拳の一夏と剣の千冬   作:zeke

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第83話

 戦闘が終わった弾と修羅2人を待っていた人物。その人物を見て弾は驚いた。

 

「お久しぶりですかね、五反田弾君」

 

 IS学園生徒会で会計を行っている布仏虚。更識家にも仕えており、更識家を襲名した織斑一夏とは主従の関係で弾と一夏との関係も主従の関係。同じ主に仕える同胞。一夏の事で悩んだ虚は弾に相談した事もある。

 突然の事に驚き固まる弾の前に達人クラスの修羅2人が背を向けた状態で立ち塞がる。

 

「なんだ貴様!」

 

「なれなれしいぞ!」

 

 彼らにとって弾は主人であり頂点である織斑一夏の次に強い明確な目標。そんな彼らにとって弾は特別な存在だ。その存在価値はかつて日本が天皇を頂に担ぎ上げていたのと同じで彼らにとって織斑一夏は絶対的な存在で彼の右腕たる五反田弾もまたその次に絶対的な存在。そんな特別な存在に達人クラスの力も持たない一般人がなれなれしい口を利くなど我慢ならなかった。だが、弾はそんな達人クラスの修羅2人に対して「やめろ、お前達」とそれ以上の口答えを許さなかった。

 

「すみません虚さん。彼等も悪気があって言ってる訳では無いんです。それと、もしかして……」

 

「ええ、学園長からの指示であなた達に学園を案内する様に言われました」

 

 二人の間に漂う空気を感じた修羅2人は弾に席を外しますと言って弾と虚の前から去っていく。

 

「ったく、あいつ等は」

 

「どうしたんでしょうか?」

 

「あ、いえ、あいつ等には俺から案内して内部の把握を徹底しておきますのでご安心を」

 

「そうですか。それでは宜しくお願いします」

 

「任せてください。この命に代えても守って見せます」

 

「あの、一つ質問宜しいでしょうか?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

「あなたは何故今回の学園警備に?」

 

 虚の質問は至極当然の質問だった。今回の学園警備の内容も生徒会の虚に説明されていた。警備に来る者が文字通り命懸けであるという事を。何かあれば一夏が学園警備担当者の命を散らさせる。その対価は一体なんだというのだろうか?命を懸けてまで学園警備をするものとは一体……

 

 虚の質問に弾は視線を遠い空に向けながら答える。

 

「虚さん、男が命を張る理由って何だと思いますか?」

 

「それは……」

 

 弾の質問に虚は言葉が詰まってしまう。命を懸ける理由、女の虚には解らなかった。どれだけ思考を張り巡らせて考えてみても女の虚には解らない。ただ、思い浮かぶ限りの理由を言ってみる。

 

「お金でしょうか?報酬として動くだけのお金を用意されているとか?」

 

「違います。確かにマフィアやギャング等はそれで動くかもしれません。しかし、修羅はそんなんで動きません。修羅が動くのは修羅の頂にいる織斑一夏の命令によってです」

 

 虚が「では」と言いかけて弾が虚の言葉を遮る。

 

「だが、俺は修羅の頂に最も近い存在である。先程の達人クラスの修羅ならば織斑一夏の命令に絶対遵守しましょう。ですが、俺は違う。あいつの命令によって来た訳では無い。五反田弾として、修羅では無く一人の男としてここに来たんですよ」

 

「降参です。理由が解りません」

 

 その言葉を聞き空を見ていた弾は視線を虚へと移す。眼鏡にヘアバンド、三つ編みの彼女の眼をしっかりと見る。

 

「それは、貴女が居るからですよ布仏虚さん」

 

 二人の間に突如風が吹き、弾と虚の髪が揺れる

 

「……私ですか?」

 

「ええ、正直に申しましょう。俺は布仏虚さん、貴女に好意を抱いている。好意を抱いた女性が危ない目に合うかもしれないって言うのに黙っている男がいるでしょうか?学園警備が手薄となった今、命を賭してでも守りたいと思うのは普通じゃありませんかね?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、虚は時が止まったように感じた。顔が徐々に熱を帯びていくのを感じ取る。ついには、顔が赤面し手の震えが止まらない。小刻みに震える手を握りしめ平静を装おうと試みるがうまくいかない。

