「精霊と呼ばれる存在は、元を正せば人間だったということだ」
世界が止まった。
そう思えるほど、その言葉は心の深くに突き刺さった。
「で、でも! 十香は自分の名前も知らなかったんですよ!? 元は人間だったなんてありえない!」
「人間と英霊では魂の密度の桁がまるで違う。例え力だけだったとしても、本来人一人を容れるための器に無理やり押し込もうとしたならば……」
「溢れ出るわね。もしくは上書きされちゃうか、ってところ?」
「そうだ。ごく短時間で『封印』されたならば殆ど失うことはないかもしれんが、それが長時間続くようだったら……余程相性が良くない限り、自我が残ることの方が稀だろう。寧ろ、死んでも何もおかしくはない」
そんな……。思わず口から言葉が溢れる。
十香が、あの『殺されるべき存在』と言われ続けて心を閉ざしかけていた十香が、自分の名前も知らなかった十香が、かつて人間だったというのは、こう言っては悪いが想像できなかった。
「そう。通りでね」
「通りでね、ってどういうことだよ琴里!?」
そして、自分とは逆にすんなり納得している様子の妹が、今だけは信じられなかった。
「十香のことで色々と納得の出来ないことがあったのよ。例えば、世界一難解と言われる日本語はどこで覚えたのか、とかね。まさかASTとの戦闘中に『メカメカ団』なんて言葉が出てくるわけないし。
今までは二週間前みたいに昔に静粛現界してて、その時に覚えたものだと思ってたの。でも、その精神の上書きとかでエピソード記憶と一部の意味記憶を失ったって方が、あの状態を説明できるのよ」
「それは……」
そう言われればそうだった。
『きなこパン』とかの一部の単語や一般常識を知らなかったりしたけど、言葉は初めから通じていた。つまり『日本語の知識』は持っていたということで、それは『衛宮士郎』の推測を裏付けすることに他ならない。
「十香が……元人間? そんな……」
「まあ、既に喪われた人格について話をしても仕方がないだろう。もし私の推測が正しければだが、その状態から元の人格を取り戻すためには、それこそ十全な聖杯の力が必要だ。
それに、君が出会った『十香』は今の『十香』なのだろう?」
その言葉は、どこまでも回転し続けようとする頭に水をかけた。
そうだ。何も慌てることはなかったのだ。
「そう……ですね。
俺は今の十香だから助けたいと思えたんだ。もし精霊になる前の十香がいたとしても、それは俺の知ってる十香じゃない、ですよね」
「死者は甦らない。起きたことは戻せない。そんなおかしな望みなんて、持つべきではない。それは、その死を糧に生き抜くことを誓った人々への、何より今まで耐えてきた自分への冒涜だ。
今を生きる人間にできることはたった一つ。置き去りにしてきた物のためにも、自分を曲げずに生き抜くことだけだよ」
自分の曲げずに今を生き抜く。その言葉は、士道には眩しくて。だけど、思わず憧れてしまうような、そんな光だった。
これが英雄。限界を乗り越え、人々に憧憬を抱かせる者。
その在り方に、士道もまた憧れを抱いた。
「精霊と英霊の関係は分かったわ。それで、衛宮士郎とあなたの関係はなんなの?
