黒井響一郎、日本で名を馳せたレーサー、出場したレースにおいて敗北はなく、全てにおいて勝利をつかんできた。
愛しの妻と子供がいた。彼にとってレース人生の次に大事な宝物だった。
黒井はレースの時間と家族の時間、この二つを大事にしていた。レースの時と家族の時と別人だと彼を知った人間は言う。
レースは命をかけた世界、家族のいる場所は心休める世界。そう彼は捉えていた。
そんな世界を彼は二つも失った。
レースの世界はたった一度、名もなきレーサーによって一度だけ敗北してしまう。
敗北、それは黒井にとって悪と等しかった。
勝てば正義、何をしても許される。勝者の特権。敗者は逆。何もできない無力。
黒井は負けたのだ。それが後に立花ヤマトだという青年だと知った。
家族は、殺された。
殺した相手が仮面ライダーだと黒井が知ったのは後の話。
ショッカーという連中が黒井へ教えてくれた。その際に彼は決意した。奪った相手を許さない。自分は勝者になるべく。
黒井響一郎は改造人間になる道を選んだ。
不幸か幸か、彼は仮面ライダーと同じタイプホッパーの手術を受けた。
ホッパーTypeⅢ。
三人目の男として彼は自らを仮面ライダー3号と名乗る。
彼の目的は家族を奪った者への復讐、そして、自分へ敗北という文字へ刻んだ男へ勝利をもぎ取ること。
まさか、両方の目的が繋がるとは黒井も思わなかった。
しかし、変わらない。
自分の、黒井響一郎、仮面ライダー3号のやることは変わらない。
立花ヤマトへ勝利する。仮面ライダーを倒す。
「…来たか」
黒井は思考の海から現実へ戻る。
ゆっくりと彼の前へ現れたのはサイクロンに乗った立花ヤマト。
「遅かったな」
「時間の指定はされなかったはずだ」
「そうだな。だが、俺を待たせた事実は変わらない」
ヘルメットを外して近づいてくるヤマトへ黒井は告げる。
「この前のような中途半端は許さないぞ。今度こそ俺はおまえを倒す」
「そうか」
ヤマトは服をめくる。
黒井はポーズをとる。
同時にタイフーンが姿を見せる。
旋風が吹き荒れ、ヤマトと黒井は変身した。
二人は同時に愛機へ乗る。
持ち主の思いへ応えようとするかの如く愛機は唸り声を上げた。
二人は言葉を交わさずとも決闘の内容を把握している。
サイクロン、トライサクロンによるレース場三周。最後に到着してフラッグをもぎ取った者の勝利。
合図もなく二人は同時にスタートした。
会場で仮面ライダーと仮面ライダー3号の戦いを見ている者達がいた。
「ヤマト、さん」
「大丈夫だよ。潮、ヤマトさんなら」
「そうだよ!私達のご主人様になるかもしれない人だし」
「うん、そう、だね」
「ところでなんで川内さんがいるの?」
「なに?私がいちゃいけないの!?」
「い、いえ」
漣へ突っかかろうとした所で朧が止めに入る。
鼻音を鳴らして川内はコースを走っている二人を見ていた。
川内は人間が嫌いだった。姿を見るだけで激しい憎悪と殺意が沸き上がって自分を制御できなくなる。
そうなる切欠は前々の提督が行ったことが原因だった。
鎮守府に所属していた川内の下へ二人の妹がいた。
那珂と神通。
性格の異なる三人だが姉妹の絆はとても強かった。そんな二人がいなくなったのは戦闘による轟沈、ではなく。解体による消失だった。
川内が任務中、仲間を庇って負傷したことを提督は罰と称して二人を解体処分の刑に処した。
しかも、川内の目の前で二人を消した。泣きじゃくって助けを求める二人、それを救えなかった川内は激しい怒りで提督を殺そうとした。しかし、彼の配下となり果てた憲兵によって取り押さえられてしまう。
その時から川内にとって人間は憎悪の対象。今回のヤマトも隙あらば始末しようとしていた。