 自分が好意を持っていた異性もまた自分に好意を持っていた驚愕の事実に体が震え体の内側から熱を帯びていくのを感じ取れる。何時以来だろうか、こんなに赤面したのは?と自問しながら虚は弾を睨め付けるような視線を向けた。

 

「……私は貴方に辱めを受けました」

 

「……はい?」

 

 突然意味不明な事を述べる虚に面をくらった弾は間抜けな返事をするが、虚は崩壊したダムの如く次々と涙を流しながら自分の心境を弾にぶちまけた。

 

「酷い辱めを受けました!あなたにそんな事を言われ、あなたの言葉は私の気持ちを揺るがした!見てくださいよ!あなたのせいで私は顔が真っ赤に変化し、心臓は今まで以上に鼓動が速くなりました!あなたの言葉を聞いて私の手は震えが止まらない!あなたは言葉の重みを知っていますか!?言葉はやがて力となり、その力によって人は突き動かされるんです!あなたの言葉は私の心をかき乱し、私の心を揺さぶり、私の心を突き動かした!」

 

 普段の大人びた彼女とは裏腹に癇癪を起した子供の様に泣きながら心境を訴える虚を弾は、ただただ黙って見守るしかなかった。

 

「………」

 

「……だから、責任を取ってください五反田弾君。私もあなたの事が好きです」

 

 その言葉を聞いた瞬間弾はフッと柔和な笑みを浮かべ瞬時に片膝をつき虚に頭を垂れ、体の目の前で左手を開き左掌に自分の右拳をくっつけた。包拳の構えを取る

 

「この拳は貴女を守り抜く楯となり、この拳は貴女を助ける(ケン)となりましょう。この俺の命を懸けて貴女を守護します。だから、これから俺に貴女を守らせてください布仏虚さん」

 

「こちらこそお願いしますね」 

 

 忠義の誓い。否、漢として惚れた女に好いている女に奉げる誓いは己にかけた呪いともいえよう。呪いは何れ自分をむしばむ毒にも成ると知りつつも弾はその道を選んだ。その道を選ばなければ弾は自分をこの後許せなかっただろう。信念がある者と無い者とでは最後に下手をすれば生死を分けるような差が出る。ここでこの選択は弾に虚を守るという信念を生じさせた。

 この告白の様な言葉が言えなければ弾はヘタレとして自分を責め立てただろう。

 

 一夏には婚約者がいるというのを弾は知っている。守るべき者があるというのを知ってはいるが、それが篠ノ之束と娘のクロエ・クロニクルというのを知りはしない。が、それを抜きにしても織斑一夏が抜群に強いというのを弾は知っている。その強さの秘訣は何かを考えた時、弾は一夏にあって自分に無いものに気づいた。それが信念だ。織斑一夏は凄まじい信念を持っている。だが、自分にはそれが無い。例え修羅の頂に最も近い存在になったとはいえ、信念がなければ信念がある織斑一夏にかなわないのも道理と言えるだろう。

 それに、虚の事を好いている。最初は単なる同情心だった。暴君の主に仕える同業者としての接触が最初であったが、次第に虚との心の距離が近づいて行った。まるで氷がとけて水に成る様に氷だった二人の心が分かち合うのに時間はかかりはしたが、弾はその影響で虚をいつの間にか好きに成り守りたいと思うようになった。

 

――ああ

 

 心が満ち、体の芯から力が漲ってくる。体が軽くなったように感じ、今ならば何でも出来るような気がする。

 

「成程」

 

 これならば一夏が強い理由が解った。

 やはり自分の選択は間違いでは無かったと確信する。

 

 ★ ★

 

 ドイツとの戦闘を終え、再び幼児化した一夏はセシリアと別れ千冬と、ラウラ、簪、デュノアと列車に乗ってフランスのデュノア社を目指していた。暗い表情で列車の窓から外の風景を見るデュノア。そこには会いたくもない相手と会わなければならないという不安が胸中に渦巻いているのだろう。その隣ではラウラがデュノアの手を握って座っている。

