【凍結中】Fate/DATE・A・LIVE   作:YT-3

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お久しぶりです。実に3ヶ月半ぶりの投稿です。

※WORNING!!※
R-17ぐらいの微エロ注意!!


Event 008 : Honey Trap

 陰鬱な面持ちで、マンションの廊下を歩く士道。俯くその口から、ポツリと本音が零れ落ちた

 

「……なんで俺が、こんな泥棒みたいなことを」

 

 一軒家住まいの彼が向かっているのは、彼の"クラスメイト"の家だ。それも、そのクラスメイトはたいへんな美少女で、電話で聞いた限りでは一人暮らしだという。健全な高校生なら興奮して発狂してもおかしくないシチュエーションだ。

 しかし、その子が何故か自分に好意を向けてることを隠そうともしないとなったら話は変わる。帰るときに貞操が無事なのかどうかすら予想がつかない。

 

『仕方がないだろう。あの家に入って人形を盗めるのはマスターしかいないのだから。それに、本来の所有者に返すだけだ。単なる泥棒ではない』

「それはそうかもしれないんですけど……」

 

 今日のサポートはエミヤシロウ。

 今向かっている部屋にはジャミング装置が仕掛けられているのが分かっており、いつも通りのラタトスク機関のサポートは受けられない。そのため、霊体化(幽霊と同じ状態になること)が出来る彼がサポートに着くこととなったのだ。

 しかし、いくら頼りになる味方がいるとしても、士道の気が進むことはなかった。

 

「本当に、シロウさんでも無理だったんですか……?」

『ああ。マスターの妹の部下とは違い、進入まではなんともなかったのだがな。なにせ、霊体化すれば物理的な壁やトラップなど関係ない。

 だが、先ほども言った通り、そこで一つの問題に気がついた』

「……はぁ」

 

 一度話は聞いているから、その理由もわかる。しかし、むしろそんな所に行くのが億劫だった。

 

『寝室であの人形を見つけたはいいものの、それを持って脱出することが不可能だったのだ。私の元々の所有物ではないから持ったまま霊体化はできない。かと言って実体化したままだと、どこかでトラップにかかるか防犯カメラに撮られるのが確実だった。下手な要塞よりも堅固だぞ、あの部屋は』

「そして、そんな所に俺は行かなくちゃいけないんですか……」

 

 英雄として人を超越した存在ですら不可能と言わしめるトラップが設置してある部屋に行かなければいけない。

 誰か、この気持ちが分かるだろうか?

 

『なに。マスターは彼女の友人として、正式に招かれて行くのだ。トラップの類いは停止してあるだろう……物理的なものは』

「へ?」

 

 何か今、とてつもなく嫌な予感が走ったのだが。

 

『まあ、今の所それはいい。とにかく、心してかかれよ。一応背後に控えてはいるが、余程切羽詰まらない限りは出て来れんからな』

「……わかりました」

 

 言わんとするところは分かる。今日は『体調不良』ということで店を閉めて着いて来ているのだ。そんな人が突然何もないところから現れるなんて、事情を知っていないと軽いホラーだ。確実に鳶一に危険視されるだろうし、そうなったら今の生活が危ぶまれるのも分かる。

 しかし、なんだろうこの違和感は。まるで、何かを知っているだろうに話すのをためらっているというか、怯えているというか、そんな感じがすごくする。ブツブツと何事か呟いているが、聞き取れたのは「サクラ」という単語のみ。花見か何かが関係しているのだろうか?

 

 そんなこんなで気を紛らわせていたが、必ず終わりはやって来てしまう。「鳶一」という明朝体の表札を前に、ゴクリと喉が鳴った。

 

「……着いちまった……」

 

 もう、気分は魔王の間に入る直前の勇者……ではなく、オークの巣に単身突撃する女勇者だ。この扉の向こうにいる少女が恐ろしい存在に思えてならないし、なんならこの扉も禍々しいものに感じてしまう。

 

「……入りたくねぇ……」

「何故?」

「何故ってそりゃ、鳶一が……って鳶一?!」

「そう」

 

 うじうじ悩んでいたら、当の本人が扉を開けてこちらを覗き込んでいた。あまりの驚きに、ひとっ飛びで5メートルぐらい下がってしまう。

 