しかし、コウモリ怪人の戦い、仮面ライダー3号と名乗る男の勝負を見ていて少し興味がわいた。
もし、川内の評価に値しない男なら始末すればいい。そういう目的も兼ねて彼女は戦いの行く末をみている。
最初は3号が優位だった。
トライサイクロンをサイクロンが抜こうとすると車体でカバーされてしまい、難しかった。
レーサーとして先を走らせない。
勝つのは俺だ。
勝つのは自分だ。
二人は自らが勝利をもぎ取ることだけしか頭になかった。
そんな二人のもとへバイクに乗ったショッカー戦闘員が現れたのはトライサイクロンが一周目を制した時だった。
「あれ、ショッカー!?」
「へ?あれがショッカーなの」
「どうしてここへ」
「まさか」
「ショッカーか」
「アイツら、約束を破ったな」
仮面の中で黒井は舌打ちする。
ヤマトとの決闘に邪魔をするなと事前に伝えていたがショッカーはその約束を守るつもりはなかったようだ。
ショッカー戦闘員は仮面ライダーと3号、両方とも潰そうとしているらしく、二人へ襲い掛かる。
「邪魔だ」
「トゥ」
3号はトライサクロンに内蔵されているミサイルとバルカンで、仮面ライダーは自らの拳で戦闘員を薙ぎ払う。
その間に、レースは二周目を終え、残り一周となった。
「このまま俺が勝利する!」
「っ!」
黒井の勝利宣言。
それは人として、改造人間として自らがヤマトへ勝利するという証だった。
しかし、未だレース中。
ヤマトの頭は黒井へ勝つこと、そして。
「っっっっ!」
ヤマトは、仮面ライダーはサイクロンを操り、信じられない速度でトライサイクロンへ接敵する。
カバーするように動こうとしたトライサイクロンだが後ろからサイクロンが消えた。
「なっ!?」
3号は驚愕する。
どこへ?と探そうとして気づく。
サイクロンはカバーしようとした場所と反対側の方を走っていた。
「まさか!」
――フェイント。
サイクロンに纏った仮面ライダーのフェイントへ嵌ってしまった3号はトライサイクロンを戻そうとするが遅い。
並走するサイクロンとトライサイクロン。
両者の前にゴールが見えてくる。
「負けるか!」
「負けるかぁぁぁぁ!」
黒井とヤマト。
二人の叫びと共にやがてゴールへ到達する。
そして、
ゴールが大爆発を起こす。
「え…」
「ちょっ、何アレ!?」
「さ、漣に言われてもわかんないっす!」
「急ぐよ!」
慌てて四人はゴールへ向かう。
すると、目の前にショッカーの改造人間が現れる。
「どうやら二人とも死んだようだな」
「まさか、アンタが爆弾か何かを」
「その通り、晴れて裏切り者を抹殺できたことで俺は」
「「勝手に殺すな!」」
横から仮面ライダーと3号の拳がさく裂する。
攻撃を受けて怪人は地に倒れた。
「レースの邪魔をするな」
「あの程度の爆弾で俺が死ぬわけがないだろ」
右手を触る3号とあきれた声を出す仮面ライダー。
改造人間はふらふらと体を起こす。
「く、くそぅ、だったらこのまま俺の手で」
バチバチバチ!と改造人間の体から火花が飛び散る。
どうやら先ほどのダブルパンチで彼は既にこと切れていたようだ。
派手な爆発が周囲へ広がる。
残されたのは仮面ライダーと仮面ライダー3号。
「次は復讐だ。これは絶対に果たす」
「黒井。お前の家族を殺したのは俺じゃない。殺したのは」
「ショッカーだろ?なんとなく察していたさ」
「ならば」
「だからといって貴様が原因ではないといえないのはわかっているだろう?」
3号の、黒井の言葉は正しかった。
大井に調べてもらった情報によると黒井夫人と黒井の子供は仮面ライダーとショッカーの戦闘に巻き込まれて命を落とした。
