来月までにはやりたいなぁ。
「で。あの
翌日、五月十三日(土)。時計の短針が10と11の間に来た頃。
未だ『準備中』の看板が掛かる喫茶Avalonの店内に、琴里の姿はあった。昨日現界したハーミット、自称『よしのん』についての情報交換だ。
しかし、その割には琴里の目はトロンとして、今にもくっ付いてしまいそうである。現に、今も大きく口を開けてアクビをした。
「さっき令音がなんとか連れ出せたみたいだけどね……ふぁ〜あ……。おかげでこっちも寝不足よ」
「ご機嫌取りも大変だな。その年だと夜更かしもキツイだろうに」
適当に会話しながら、コトリとエミヤはカウンターテーブルに紅茶を置く。その色は普段店で出すときよりも濃いが、この男にかかれば客の体調を見抜いて適切な濃さに淹れることなど造作もない。
「ありがと。……ふぅ。
まぁ、十香も十香で大変なんだけど、それよりもハーミットが天使を出したのが大きかったわね。今まで滅多に出したことがなかったから、データの解析に時間がかかって。
で、
琴里がここに来た目的がコレだ。
彼女やラタトスク機関は——スパイがいるDEM社やASTも含めてもいいが——"精霊"の情報は持っていても、それが"英霊"と比べてどうなのかは全くわからないのだ。
それが分かるのは、実際に"英霊"であるエミヤシロウだけだ。
「どうだった、と訊かれても、何についてかによって話すことも変わるのだが。
そうだな……。アレとは通常の聖杯戦争では戦いたくないな」
「どうして?」
琴里の印象では、ハーミットはそこまで厄介な精霊ではない。それこそ、暴嵐のような剣戟をしてくる十香の方が何十倍も危険だからだ。
しかし、この英霊からしてみると、また違った評価が出てくるようだ。
「あの速度や、まるで手足のように人形を操ってみせた騎乗スキルもさることながら、最も厄介なのは、あの回避性能だ」
「ああ。あの、直感だか矢避けだか言ってたアレ?」
「それのことだ。
私の基本的な適性は、アーチャーかアサシン。近接戦闘もできないことはないが、やはり最も効果的に戦えるのは遠距離からの狙撃になる。
しかし、あの尋常ならざる回避性能があっては、その戦法も使えん。近接戦闘についても、あの速度で距離を離されるのがオチだ」
まだ正面からぶつかってくれた方がやりようもある、とエミヤはぼやく。
「なら、真正面からぶつかり合ったら勝てるの?」
「どうだかな……。負ける、とは言いたくないが、奥の手を切らなければ厳しい戦いになるのは事実だろう。それだけ、あの
一連のものなのか、それとも別口かは分からんが、常に雨天で戦えるという環境と、雨を操って弾丸とするあの戦法は、これ以上ないぐらいに噛み合っている。もし対象が雨に限らず水分全てに作用するのなら、さらに危険度は倍加だ」
確かに、そう考えると厄介極まりないだろう。なにせ、無数の弾幕が、尽きることなく放たれ続けるのだから。
しかも、昨日のデパートでは窓からだけだったが、屋外なら全方向からくることもあり得る。そうなったら、もはや勝ち目などない。
「まったく、
「権能?」
初めて聞く言葉が出て来て、首をひねる。
聞く限り、宝具の上位互換的な感じだろうが。
「なんと言ったらいいのか……。ようは、七面倒くさい理屈や理由を抜きにして、『出来るのだから出来る』を成り立たせてしまう能力のことだ。
正確には宝具とは別ルールによる区分だが、まぁ、神様とやらが振るう力と思ってくれればいい」
「うわぁ……。そんなのもいるのね、英霊って」
思わず引いてしまう。確かに、水を操るなんて神様とかがやってることに相応しいけど。
「そう多くは居ないさ。大抵のスキルや宝具には、それなりの理屈や理由があってその力があるからな。
私の知っている限りでは一人、いや、あの青いのも半ば踏み入れていたか。……どこぞの記録では他にもいたような気もするが、そんなものさ。私も、見方によってはそう受け取れないこともないしな」
「ふーん。それも気になるは気になるけど……先にハーミット、いえ、『よしのん』の話をしなくちゃね。
それで。彼女は"私たちと同じ"だったの?」