「と、とととと鳶一さん!?いつの間に?!」

「今。あなたが来たから」

「……なんで分かったんだ?」

「覗き穴から見てた」

「……もしかして、ずっと?」

「そう」

 

 たらりと額に筋が通る。さらりと言っているが、エントランスで話した直後からここに張り付いている光景を想像すると……想像、すると……ダメだ。本能が規制をかけているようで想像すらできない。

 それに、とてつもなく気になることがある。

 

「な、なあ鳶一?」

「なに?」

「なんでメイド服?」

 

 ヒラヒラのフリル付きエプロン&カチューシャ。ミニスカートと絶対領域を作り出すニーソックス。

 どっからどう見ても、100人が100人メイド服だと言うだろう。

 

「嫌い?」

「え、いや、どちらかと言えば好きは好きなんだけど……」

 

 むしろウェルカムというか、心臓がバクバクと唸りを上げているというかなんだけど……ここで襲いかかったら思惑通りな気がする。というか、流石にそこまで理性がないわけではない。

 

「た、立ち話もなんだし、入っていいか?」

「分かった。お帰りなさいませ、ご主人様?」

「……いや、そういうのいいから」

 

 ここはメイド喫茶か。

 

 ◇

 

 女の子の部屋に入るというのは、士道にとって人生で初めての経験だ……義妹である琴里の部屋を除いてだが。

 ましてや、一人暮らしの美少女クラスメイトともなれば、胸が高鳴るのが普通の男子高校生だろう。

 当然、士道の心臓も強く脈打ち、前を歩く鳶一の一挙手一投足を目で追ってしまっていた。……悪い意味で。

 

(ト、トラップが稼働したりしないよな……? 一歩床を踏み間違えたらボウガンが飛んできたり、床が割れて落とし穴に落ちたり、もしかしたら爆発したりなんてことも……?)

「五河士道?」

「ひゃ、ひゃいっ?!」

 

 不意打ち気味にかけられた声に思わず声が裏返り、女の子みたいな声が出てしまった。

 しかし、そんなことを恥じている余裕はない。なにせ、目の前の少女は、この魔窟の女王なのだ。これ以上不審な素振りを見せるわけにはいかなかった。

 

「ど、どうしたんだ鳶一?」

「着いた」

「へ? って、ああ、リビングか」

 

 極度の緊張で時間感覚がなくなっていたが、いくら改造されているとはいえマンションの一室。そこまで広いわけもないだろう。

 

「……ん? 鳶一、お香でも焚いてるのか?」

「そう。発じょ……リラックスする効果がある」

「へ、へぇ……そうなのか……」

『……まぁ、間違ってはいないのだがな……アレをお香と呼んでいいものなのか……』

 

 一瞬聞こえた気がするヤバめな単語も、頭に響く不穏な言葉も聞こえなかったことにする。うん、リラックス効果リラックス効果……。

 

「座って。お茶を取ってくる」

「あ、ああ」

 

 スタスタと部屋を出て行く鳶一を見送って、ようやく部屋の中央にあるソファに腰を下ろす。たった数分の間にあった極度の疲労で、ふぅ、と息が溢れた。

 

『……あれ?今のうちにシロウさんがとってくればいいんじゃないですか?』

『ふむ。私も考えたが、それは無理だ』

『どうしてですか?』

『この家には君と家主しかいないことになっているのだぞ? そんな中、もう一人別の人物の気配がしてみろ、すぐに見つかるのがオチだ。玄関周りの監視カメラは起動していたしな』

『……まあ、そうですよね』

 

 確かに、想像するだけで失敗しそうな感じがする。鳶一のスペックの高さは折り紙付きだ、折紙だけに。

 くだらないことを考える自分に苦笑いしていると、ガチャリとリビングのドアが開いた。そこに立っていたのは、当然家主の鳶一だ。

 

「待った?」

「いや、全然大丈夫だよ」

「そう」

 

 そう呟き、鳶一は隣までやってくるとソファに腰を下ろした。そう、対面が空いているにもかかわらず、肌が触れ合うほど隣にだ。

 

「あ、あのー。鳶一さん?」

「なに?」

「いや、なんで隣に座るのかなー、って」

「ダメ?」

「いや、ダメじゃないんだけど……」

 

 ピッタリと隙間を空けずに座っていることで体温が伝わってきたりだとか、少し首を伸ばせば触れてしまいそうな唇とか、もうバクンバクン心臓が鳴り響いてるんですが。

 

