拳の一夏と剣の千冬   作:zeke

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第46話

 とあるラボ。そこに束は娘と一緒に居た。

 束の周囲にはビスやナット、ISを作るための工具や試作品の部品が転がっている中で束は枕を抱きしめている。

 

「♬~♪~♫」

 

 鼻歌を歌う束に娘のクーは声をかける。

 

「嬉しそうですね、束様」

 

「聞いてよクーちゃん!いっくんにキスされちゃった」

 

 もうキャーと女子高生の様な勢いで言う束。すでに腕に抱いた枕に顔を埋めている。

 嬉しそうに話す束にクーは紅茶を乗せた盆を持ったままクスリと笑う。

 

「そうですか。良かったですね」

 

「次、いっくんとデートするのはクーちゃんだったよね?」

 

「はい。楽しみです」

 

「フフ、良かったね」

 

「はい。それじゃあ、お茶でもしましょうか」

 

「うん♫」

 

 ()は笑う。この残された幸せを噛みしめる様に抱きしめていた枕を放り投げて、クーを抱き寄せると笑顔で娘の頭を撫でる。

 もう涙は見せない。娘がいるから。娘の前で束は涙を見せないと決めたから。

 

 例え世界が残酷でも、もう娘の前で涙は見せないと決めたから。

 

          ★                ★

「ボス、ご飯だぜ」

 

 一夏はIS学園寮の自室で臨海学校の帰りに手に入れたダチョウに餌をあげていた。このダチョウを手に入れたのには理由がある。

 

 時は臨海学校の帰りのバスに乗る時に遡る。

 臨海学校で使用した宿泊施設に忘れ物をしてバス駐留所から宿泊施設に向かい忘れ物を取りに帰って再び、嫌々で不本意ながらバス駐留所に戻っていた時の事だ。

 のどかな舗装されていない道を軽トラックが通り、道端にはナスやトマトといった夏物野菜が実り始めた畑があり、一夏は死刑台に死刑囚が上るような重い足取りでバス駐留所に戻っていた。

 

「やべえ、マジやべえ。何がやべえって、帰りがバスなのがやべえ」

 

 残念な事にこの臨海学校の宿泊施設の周囲に薬局らしきものはなく、一夏が利用した宿泊施設に酔い止めの薬はあったのだが、利用期限がきれていた。その為、結局一夏は酔い止め薬を手に入れられずに憂鬱のままバス駐留所に向かっていた所、目の前に巨大なダチョウが現れた。一般的なダチョウの平均身長はオスなら2.1~2.8mメスなら1.7~2mではあるのだが、このダチョウはざっと見積もっただけで2.5m程の身長があった。

 

「………」

 

「………」

 

 一夏とダチョウの間に戦慄が走る。

 互いに黙ってメンチをきり、一歩も動かない。

 

――このダチョウ、出来る!!

 

 身長が2.5mを超える巨体のダチョウが繰り出すキック力はシマウマやライオンですら寄せ付けないと言われている。そして、このダチョウは身長が2.5mを超える巨体だった。つまり、それは強者(強獣?)と出会った瞬間だった。

 一夏の目の前に現れたダチョウ、これはこの臨海学校が存在する島一番の荒くれ者であり、小屋はあるが紐で小屋に繋がれようとも紐を引きちぎって逃走するか、小屋の繋がれた部位を破壊して逃走し、島の農作物を食い荒らす島の厄介者だった。

 一度島の住人がこのダチョウの暴挙にぶちぎれて、このダチョウを殺して肉にしようとした時には、あろうことかこのダチョウは胸に弾丸を受け、北斗七星の傷を付けながらも撃ってきた猟師全員をその自慢の脚力で蹴り飛ばし、骨を折るなどして返り討ち。しまいには、これでも喰らえバーカと言わんばかりに猟師の顔や頭に糞を落として、その後島の農作物をいつも以上に食い荒らしたという伝説を持っていた。

 

 この伝説が築かれた翌日からこのダチョウはボスと呼ばれるようになった。

 因みにこのダチョウの本名は花子であり、立派なメスのダチョウである。年齢は6歳であり、少々?お転婆である。

 

