な特殊な例もあるが、一夏も人間の性質である他者との繋がりを求める事は例外では無い。その証拠に一夏は身内には甘い。それに、知り合いであれば力を貸す事すら考える。

 さて、話は戻すが一夏はデュノアとの会話の中で「二人だけの秘密」と言った。これは、相手にあなたが特別な存在であると言う事を錯覚させる言葉だ。無論、特別な場合でも使う事もあるが一夏はこの言葉をわざわざ選んで使った。これにより、デュノアが一夏に好意を抱いていれば「一夏は僕の事を特別な存在だと思ってくれているかも!?」と錯覚させる事ができ、他の人に話すリスクを極端に下げる。

 何故なら、他の人に話せば『特別な存在である自分』を失ってしまうからである。デュノアにだけ話すことでデュノアを特別な存在ですよとアピールでき、デュノアはその秘密を黙っている限り『特別な存在』でいられるが、自分から話せば唯一無二の秘密を知っている『特別な存在』と言うポジションを失ってしまうからである。

 

「う、うん!分かった。僕と一夏の二人だけの秘密だよ?」

 

「ああ」

 

 嬉しそうに天使の笑みを浮かべるデュノアに、内心『すまん。デュノア君』と思う筈もなく、『計画通り。何とか秘密にできたな』と思う一夏。残念ながら一夏とデュノアの距離は一夏にとって未だ密接な関係とは言い難い。何しろ未だ一か月も一緒に生活していないのにデュノアに心を開く訳など無く、一夏にとってデュノアは『同級生で顔見知り』と言った程度である。デュノアに手を貸したのもデュノアの父親が同じ男としても父親としても気に食わなかったからであり、普通にしていたら一夏はデュノアの存在に気にも留めなかっただろう。例えデュノアが今の様にフランスの代表候補生であったとしても一夏にとって強くなるための道具であり、糧となる存在であったことだろう。

 今のデュノアが一夏に気に留められているのも皮肉にも不幸なおいだちにしてくれた父親のおかげ共言える。

 しまいには指切りを一夏としだすデュノア。

 だが、そんな仲の良さそうな光景を目の前にして快く思わない者がいた。セシリアだ。

 

 一人蚊帳の外で初恋の相手が目の前で他の女性と仲良く指切りをしだす様を見せられて好い気はしない。と言うかぶち壊したくなる。

 

「何をされてますの?」

 

 プーとフグの如く頬を膨らまして拗ねるセシリアにデュノアは「えへへ」と幸せそうな笑みで「指切り」と答える。

 

「へー、そうなんですの」と白い目で見てくるセシリアに「何だよ?」と一夏は尋ねると「別に何でもありませんわよ!?」と言いながら足を踏まれ、そっぽを向かれる始末。

 

 そんな二人の事など露知らず「えへへ」と嬉しそうに笑うデュノア。

 

「あ、そうだ。俺これから用事があるから一時間半後になら買い物に出かけられるぜ」

 

「先程言われました個人的な事でしたら、私も手伝える事がございましたらお手伝いさせて頂きますわ!」

 

「あ、僕も出来る事があるなら手伝う!」

 

「お、そうか。んじゃあ、デュノア君とセシリアさんには学園を回って使えなくなったパソコンや使わなくなった古いパソコンを拾って来て欲しい」

 

 デュノアは一夏が何するのか何となく想像はついたが一方のセシリアは何をするのか解らなかった。

 

「宜しいですけど何をされますの?」

 

「あー……ちょっとパソコンの作製を、ね?」

 

 嘘は言ってない。一夏はパソコンを使ってAIを作るのだ。

 一夏が作るAIは、言わば魂だけの存在。肉体としてパソコンや携帯端末に宿らせる。だが、その肉体がなければ一夏が作るAIは作れない。パソコンはAIを作る上でどうしても必要不可欠なのだ。何しろマクベスのデータの許容量は今までの一夏の全データを保管しており、そろそろ限界が来そうな為別のAIを作るための空き容量は全くと言って良いほど無い。なので、今回の外出でAI作成に足らない部品とマクベスのメモリーのグレードアップをしないといけない。