今までの話を聞いてる限り、あなたは純度100%の英霊みたいだけど……それにしてはDNA検査まで一緒だなんておかしいじゃない」
「あっ」
士道は気にしていなかったが、確かにそう言われると違和感がある。
先程の理屈でいう十香と同じような感じなら体が一致してもおかしくはないが、それでは先程の『消えた』ことの説明がつかなくなる。
もし純粋な英霊で、なおかつ衛宮士郎と一致するとしたら、それはつまり……
「もしかして、君は衛宮士郎の英霊なのかい?」
令音の質問が、士道達全員の結論だった。
「……答えはYesでありNoだ。確かに私の真名は衛宮士郎だが、この世界の衛宮士郎ではない。
こちらの世界の衛宮士郎は既に座に呼ばれることなく死んでいる。そして、私は平行世界で『座』に至ったエミヤシロウだ」
「平行世界って……?」
「過去の選択肢で別のものが選ばれたことで分岐した世界のことよ。例えば、今日の朝目玉焼きを食べた世界がここだとしたら、卵焼きを食べた世界が平行世界ね」
「いや、それは分かってるんだけど。そもそも平行世界から来る事って出来るのかな、って」
なにせ、その名の通り平行している世界なのだ。交わっていないのだから、お互いに行き来することなど不可能のような気がするのだが。
「ああ。可能性としては充分にあり得る。
先程も言った通り、世界の外にある『座』に英霊の本体は存在している。そこは時間も空間も超越している場所だから、自分の活躍した時代の遥か後に召喚されることもあれば、僅かながら自分が生まれる前にも召喚される可能性もあるのだ。もちろん平行世界に呼ばれることもな」
「へぇー」
つまり、タイムスリップを体験できるのか、とも思ったが、よくよく考えてみるとどこかから呼ばれて召喚されるのだから、召喚先を自分で選べるわけでもないのかと落ち込んだ。やはり、自在なタイムスリップは人類のロマンだろう。
関係のないところで一喜一憂している士道を横目に、琴里はより詳しい情報を引き出そうとしていた。
「じゃあ、あなたの世界とこっちの世界の違いは何?」
「少なくとも、空間震などという物騒な天災は無かったな。あとは
メイガス、という新しい単語に疑問符が浮かぶが、エミヤはそれに気がつかずに話を進めた。
「他には……ああそうだ。私個人のことを言うのなら、少なくとも、私はこちらのように真っ当な評価をされた英雄なんかではなかったよ。
向こうでの私は、戦争を引き起こしたという濡れ衣を着せられて絞首台にあがった、ただの犯罪者だ」
空気が死んだ。
その言葉の意味を、士道たちはこれ以上ないぐらいに理解する。
「は、犯罪者!?」
「ああ。この世界の私とやっていることはほとんど変わらなかったが、どこが食い違ったのだろうな。ここでの私は優れた人格者として名を残し、向こうでは戦争の原因を作ったとされた大犯罪者だったよ」
「……向こうの人を恨んでないの? 濡れ衣だったんでしょう?」
まるで、過去の失敗談でも話すかのような気軽な雰囲気で重苦しい経験を話すエミヤに、琴里が信じられないような声色で問いかける。
濡れ衣を着せられて処刑させられたなんて経験をしたならば、人を恨んで当然のはずだ。少なくとも、自分がそうなったら、他人を恨まない自信がない。
「恨む? そんなことは欠片も思ったことはないな。
そもそも、『正義の味方』などという叶わない夢を、どれだけ自らが傷こうとも追い続けた私が愚かだっただけだ。そんな壊れた人間を見て他の人間が嫌悪しようと、それが生命としては至極真っ当な反応なのだから」
しかし、淡々と事実を述べる男からは、そのような雰囲気が微塵も感じられない。寧ろ、『正義の味方になる』という高すぎる夢を追いかけた自分が悪い、とすら思っている様子だった。
それが、どうしても士道には信じられなかった。
否。信じたくなかった。
「……どうしてですか。いったいどうして!? シロウさんは人を助けようとしてたんですよね!? そんな立派なことをしようとした士郎さんが、どうして処刑なんてされなくちゃいけなかったんですか!?」
「少年。まだ君は分からないかもしれないが、人は誰しもが自分が可愛いのだよ。例え誰かを助けられるかもしれない状況でも、僅かでも自分に不利益になりそうだったら躊躇うのが自然だ。