 一夏はこのボスと呼ばれるダチョウと出会った時に感じた。強者の雰囲気を。

 自分や千冬とは比べるとかなり目劣る雰囲気ではあるが、それでもこのダチョウに才能を感じた。

 

――このダチョウを育てればいずれ自分を楽しませてくれる逸材になるかもしれない。

 

 そう思うと一夏は目の前の巨大なダチョウに向かって動かないまま、殺気と覇気と戦意を少しだす。

 動物とは本来、弱者が強者に屈する。

 

 一夏は殺気と覇気と戦意を目の前のダチョウにぶつける事で隷属させようと考えたのだ。

 

「………」

 

「………コア」

 

 ダチョウは本来鳴かない。が、ボスは喉を鳴らし頭を下げ、一夏の前にしゃがみ込む。それは、ダチョウが一夏に隷属したサインだった。

 

「ボス~。何所行った~?ボスー」

 

 声が聞こえ、やがて目の前のダチョウが現れた茂みから一人の子供が現れた。頭は角刈りで、手には人参が握られていた。その子供は、一夏の目の前でしゃがみ頭を下げたダチョウを見ると心底驚いたように目を丸くし、手に持っていた人参を地面に落とした。

 

「ボ、ボスがしゃがんでるなんてありえけん!お兄さん何もんたい!?」

 

 方言がもろのその少年に一夏は少し笑ってしまう。

 

「フ」

 

「あ!?今おみゃあ、笑った!おいが田舎者やからって笑っちゅう!!」

 

「すまんすまん。それで、坊主。お前このダチョウの飼い主か?」

 

「あ、いんや。世話係っちゃ。飼い主はじいちゃんで、おいはボスの世話をしちゅうだけや」

 

「そうか。それで、ボスってのはこのダチョウの名前か?」

 

「あいや、本名は花子っちゅうんじゃが、花子言われるんがどげん好かんみたいで故野島の連中は皆、花子をボスっちゅうんじゃ」

 

 既にダチョウは花子と言われたのがよほど気に入らなかったのか、立ち上がり角刈り頭の坊主の頭をくちばしでつつき始めている

 

「そうか。それで、じいちゃんは何所にいるんだ?」

 

「じっちゃんは、今畑仕事をしてるけん。おいがボスの面倒をみちゅうが」

 

 少年はそう言いながら落とした人参を拾い上げ、ボスに差し出す。 

 ボスは渋々少年の頭をつつく事をやめて、人参をバクバク食い始める。

 

「そうか。偉いな坊主。話は変わるが俺をじいちゃんの所まで案内してくれるか?」

 

「わかった!」

 

 一夏は少年に連れられて、人参を食べるボスと一緒にボスの飼い主の所まで歩く。

 少年に案内されて一夏はボスと一緒に畑に行くとつなぎを着て、少年と同じ角刈りだが白髪の老人が鍬を片手に畑仕事をしていた。

 

「じっちゃん!お客さん連れてきたべさ~」

 

 少年が老人に声をかけると老人は畑仕事の作業をやめ、少年や一夏のいる方を向いた。

 

「客?誰だべさ、おみゃあら」

 

「ああ、すいません。俺の名前は織斑一夏って言います」

 

「織斑一夏?」

 

「はい。IS学園に所属していまして、昨日までそこの臨海学校の宿泊施設をお借りしていた者なんですけれども」

 

「そが」

 

「それでですね、話は変わりますけれどもこのダチョウを譲って頂きたいと思いまして」

 

 一夏は視線を老人からダチョウのボスに向け、再び老人へと向ける。

 

「ああ、そか。ええけん連れて行きや」

 

「じっちゃん!?」

 

 軽く了承したじっちゃんに驚く少年。

 

「構わん。お兄ちゃんボスを連れていきな。こちとら、厄介者が居なくなって清々するわい」

 

 そう言って少年のじいちゃんは再び畑仕事をし始める。しかし、畑仕事を再開するも先ほどしていた方向とは違い、一夏と少年、ダチョウを背にした状態で畑仕事を再開した。

 

「じっちゃん」

 

 少年が残念がる声でじいさんを呼ぶが、じいさんは黙々と一夏と少年に背を向けたまま畑仕事をする。

 そんなじいさんを見たダチョウのボスは、じいさんの後ろまで行くとすっと頭を下げる。それは、ボスなりの別れの挨拶だった。

 