 

「それじゃあ、ちょっとパソコン回収に手伝ってくれ。終わり次第行くとしよう」

 

 一夏はテキパキとセシリアとデュノアに指示を出して学園の必要の無くなったパソコン回収に勤しむ。

 

 40分後、一夏のもとに合計15台のパソコンが集まった。

 当初の予定では2,3台集まれば良い方だろうと予測していたが、何でも生徒会のパソコンが生徒会長が紅茶をこぼしてぶっ壊すという愚行を働いて一台ダメにしたのと、職員室の先生の一人が婚約サイトの詐欺に引っ掛かり大金をふんだくられた事に気づいてパソコンの画面をアンパンチしてパソコンを壊した事、パソコン部のパソコンを全部とっかえる為10台の不要になったパソコンと、物置小屋に埋まっていたパソコンを昨日帰寮時間を大幅に過ぎて帰寮したため織斑先生という鬼教師に見つかって特別懲罰トレーニングと大掃除1週間どちらが良いかと選ばされて選んだ女子生徒が見つけて必要としていた一夏のもとにわざわざ運んでくれたのだ。

 

「フーム。これだとメモリーと熱を冷ますファンだけ買えばいいか。これは画面壊れただけで新しいし。あ、でも、あれとあれとあれが欲しいな」

 

5分で15台の運ばれたパソコンを分解して、必要な部品をメモ帳にピックアップして再び全部のパソコンを組み立てるという早業をセシリアとデュノアの前で行うとメモ帳をポケットにしまう。

 

「ありがと。これで必要な部品が分かった。そんじゃあ、まあ、行くか」

 

「エスコートをお願いしますね?」

 

「あ、僕も!」

 

 両手に花の状態で一夏はIS学園を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、一夏さん。こちらの水着などは如何でしょうか?」

 

「ねえ、一夏。この水着はどうかな?」

 

「………」

 

 一夏は困惑していた。一夏は今まで水着というのも旧型スクール水着しか履いてこなかった。先程、自身の水着を買いにスポーツ用品店に向かうも、お店の人に見つかり捕まえられた状態でどこかに電話された。

 そして、その数分後には水泳推進協会という所の人が来て明日水着をタダであげるから明日水着を着た写真を二、三枚取らせてくれと言われて軽く承諾した。因みにどんな水着かは、秘密だそうでデザインは和とだけ言っていた。すぐにサイズを測られ10分で一夏の水着は終わった。

 なので、一夏は水着を選んでいない。

 

 自分の水着すら選んだ事が無いのに他人の水着など選べない。

 

 

「俺に訊くよりもお店の人に選んで貰った方が「「ダメ!」ですわ!」い……」

 

「こ、これは一夏への罰ゲームなんだよ!」

 

「そ、そうですわ!私も今日は一夏さんの為にパソコンを探したんですから、少しくらい水着選びに協力して頂いても罰は当たりませんわ!」

 

 うんうんと頷く二人に『それを言われちゃあ、ぐうの音も出ねえ』と思う一夏。

 

「OK.分かった分かった。んじゃあ、取りあえずセシリアはそこの赤と黒の水着を着てみてくれや。んで、デュノアはそこのメロン色の水着を着てみてくれや」

 

「分かった」とおとなしく指示に従うデュノアに対しセシリアは「赤ですの?青の方が私に似合ってますのに」と渋る。『だったら、最初から自分で選べや』と内心ぼやきながら一夏は口を開いた。

 

「あー、あれだ。ギャップ萌えってやつだ。普段青のイメージカラーのセシリアが普段とはまた違った色を着る事でまた違ったイメージが生まれるんじゃないかと思ってな」

 

「な、成程!流石私の一夏さんですわ!」

 

「おい、俺がいつお前の所有物になったんだよ!」と吠える一夏等知った事かと言わんばかりに鼻歌を歌いながら試着室に入るセシリア。

「って、聞いてねえし」と一人ツッコミを入れるも周囲に誰も知った人はいない。セシリアとデュノアが試着室に入った事によって一夏は今まで二人が居て全く気にはならなかったが、女ものの水着売り場で一人で待つ事の気まずかしさと言うか恥ずかしさを覚えた。