 既にデュノア社には亡国機業経由で一夏の手の者が潜伏している。後はデュノア社の社長と出会って一発ドギツイのをその体に叩き込んで全てを嘲笑ってやればいいのだ。デュノア社に潜伏させた者から報告を既に聞いている。第三世代を完成させたとの報告を。

 

 一夏がデータを破壊しなければ大分早くに完成したであろう第三世代。データを破壊したその後、どこかしらのIS企業と協力を仰ぎ、第三世代を完成させたのであろうその機体を目の前で奪取するか、圧倒的な力の差で完成した第三世代を負かせばいい。この程度足下にすら及ばぬと皆に知らしめればいい。修羅の頂は、伊達では無いという事を。

 

 列車が走ってからかれこれ8時間以上が経過した。カラカラと音をたて前車両からカートを押した移動販売員の男性がやって来る。

 

「ボンジュール。美味しいサンドイッチは如何?」

 

 一夏よりも前に座っていたラウラとデュノアは声をかけられ、ラウラは「それでは一つ頂こう」と言って代金と引き換えに大きなサンドイッチを受け取ると移動販売員の男性は一夏の方に近づいてくる。そして、一夏をその視線に入れると大慌てで片膝をつき包拳礼をした。

 

「あ、あなたは、拳皇(けんおう)様!?」

 

 拳皇(けんおう)。それは織斑一夏が持つ称号()だ。その称号()を口に出す相手は修羅と決まっており、世界各国に派遣した5人の神の手(ゴッド・ハンド)が織斑一夏に名付けた称号()で理由は拳の教皇。自分達に武術を教えた修羅の頂である織斑一夏への畏怖と尊敬を込めた称号()

 

 慌てて片膝をつき包拳礼をする移動販売員に千冬、ラウラ、デュノア、簪の視線が集まる。

 

「そうだ。その称号()を口にするという事はそういう事か?」

 

 

「は、はい!ご指導して頂きまして1ケ月めに入ろうかと思います」

 

「そうか。ならば更なる高みを目指せ。さすれば俺等と同じ頂に立てるやもしれん。女尊断碑に抗う術を我等は持っているのだ。更なる修練を励め」

 

 一夏の言葉に移動販売員の男はジーンと感動した表情を浮かべ、お近づきの印にとカートに入ったサンドイッチを全部一夏に差し出そうとするが一夏は苦笑を浮かべてそれを拒否した。

 

「そんなには必要ない。そうだな、それでは5つだけ頂くとしよう」

 

 一夏にサンドイッチを渡すと販売員は何度もペコペコと一夏に頭を下げて次の車両へと移動した。

 その様子を見ていた千冬は内心、不信感を抱く。一方、一夏は貰ったサンドイッチを千冬、簪、デュノア、ラウラの全員に配り、デュノアにいたっては「腹が減っては戦は出来ぬっていうから食っとけ」と暗い顔をしたデュノアに言って半分無理強いするような形でデュノアにサンドイッチを持たせる。

 

 そんな5人を乗せ列車は目的地であるデュノア社があるフランスのパリへと迫っていた。

 

 

「冷えるな」

 

 列車はデュノア社近くの駅に留まり5人は列車から出てくると駅のホームへと降り立った。列車の中で暗い顔をしていたデュノアは駅に到着する前に一夏と会話し何かあれば助けて貰う約束を取り付けた。生身でISと戦い勝利を治めた一夏の助力を得られるのだ。デュノアの中で一夏はさしずめ王子様といった具合に株がうなぎのぼりで上がっており心強い事この上ない為列車の中でしていた暗い顔とは無縁とは言い難いが顔色はすこぶる良くなった。

 駅の出口を出ると迎えの長くでかいリムジンが止まっており初老の執事姿の男性が一同を待っていた。

 

「……ッチ。やっぱり車か」

 

 

 忌々しそうにリムジンを見た一夏はポケットからピルケースを取り出し、中に入っている酔い止めの錠剤を水なしで飲むと千冬の後に続きリムジンに近づく。

 執事姿の男性は一夏達5人に一礼するとリムジンの扉を開き、5人はリムジンへと乗り込む。5人が乗り込み終えるのを確認すると初老の男性は扉を閉めリムジンはゆっくりと走り出した。

 

 

