拳の一夏と剣の千冬   作:zeke

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第66話

「……」

 

 整備室の入り口の扉の前にその人物は居た。

 あと数歩足を動かせば整備室に入るのだがその足取りはとても重く、男の目は死んでいた。

 

『妹をお願いします!』

 

 

 部下に頼まれ、本来動くはずの無い男が動いた理由。

 それは、部下に頼まれた内容が専用機持ちだからである。未だ動かずに居る専用機を何でも自分一人で組み立てている部下の妹の面倒を見てやってほしいというのが今回の部下からの頼まれ事であるのだが、ここに動くはずの無い男が動いた理由である。

 

 動かない専用機。

 その専用機がどんな機体なのか知りたい!その専用機と戦いたい!!

 

 男が動いた理由はただただ純粋な闘争心に突き動かされたからである。 

 男を刺激する理由が無ければ今頃整備室の向こう側に居る人物と男の部下はこの世には居なかっただろう。

  男の家族を交渉材料にしたのだ。男が部下と扉の向こう側に居る人物を消す命令を出すには十分な理由足りえるだろう。男が命令を出せば一つの小国が動くに匹敵する人員が部下と扉の向こう側に居る人物を襲うのだ。何処に逃げようとも無駄。

警察よりも大きな巨大な一大勢力を相手にした時に生身状態のたった二人の人間風情が逃げ切れるはずもない。

 

 

「まあ、どう転んでもこちらが有利なことに変わりない。いざとなったら消せば良いだけだ」

 

 そう呟きながら整備室に入る。

 ISの前でオリジナルカスタムモデルのキーボードを叩きながら空中ディスプレイを真剣に見つめる少女。内巻きの水色の少し長い髪に赤い瞳。そして、眼鏡をかけておりスレンダーなボディーのライン。

 そんな少女の前には鎮座するIS。

 ただただ一人で作業する少女に内心関心しながらも呆れる一夏。

 

「更識 簪だな」

 

「……何?」

 

 一夏が声をかけると少女は作業をやめて視線を一夏に向けるが少女から発せられる声はどこか怒気が含まれていた。

 

「敵対心むき出しなのは結構だ。要件を手っ取り早く伝えるとしよう。更識簪、お前次のタッグマッチトーナメントで俺と組め」

 

「嫌」

 

「即答か。俺も随分と嫌われたものだな」

 

「私は専用機が完成していないから無理。それに、私には貴方を殴る権利がある」

 

「どういう理由か知らないし興味もないが、ただでやられてやる程のお人よしでもねえぞ」

 

「貴方のせいで私の専用機を作る人員が貴方の専用機の整備に取られて完成できなかった」

 

「……そうか。それはすまなかったな。だが、俺は白式をもう受け取っているから俺の白式に回されていた人員も今ならばお前の専用機に回せるはずだ。それに、ここはIS学園。機材も優秀なスタッフも揃っている。その気になれば完成出来ているであろうお前の専用機がいまだ完成していないのに疑問がわくが?」

 

「それは……」

 

「求める術を持ち合わせていなかった訳でもないし、求める術があったのにそれを利用しなかったのはお前の怠慢だろう?なのに未だ専用機が完成していない理由を俺に全部押し付けられてもとても容認できねえな」

 

「っ――」

 

「まあ、良い。さっさと終わらせるぞ」

 

「終わらせるって何を?」

 

「あ゛?何って、未完成の機体をだよ。未完成ならばさっさと完成させるに決まってんだろ」

 

「――いい。私一人で「完成させるか?」……」

 

「成程。故にお前が専用機持ちなのに未だ未完成の理由か。そう言えば、聞いた話によるとお前の姉は自分で専用機を完成させたそうだな」

 

 姉の楯無の話をし始めると徐々に簪の表情が暗くなり、その表情を見た一夏はニヤリと唇を歪める。

 

「成程、姉がそうしたから自分もそうしなければという凝り固まった固定概念。それが未だお前が専用機を持てていない一番の理由だ。確かに最初のきっかけは俺の白式だったかもしれない。だが、それはきっかけであってお前が選んだ結果が現状だ。つまらない下らんプライドでお前は代表候補生でありながら専用機を持てていない。そのつまらないプライド故にお前は姉と同じ土俵に立てずにいる。まあ、このままではお前は何れ専用機は完成するやもしれない。だが、その間にお前とお前の姉との距離は更に広がりお前は更に絶望する事に成るだろう」

 

 まるで心を見透かしたように語りかける一夏に簪は恐怖心を覚える。

 

「………貴方に何が解るっていうの!?」

 

 震える手を胸で抱きしめながら簪は言う。

 怯える簪を腹を抱えて笑う。

 

「姉に、姉の威光に埋もれた凡人の家族の考えなど俺にはお見通しなのだよ。俺自身もその当事者なのだから。優れた姉の威光に怯え、優れた姉よりも上に、優位にいたい。そうだろ?」

 

「っ―――」

 

