「遅いね。ヤマト」
「もう戻ってきてもいいころ合いなんだけど」
時雨と陸奥は隣の部屋にいるはずのヤマトが戻ってきていないことに気付く。
既に夕方になりつつある。夕食を共にしようとしていた二人はヤマトを探しに行こうと外へ出る。
しばらく鎮守府内を歩いていたがやはり人の姿がない。
「聞いてはいたけれど、ここまでの鎮守府を見るのは初めてだよ」
提督が放棄した鎮守府。
本来ならそこに別の提督が着任することになっているのだが、多発する深海棲艦の攻撃などといった理由から人員不足が発生している。
そのため、後任が来ずに放棄されている場所は多い。
特にこの鎮守府は酷い。
「本当なの?非人道的な扱いをしていたっていうの」
「そうよ」
時雨の質問に陸奥は頷く。
非人道的。
艦娘は兵器という教えが当初から浸透しており彼女達をただの道具とみて雑な扱いをする者達ばかりが蔓延していた時代があった。
現在はその意識改革がはじまり兵器扱いではなく仲間としてみるようになっている。
しかし、根強く兵器としてみられてきたことで払拭は難しく。未だにブラック鎮守府と呼ばれる場所は存在していた。
彼らがいる場所はそんなところだった。
だから、人間であるヤマトがどうなるか心配で仕方ない。
時雨はだんだんと足が早くなる。
そしてみつけた。
血まみれで倒れているヤマト。
薄暗い闇の中にいる。
どれだけ手を動かしても足を踏み出そうとしても。
闇は自分の体にまとわりついて絡んでくる。
抗おうとした。
受け入れようともした。
けれども闇は止まることを知らず体を蝕み続ける。
振るう度にこの手は。
「…」
「ヤマト!大丈夫?」
視界いっぱいに広がる時雨の顔。
その目は今にも泣きそうで。心配をかけていることが嫌でもわかる。
だから余計嫌になった。
「顔が近いぞ、キスでもするつもりか?」
「え!?あ、その…」
顔を赤くさせてあたふたする。
しばらくして目をつむる。
「こーら」
唇を突き出そうとしたところで陸奥に阻まれる。
「怪我人に変なことをしようとしない…羨ましい」
「もう大丈夫だ」
体を起こしてヤマトは周りを見る。
どうやら宛がわれた部屋にいるようだ。
「お前ら、知っているんだろう?ここがどういったところなのか」
ヤマトの問いに時雨と陸奥が言葉を詰まらせる。
「そうかい、そうかい」
「…その、ごめん」
「怒っていないさ、ただ面倒だと思っているだけ」
「本当に?」
「こんなところで嘘ついてどうする?」
立ち上がったヤマトを見て陸奥が訊ねる。
「どこへいくのよ?」
「自分の部屋で寝る」
「危険だよ!」
「慣れている。何より俺が必要ないと言うんなら明日にでも出ていけばいい。とにかく、お前達と一緒に寝るなんて言うのはごめんだ」
――俺が正気じゃいられなくなる。
その言葉を飲み込んでヤマトは部屋を出ていく。
隣の部屋は艦娘達による襲撃を受けたのかみるも無残な姿になっていた。
「心配されるわけだ」
辛うじて原形を保っているソファーへ寝転がりヤマトは天井を見る。
時雨と陸奥に知り合ったのは偶々。
些細な偶然とその他が混ざり合って彼女達と知り合った。
「俺は…」
願わくば。
ヤマトは思う。
誰にも気づかれない所で静かに眠りたい。
そんなことを考えながら眠りに就こうとしたヤマトは控えめにノックされていることに気付く。
そのままスルーしようとしたが小さな声が聞こえた。
「くそっ」
悪態をつきながら扉を開ける。
そこにいたのは。
「お前か」
「あ、あの」
目に涙をためて、潮だった。
彼女は涙をこぼしながら体を震わせてこちらをみている。
ずっと泣いていたのだろう、目は真っ赤になっていた。
その目にある感情は怯え。
自分に何かされると思っているのだろう。
「はぁ…」
面倒だ。
ヤマトは彼女へ静かに尋ねる。
「どうした?」
「えっと、あの、その」
「さっきの件なら俺は怒っていないぞ」
「…あの」
「その件なら終わっているからさっさと帰れ。でないとお前の仲間が勘違いするぞ」
半ば突き放すようにしてヤマトが奥へ戻ろうとすると潮が大きく頭を下げる。
「ごめんなさい!」
気弱な彼女から出た者とは思えない大きな声に振り返ってしまう。
ぽろぽろと涙をこぼしてうつむく彼女。
面倒だ、と思いながらヤマトは彼女を中へ促す。
開いているソファーへ座らせて簡単なミルクココアを作る。
「ほれ、飲め」
「ありがとうございます…」
ココアを受け取った潮はおずおずと一口。すぐに目を輝かせる。
「おいしい…」
「そうか?簡単なインスタントだぞ」
ふるふると潮は首を横に振る。
「とっても、とっても暖かいです」
「そうかい」
ヤマトは潮が泣き終わるまで待ち続ける。
「あの」
「今度は何だ?」
「名前、でよんでいいですか」
「どうぞ」
「や、ヤマト、さん」
「おう」
「ヤマト、さん」
「おう」
「その、ヤマトさん」
「ん?」
「ありがとう、ございます!」
潮と少しだけ仲良くなれた気がする。
ヤマトは驚きつつも今だけはと思った。
しかし、その時間は長く続かないことをヤマトはすぐに思い知る。
「ここが鎮守府ってところか」
帽子をかぶった男が鎮守府を見上げる。
周囲にはガスマスクを装着した集団の姿があった。
「まぁ、手っ取り早く素材を見つけようぜぇ、面倒だ」
次回、次々回で変身予定。