 フランス、パリにあるデュノア社特設ISアリーナゲート前にその男は居た。男の名はアルベール・デュノア。高級スーツに身を包み顎髭を生やした威厳あふれる風貌を身に纏っている。

 

「そろそろか」

 

 腕時計を見つめ男がそう呟くと男の視界にリムジンが映り込む。リムジンはそのまま男の前で停車すると扉が開かれ千冬、ラウラ、簪、デュノア、一夏の順に出てくる。

 

「遅い!」

 

 まるで怒鳴る様にデュノアにいうアルベール。その声にデュノアはビクリと体をこわばらせる。 

 そんなデュノアの腰に手を置き一夏が一歩デュノアの前に出た。

 

「ハ。理由も聞かず、知らず、ただ怒鳴るだけしか能がねえのか?おっさん!」

 

 幼児化した一夏は当然アルベールよりも背は低い。だが、自分より背が高い相手だろうが一夏にとっては何のハンデにもなりはしないが、アルベールからすれば小さな餓鬼がガン垂れている様にしか見えない。

 

「なんだ貴様は?子供に用は無い。私は娘と話しているのだ。関係の無い人間はすっこんでいろ」

 

「俺の名前は織斑一夏だ。それにあんた今、娘と言ったか?あんたの今までの態度からして道具の間違いじゃねえのか?」

 

 馬鹿にするかのように鼻で笑う一夏。そんな一夏の態度に千冬は慌てて一夏を抱きかかえ引っ込めようとするが捕らえようとする千冬の腕をするりと抜けハアと溜息を吐きながら千冬の捕らえようとした腕を指で突く。すると、千冬が反射的に腕を引っ込めた。

 

「……悪いんだけど織斑先生、邪魔しないでくれます?」

 

 睨みつける様に鋭い視線を千冬に向け、更には一瞬で消えて再び千冬の足元に現れると千冬の膝のツボを指で突き、千冬は急に脚に力が入らなくなり膝から地面に倒れる。

 

 その光景にアルベールは目を丸め信じられないと言わんばかりの表情を浮かべる。が、一夏はそんなアルベールに鋭い視線を向けコキコキと首を鳴らしながらゆっくりと近づく。

 

「んで、さっきの質問に答えて貰おうか。おっさん」

 

「娘だ」

 

「娘。あ~、あんたが言う娘っていうのは道具の名前か!」

 

「違う!私の血を分けた娘シャルロット・デュノア。私の家族の名だ!!」

 

「ふざけんな!」

 

 音が弾け、アルベールの前から一夏の姿が消えたと同時に視界が歪みアルベールの体は宙を舞っていた。背中から地面に激突しアルベールの体は地面に落ちる。背中から落ちた衝撃で呼吸困難になりその後に遅れて膝から痛みが生じたためアルベールは自分が膝を蹴られるかして体勢を崩した後に殴り飛ばされたことを知る。その証拠に頬に痛みが生じておりその過程を物語っていた。

 

「あいつを道具の様にしか扱わねえお前が、お前如きが家族なんてほざくんじゃねえ!!」

 

 家族を何よりも大事にする一夏にとってアルベールのやる事全てが気にくわなかった。家族の為にと言いながら傍から見たら道具の様にしか扱わないアルベール。同じ父親として、アルベールだけは許せなかった。

 

「小僧!貴様に、貴様に何が解るというんだ!?」

 

「知らねえよ!娘を愛さない父親の考える事なんざ解りたくもねえよ!!」

 

 アルベールの胸倉を掴み再度その顔にその顔を殴ろうとする一夏の手を止める人物がいた。アルベールと一夏の両方がその主に視線を向けるとそこにはシャルロット・デュノアの姿が。

 

「ありがとう、一夏。お父さん、どうしてか教えてくれませんか?」

 

 今までの仕打ちを得てもなおデュノアはアルベールの事をお父さんと言った。その言葉に一夏は振り上げた拳を下し、アルベールは全身から力が抜け空を見る。そして、アルベールの口からポツリポツリと言葉がこぼれる。

 

「かつてデュノア・グループでシャルロットを排除しようとする動きがあった。最も単純な方法…暗殺だ。IS操縦者は世界で最も保護された存在だ。だからこそ私はシャルロットをリヴァイヴに乗せた。しかも、IS学園となればデュノア家の親族による圧力も及ばない」