気づいたショッカーが死を偽装した。
それが黒井の妻子死亡の事実。
これが真実だった。
「俺は負けた。だから家族は死んだ」
「それは違う。黒井」
「違わないさ。だから俺は勝利しなければならない。勝てば正義、負ければ」
「いい加減にしろ!」
「黙れ!」
叫びと共に3号の拳が仮面ライダーに突き刺さる。
「俺は勝つ。黒井響一郎は勝つ!黒井響一郎に敗北は許されない。俺は勝つ!」
「やめ、ろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
反撃する仮面ライダー。
両者のスペックはほとんど互角。
拳をいなしあい、キックがぶつかり合う。
どちらも止まらない。
止められない。
潮達も二人の鬼気迫る戦い方に割り込む勇気がなかった。仮に入った所でどんなことをいえばいいのか、話したところで全てきれいごとになってしまう。そんな気もしした。
自然と彼女達は理解していた。
この戦いを止められるのは同じ存在だけ。
つまり、改造人間であり組織を裏切った者でなければ理解できない領域。
どのくらいの時間が経過しただろうか。
十分?
三十分?
一時間と錯覚する長い戦いが終わろうとしていた。
先ほどの攻撃で二人とも仮面が弾き飛ばされ、素顔がむき出しになっている。
その中で、仮面ライダーと3号は足を前へ伸ばす。
この技で終わらせる。
青いエネルギーを纏ったライダーキック。全力で踏み込むライダーキックがぶつかりあう。
「う、ぉおおおおおおおおおお!」
エネルギーの威力が増して押しはじめる。3号が勝利を確信した瞬間、空中で仮面ライダーは自らの体を回転させる。
回転することでキックの威力があがっていく。
やがてエネルギーが弾き飛ばされ、ライダーのキックが3号を貫いた。
「くそっ、負けだ。清々しいくらいの敗北だよ」
「そうだな」
トライサクロンにもたれながら黒井響一郎は己の敗北を告げる。
サイクロンに腰かけて立花ヤマトは黒井へコーヒーを投げた。
「おっと、そういえば、俺がレースで負けた時もお前はコーヒーを投げたな」
「いいレースをしたんだ。相手を称えるのは当然のことだ。シャンパンの方が良かったか?」
「称えるか」
コーヒーを飲んで黒井は呟く。
負けたというのにおそろしいくらい清々しい気分だった。
今までの気持ちが嘘みたいに、まるで。
「新しく生まれ変わったみたいだ」
「そうか…」
「立花ヤマト、感謝するよ」
「……感謝されるようなことはしてねぇよ」
サイクロンに跨りながら大和は言う。
感謝するようなことはしていない。
むしろ、自分は。
「手放すなよ」
黒井の言葉でヤマトは現実に戻される。
その意味を問いかけることはしない。わかっているのだから。
「黒井、俺は…」
「立花ヤマト!」
ヤマトへ手を伸ばす。
「振り返るな。お前が振り返った先に道はない。前を向け、隣を見ろ。そこにお前を頼りにしている大事なものが続いている。振り返った先にあるのは終わったものだけだ。立花ヤマト、仮面ライダーとして戦うならそれを絶対に見失うな」
「…あぁ」
「そろそろいけ、俺はしばらくこの景色を見ていたい」
「わかった」
「…達者でな」
「お前も、な」
ヤマトは仮面をかぶりサイクロンを走らせる。
遠ざかっていくエンジン音を聞きながら黒井は空を見た。
どこまでも澄み切った青空を眺めて黒井響一郎は瞼を閉じる。
「ふん、所詮は民間人というわけか。あんな所で終わるとは情けない」
男は黒井響一郎を笑う。
傍にはショッカー戦闘員が控えている。
「過去の遺物は全て排除する。そう、俺が」
高らかに笑う男の傍には意識を失っている叢雲の姿があった。