「卑しい人間の欲望にまみれた考える事など俺にはお見通しなんだよ。君の前には二つの選択肢がある。このまま自らISを作るも姉との距離を更に引き離し絶望的な距離は越えられぬ壁となってお前の前に立ちはだかる。それとも、ISの製作に見切りをつけ他で姉を追い越すか……どちらを選ぶ?さあ、道は開かれたぞ少女よ。汝の人生、汝の選択の時だ」

 

「私は……姉さんを超えたい!だから、だから力を貸して!!」

 

悲痛な泣きそうな少女の願いを聞いた一夏はクックックと笑う。

 

「そうか、そうなるか!?良いだろう……お前の願いこの俺が聞き届けた。喜べ少女よ。君の願いはまもなく叶う。さあ、刮目せよヴェーダの初稼働の時だ!!」

 

 そういう一夏の手には黒い球体が握られていた。

 黒い球体の正体はヴェーダの子機。一夏が心血を注ぎMITの協力を得ながら形にした人類の至宝。人類を神へと誘う神の頭脳。

 未だ未完成だが稼働出来る。プロトヴェーダを超えたヴェーダを手にした一夏は躊躇う事も無くヴェーダを使用する。

 

「更識簪、この機体の特徴は?」

 

「えっと……マルチロックオンシステムによる高性能誘導ミサイルと荷電粒子砲がまだ。それに稼働データも取らないと」

 

「やる事が盛りだくさんなのは何よりだ。より正確なヴェーダの試験稼働データが取れる。veda access the direct link.さあ、ヴェーダよ我等を導け!!」

 

 一夏がそう言うとヴェーダの声紋システムが起動し、一夏と簪の目の前には空中ディスプレイが突然映し出され空中ディスプレイには膨大なデータが流れる。それは全部マルチロックオンシステムによる高性能誘導ミサイルと荷電粒子砲の基礎理論、設計図、応用による進化武装。理論上可能な数多もの戦略。無数の文字と数字と図が現れる。

 

「余計な物が出たな。ヴェーダ、設計図と製作手順以外の予測稼働データ並びにマルチロックオンシステムによる高性能誘導ミサイルと荷電粒子砲の基礎理論及び進化武装その他諸々のデータを空中ディスプレイから削除」

 

 空中ディスプレイには設計図と製作手順以外のデータが消え、先程の無数に並べられた文字や図が消えシンプルに設計図と製作手順が記された。

 

「……す、凄い」と漏らす簪を鼻で笑う。

 

「この程度ヴェーダによる恩恵でも貧しい方だ。さあ、最短の道は記された。後はこの通りに作れば良いだけだ。先ずは武装、終われば稼働データの採取。後は……人手だ。今から必要な整備科の暇そうな連中を捕まえてくる。設計図と製作手順が書かれたこのデータがあれば本来ならばお前一人でも作れるだろうが時間が惜しい」

 

「……え?」と驚く簪に一夏は不思議そうな顔を向ける。

 

「何を驚いている?姉を追い越すのであろう?ならば、次のタッグマッチトーナメント……勝ちに行くぞ!」

 

 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべる一夏に簪はフフフと笑う。

 

「安心しな。俺はお前の姉の相手をしない。更識楯無はお前が倒せ」

 

「お、織斑君……あ、ありがとう」

 

「感謝されるまでも無い。俺のヴェーダの稼働試験につき合わせただけだ。それに感謝するのはまだ早いぞ。機体がまだ完成していない。それにお前の姉にもまだ勝てていない。さあ、心せよ更識簪。さあ、これから目まぐるしくなるぞ」

 

 不敵に笑いながら一夏はそう言い残すと整備室を後にした。

 整備室を出ると一夏は口に手をやり、喉にこみあげてくる嘔吐感を必死に抑え込む。

 

「うぐっ、高々この程度の検索で恩恵を預かった程度でこんな怠慢とはな」

 

 ヴェーダに初めてアクセスし、一夏の脳には一時的とはいえ膨大な量のデータが流れ込んだ。それは、常人ならばぶっ倒れてもおかしくない量のデータで過負荷が起こったため一夏は嘔吐感が起こったのだ。

 

暫く嘔吐感と格闘した後、一夏はまるで何事も無かったかのように平然とした様子で廊下を歩く。

 

「だが、問題点は見つかった。後はこの改善だ。俺が慣れるか、あるいは……」

 

 そう呟いて口を閉ざした。

 それはゆくゆく改善していけばいいだけの話だ。稼動した時点で及第点なのだから。

 目下の問題は更識簪の専用機の完成だ。タッグマッチトーナメントまでの期間は限られている。それまでに更識簪の専用機の完成と戦闘能力を高めねばならないし、それに一夏自身も弱体化した力を取り戻さねばならないのだ。

 自身の力を取り戻すのに果たしてどれだけの時間を有するかわからない以上時間は惜しい。

 更に更にタッグマッチトーナメントのペアの把握とその対策も考えなければいけない。未完成の機体を持つ更識簪というハンデを背負う以上は一人で戦う以上のリスクと考えるべきである。