 

「だから今まであんな態度を取ってたのか?」

 

 一夏の質問にアルベールは無言で頷いた。

 

「……そうか。歯を食いしばれや!」

 

 再びアルベールに振るわれる拳。今度はアルベールの左頬に命中する。

 アルベールの良い訳を聞き、父親だけでなく男としても最早一夏はアルベールが許せなく、気にくわなかった。

 

 アルベールは口の中が裂け、口内に血の味が充満する。

 

「だったらどうすれば良かったというのだ!?」

 

 アルベールの縋りつくような質問に一夏は軽蔑の眼を向け、嫌悪感丸出しで吐き出すように答えた。

 

「デュノア君に訊けば良かっただろうが!」

 

 再び拳を振り下ろそうとする一夏にシャルロット・デュノアは一夏に背後から抱き着く様にアルベールを殴ろうとする一夏を止めた。

 

「良い。もう良いよ、一夏。父さんを殴るのはもうやめて」

 

 その言葉を聞き、一夏は振り上げた拳を下す。一番の被害者であるシャルロット・デュノアがもう良いと言っているのだ。一夏がこれ以上アルベールを殴る大義名分は無く、これ以上殴ればそれは単なる一夏の私怨になろう。

掴んでいたアルベールの胸倉を離し、シャルロット・デュノアにもう大丈夫だ。殴らねえといって手を離して貰うと立ち上がる。そして、立ち上がる寸前アルベールに言い放った。

 

「もし、もし俺があんたの立場ならデュノア君にどうしたいか訊く。んで、デュノア君を暗殺しようとする相手を始末する。娘に手を出せばどうなるか知らしめる。あんたの一番の間違いはデュノア君に訊かなかった事だよ、おっさん。俺も親だから余計にあんたの事が嫌いなんだよ。あんたは男としても、親としても俺は認めねえ。男なら、惚れた女とその女が産んでくれた自分の娘を愛そうとするんじゃねえのか?親なら、娘に道を強いるんじゃなく選択肢として与えるんじゃねえのか?それが出来ないお前を俺は心底軽蔑するぜ、おっさん。手前のやってる事は善意の押し付け。しかも、それが説明されてないデュノア君にとって悪意にしか感じ取れねえっつう最悪の類のもんだ」

 

 興味が失せたと呟きながら一夏はアルベールに背を向ける。最早その顔すら見たくないと言わんばかりの態度をする一夏の背中を一度みたアルベールは仰向けに成った状態のまま、まるで独り言のように呟いた。

 

「シャルロット、私はお前に開発した第三世代に乗って貰いたい。頼む、お前まで失ったら私は……」

 

「……解りました。では、僕のリヴァイヴと戦いましょう。戦って、あなたの第三世代が勝てば僕は潔くリヴァイヴから第三世代へと乗り替わります」

 

 威厳がなくなり小さくなった父の姿をみたシャルロット・デュノアは決してNOとは言えず、まるで一夏が言うみたいな戦闘凶のような発言になってしまったがそれは仕方のない事だった。未だ自分の専用機ラファール・リヴァイヴに乗っていたいと思う気持ちと父親に同情する気持ちがシャルロット・デュノアの中でせめぎあい、どちらにも選べないシャルロット・デュノアにとって運命によって決めようと思ったのだから。無論、やるからには全力を尽くすが負けたら負けたで仕方のない事だ。潔く諦めて第三世代に乗ろうと考えた。

 

 

 そして、一夏達はデュノア社が所有するアリーナに来ていた。一夏の眼下には特殊なガラス越しで見えるアリーナのフィールドに専用機ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを身に纏ったシャルロット・デュノアとそれに対峙するのは第三世代機『コスモス』を身に纏ったショコラデ・ショコラータとの戦闘。

 

 