 

「……あつい。あー、あれだ。デュノアとセシリアが試着室から出てくるまでの間にジョージ〇でも買っておくか」

 

 顔が微妙に熱をもってきた気がして、いったん水着売り場を出て外に行き深呼吸を数回する。肺にほのかに冷たい新鮮な空気が入っていき、顔の熱が冷めて行く事を感じると自販機でジョージ〇ヨーロピア◇を3つ買って店の中に入り、セシリアとデュノアの試着室前に戻ろうとした時、事件は起きた。

 

「ちょっと、そこのあなた!」

 

「あ゛?」

 

 前方にいた女性に水着を渡されて「これ返しといて。じゃあ」と言って立ち去ろうとした。

 だが、これに一夏は若干キレた。

 

「あ゛?おい、手前ふざけんのは顔面だけにしとけや!何で俺が赤の他人(ムシケラ風情)の為に動かなきゃならねえんだ!?」

 

 見ず知らずの相手に、かける道理も情けも慈悲も関心も持ち合わせていない一夏。そんな一夏に「はい、これ返しといて」と言って水着を渡して言った通りにやってくれるのならデュノアは今頃大親友どころか心の友レベルまでに達している。しかし、未だに一夏の中では顔見知りレベルである。

 話は戻すが、そんな原作の篠ノ之束並みに他人に興味が無い一夏にお願いすればどうなるかお解りいただけるだろうか?答えは―――

 

「店員に頼みやがれ。もしくは、俺が赤の他人(ムシケラ風情)の為に動くだけの道理を作ってから人生出なおして来いや!」

 

――百万倍返しである。

 しっぺ返し以上である。

 

「……あなた、自分が置かれている立場が分かって無い様ね?」

 

「あ゛?何、今から若年性アルツハイマーにでも成ってんのか手前は、よぉ?」

 

 ピキピキと米神に血管を浮かばせながら女性は口を開く。

 

「良い?あなたは男、私は女。これがどういう事か解るかしら?」

 

内心、『あー、こいつはあれだ。女尊断碑の風潮に頭が逝かれた奴だ』と思いながら、

 

「知らねえなぁ。赤の他人(ムシケラ風情)の価値基準に何で俺が合わせなきゃいけねえんだ?」

 

即答。バッサリと言い捨てた。

 

「……そう、知らないのね。良いわ、これから牢屋に行くバカなあなたに教えてあげる。今の時代はISの時代。つまり、ISが使える女性が優遇されるのよ」

 

 

「バカは手前だ。糞女(クソアマ)!その女性優遇社会も俺の前じゃ無力で無価値なものなんだよ、お分かりいただけるかね糞馬鹿女(クソアマ)!」

 

 そう言って一夏は首で缶コーヒーを一つ挟むとポケットから携帯を取り出し、電話帳から【パシリ】と表示される番号に電話をかけた。数コールで相手が出ると一夏は口を再び開いた。

 

「あー、俺だ」

 

『な、何かございましたか?』

 

「少しトラぶっちまった。5分以内にすぐ来てくれや」

 

『5分以内は、ちょっと』

 

「なあ、何で俺が5分以内つったか解るか?5分以内に着てくんねえと、俺がキレちまいそうだからだよ!」

 

 握っていたスチール缶コーヒーの一つがものの見事に片手でプレスされた。

 缶コーヒーからは一夏が指を置いていた部分に穴が開き中身がこぼれ、スチール缶は空のアルミ缶を握り潰したようにプレスされた。

 異様な音が電話向こうの相手に伝わったのか、『すぐ向かいます!5分以上たちましたらこちらが全責任を負いますから、その場から離れてください』と相手は言うと電話を切った。

 通話が切れたのを確認すると再び携帯電話をポケットにしまいながら一夏は相手と向き合い再び話し合う。

 