そう。戦闘能力の評価も聞きたかったが、こちらが本題だった。
"精霊が、元は人間だったのか否か"
一月前は憶測だったそれの、裏付けは取れたのか。
それこそが、
既に、自分が五年前に精霊になったことは伝えている。もちろん、詳細を覚えていないことも含めてだ。
「そちらについては、ほぼ間違いなくYesだ。
通常の英霊とは、どこか違った違和感があった。受肉しているのとも違う、人に取り付いている悪霊と同じ感じがしたな」
「そう……。なら、もう確定と考えて間違いないわね」
「おそらく、な。
そして、そんな回りくどい方法を使わなくてはいけなかった理由についても、昨日の接触である程度推測できた」
いろいろ思うところがあって伏せていた顔を、ガバッとあげる。
その情報は、五年前からずっと考え続けてきたピースの一つだったから。
「そ、それって!?」
「普通、いくら権能レベルの能力であろうとも、その程度で抑止力が直接動くことはない。精々、使おうとするときに、リミッターをかけるように押さえ込む程度だ。
しかし精霊に対しては、抑止力が直接動いている。しかも、空間ごと吹き飛ばそうとするなんて余程のレベルだ。
……逆に言えば、空間ごと吹き飛ばそうとしなくてはいけないほど条理から外れていて、なおかつリミッターをかけられた状態で権能レベルの宝具を使えるということ。それも、人と融合するなどという、大きく力を削がれた状態でだ。
そんなもの、英霊の枠に収まっていいレベルじゃない。例えサーヴァントシステムの原型となった、グランドと呼ばれる最高位の英霊であろうとも、な。
ならば、考えられる可能性は一つだけ」
それは、とエミヤは話を溜め、琴里はゴクリと喉を鳴らす。
英霊……つまり、英雄では収まらない。ならば、星の数ほどいる英雄よりも、数段も上位の存在であるということ。それはつまり……
「"精霊"の力の核となっているのは、英霊ではなく神霊だ」
神様に他ならないということだった。
◇
「…………どうしよう」
同時刻、士道は絶賛混乱中だった。
視線の先には、一昨日出会い、昨日名前を聞いた『よしのん』が居る。目線を下に落とし、何かを探している様子で。
今日は空間震警報が鳴ってないのは、平和な街並みを見ても明らかだ。
「ってことは、十香の時と同じか……。まずは、琴里に連絡したほうがいいかな」
年下の女子、それも妹に助けを乞うのは男として、兄としてのプライド的にどうかとも思うが、しかし自分が乙女心に疎いのもまた事実。プライドを守ってる場合じゃなかった。
それに、昨日みたいに暴れ出されたらどうしようもないことを考えると、今一緒にいるはずのシロウさんの手も借りたほうがいい。
『……もしもし、士道? どうしたのよ?』
「琴里。今、目の前によしのんが居るんだけど……」
『…………は?』
状況を掻い摘んで報告する。
令音さんと十香が出ている間に買い物を済ませようと出てきたら、よしのんと遭遇した。ただそれだけだが。
『……もう、ホント女難の相よね。街を歩いてたら精霊と遭遇なんて、滅多にあることじゃないわよ。それも二回だなんて、マジで呪われてんじゃないの?
まあいいわ。インカムは持ってるのよね? なら、今からフラクシナスに戻って指示するから、それまで待機して——』
「悪い。そんな暇はなさそうだ!」
『は? 一体どういう——』
電話を切って、慌ててよしのんに駆け寄る。その背後からは、いかにもナンパといった風貌の、ガラの悪そうな二人組が近寄ってきていた。
よしのんは、非常に目立つ。小柄で人の波に埋もれがちだが、その風貌は十香と負けず劣らず、絶世の美少女と言ってもいいレベルだ。
しかし、本人は非常に臆病だ。あのパペットがあればまた別なのかもしれないが、今日はつけてる様子がない。そんなときに、あの強面の人たちに近づかれたら……何が起きてもおかしくなかった。
「よしのん!」
「ッ!!?」
ビクゥ!と肩が震え、よしのんはこっちを振り向いた。
カチカチと歯が鳴っている姿には罪悪感が出てくる。だけど、このままの方が絶対まずいことになる!