そんな中、自分を犠牲にするのを僅かも躊躇わない奴なんていたら。そら、そいつは明らかな異物だろう? 異物は排除される。それが世の真理だ」
「でもっ!」
「『正義の味方』に憧れるのは子供の間の特権なのだよ。そして少年から大人になる間に、世界には人の数だけ正義があるということを知っていく。
だが、私は『人の命の数』しか見なかった。
十人を助けるためなら一人を見殺しにし、百人を助けられるなら喜んで十人をこの手にかけた。
それが正義の味方という人種で、そんな人間、処刑されて当然だ」
「でも……だけど……」
認めたくなかった。
確かにそうなのも知れない。社会に出ていない子供だからこう考えてしまうのかもしれない。
それでも、人のためを思っての行動を、否定することだけはしたくなかった。
「……分かりました。
だけど、それでも俺は士郎さんを信じます。誰もが士郎さんを否定しても、俺だけは絶対に信じ続けます」
さすがにこれには驚いたのだろう。大きく目を見開いたその顔は、士道にはどこか子供のように見えた。
だけど、引く気はなかった。たとえ本人が否定しようと、それは正しいことだったのだと思えたのだから。
「……はぁ。私たちは会ったばかりではないのかね? あまりすぐに人を信用するべきではないぞ」
「俺はシロウさんを信じれると感じました。だから信じます。曲げるつもりなんてありません」
「……頑固なのは当然、というわけか。しかも底なしのお人好しときた。本来なら最も嫌うタイプの類いなのだがな……どうしたものか、嫌えそうにない。
はぁ。これでは君たちも大変なのではないかね?」
「ええ。もう色々と大変よ。どこまでもお人好しで、悲しんでいる人を見かけたら自分からトラブルに突っ込んでいくこともあるんだから。
でも、これが私の自慢のおにーちゃんなのよ。こう何年も一緒だとね、色々と諦めもつくわ」
隣で琴里が、堂々と胸を張って苦笑している。たったそれだけのことが、士道にはどこか誇らしく、恥ずかしかった。
「……そうか、君たちは兄妹なのか。だがそれにしては……いや、これは無粋か。例え生物学的に赤の他人でも、きょうだいという認識は否定されるべきものではないしな」
士道はその時の目に、深い後悔の色を見た気がした。たとえ英雄と呼ばれようと、きょうだいに関して何か忘れられない苦い記憶があるのかもしれない。
そして、それは間違いではないようだった。
「きょうだい、いや、家族は大事にしたほうがいい。一般的な話ではなく、間違えてしまった先達者としてのアドバイスだよ」
「分かりました」
「もちろんよ」
そこを間違えるつもりは、士道にはなかった。
たとえシスコンと呼ばれようとも、琴里は愛する妹だと胸を張って言えるのだから。
「……感動的な話の流れを断つようで悪いが、一つ質問いいかな?」
「なにかね、村雨女史」
「英霊、いや、サーヴァントだったかい? とにかく君たちにはクラスというものがあるんだろう? それは一目見て分かるものなのか、と思ってね」
「ふむ」
琴里は何かに気づいたようだったが、士道には何故令音がその質問をしたのか分からなかった。まあ、さっき自分がいない間に何かあったのだ、と気にしないことにしたが。
「それはケースバイケースだな。
先程話した七つのクラスのうち、『
だが、たとえ槍を持っていようとも、それが馬上槍ならランサーとライダーの二つの可能性がある。それに、私が知っている限りでも刀を持っているくせにアサシン、なんて例もあった。あまり見た目を気にしすぎるのは得策ではないよ」
「では、君のクラスはなんなんだい? これから協力していけるのなら、お互い何ができるのかの把握は大切だと思うのだがね」
令音がそう言ったのを受けて、士郎は目の前の男性が戦っているシーンを想像してみる。
その筋肉に包まれた体を考えると、接近戦をしているのがしっくりくる気がする。だけど、銃やミサイルが跋扈するこの現代で英雄になったのだったら、セイバーやランサーではないような気もする。
簡単に言えば、全く分からなかった。
「本来の私のクラス適正はアーチャーかアサシンだけだ。残念ながら、それ以外の適正はなかったよ」
「でも、DEMにいる