(と、とりあえず喉が渇いたから飲もう! それで、可能な限り自然に離れ……て……)

 

 伸ばしかけていた手が、止まった。

 

「? どうかした?」

「ア、アノー、トビイチサン? この、黒くてどろっとしてて、なんか明らかに飲んじゃいけないようなものはなんですかね?」

 

 ゴポリと粘性高く泡が弾け、むわっと刺激的としか言いようのない匂いが鼻を突く。生命としての本能が、危険信号を高々と鳴らしている。

 間違いなく引きつっているであろう顔を覗き込んで、それでも鳶一はしれっと口を開いた。

 

「お茶」

「へぇ、そうなん……いやいやいや! 鳶一のカップには普通の紅茶が入ってるよな!?」

「外国の珍しいもの。それで切れてしまった」

「さ、さいですか……」

 

 どうやら、頑として『お茶』であると譲らないらしい。ならばここは、とびきりの目を持つ付き人に真実を明らかにしてもらおう!

 

『シロウさん!これ、飲んでいいものなんですか!?』

『………………………………………毒では、ない』

 

 苦し紛れに絞り出された言葉が、これ以上ないくらいに如実に真実を語っていた。「ストーキング(ドラ)(むす)」とか「想い槍」とか「スーパーケルトビ○チ」などとブツブツ呟いている従者から意識を離し、ほんの20センチ先でこちらを見つめている少女と向き合う体勢をとる。

 

「悪い、今喉は渇いてなくて……」

「飲んで」

「……いや、大丈夫だって。喉が渇いたら飲むか……」

「飲んで」

「………………」

「……口移しがいい?」

「……ハイ、飲マセテイタダキマス」

 

 拒否権はなかった。渋々と、闇色で満たされたティーカップを持ち上げる。

 どう考えても大丈夫な色をしていないが、解析の目を持つシロウが毒ではないと断言したのだったら……死ぬことはないだろう。そう信じたい。

 

「…………ふぅ〜……よしっ! んぐ、ん、ごふっ!?」

 

 液体を口に含んだ瞬間に、苦味、痛み、塩味、吐き気、甘味温かみ酸味粘性渋味臭気冷たさ……ありとあらゆる感覚が混沌となって襲いかかってくる。

 本能的に吐き戻そうとする体を理性で抑え、液体とすら言い難いナニカを奥に奥に押し込んでいく。とてもこの世のものとは思えない煉獄の果てに、喉を地獄の泥が通り過ぎると、体の奥から灼熱の業火が燃え上がったような気がした。

 

「……ぐ、はっ! はっ、はっ、はっ……」

 

 息をする。本来なら己を落ち着けるはずのそれは、しかし芯に燃え上がる炎を体の末端まで広げていくだけだ。

 火照るではなく、熱い。熱で頭がぼやけていく。

 ……この熱を発散したい。そうだ、目の前にはちょうど良さそうな少女が——

 

(って、ダメだダメだ! 落ち着け、五河士道! 素数を数えるんだ!1,2,3,5,7...って1は違う!!)

「……顔が赤い。熱がある?」

「ひうっ?!」

 

 ゼロ距離にある整った顔と額から感じる冷たさに、今の状況を把握する。

 ——額を合わせて熱を計っている。

 突拍子もなく訪れた男子憧れのシチュエーションに目が回る中、折紙が額を合わせたまま首へと腕を回してくる。そしてそのまま、こちらの口元に甘い吐息を当てながら、無表情のままに口を開いた。

 

「五河士道。あなたは先月、夜刀神十香と接吻をした。これは非常に不公平」

「へ? ……あっ!」

 

 確かに封印の際、士道は十香にキスをした。そして、十香に殺されかけていた折紙は、()()()()()()()()()()()()()

 しかし士道には、それがなぜ「不公平」なのか分からなかった。

 

「な、なあ? 不公平ってなんのことだ?」

()()()()()()()()』。私を差し置いて、他の女と口付けを交わすのは許されないこと」

「へ、あ、あー……」

 

 十香の攻略前、琴里と令音によって『女の子に愛を囁くのに慣れる』という特訓を受けたことがある。その時、折紙へ無理やり告白させられ、断られるかと思ったらあっさりOKされたのだ。しかも、この後誤解を解いていない。