「ボス、元気でな。その小僧はお転婆なお前を理解してくれるやろうけん」

 

 農作業の手を休め、再びボスを振り向いたじいさんの顔は泣いていた。しわくちゃな顔を涙で濡らして泣いていた。

 幾らお転婆で島の厄介者であったとしてもボスは、このじいさんと少年の家族だったのだ。その証拠に少年は一夏の隣でわんわん泣いている。

 一夏は隣で泣く少年の頭にポンと手を置くと優しく角刈り頭を撫でる。

 

「坊主、今は泣いてもええ。けどな、泣くのは今回限りにしとけや。普段は泣くな。泣いちまえば涙と一緒に大切なものが流れちまう。泣くのは、大切な人との別れの時にしときや。な~に、半年に一回位のペースで里帰りさせっからよ。安心しろ。何も今生の別れってわけじゃねえんだぜ」

 

「本当!?」

 

「ああ。約束だ」

 

 こうして一夏はダチョウのボス(本名 花子)をゲットし、千冬の待っているバス駐留所までボスを引き連れて向かい、千冬にボスに乗ってIS学園に帰るという旨を伝えると、とっととボスに乗って出発した。

 因みにダチョウの平均最高速度は時速70kmだが、花子は時速80kmである。オリンピックに出場したウサイン・ボ○ト選手が最高時速44kmであるからにして、花子はボ○ト選手の1.5倍以上の速さで走ることができる。

 因みにIS学園のバスは公道を走る為、60km制限で走らねば成らなかった。公道を走るIS学園のバスとそのバスの隣で一夏を乗せて爆走するボス。

 

 ボスは走った。今まで狭い島の中に閉じ込められていた事からの解放感で走る速度は今まで以上に速くなり、一夏を背負ってはいるが、体は今まで以上に軽く感じ走った。赤信号で速度を落とす時に羽を広げ、飛ぶ事は出来ないがブレーキ代わりに翼を広げ風を受ける。

 島から出なければ、こんな事は出来なかっただろう。狭い島の中では公道を爆走する事も出来なかっただろう。満足に自慢の脚が生かせない環境から解放されたボスのタガが外れ、ボスは高揚感と開放感を感じながら爆走し遂には並走していたバスを追い抜いた。 

 ボスに乗っている一夏もボスの嬉しそうな走りを見ると酔う事はなく、また嬉しそうに爆走するボスを見て自分も嬉しく感じた。

 

 

 という経緯があり、ボスは今IS学園寮の一夏の部屋で一緒に生活をしている。朝一夏と一緒に早く起きて実戦組み手をしたり、一夏を乗せて通学用のバイク代わりになったり、街に出るときの脚として使われるなど、半分一夏専用の脚としての役割が多いのだが、それでも一夏と組み手をやる時も楽しそうにしている。

 

『マスター一夏。そろそろお時間です』

 

「解った。そろそろ出かける準備をするとしようか」

 

 突如一夏の部屋に置かれているデスクパソコンの電源が付き、パソコンの画面に金髪の美女エルフが現れる。これは、AI SAKURA(さくら)MAKUBEX(マクベス)のバックアップにしてMAKUBEX(マクベス)のサポーター。MAKUBEX(マクベス)は一夏のサポートからあらゆる状況を分析し、その戦況や状況に最も最適な答えを導くように戦略・戦術型AIに改造されたのだ。

 

『それと、間もなくイスラエル元大統領ルー・ベリブン、米国現大統領ビル・クリミアから貢物が届く予定です』

 

「ハア、俺に得物なんて必要ないのに、な?」

 

『恐らく口止め料かと思われますが』

 

「口止め料って、あの計画の中枢ヴェーダに参加した事のか?」

 

『はい』

 

「くだらんな。最早一心同体なのに今更口止め料を払っても意味がないのに。それに、俺に口止め料を払う費用があるならばヴェーダに投資してくれればいいのにな」

 

『ヴェーダに上限はありませんからね。今はMAKUBEX(マクベス)がヴェーダの中心に入っていますが、いずれMAKUBEX(マクベス)でも今のままではヴェーダの管理に限界は来るでしょうから』