「パシリが来るまでの質問だ糞女(クソアマ)。今から来るパシリに連れていかれるのは俺と手前どっちでしょうか?①手前②おバカな僕③握力が130kgあり、最近筋トレをし始めてたぶん握力が130kg以上はあり、リンゴどころかスチール缶コーヒーを楽々片手で潰せ、尚且つ男性唯一のIS操縦者である僕ちゃんにケンカを売った目の前のバカ。さあ、どれでしょうか?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべて問いかける一夏。

 一夏に命令した女性の首には目に見えない死神の鎌がかかっていた。

 

 女性は一夏の言葉を聞き、絶望した表情になりながら失神した。

 女性が失神前の最後に見たものは、全てを嘲笑う死神を思わせる一夏(最凶)の顔だった。

 

 

「あーあ、根性無し。つーか、この根性無しのせいで俺の買った缶コーヒーが1本パーに成ったじゃねえか!」

 

 目の前で失神した女性を女性がゴミ虫を見るような目で見ながら一夏は、ぼやいた。

 一夏は嫌いなものがある。そして、今回一番嫌いなものと出くわした。弱いくせに女性だからと女尊男卑の風潮を利用して何の努力も苦労もせず、大した力でも存在でもなく偉そうにする威張り散らす図々しいにも程がある存在が一番嫌いなのだ。なので、今回ちょこっとだけ熱が入った。

 ただ、今回の女性は運が良い。何しろ今の所同級生止まりのデュノアとセシリアが一夏の連れなのだ。これが3か月に一回の束か娘との家族デートだったら血を見る所か、最悪の場合相手の家にミサイルか核弾頭が降ってくる始末である。

 

 

「あ~、ちょっと!織斑さん何やってくれてるんですか!?」と背後から声がし、一夏が振り返るとグレーの高そうなスーツに身を包んだ一夏専用の男性高官が現れた。

 

「うるせえ!手前が来るのが遅いのが悪いか、この失神している糞女(クソアマ)が悪いんだろうが!おいこら、どういう事だこれは!?何で俺が一々絡まれなきゃあ、行けねえんだ!?今日であったばかりのこの糞女(クソアマ)赤の他人(ムシケラ風情)の癖に俺に水着を戻して来いと着やがったんだぞ、あ゛ああ!?何で俺が赤の他人(ムシケラ風情)の為に動かにゃならねえんだ?あ゛!?」

 

「お怒りはごもっとも、この人には2、3日留置所なり牢屋なりにぶち込んで反省して貰いますのでご容赦を。何なら洗脳して放逐しますので今日の所は何卒お怒りをお沈めください」

 

 現れた高官は一夏がIS学園に入学するにあたり、創設された内閣直属の部署【いち課】である。

 この【いち課】は、実は選りすぐりのエリート交渉人で構成されており、一夏がIS学園で生活するにあたって引き起こすであろう争い(災い)を鎮めたり防いだりする課であるのだ。

 

「あー、そう。そんじゃあ、そこの糞女(クソアマ)を宜しく。後、ここの後片付けも」

 

「はい!こちらで全て対応させて戴きます。あ、それと何故今日はこちらに?」

 

「あー、クラスメイトの買い物の手伝い」

 

「では、宜しければこちらでご購入される水着は全て私共で負担させて頂きます」

 

「あー、そう。それじゃあ、頼むわ。悪いね」

 

「いえいえ。所詮内閣のお金ですので、ぶっちゃけ私は痛くも痒くもありません」

 

「そう、それじゃあお願い」

 

 一応エリートの高官を顎で使うあたり一夏は大物であろう。そして、今回の件で内閣の官僚の何人かは胃薬が必要に成るだけだろう。何しろミサイルのコントロール主導権をパクって殲滅戦をしたり、ISを展開してお星さまにしたり拳を使ってボコったりしてないだけまだマシである。

 因みにこの『いち課』だが、IS学園に入学するに当たり千冬の指示によって創設された。何しろ千冬はIS学園の教師であり、歩く核弾頭、暴君、チンピラと千冬から言われIS学園に来る気など毛頭なかった一夏の面倒を一々見きれない為である。