 つまり、まだ折紙の中では『五河士道とはカップル』なのだ。そりゃ、目の前で行われたキスに嫉妬するし、彼氏と勝手にキスをした相手を毛嫌いするのも当然である。

 

「あ、あのな鳶一。あれは、その、……」

「だけど私は寛大。浮気の一度くらいは許容する。その代わり、誠意を見せて」

 

 なんとか適当な理由を考えようとしたものの、それに被せるように掛けられた言葉に口が縫われた。人の話を聞かないタイプというか、思い込んだら一直線な少女なのだろう。

 

「……ちなみにその『誠意』って? 金はそこまで持ってないぞ」

「必要ない。この場で簡単にできる」

 

 そう囁くと、付けていた額を少し離し、目を瞑ってこちらへ唇差し出す。こ、これは……

 

『口付けを求められてるな』

「で、ですよね〜」

 

 好意を向けられているのは知っていたが、こうも直球で来られると顔に熱が集まってくる。ただでさえ全身が沸騰するように熱い今、これは破壊力バツグンだった。

 

『ど、どうしたらいいんですか?!』

『ひと思いにやって仕舞えばいいだろう。そもそも私にはなぜ交際を否定する必要があるのか理解に苦しむな。減るものじゃあるまいし、好意を無下にするのは男のすることではない』

『でも、その、十香ともキスを……』

『ライダーともしたのだし、今更だ。マスターが三人四人まとめて娶るぐらいの男気を見せればいいだけだと、私は従者(サーヴァント)として進言するがな』

 

 ……『英雄色を好む』というが、現代人のはずのこの英雄(ゆうれい)も例に漏れないらしい。ごく普通に複数の女性との交際を勧めてきた。それとも、それがグローバルスタンダードとやらなのか。

 

(……ええい!ままよ!)

 

 脅されたとはいえ告白は告白。付き合い続けるにしろ別れるにしろ、仮にも『彼女』が謝罪に口付けを求めるのなら、それに応えないのは男ですらない。そう覚悟を決めて、鳶一の整った顔を覗き込む。

 まつ毛の一本一本まで分かるほど至近にあるその顔の中で、飛び抜けて柔らかそうな唇が、水羊羹のようにふるふると揺れていた。

 

「……ッ!」

 

 艶かしい光景に思わずゴクリと唾を飲み、決心が揺らがないうちに距離をゼロにする。ふに、と甘く柔らかい感触を感じ、体全体の熱が暴れ出す。

 

「…………」

「む?!んぐ?!?!」

 

 しかも、追いつきをかけるように、にゅるんと何かが唇をこじ開けて口内へ入り込んでくる。意志を持って動くそれが舌だと気付いた時には、既にこちらの舌を絡め取っていた。

 

「ん……ふ……」

 

 ぴちゃぴちゃと粘膜同士が奏でる音が響く。抱きつくように密着した体の柔からさ、そして鎖骨のあたりに感じる微かな弾力に体が熱を上げ、頭を沸騰させて目の前が真っ白になる。痺れていたはずの味覚が鳶一の味を捉え、間近で交わされる荒い呼吸は甘い匂いで満たされる。

 なすがままになっているのか、それとも自分から進んで体液を交換しているのか。段々とそれすらも分からなくなっていく。

 

「ん、んん!……ふぅ……」

「はっ、はぁ……はぁ……」

 

 そのまま、幾ばくが過ぎただろうか。

 とうに時間感覚など消え失せたころ。鳶一の体がびくんと跳ね、互いの中を蹂躙していた舌の動きが止まる。どちらからともなく顔を離すと、つうっと光る橋が架かった。

 視界に映る顔は、とてもいつもの無表情とは言いがたく。上気した頬と蕩け焦点の合っていない相貌に、メッキのように残り少ない理性がガリガリと削られるのが分かる。

 

「鳶、一……」

「違う、"折紙"」

 

 テラテラと光る唇から(もたら)された、甘く蠱惑的な囁きに、熱に浮かされた意識が逆らえるはずもなく。もはや何を言おうとしたかも分からないセリフを止め、彼女の名前を口にする。

 

「おり、がみ……」

「そう。私は"折紙"、あなたは"士道"」

 