 

 一夏が昔描いた計画。それが一部ではあるが実行された。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との戦闘で一夏は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のコアを奪わない代わりに一つの交渉を、とある計画の資金及び技術提供をイスラエル元大統領ルー・ベリブン、米国現大統領ビル・クリミアと交渉した。その計画はやり方によっては毒でもあり、薬にもなるような計画だった。ただ、一つ言える事は人類と共にある計画だった。

 

 因みに貢物の中身はAT4が4丁、手榴弾が10個、IMIガリル 1丁、M4カービン1丁、弾が1万5千発、替えのマガジンがそれぞれ9つ。もうちょっとした村を制圧できるほどの火力である。

 報酬交渉の時に、何が嬉しくてこんな武器(もの)を受け取らなければいけないのか訳が分からなかった。しかも、おまけに米軍おさがりの潜水艦までプレゼントされるらしく、もう一夏の理解の範疇を超えていた。何所の誰がプライベートで米軍おさがりの潜水艦を持ってんだよ!とか、銃刀法違反じゃねえの!?とかイスラエル元大統領ルー・ベリブン、米国現大統領ビル・クリミアの両者にツッコみたかったが、一夏はもう疲れた。

 

「頭痛い」

 

『心中お察しします』

 

 AIに同情されるなんて世も末だなと苦笑しながら一夏はこれからの予定を考える。

 ヴェーダは今やっと開発されたばかりでMAKUBEX(マクベス)が今ヴェーダの中に入って不具合が無いかチェックしている最中だ。ヴェーダが起動するにはもう少し時間がかかる。今まで実行できなかった計画の一部が実行できると思うと嬉しく思うが、一夏は嬉しさで舞い上がってしまう余裕はなかった。

 先の一件、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の戦闘で自分の弱さに改めて気づかされた。

 

 箒を庇ったから撃墜された?それは言い訳にしかならない。

 所詮負けは負けだ。ISバトルでは一夏と銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との戦いは一夏のシールドエネルギーがまだ半分ほどあったため、負けと呼べないだろう。だが、一夏は先の一件は自分の敗北だと思っている。

 

「行くか、正義(ジャスティス)の本拠地 摩天楼に」

 

 摩天楼とは名ばかりの廃墟である。

 だが、その名に恥じんばかりに天に届かんばかりに男達の高い力の欲望が渦巻く建物である。日々実戦組手や力を求めて厳しい修行がされているその建物には、あらゆる箇所で力と力がぶつかり合い更なる高みを皆が望んでいる。そこで求められるは純粋な力。カリスマ性も必要ではあるが、部下たちを納得させリーダーと崇めさせる為の絶対的な力。

 

 その摩天楼に行けば、一夏は更に強くなれるだろうと踏んだ。

 摩天楼は男たちが純粋に力を求める場所。策略もあるが所詮圧倒的な力の前では無力。

 

 策略など圧倒的な力の前には成す術もない。

 

「ボスも、もしかしたらそこで何かを見つけられるかもしれねえな」

 

 そう呟きながら一夏はエサの白菜をつついているボスに視線を向ける。

 摩天楼に行くにあたり半年のブランクがある。だが、一夏はただ堕落していたわけではない。更なる高みを目指し、80kg以上を超える雪片弐型を毎日振り回し、軽々と振れるようになったし1000回の素振りだろうと楽々こなせるほどになっていた。しかも、毎日深夜に雪片弐型を持って走っているため以前以上に持久力も付いた。

 だが、油断してはならない。摩天楼は男たちが純粋に力を求めて日々研鑽しあって進化・成長している場所なのだ。油断をすれば痛い目にあうことは確実。

 

「ボス、お前も来るか?摩天楼に」

 

 既に餌を食い終えたボスは黙って頷くと一夏はボスを引き連れて部屋を出る。

 もう腹は括った。勝利!ただそれのみ。

 

 束の前で誓ったから負ける訳にはいかない。もう負けられないのだ。

 

「それに、ここで負けてちゃあ、あの人を振り向かすことは出来ねえもんな!」

 

 一夏は唇の端が吊り上がり、獰猛な笑みを浮かべながら部屋の扉を閉めるのだった。

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