 リヴァイヴをベースに開発されたコスモスは全てにおいてリヴァイヴの性能を上回っており、さらに第三世代兵器花びらの装い(ル・ブクリエ・デ・ペタラ)は実弾兵器を受け流すエネルギーシールドであり実弾兵器が主力武装のシャルロット・デュノアのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡでは相性が悪すぎた。ここでシャルロット・デュノアが一夏と同じように武術の達人であれば第三世代『コスモス』に苦戦をする事は無ったかもしれないが武術の達人でないシャルロット・デュノアが苦戦を強いられるのは道理であった。

 

 

 コスモスの花が開いたようなその独特の機体形状は攻守両様の兵装を兼ね備えており、四八口径ハイブリッドロングライフル『ヴェーチェ』はエネルギー弾と実弾を組み合わせた射撃を行え、三二口径十連装ショットガン『タラスク』がシャルロットが接近を拒む。実弾兵器が主力武装のシャルロット・デュノアにとって打てる手札は決められており射撃がだめならば近接格闘戦に持ち込もうとするが三二口径十連装ショットガン『タラスク』がそれを許さない。距離を詰めようとすれば三二口径十連装ショットガン『タラスク』がシャルロットを襲い、その攻撃を回避するために距離をとればエネルギー弾と実弾を組み合わせた四八口径ハイブリッドロングライフル『ヴェーチェ』の餌食に。

 苦戦を強いられるシャルロット・デュノアの顔は実感が経過するにつれてどんどん顔色が悪くなっていき、敗色が濃厚である事を告げていた。

 

「……もう一度!」

 

 再度六二口径連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』を展開し『コスモス』に銃口を向け、放つシャルロット・デュノア。だが、『コスモス』の第三世代兵器花びらの装い(ル・ブクリエ・デ・ペタラ)が六二口径連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』の弾丸を受け流す。それでも、シャルロット・デュノアは六二口径連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』を連射で打ち続けながら距離を詰めていく。『コスモス』の第三世代兵器花びらの装い(ル・ブクリエ・デ・ペタラ)が実弾を受け流すがそれよりも更に早く連射されるシャルロット・デュノアの六二口径連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』の弾丸。さしずめまるで砂嵐の様に視界を覆いつくすショットガンの弾丸にショコラデ・ショコラータの視界は悪くなった。その瞬間を目掛けてシャルロット・デュノアは右手に近接ブレード『ブレッド・スライサー』を持ち、左手に六二口径連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』を装備したまま瞬時加速(イグニッション・ブースト)による強襲を仕掛ける。

 

 

 目の前から目標のシャルロット・デュノアの姿が一瞬消え、すぐに懐から現れたシャルロット・デュノアに体が硬直するショコラデ・ショコラータ。下から上へ向けて近接ブレード『ブレッド・スライサー』で斬りつけるシャルロット・デュノア。

 だが、ショコラデ・ショコラータはスラスターの逆噴射という荒業によって近接ブレード『ブレッド・スライサー』の切り上げを回避するが、それを予測していたのかシャルロット・デュノアは空中を一回転する蹴り上げを行った。シャルロット・デュノアの蹴り上げは『コスモス』のフルフェイス・バイザーを掠め、小さな罅を入れる。更にのけぞっている『コスモス』を身に纏うショコラデ・ショコラータに向けて空中から至近距離で六二口径連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』を連射する。

 その連射がシールドエネルギーを削ると共に小さな罅が入ったフルフェイス・バイザーを割り、中から操縦者の素顔を露にする。

 

 

「あなたは!」

 

 

 驚くシャルロット・デュノアの前には亡国機業の一人オータムの素顔があり依然と比較して髪が短くなっていた。

 

 

「折角、髪を切ったのに台無しじゃねえか!」

 

「これは一体どういう事!?」

 

「察しの悪い餓鬼だな、この最新鋭機を頂こうって事さ!」

 

 

 オータムはちらりとアリーナを見る一夏に視線を向けるとそこには顎を僅かに上へ動かしこちらを見る一夏の姿が。

 オータムがアリーナの天井を見るとそこにはゆっくりと確実に開かれていく天井があった。

 

 アリーナの異変に気付いた千冬は直ぐにアリーナのシールドロックを指示するがアリーナがコマンドを受け付けない。

 

 

「ダメだ!何らかのハッキングを受けている!!」

 

 