 ああ。ただの名前だというのに、なんと甘美な響きだろうか。

 どんな歌姫の歌う愛の詩よりも素晴らしいとすら思える言の葉に、自制の効かなくなった本能が体を動かす。腕を前に出し、腰を抱え込んで押し倒すのだ。そして、そのまま……

 

「折紙……俺……」

「待って」

 

 しかし、その腕は絹のような感触の少女の手に止められた。首に回されていた腕はいつの間にか解け、その顔には少しの羞恥が浮かんでいる。

 

「シャワーを浴びてくる」

「シャ、ワー?」

「そう」

 

 もう、気分は大好物を目の前に待てを食らった犬のようだ。そんなことはどうでもいいから早く食わせろと、生命の本能が猛る。

 

「それとも、一緒に入る?」

「!!」

 

 この熱に支配された互いの体を包み隠さずさらけ出し、湿気と水音の中貪りあう。なんと至福の時なのだろうか!

 もはや理性の声など鳴りを潜め、体を動かす熱に従って肯定の意を示そうと口を開き——

 

 

『……よしのん、見つけ、なきゃ……』

 

 

 涙を浮かべる、青い少女の姿が浮かんだ。

 雨に打たれたように、一気に体の熱が引いていく。本能で前に出されていた腕を理性を持って動かし、火照る少女の脇を抱えて立ち上がらせる。

 

「そうか。ゆっくり入ってこいよ」

「……? 分かった」

 

 こちらの態度を変化を感じ取ったのか、一瞬不審げな表情を見せる。ただ、にっこりと笑顔を向けるとすぐに朱が戻り、規則正しくもどこか浮かれたような足取りで廊下へと消えていった。

 

「すー、はー……」

 

 大きく息を吸い、胸につかえる熱を込めて吐き出す。

 それで完全に冷めるはずもないが、少しでも意識を切り替えるために幾度も深呼吸を繰り返す。

 

『落ち着いたか』

 

 頭に響くのは従者(サーヴァント)の声。こちらの醜態を晒していたことに羞恥の念が湧き上がるが、今はそれで悶えている時間はない。

 

『はい、すみませんでした。目的を忘れかけてました』

『仕方がない。キッチンのゴミ箱を見てくればわかるが、あれだけの精力剤を煮詰めて飲まされれば、枯れた翁だろうと獣になるだろうさ。自制できたのが奇跡と言っていい』

 

 どうやら飲まされた『お茶』の正体は、精力剤だったようだ。それを知っているなら止めて欲しかった、と見えない男を睨む。

 

『女性に迫られるのは、男冥利に尽きることだろう? 別に聖杯戦争を邪魔すると確定するわけでもないし、(ルーラー)が口を挟む理由はないな』

 

 あくまで彼は"聖杯戦争を正しく行うための審判"で、それに関係ない色恋沙汰は管轄外ということなのだろう。本質的にお節介焼きではあるが、自分でケジメをつける必要があることに手を出してもこちらの為にならない、と考えたのか。

 

『さて。こうして風呂に入っている今がチャンスだ。さっさと人形を取るぞ』

『はい』

 

 立ち上がり、音を立てないよう扉を開けて廊下を進む。途中、浴室と思われる場所から響く水音に再び心臓が血を送り出そうとしたが、今度はそれに囚われず目的地に向かった。

 

「ここ、か……?」

 

 扉を開けて、中を確認する。一目見て寝室には間違いないようだったが、それでも一瞬士道は戸惑った。

 何せ、部屋の中央に陣取るのは、一人暮らしにしては大きすぎるダブルサイズなのだ。しかも新品同然に光沢があり、その一角に置かれたピンク色の枕には『Yes』の文字が刻まれている。『そういうこと』をするつもりで買い換えたのかと、勘ぐってしまったのも仕方がないだろう。

 

「って、そうじゃなくて。よしのんは……」

 

 ぐるりと見渡せば、シロウの言っていた通り洋服ダンスの上に置かれているのが目に入った。背を伸ばして手に取り、破けなどはいないか確認する。

 

「よし、大丈夫だな」

『ならすぐに退却するぞ。扉越しにでも一声かけておけば問題ないだろう』

 

 そう言われ、少し思い悩む。

 確実に手に入れる為にはそれが一番だ。いくら小さなパペットとはいえ、100%隠し通せるとは限らない。確実に持って帰るためには、折紙と顔を合わせないのがベストなのは理解できる。