剣の天使、と聞くと士道が思い浮かべるのは十香の
「いや、それは違う。そもそも、生前、私は魔術師だったのだ。
だが、一般的な魔術は満足に扱えず、できることは剣や白兵戦武器を作り出すことだけだった。故に私は、魔術師でありながらキャスターとしての資格を持っていない。
また、残念ながら剣士や槍兵としての才能もまるでなかった。できることがそれだけだったからそれを鍛え、今ではそこらの
腕はあっても才能はない。士道にはその違いがよくわからなかったが、本人がそう言うのならそうなのだろうと割り切った。……思考を放棄したともいう。
「じゃあ、あなたのクラスはアーチャーかアサシンなのね?」
「
どうやら、ことこの世界に限り、私は別のクラスの適正を持つようなのだよ」
「この世界に限り?」
「ああ、そうだ。他の世界ではこうはならないだろうな」
そこで男は話を区切り、姿勢を正す。
その様子を見て三人は、これから話されることが今までの比ではないぐらいに重要なことだと直感した。
「今回の私のクラスは『
一瞬、三人は何を言っているのか理解できなかった。
だが、次の瞬間には、バッ、と二人分の視線が士道に突き刺さる。しかし、そんなことを気にしている余裕は当の本人には欠片もなかった。
「聖杯……? 俺が、ですか……?」
「ああ、そうだ」
「……う、そ。そ、そんな訳ないじゃない。士道はれっきとした人間なんだから!」
下手な冗談ね、と琴里は笑い顔を作るが、エミヤの顔が冗談を言っているものではないのを見て笑みが消えていき、段々と目に光るものが溜まっていく。
そして、俯き、絞り出すような声で再度問い直した。
「……嘘じゃないの?」
「ああ。君には残酷な真実かもしれんが、これは今までのような推測ではなく、確定した真実だ」
「……そう」
「……何故そうだと言い切れるのだい?」
それでも信じたくない、という雰囲気を出しながら、琴里は黙り込む。その代わりを継ぐように、令音が詳細を問いただした。
「ルーラーというクラスは数あるエクストラクラスの一つであり、聖杯戦争が間違った方向へ進みかけている、もしくはその結果によって人類が滅びる可能性があるときに、それらの原因を排除し聖杯戦争を正しく終結させるために聖杯自身をマスターとして召喚されるというクラスだ。
その召喚方法の特殊性から他のクラスと比べて圧倒的に聖杯との結びつきが強く、たとえ地球の反対側にいようともおおよその位置は把握できるという特性がある。
そして、今私が感じているそれは二つ。一つは聖杯降臨の魔術儀式の中核をなす大聖杯。これは、ここら一帯の土地を示している。おそらく、龍脈がそれにあたるのだろう。
そしてもう一つが、実際に力を降ろす器たる小聖杯。その行き先は……」
「シン、という訳だね」
頷く。ただそれだけの動作で、士道はさらに混乱していった。
「で、でも、俺は人間ですし……」
「先程も言ったと思うが、聖杯とは願望器の性質さえあればなんでもいい。それが別に杯ではなく人体であろうとも、何も問題はないのだ。
なに、悲観することはない。
確かにそのようなことは言っていた。
だけど、それが自分だと言われて、はいそうですかと受け入れる訳にはいかないだろう。
「……そうよ、おかしいわ! 士道が聖杯だっていうのなら、願い事を叶えてくれる訳よね!? 今までそんなことなかったわよ!」
「そ、そういえばそうですよ! やっぱり、何かも間違いですって!」
だからこそ、妹が見つけ出してくれたその光明は、士道にとってまぎれもない希望だったのだ。
しかし、その言葉を聞いても、エミヤシロウは首を横に振る。
「聖杯戦争とは、小聖杯を完成させるための魔術的な儀式だ。小聖杯は、参加したサーヴァントを吸収し強度を上げて初めて、聖杯の中身である『膨大な無の魔力』を受け止めることができるようになるのだ。
願いを叶えるために最低限必要な強度は、平均的なサーヴァント約五騎分。未だ封印した精霊が少ない現時点では、願いを叶え始めるだけの力は蓄えていないのだろう」
「……サーヴァントを吸収、とはどういうことだい?」
希望を絶たれ絶句している兄妹を横目に、令音は必要な情報を集めようとする。それが解析官である自分の役割だし、何よりも大人としての責任だった。