 来たくもないIS学園に入学させられた一夏のストレスの溜まるスピードが加速し、千冬が出れない時に問題が起きるリスクが格段に高いが故に創設の指示を出した。

 因みに藍越学園に通っていた場合、通学なので織斑邸のある地元は正義(ジャスティス)の縄張りであり、正義(ジャスティス)の縄張り内で誘拐は勿論一夏に命令する人間は先ず居ない。その為はっきり言って争いのリスクが格段に少ないので千冬が楽なのが藍越学園に入学する事の方が楽だったりする。

 だが、過ぎた事は仕方ない。幾らIFの話をしても現実は変わりはしない。

 

「一夏さん、これは一体なんなんですの?」

 

「どうしたの一夏?」

 

 丁度二人とも水着に着替えて試着室のカーテンを開けたところで目の前に広がる一夏を遠くから見守る人だかりと一夏の前で失神している女性。そして、その女性を携帯電話で救急車を呼びながら介抱している高官と言うシュールな光景を目にし一夏に尋ねた。

 

「ああ、俺の目の前で失神してぶっ倒れた人が出たからパシリに電話して世話して貰ってる所。あ、後ここの支払いはこのパシリに任せるから」

 

 お前が失神させたんだろと遠巻きで見守っていた人達は内心ツッコムのだが、あえて口には出さない。

 一夏のまさに口撃を目の当たりにして余計な藪蛇は突きたくないからである。

 

「そう……それでどうかな?」

 

「か、感想が聞きたいですわ!あ、あくまで殿方の一つの意見としてですけれども」

 

「あー、うん良いんじゃねえかな?デュノアは、その……金髪の髪にメロン色の水着が似合ってる。ほら、ちょっと優しさをほのかに醸し出している感じがする。セシリアは……やっぱり、普段と違った一面を見て良い意味で面食らうって感じ……かな?すまんが、こう言うのに疎いんでな。あ、ちょっとどう思うよこの二人の水着」

 

一夏は高官に尋ねると高官は介抱していた女性の頭をゴンと地面に落として立ち上がり「素晴らしいです!いや~、私が後10年若ければ口説いておりました!」と女性そっちのけでデュノアとセシリアを誉めて誉めて誉めまくる。

 

「はあ」「あ、ありがとうございます」とあまり本気に相手にせずに高官の相手をする。

 

更にヒートアップしそうな高官の後ろ襟首を引っ張って強制的に話を終わらせると「んで、水着まだ見る?」と二人に尋ねる。

 

「いや、僕はこれで。セシリアは?」

 

「わ、私もこれで宜しくてよ。折角一夏さんに選んで頂いた水着ですし」

 

 そう言って二人は試着室に戻り、一夏は「そう?それじゃあ、この二人の水着を頼むね」と高官に言うと一夏は外に出た。

 

「ふう、やっぱあれだな。女性用の水着売り場は男の俺が行くと恥ずかしいものがあるな」

 

 先程握りつぶした缶コーヒーを捨ててトイレで手を洗い、水着売り場の前に戻ってくるとバッタリと千冬と出くわした。

 

「あ!」

 

「……ムッ!」

 

 千冬の隣には山田先生がいて、二人は水着売り場に向かって来ていた。

 水着売り場からレスキュー隊員が一人の女性を担架に乗せ一夏と千冬の間を通り過ぎる。

 

「「……………」」

 

暫く見つめ合った後、一夏は千冬を背に逃げた。ダッシュで逃げた。

 

「ええい、待たんか!」

 

 しかし、前回一夏に逃げられた所為か今回千冬は一夏をすぐに後ろ襟首を掴んで捕まえた。

 「放せ!」とジタバタと暴れる一夏だが千冬は一夏をしっかりと掴んでいた。

 

「一夏、お前また何かしたんだろう!?」

 

「いや、何もしてねえよ!」

 

「何もして無くて逃げる奴がいるか、馬鹿者!」

 

「ご尤も」

 

「だろう?で、今回は何をしでかした?」

 

「いや、まだ何も手を出してねえよ!」

 

「まだ、という事は今からするのか?」

 