 ……だけど。

 

「すみません。俺はここに残ります」

 

 まだ、ここで帰るわけにはいかないのだ。

 

「よしのんはリビングの窓から落としますから、シロウさんが拾って先に戻っておいてください。ドアから出れなくてもそれならいけますよね?」

『……なぜだ? その場合、君は彼女と一対一になるのだぞ? 単に貞操を狙われているというだけではない、最悪、敵対者と見なされ命を狙われる危険もある』

 

 理解に苦しむ。そんな感情が伝わってくるほど、シロウさんの声には疑念が込められていた。言葉遣いこそぶっきらぼうなものの、その根底にあるのは心配だということも分かる。

 だけど、そうだと分かっても残るべき理由がある。

 

 

「俺はまだ、『折紙』と話していません」

 

 

 ——なぜ、ASTに入ったのか。

 ——なぜ、精霊を憎むのか。

 ——なぜ、好意を抱いてくれたのか。

 ——なぜ、なぜ、なぜ。

 

 問うべきことは山のように降り積もり、問えたことは欠片にも満たない。

 だから、(きょうふ)を枯らして魂が叫ぶのだ。

 

 ——ここで帰っては、疑問ばかり残る。

 ——ここで帰っては、きっと後悔する。

 ——ここで帰っては、道を間違える。

 

 それでは帰れない。帰れるはずもない。

 

『……なるほど。確かに比較的安全な今のうちに、敵の情報を集めておくのも戦略的には——』

「いえ、違います」

 

 否定する。

 理屈ではなく、心から溢れた思いで、英雄の諫言を切り捨てる。

 

 

「俺は、折紙と戦うためにここに残るんじゃない。折紙を知って、()()()()()()()()、残るんです」

 

 

 自分は、精霊を助けたいと言った。

 だがそれは見境なくではなく、対話し、理解し、好きになったら助けるのだ。理解しようと努力もせず、ただ『敵だから』と切り捨てるのが許せないから違う立場に立つのだ。

 ならば、それは折紙にも適応されるべき感情だ。ただラタトスク機関の話を鵜呑みにし、敵だと決めつける。そんな行動は、自分が許せないと思ったASTと同じなのだから。

 

 まだ、彼女(おりがみ)の思いに触れていない。

 まだ、彼女を理解しようとしていない。

 まだ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから残る。

 だから話す。

 だから、彼女と向き合う。

 

 そうしなければ、十香にも、琴里にも、四糸乃にも。そして何より折紙に合わせる顔がなくなる。自分が自分を許せなくなる。

 見えない従者へ顔を向け、覚悟を持って相対する。

 

「シロウさんが気にかけてくれるのは嬉しいです。俺が死んだら『戦争』が破綻することも、それを防ぐためにシロウさんがいることも知ってます。

 でも、それでも俺は、ここで折紙を知らなくちゃいけないんです。だから、お願いします」

 

 頭をさげる。これでも思いを示しきれてないと言うなら、土下座だろうと何だろうとしてみせる。

 

『……そこまでの覚悟があるのなら、何も言うまい。私はサーヴァントだ、マスターの意向には従おう』

 

 ただ一つ。そう言ってお節介焼きの英雄は、複雑な感情が込められた声で、言葉を発した。

 

『どんな真実を聞かされても、決して目は逸らすな。それが、話してくれた相手に対する、最低限の礼儀だ』

 

 頷き、リビングへ向けて踵を返す。

 そして、五河士道は、『鳶一折紙』という少女を知るための第一歩を、迷うことなく踏み出した。

 

 

 ◇

 

 

 先人曰く。愛の反対は憎しみではなく、(知ろう)(としな)(いこと)だという。

 

 ならば、知ることこそ、愛へと続く第一歩に他ならない。

 

 しかし。愛と憎悪は表裏一体。

 

 愛へと続く歩みは、同時に、憎しみを産む第一歩でもある。

 

 ——汝、隣人を愛せよ。

 

 聖者が告げた言葉を、その血を受け止めた器が果たせるのか。

 

 降り注ぐ水が止まるまで、あと少し——




うん。まだまだエロイけど、折紙さんだから仕方ないよね!!


【2017/8/23】
更新を凍結することにいたしました。
詳しくは同日付の活動報告をご覧ください。
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