「聞いてのとおりだよ。聖杯が願いを叶えられるのは、無尽蔵に近く、その方向性が定まっていない『無の魔力』を降ろせるからだ。
しかし、いくら小聖杯であろうとも、そのままの状態では受け止めきれずに器が崩壊してしまう。その足りない強度を補うために、敗退し座に戻ろうとするサーヴァントの魂を捕獲し、魔力に変換して器を補強する。それが私の知っている小聖杯であり、それを成すための聖杯戦争だ」
「だが、別に十香は敗退などしていないがね?」
器が崩壊、の辺りで不穏な単語に舞い戻ってきた二人だったが、令音の質問は気になった。
確かに十香は敗退などしておらず、むしろ
「そこが私の知っている小聖杯と
そうだな……一つだけ隠さずに教えてくれないか。『封印』とはどのようにするのかね?」
「えっと、それは……」
「……キスよ」
思わず頬を赤らめて言いよどむ純情な兄と、それを見て逆に落ち着いた様子の妹の姿がそこにあった。
「キス? くちづけという意味のキスか?」
「ええ、そうよ」
「ふむ。キス……粘膜接触……
まさか、相手の心が開いてないと封印できない、とかいう性質があるのではないかね?」
しばらく呟きながらじっと琴里を見つめていたエミヤだったが、何かに気付いたように士道を見た。
「そうらしいですけど……どうして分かったんですか?」
「やはりそうか。いやなに、あまり重く考えなくていい。共感の魔術というのに同じようなものがあるというだけだよ。
そいつは身体的接触と精神の共鳴を利用して
「確かに、士道と封印した精霊の間には霊力が行き交う経路が出来てるわね。で、霊核って何?」
「それはだな…………待て。霊力が行き交う、とはどういうことだ?」
そこで初めて、男はペースを崩した。
「どういうこともなにも、そのままの意味よ。士道と十香の間には見えない経路があって、そこを霊力が循環してるってこと」
「それは一時的なものではなく、今も継続しているのかね?」
「そうよ。なに? それがどうかしたの?」
しかしエミヤシロウはそれには答えず、深く深く思考の海に潜っている様子だった。
そして、ハッと顔を上げて士道を見る。
「そうか、これなら……」
「……何か気づいたのなら、説明してもらってもいいかな?」
「ああ。ようやく納得ができたよ。
一言で言えば、
余りにも説明足らずな言葉に士道の頭上に疑問符が浮かぶが、どうやらそこもキチンと説明するようだった。
「サーヴァントには、霊核と呼ばれる部分が二箇所ある。その名の通りサーヴァントの核となる部分で、そこへの直接攻撃以外にもダメージを受けることで傷ついていき、そこが完全に壊れきった時、特殊な再生能力でも持っていない限り敗退が確定するのだ。
イメージがしづらければ、人間でいう心臓や脳だと思ってくれればいい。位置的にもな」
「確かに、精霊にも核みたいなものはあるわね。私たちは
頭と胸を指さすエミヤに、話をさっさと進めるように促す琴里。その姿は、士道にはどこか必死そうに見えた。
「霊核はあくまで、そのサーヴァントがどのような存在かを示すものでしかない。車で言えばフレームのようなものだ。
それとは別に、エンジンにあたる部分も存在する。マスターからの魔力供給を潤滑剤に、魔力で編まれた体を維持し、戦闘を行えるだけの魔力を生成する部分だ。
「理由はあるのかい?」
当然、と男は頷いた。
「霊核とは、要はサーヴァントの人格や能力を記載している部分のことだ。
先程の精霊の考察が正しいとすると、その霊核は元の人間の魂と混ざってしまっている。それを無理やり分けようとするなら、精神にそれなりのダメージを与えなければならない」
「でも、十香は封印前後で特に変わった様子は……ああ、だからなのね」
「?どういうことだよ琴里」
納得の表情を見せる女性二人に対し、未だに理解が及んでいない士道。そんな兄の顔を呆れた様子で見ると、いい、と琴里は説明を始めた。
「士道がその霊核ごと取り込んでるんだったら、『十香』という自我は存在できないの。さっきの車の例えで言うと、フレームごと全部取り除いたのに『ここに車があります』って言うようなものだから。
でも、中身のエンジンだけを取り除いたら? 実際には動かないけど、パッと見は車に見えるでしょ?