 電脳世界でMAKUBEXによるハッキングによりアリーナのシステムは全て掌握されている。

 一夏は嫌悪感を覚えるアルベールから第三世代『コスモス』を奪う腹積もりだった。デュノア社から『コスモス』を奪い自分の息がかかっている亡国機業の手駒として利用しようと最初は思っていた。その為オータムを潜入工作員としてデュノア社に潜り込ませたのだが今日に成って予定が変わりデュノア社からシャルロット・デュノアの専用機に成る可能性も生まれた。結果、IS学園の戦力になるか亡国機業の戦力になるかという状況になった訳なのだが、何方に転んでも所属は自分の管轄の為ここは静観を貫く。

 千冬からの指示があればその様に動くがその指示もまだ出ておらずシャルロット・デュノアから助けを求められてもいない。それにこの状況はシャルロット・デュノアのやる気を更に燃焼させるであろう状況だ。ここで手を出すのは下策もいい所であろう。下手に手を出して千冬に感づかれでもしたら最悪亡国機業に関与している事が露見してしまう可能性もありえる。そうなれば最悪千冬の前でオータムを斬り捨て無ければいけなくなるかもしれない。その為、オータムは機体の奪取成功に命懸けであたるだろう。それにシャルロット・デュノアはこのままいけば第三世代機コスモスを奪われてリヴァイヴにそのまま乗る羽目に成るだろう。

 

 しかし、それを良しとするか否かはシャルロット・デュノアしか知らない。

 

 徐々に開かれていく天井。既にオータムの脱走のカウントダウンが始まっている。天井が全て開けばオータムは『コスモス』と共に脱走しシャルロット・デュノアの前から行方をくらますだろう。

 

「見てられん‼」

 

 そう言ってラウラはISを展開しようとするがそれを遮るかのようにシャルロット・デュノアの声が響いた。

 

「来ないで!手を出さないで!!」

 

 その言葉を聞いたラウラは千冬の顔を見て指示を仰ぐが、その前に一夏がラウラを手で制止した。

 

「全員、手を出すな!これはデュノア自身の戦いだ!」

 

 悔しそうな表情をしながらシャルロット・デュノアに視線を向けるラウラ。

 一夏とラウラの戦闘能力は圧倒的に一夏の方に軍配が上がる。例え幼児化した現在の一夏であろうとも修羅の頂の技術に衰えはない。例えラウラが専用機を用いて生身の一夏と戦ったとしても確実に負けるので動けない。下手にラウラが動こうとすれば瞬時に一夏はラウラにワンパン入れて気絶させるだろう。なにせ、一夏が手を出すなと宣言したのだから。

 

「く、こんなにも相性が悪いなんて!!」

 

 先程から六二口径連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』を連射して、先程通用したブレード・スライサーによる近接攻撃を行おうとするが、オータムは先程受けた一撃を警戒してシャルロットに距離をとらせない立ち回りをする。

 

「さあ、そろそろ時間だ!あばよ!!」

 

 そう言い残して浮上していくオータム。その体は徐々に高度をあげ出口である天井へと向かっていく。

 その時、シャルロット・デュノアの脳裏に幼き頃の思い出が駆け抜けた。それは、小さかった頃に今は亡き母親に頭を撫でられながら言われた言葉。

 

『ねえ、おかあさんのいちばんすきなおはなってなあに?』

 

『急にどうしたの、シャルロット?』

 

『だって、もうすぐおかあさんのたんじょうびだもん』

 

『そうねえ、それなら思い出の花がいいわね』

 

『おもいで……?』

 

『あの人に贈って貰った思い出の花よ。それはね――』

 

 

「お願い、リヴァイヴ!力を貸して‼ぼくの為でもなく、あの人の為でもない!お母さんの為に!!」

 

 母の愛したコスモスの名を汚したくない。その想いは強く、熱かった。

 それにこたえる様にリヴァイヴのコアが輝きを放ち始めた。

 

「まさか、第二形態移行(セカンド・シフト)をする気か!?その機体の状態では無理だ、デュノア‼」

 

 千冬の警告を無視して、シャルロット・デュノアはエネルギーを集約させていく。

 

「!?何か拙そうだ、あばよ!!」

 

 すぐに離脱を図ったオータム。

 

「させない!」

 