 

 

 

 

「さあ、時間が惜しい。始めるか」

 

 一夏が整備室に戻るとその後からぞろぞろと5、6人の生徒が入ってきた。彼女らこそ一夏に捕まった哀れな生け贄、整備課の暇人達。その中には更識簪が良く知る人物もいた。

 

「か-んちゃ-ん」

 

「本音!」

 

 ダボダボのキャラクターの着ぐるみパジャマを着た更識家の一応使用人の布仏本音。

 

「えへへ、おりむーに捕まっちゃった」

 

「ごめんね」

 

「いいよ~丁度暇してたから~」

 

「え、何々!?」

 

「え、これが更識さんの専用機?」

 

 ワイワイと騒ぐ女子たちに向かってパンパンと手を叩き注目させると彼女らの前にヴェーダを使用して空中ディスプレイで投射した設計図を広げる。

 更識簪のISの設計図とその詳細なデータ。未だ稼働試験もしていない状態では戦術などたてれる筈もない。

 

「悪いが時間が差し迫っている。各員投影された空中ディスプレイを見ながら完成を目指してあたってくれ」

 

「お、織斑君」

 

指示を出して動く少女たちを見て簪は一夏の袖を引っ張り、一夏に疑問を投げかける。

 

「どうして本音たちは私に協力したの?」

 

「そんな事か……なに、簡単な事だ。彼女らをよく見てみろ」

 

「?」

 

一夏に促されるまま視線を作業する本音達へと向ける。

 

「彼女らは誰だ?」

 

「……」

 

「彼女らは何者だ?」

 

「………」

 

「彼女らは何年生だ?」

 

「……」

 

「お前の姉が本当に自分一人で専用機を作ったと、誰の力も借りずに誰の助言も無に一人で組み立てたと思っているのか?」

 

 一夏から発せられる言葉、その全てに何らかの意味があるとしたら……

 じっとその場で深く考えを沈める。

 

「本音達は――」

 

 

 そして導き出される結論。思いつくもの…

 

「二年生以下で、整備科の生徒」

 

 しかし、それが真実を知らない簪の限界だった。

 

 簪の答えに一夏は「仕方ないか」と呟くと真実を語る。

 

「お前の姉 更識刀奈は、正確に言うならば自分一人でISを作ったわけではない。今の整備科の三年生の助言を得ながら組み立てたわけだ。確かに一人で組み立てたかもしれんが、その過程には助言を得ていたこともまた事実だ。これがお前の知らぬ真実。そして、ここに居る整備科の彼女等はそんな三年生よりも自分達が優れていることを示す機会を狙っていた者達。お前の専用機が完成しお前が姉に打ち勝てば彼女達の優位性は上がる……という訳だ。両者の利害は一致し、互いを必要としていた。そして、俺はそのチャンスを与えた」

 

 ここまでの一夏の話を聞いて更識簪は納得がいった。ただ一つ、たった一つの疑問を残して。

 

「……貴方は?」

 

 そう、ここまで簪と整備科の彼女等の利害はものの見事にマッチングした。

 だが、一夏の思惑が語られる事は一つも無かった。ただ、自分と組めと。

 

 だから彼女は尋ねる。

 

「貴方の思惑は何?」と

 

 

それを聞いた一夏は不敵な笑みを浮かべる。

 

「俺の思惑か……そうだな。俺の狙いは、お前の専用機の完成の先にあるものだよ。未完成のお前の機体を完成させ、お前と戦う事。ただそれだけだ。でなければ、俺の家族を餌とした罪でお前共々お前の姉は今頃この世には居なかっただろうよ。俺を動かすとはそういう事だ。俺が動くに足る理由が無ければ、俺は動かんし舐めた奴には慈悲もかけん」

 

何気に自分の命が危なく散っていた危機があった事に衝撃を受けて言葉を失う簪。

 

「だが、まあお前の姉の観察眼は鋭かったのか、結果として見るならばお前はこうやって専用機完成に軌道が乗り出している。結果オーライだろ?」

 

 クククと面白そうに笑う一夏に対し簪は出来ることならば今すぐにでもぶっ倒れたい気分だったが、幸か不幸か簪はそんな事で倒れこむほど軟な少女では無く、そんな自分を悔やんだ。

 

「さあ、ぼさっとするな。専用機の完成は未だ至っていない。それが終わればデータ採取と優勝に向けての特訓だ」

 

 ニヤリと笑いながら言う一夏の目は蛇のような、猛禽類のような捕食者の目で簪はがっくりと項垂れた様子で覚悟を決めるのだった。

 全ては優勝のために、ここまでお膳立てしてくれた一夏(はどうでも良いかもしれないが)と、つき合ってくれる整備科の人達の為に簪は項垂れながらも内心優勝に向けて決意を固めるのだった。

 

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