それと同じで、力の素を作る部分だけ取り込むことで精霊の
「ついでに言うと、シンから十香に流れてる霊力も、錆つかないように最低限動かすためのものだと考えれば辻褄が合うかな?」
「へぇ〜」
懇切丁寧な解説に、ようやく納得の表情を見せる士道。
そして、いやはや、と呟きながら、エミヤシロウは肩を竦めた。
「世界が変われば聖杯もここまで変わるのか。これでもこと聖杯と聖杯戦争に関しては、全英霊の中でも指折りで詳しい自信があったのだがね」
「そんなに違うの?」
「ああ。効率という面では私の知っている聖杯の方が何倍も上だろうが、
魂を魔力に還元するわけでもなく、力こそ奪うものの存在を維持できるだけの魔力を与え続けて、誰一人欠ける必要なく完成する。しかも
もし向こうの聖杯が
それで救えなかった家族がいるのでね、と。
しんみりとした空気になる中、最初に口を開いたのは琴里だった。
「とにかく、士道は実は聖杯で、それが精霊を封印できる理由だった。それは分かったわ、本当は受け入れたくないけど」
「それが普通の反応だよ。家族が願望器ですなんて言われれば、誰しもが似たような感情を抱くだろう」
「一応礼は言っておくわ、慰めてくれてありがと。
それで、あなたはこれからどうするの?」
それを言われて、ようやく士道は今日の本題である『パラディンとの交渉』を思い出した。
そうだ。今は聖杯戦争だとかそういうことに拘らず、これからのことを考えなくてはいけないのだった。
「ふむ。私は肉体を持っていないから、『封印』されるべきではないな。十香という精霊とは違い、おそらく実体化ができなくなる。それに、男同士で口づけなんてするものではないだろう?
幸いにも魔力を表に出さない手立てはあるし、このまま衛宮士郎の皮を被って社会人として生活しつつ、可能な限り
「……その手立てというのを、後で教えてくれないかな。他の精霊に対して役に立つかもしれない」
「それは別に構わないが、あまり期待はしないほうがいいぞ。そう簡単にできるものではないしな」
「それでいいさ」
んんっ、と可愛らしい咳払いをして話が逸れかけていることを指摘する琴里。そこら辺の取引は後でやるとして、今は今後の方針だ。
「それじゃあ、あなたは私たちと協力するってことでいいのね?」
「本来ならば、特定の陣営に肩入れするのは中立・中庸を求められるルーラーとしては失格なのだがな。聖杯である
ただし、あくまで私は
「分かったわ。それでいいわよ」
どちらにせよ士道は私に逆らえないわけだしね、と悪い笑みを浮かべる妹に、盛大に頬を引きつらせる士道。
『私たちに』ではなく『私に』と言っているあたり、完全に尻に敷かれていることを理解させられた。三年前の自分。そのノートはゴミ箱ではなく焼却処分するべきだったぞ!
「それじゃあ、どうする? できるだけ士道のそばに居るなら、令音みたいに教師にしちゃう?」
「いや、衛宮士郎は教員免許を持っていないし、そもそも大学すら入っていない。世界中の視線がある中、気づかれないように経歴を書き換えるのは至難の技だ」
「それもそうね。となると、衛宮士郎がやってもおかしくなくて、なおかつある程度近くに居られる仕事は何があるかしら……」
「……ひとつ、やってみたい仕事があるのだが」
「なに? できる限りの支援するわよ」
「それは——」
生前の彼を知るものがいれば、その言葉には耳を疑っただろう。
しかし、そのことを知らないこの場の三人は、本人から出された提案に笑みを浮かべて、この場での話は終了した。
◇
【あらら。
世界のどこか。
不自然なまでに人気のない場所に、その言葉の主は居た。
否。『居た』としか表現できなかった。
【ふふふ。でも甘いね
楽しそうに、残念でしたとでもいうかのように世界を嘲笑う。
『それ』は男/女だった。
『それ』は子供/老人だった。
『それ』は笑い顔/泣き顔だった。
————『それ』は、ノイズに包まれた
【でも、彼を守ってくれるのは大歓迎。余計な
ああ。と、その
愛おしそうに。
宝物のように。
願うかのように。
その言葉は、静かに世界に響き渡った。
【絶対に
だから、それまで待っててね、士道?】
もう、そこには誰もいなかった。
No.01 五河士道
・真名 : (??士道)→五河士道
・クラス : 小聖杯
【筋力】E- 【魔力】B+(本編開始時点)
【耐久】EX 【幸運】C(本編開始時点)
【敏捷】E- 【宝具】—
No.02 エミヤシロウ
・真名 : 衛宮士郎
・クラス : ルーラー
・マスター : 五河士道(聖杯)
【筋力】C 【魔力】A
【耐久】C 【幸運】E
【敏捷】C 【宝具】???
詳細は同時投稿の「キャラクターステータス」で。