 コアが輝きを放った状態のリヴァイヴが瞬時加速(イグニッション・ブースト)によってオータムとの距離を詰めてオータムの片足を掴んだ。

 その瞬間、共鳴現象(レゾナンス・エフェクト)が起こった。

 

 光に包まれる2つの機体。そして、強制排除されたシャルロットとオータムは地面に強く打ち付けられる。

 

「何が起こったか知らねえが丁度良い!二つとも頂いていくぜ」

 

「渡さない!おいで、リヴァイヴ!……ううん、輪廻の花冠(リィン=カーネイション)!!」

 

 オータムが機体に触れる前にシャルロットの叫びが、声が、思いが――届いた。

 光の渦となった二つの機体は一つの輪となりシャルロット・デュノアに取り巻く。

 

『これから生まれてくる子には、苦労を掛けるだろう』

 

『解っています。それでも、愛してあげて。あなたが私にそうしたように、あの子にも』

 

『…解った』

 

 どこからか聞こえた父と母の声。

 

「暖かい…これが、母さんと―父さんの思い…」

 

 両親に包まれた感覚が徐々に薄れていき、やがてシャルロットを取り巻いた光は弾けた。その後に残されたのは世界で初めてのデュアル・コア搭載機『リィン=カーネイション』が生まれた姿。

 天使の光輪を戴いた、翼と装甲。それにコスモスを思わせる意匠と武装。リヴァイヴの戦闘データを搭載した、純粋なシャルロット専用機の誕生。

 

「クハハハハ!!素晴らしい!世界で初めてのデュアル・コア搭載機の誕生の瞬間にありつけるなんてな‼」

 

 その誕生の瞬間を見ていた一夏は歓喜の声をあげた。新たなる強者の誕生の瞬間。

 未知なる武装、未知なる性能、未知なる能力。新たに生まれた獲物の誕生は戦闘凶たる一夏を満足させる戦いをしてくれるかもしれない可能性に歓喜の声をあげずにはいられない。

 

 それに、決着はもう着いた。此度の戦いはシャルロット・デュノアの勝ちと言えよう。

 ならばこそ、行動が出来る。

 

「ちっ!」

 

 敗色濃厚とみるやオータムは『アラクネ』を呼び出して逃走を図る。

 判断としては正しかった。当初の目的たる『コスモス』の奪取の失敗。これでは、一夏の怒りの矛先がオータムに向かうこと間違いなしだが、イレギュラーにより新たなるデュアル・コア搭載機の出現により一夏は歓喜の声をあげた。これで、オータムの非を咎められる事は無いだろう。

 

 

 逃走を図るオータムだがコスモスを汚されたシャルロットは甘くない。

 羽ばたくリィン=カーネイション。その姿は天の御使いに似ており、神々しさを感じさせる。生まれ変わった四十八口径ハイブリッド・ダブル・ライフル《ヴァーチェⅡ》を両手に持ち連射しようとするが、既にエネルギーがつきかけていた。

 

「一夏、ラウラ‼」

 

 千冬の指示でオータムを拘束するために動く一夏とラウラだが一夏の方が速かった。

 

「フン!不動砂塵爆(ふどうさじんばく)

 

 標的を一切揺らさず内部のみを崩壊させる突きをアリーナと部屋を分け隔てる厚さ30㎝はあるISの攻撃にも耐えれる特殊ガラスにあてると特殊ガラスに無数の蜘蛛の巣状の細かい罅が入り、耐久性能を無くした特殊ガラスを撒き散らしながらアリーナに侵入すると同時にISを展開し瞬時加速(イグニッション・ブースト)によってオータムの背後に回るとその首に手刀を突きつける。が、その瞬間一夏はオータムに向かって耳打ちした。

 

「流れに任せろ。何れ解放してやる。後、俺の事は何があってもしゃべるな」

 

 少し遅れてラウラが到着しオータムの首筋にプラズマ手刀を突きつける。

 

「チェックメイトだな」

 

 ラウラと一夏に首に得物を突きつけられたオータムはISを解除し降伏のポーズをとる。

 すぐに千冬達が降りてきてオータムはそのまま拘束される羽目になった。

 

 こうしてアリーナの一件は決着がついた。


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