「悪かったな、待たせて! さ!じゃあ行こうぜ!」
「…………!??」
出来る限りの笑顔で近寄って頭を撫で、少し強引だけど手を引いてその場を離れる。
チラリと後ろを見ると、あの二人組が悔しそうな顔をしていた。こんな小さな子をナンパってロリコンかよ……って、人のこと言えねぇ……。
◇
「こ、ここまで来れば大丈夫か……?」
しばらく歩いて、人気も少なくなったところで足を止める。
よしのんは、今のところ大人しくついてきてくれたが、まだこちらを怖がっている様子だった。ビクビクとしていて、いつ天使を出してもおかしくないように見える。
「ごめんな。でも、俺は君を傷つけたりしないから」
「…………」
だから、少しかがんで、目線を合わせて話しかける。
今必要なのは、敵ではないということを示すこと。この臆病な少女に、味方であると認識してもらうことだ。
「でも、奇遇だよな。三日立て続けに会うなんて、ちょっと運命感じるよ」
「…………」
「昨日は、十香が迷惑かけてごめんな。でも、悪い奴じゃないんだ。昨日は……ちょっとカッとなっちゃっただけでさ」
「…………」
「そう言えば、あの後大丈夫だったか? 怪我とかはしなかったのか?」
「…………」
「……どうしたもんかなぁ」
会話が成立しない。今にも恐怖で暴走しそうな感じはなくなったのだが、ずっと口を閉じたままだ。
そこで、ふと、士道はあることに気づいた。屈んでいるからか、よしのんの視線の動きがよく分かったのだ。
(左手を気にしてる? ……そう言えば、あのパペットを付けてないな)
そして、さっき見かけたときに、足元に視線を向けて何かを探している様子だったことも考えると……
「もしかして、あのパペットをなくしちゃって探してる、とか?」
「……!…………!!」
どうやら正解のようで、コクコクと何度も頷いている。
こんな年端もいかない女の子が不安そうな目をしていたら、精霊とかなんだとかは抜きにしても助けてあげたいのは山々なのだけど……
「ごめん。俺も何処にあるのかは分からないや……」
「……ぅ、ぅえ……っ、うぅ……っ」
余程大切な物なのか、泣き出してしまう。そう言えば、昨日十香が取ってしまった時も、天使を出してしまうほど動転していたっけ。
「な、泣くなって! ほら!一緒に探してやるから!」
こんな小さな女の子が泣いているのにはさすがに耐えきれず、泣いた琴里をあやすように抱いて背中をさする。
そうやって暫くすると落ち着いてきたのか、赤い目でこちらを見て、小さく「あり、が、とぅ……」と言ってきてくれた。
「気にする必要はないよ。俺にも責任はあるだろうし、なにより泣いてる女の子を放っておけないからな」
その時、ピリリリッ、とポケットから甲高い音が聞こえてきて、よしのんがビクッと肩を震わせる。
「ん? ……琴里か。
よしのん、大丈夫。コレは怖いものじゃないから。電話……って言っても分かるかな?」
「…………?」
「えーと、遠くの友達と話せる機械だよ」
「…………!…………!!」
それで伝わったのか、よしのんは何度もコクコクと頷く。
さて、流石にいつまでも放置していると、後が怖い。いい加減出なくてはいけないだろう。
「……もしもし?」
『遅いっ!!今どういう状況なのよっ!?』
「…………!??」
鼓膜が破れるかのように思えるほど響き渡った声に、ビクゥとよしのんが飛び上がった。無意識に力を使ったのか、体の周囲に氷の礫を浮かせている。
「お、抑えろ琴里! よしのんが驚くから!」
『フーッ!フーーッ!!』
なんか、猫の威嚇のような音がスピーカーの向こうから聞こえてくるのだが、いつからウチの妹は人間をやめてしまったのか。
飴を転がすかのような音が暫くすると、落ち着いた様子の声が返ってきた。偉大なり、チュッパチャ○ス。
『……はぁ。大丈夫、落ち着いたわ。
それで、一体どういう状況なのよ』
さっきは緊急事態だったから仕方がなかったが、こういう状況になったからには丁度いい。
あのパペットを探すにしても、たった二人じゃ人手が足りない。ラタトスク機関の手を借りるのが一番だった。
そんなわけで、ここまでの経緯を掻い摘んで説明する。
『……なるほどね。分かったわ、こっちでも調べてみる』
「ありがとう。ところで、シロウさんは?」
『都合の悪いことに、ASTの監視が来たみたいでね。下手に休ませるわけにもいかなかったから、今の所はあの喫茶店よ。警報がならない限り、あそこから離れられないでしょうね』
「……そうか」