「しねえよ!つーか、したくても相手が失神しちまって出来やしねえよ!」

 

「……という事は相手が失神するまでに何かやらかしたという事だな?」

 

「さっさと吐け!」とアイアンクローを一夏にする千冬。

「いや、単に現実突きつけただけだって!」とわりかしマジで千冬のアイアンクローを振りほどこうとする一夏。

 

丁度そんな二人のもとに高官がやって来た。

 

「お久しぶりです。織斑さん」

 

「お久しぶりです。それで、あなたがいるという事はこの一夏(バカ)が何かやらかしたという事でしょうか?」

 

「いいえ。まだ暴力を振るってはいないようです。今回店の床掃除と水着二着の購入ですみました」

 

「ハア、水着二着ですか?」

 

「ええ、女性ものの水着二着で済みました。安いものですよハッハッハッハ!」

 

「一夏、お前……」

 

 弟が新たな女装趣味と言う特殊な趣味に目覚めてしまったのではないか?と疑いの目を向けるも一夏は、「セシリアとデュノアと一緒に買い物に来たんだ」と反論した。

 

「そうか」とは言うが、ブラコンである千冬は内心それが面白くない。

 出来る事なら山田先生とではなく一夏と一緒に来たかったというのが本音である。

 

 だが、人前の為その本音を隠すのが織斑千冬なのである。

 

「んじゃあ」と言って別れようとする一夏だが、そこに山田先生が「あ、そう言えば私買うものがありました!それじゃあ織斑先生、私はここで。デュノアさんとオルコットさんに案内して貰いましょう」と言ってそそくさと一夏と千冬の前から姿を消した。

 それで高官も何か察したのか「それじゃあ、私もこれで」と言って千冬と一夏の前から立ち去って行った。

 

「……フン。山田先生も余計な気遣いをする」

 

 内心ガッツポーズをしたり五体投地で山田先生に感謝するが表面上ポーカーフェイスを保つ千冬。

 

「……そんじゃあ、山田先生を連れ戻して来ようか。要らない気遣いみたいですって」

 

そう言って山田先生を追いかけようとする一夏の足の甲を思いっきり踏む千冬。

 

「痛っ!何すんだよ!」

 

 踏まれた足の甲をしゃがんで擦る一夏。

 

「フン!」と千冬はソッポを向くが一夏はそれを見て「ハア。山田先生の好意を無下にする必要もない、か。OK.んじゃあ、行きますか」そう言って立ち上がり千冬に手を差し伸べる。

 

「ちーたんがはぐれない様に手を繋いどこうぜ」

 

「馬鹿者.私ではなくお前が、だ!」

 

「あ、そう。そう言っちゃうんなら何もわざわざ手を繋がなくても……」

 

「だが、はぐれる事を未然に防ぐというのは賛同する。うん、未然に防ぐというのは大事だ。はぐれた際の探すという無駄な老力を減らすのだからな」

 

「んで、本心は?」と尋ねられ「手を繋ぎたい、です」と小さく呟く千冬。「……世間の所為か、不器用だな。あんた」と返すも『も俺も』と内心で付け加えながら千冬の手を握る。

 

 言いたい本心()も言えずに世間の眼を気にする辺り一夏と千冬は似ている。その度合いと思う相手は違えども似ている。

 ただ、一夏が千冬と違う所は世間の眼を気にする理由が娘と束に危害が加えられるかもしれないからである。

 

 束は各国や企業から狙われている。束一人ならその千冬や一夏に匹敵するその超人的な身体能力で大抵の場合何とかなる。だが、娘がいる為大きなハンデとなり娘を狙われては面倒な為今現在逃げ回っているのだ。

 その為、一夏は束と娘を思うと中々家族デートが出来ない為三か月に一回と決めている。

 

 不思議と似たり寄ったりな姉弟(二人)。それは姉弟ゆえだろう。

 握った千冬の手に引かれて一夏は先程の店の5店舗先にある水着売り場に連れて行かれた。

 

「さて、水着売り場に来たのだがどれが良いと思う?」

 

「いや、俺に言われてもねえ?」

 

「お前、先程オルコットとデュノアの水着を選んだのだろう?」

 

「あ、いや。あれは身近にあった水着を適当に選んで言いくるめただけだし」

 

「お前、相変わらず地味に酷いな」

 

「あ、でも、家族は別です。最優先事項なので真剣に選ばさせて頂きます」

 

「ふむ、そうか。宜しく頼む」

 

「宜しく頼まれました」

 

 そう言って千冬の手を放し、水着を見ながら真剣に悩む一夏。

 そんな一夏を僅かに微笑みながら千冬は一夏を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 千冬が待つ事十数分。

 一夏が持ってきた水着は――

 

「……白か」

 

――白だった。白いビキニの水着だが、左腰に大きなドレスの様な布が縫い付けられた少し色っぽい水着だった。

 

「一夏、お前こういうのが好きなのか?」

 

「ちーたん。あんたが俺に何を訊きたいのか予想できるが理解する気はねえし、答える気もねえぞ」

 

「フム」と唸りながら再び一夏が持ってきた水着に視線を向ける。

 

「後、その水着を選んだ理由はあんたの綺麗な黒髪と普段着ている服を考えての結果だ。普段グレーや黒いスーツしか着ないあんただからこそ少し違った趣向の水着をチョイスしてみただけだ。何なら胸部の部分にフリルの入ったものと変更しても良いんだぜ?」

 

「いや、こちらにしよう。お前がわざわざ選んだのだから、な」

 

「弟冥利に尽きるねえ」

 

 水着を片手にレジに向かう千冬の背に『やれやれブラコンここに極まれり、か』と思いながら見送る。

 千冬がレジから戻ると一夏は千冬と共に店を出る。

 すると、待ち構えていたのか山田先生がセシリアとデュノアを連れた状態でバッタリ一夏と千冬ペアと出くわした。

 

 

「織斑先生、水着買いましたか?」

 

「ああ、私は買ったが山田先生は?」

 

「私も買いましたよ」

 

「そうか」

 

「それじゃあ、皆さん。私と織斑先生はこれからまだ買い物をして帰りますので、皆さんは帰寮時間を守って帰って下さいね」

 

「それでは、遅れるなよ」と千冬は一夏とデュノアとセシリアに釘を刺して山田先生と共に人ごみの中に消えていった。

 

 

「一夏……」

 

「一夏さん……」

 

 抗議の眼で一夏を見るデュノアとセシリアに

 

「解ったよ。ハイ、荷物持ちでも何でも常識の範囲内ならばやらせて頂きますよ」

 

肩を落として溜息を吐くように言うが内心、思ってしまう。

 

 

――人間とは見ていて面白い。第三者から見ればそう思うのは変であろう。だが、普通の人よりも感覚が、感受性が欠落しているのは小学校の頃から理解していた。だが、だからこそ思う。他者を見て人間らしさを理解できれば少しは今よりもマシな人間に成れるのだろうか?――と。

 

 

 他者よりも神童と呼ばれたほど頭が回り、力もあり、男性で唯一ISも操縦でき、ブリュンヒルデの姉を持つと云う言わば天から祝福され愛され恵まれた存在。だが、天は二物を与えずとは良く言ったもので一夏は家族や顔見知りとは親しくなるがそれ以上はどうでも良い存在である虫や路肩の石ころと同じ存在である感じてしまう。コミュニケーション能力の欠如と言えばよいのか悩ましい所ではある。それに好戦的な戦闘狂。なまじ、カリスマ性や知力や体力、ハッキングやクラッキング能力も持ち合わせているから尚の事性質が悪い。

 つまり、織斑一夏は出来る事の能力は多いが同じくそれに伴う欠点がある存在であるのだ。しかも、その欠点が時に人間性を疑うほど残虐になる事もあり得る。

 だが、それで良いと思う半面といけないと思う反面の両方を持ち合わせている。

 

やれやれと言いながら一夏は人間観察を兼ねて二人のご機嫌取りに専念するのだった。




今回11356文字……長かった。
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