正直、シロウさんを当てにしてた部分があったので、かなり落胆している。なんか、なんでもできそうな感じがしてたから。
『とにかく! こっちで昨日の映像を解析するから、士道は士道で上手くやっときなさい! これをチャンスに接近よ!』
「きゅ、急接近って……」
チラリ、と隣を見下ろすと、純真無垢な瞳でこちらを見上げるよしのんがいた。
昨日、あれだけ大口を叩いておいて今更だが、こんな幼気な少女を口説くのは、社会的に色々とまずいのではないか。さっきのナンパ(未遂)男を見て、そう思ってしまったのだ。
『……はぁ。大体何を躊躇ってるのか想像がつくけど、それが精霊には必要なことなのよ。人口呼吸と同じなんだから、気にする必要なし!』
「……分かったよ」
『ならよし。何か分かったら連絡するし、デートのサポートもしたいから、インカムぐらいは付けときなさいよ』
「はいはい」
そう言って電話を切り、胸ポケットからインカムを取り出す。
「俺の、えーと、友達も手伝ってくれるってさ。色々と凄い奴らだから、きっとすぐに見つかるよ」
「…………!!」
信じられないという驚愕と、見つかると言われた嬉しさからか、ぴょんぴょんと飛び跳ねるよしのん。うん、やっぱり女の子はそういう方が可愛らしい。
「だから、俺たちも探そうぜ、よしのん!」
そう言って、小さな手をとって立ち上がった。雨の中傘もささずに座り込んでなんかいたからずぶ濡れだけど、ここまで来たらもういいやと諦められる。
「……あ、あの……」
「ん?どうしたよしのん?」
というか、この子の声を聞いたのは初めて……いや、昨日の十香に対してのが最初か。
でも、途切れ途切れだけど、透き通るような、見た目通りの可愛らしい声だった。
「わ、私の、名、前……
「え?」
「よしのん、友達……私は、
「え。あ、あー……」
つまり、自分たちは勘違いをしていたわけだ。
あの人形の名前が「よしのん」で、この子の名前は「
通りで、昨日名前を確認した時に機嫌が悪くなったわけだ。そりゃ、名前を間違えたら怒るよなぁ……。
「間違えててごめんな。じゃあ、今度こそ。
一緒にかくれんぼしてる"よしのん"を探そうぜ、
「…………! は、はい……!」
◇
「"いない"なぁ、よしのん……」
「…………」
かといって、そう簡単に見つかるわけもなく。軽く1時間以上も動き回っていると、流石に歩き疲れてきた。
四糸乃のほうも、最初の方の意気揚々といった感じは鳴りを潜め、下を向いたまま口を閉じている。いや、口数が少ないのは初めからか。
そろそろ休憩を入れたいなぁ、と思っていたところ、くるるるぅ、と可愛らしい音が聞こえてきた。
「……四糸乃? お腹が減ったのか?」
「……!!…………!!!」
顔も真っ赤にして何かを訴えているけど、生理現象なんだから仕方がないと思う。時計を見ればいい時間だし。
……そういえば、精霊って半分英霊、つまり幽霊みたいな物って聞いてたんだけど、お腹は減るのな。よく考えたら十香も健啖家だし。
じゃあ、英霊もそうなのかなぁ。まあ、それは後で聞いてみよう。
「……少し、俺たちも休憩するか」
『いいんじゃない? そんなことでストレスを溜められても困るし』
途中で着けたインカムから、琴里の同意が返ってくる。
ある意味堂々と目の前でつけたのだが、仲間と連絡をするため(嘘は言っていない)と言ったら信じてくれた。ええ子や……
「ここらで何か昼食を食べられるところとなると……」
『Avalonはナシね。今十香と令音が向かってるから』
「って、ここら辺だとそれぐらいしかないよな? 他のはちょっと遠いし」
『いっそのこと、ウチに呼んじゃう? 手作りご飯で胃袋から攻略……有りね』
「んーー……」
確かに、それがいいかもしれない。
幸い、冷蔵庫に多少の余裕はある。二人分ならなんとかなるか。
というか、こんなびしょ濡れでは店内に入るのも迷惑だった。
「四糸乃。ちょっと休憩しようか?」
「…………!……!!」
一瞬迷ったようだけど、ぶんぶんと大きく首を振る。よっぽど早く、よしのんを見つけたいらしい。
「でも、お腹減ってるだろ? 今も俺の友達が探してくれてるから、ちょっと休んだ方がいいって。四糸乃が倒れちゃったら元も子もないし。
で、食べ終わったらまた一緒に探そう?」
「…………」
かなり迷っている様子だったけど、コクンと小さく頷いてくれた。
よし!なら早速帰って、腕によりをかけた逸品を作ろう! そうだな……この前シロウさんにアドバイスしてもらったアレなんかいいかもな。