鎮守府の食堂、その机で不機嫌な艦娘がいた。
「ブー」
「文月、食事中に机へ寝そべるのは行儀が悪いぞ」
「だってぇ~」
「まぁ、仕方ないんじゃない?」
長月がご飯を食べてから姉妹を窘めた。
睦月型の文月は茶色い髪を机へ押し付けながら唇を尖らせる。
同じようにだるそうにしていた望月がある方向を見た。
「はい、あーん」
「一人で食べられるってむぐぁ!」
「はいはい、遠慮しないの」
「無理やり食べさすなよ!」
「おいしかったでしょ?愛がこもっていますもの」
彼女達が見たテーブル。
そこでは誰もが近づけないほど桃色の空間(艦娘達にはそうみえる)を形成している大井と唯一の人間たる立花ヤマトの姿があった。
二人は朝食を仲睦まじく食べている。
あまりに強い空間は結界のような役割を果たしており今まで無邪気に近づこうとしていた駆逐艦達は距離を置かざるを得なくなった。
この始まりは二日前に遡る。
「特務に就いた時雨に変わりこの鎮守府へきた大井です。よろしくお願いします」
みんなの前へ姿を見せた大井は笑顔で挨拶をした。
仲間がやってきたことに少なからず喜んだ鎮守府メンバーだが、次の発言で困惑させられた。
「それと、私はここにいる立花ヤマトの嫁です。彼へ何か用事があれば嫁たる私を通してからにしてくださいね?」
嫁。
この言葉に多くの艦娘達は困惑した。
艦娘と人間は結婚することができない。
一部の練度が高い艦娘と提督の間でケッコンカッコカリという制度がある。しかし、それは練度が高い鎮守府のみであり、残念ながらここの鎮守府の練度はそこまで高くない。よってケッコンカッコカリ制度を知らなかった。
だからこそ、大井の発言に困惑させられた。
「お前は何を言っているんだ!?」
「あら、おかしなこといったかしら」
「当たり前だ!」
「あら、ごめんなさい。私と北上さんの旦那である立花ヤマトの紹介を忘れていました」
「違うわ!てか、北上を入れるな!アイツが本気になったらどうする!?」
「私と北上さんは本気よ」
「……もういい、疲れた」
疲労したヤマトへにこにこと大井は微笑んだ。
それらをみていた艦娘達へ彼女は再度告げる。
「とにかく、彼へ何かあれば私を通してください」
「あれからヤマトさんへ近づこうとすると大井さんがどこからか現れるのよね」
如月が思い出しながら言う。
実際、文月と皐月がヤマトと遊ぼうとするとどこからか大井が現れる。
途轍もない威圧感に襲われて彼女達は撤退した。
そう、撤退してしまったのだ。それほどまでに大井を脅威だと感じた。
「でも、大井さんって、どこでヤマトさんと知り合ったんだろうね?」
「そういえば、気になるわ」
文月の疑問に睦月型が顔を近づける。
そもそもとしてと長月が言う。
「あの立花ヤマトと陸奥や時雨という遊撃部隊の艦娘達はどういう関係なのだろうな?そもそも遊撃部隊とは何だろうか」
「知りたい?」
その時、頭上から声がした。
「あ、陸奥さん」
「おはよう」
彼女達の傍へやってきたのは長門型の陸奥だった。
「陸奥さん、遊撃部隊ってなぁに?」
「うふふふ、遊撃部隊っていうのはね?」
「陸奥さん」
説明しようとした陸奥の前に大井が現れる。
突然現れた大井に文月たちは驚く。
「少しお話があります。陸奥さんをお借りしても?」
「ごめんなさい、あとで話すわね」
そう言って陸奥と大井は離れていく。
「用事っていうのは?」
「どうして、彼女達に遊撃部隊の事を話そうとしたのですか」
「話しちゃダメというわけじゃないでしょ?」
咎めるように尋ねてくる大井へ陸奥は表情を崩さない。
大井からすれば見知らぬ連中へ余計な情報を開示したくないという気持ち。陸奥は。
「私は少しでも理解者が多いことを望む」
「増やす必要性を感じません」
陸奥の言葉を大井は否定する。
二人は一つの共通点を除けば部隊の同僚という枠組みであり仲間や親友とは言えない。
共通点、それは――。
「ヤマトさんの理解者を増やしてどうするんですか?そんなことをしたとしても彼は救われない。彼の事を本当に理解している者でない限り、彼の心は癒せない」
「…確かに、彼を理解している人でないといけないかもね…でも」
「……でも?」
「何でもないわ。話はそれだけなのかしら」
「いいえ、ここの秘書艦へ伝えることがあります」
大井の言葉に陸奥は顔を向ける。
「大本営から緊急の連絡があります」
大本営から来た艦娘から連絡がある。
叢雲は陸奥からそう教えられて執務室へ足を運ぶ。
そこは陸奥と大本営からやってきた大井、そして。
「天龍さん」
「おう、なんか話があるらしいからな。内容を聴かせてもらうぞ」
鋭い眼光で天龍が陸奥や大井を見る。
二人は平然としていた。
周りを叢雲は見る。
「(いない…か)」
つい探してしまった自分に気付く。
「それで、話というのは?」
「大本営からこの鎮守府の運営について連絡があります」
大井の言葉に天龍の目が鋭くなった。
「連絡ねぇ、今まで俺らの事を助けようとしなかった組織が一体何だよ」
「まずは話を訊くわ。全てはそれからよ」
暴れようとした天龍を制するように叢雲が続きを促す。
「現状の状態について、大本営から特に変更を申し立てるつもりはなし。ただし、司令官不在の鎮守府をそのままにしておくというわけにもいかず、よって条件を提示します」
「条件だぁ?」
「はい、二週間で周辺の深海棲艦を掃討せよ。そうすれば運営に何も申さず。それが大本営の出す条件です」
「ハッ!上等だ。このあたりの敵なら俺達でも掃討できる。大本営の奴らへ目にモノみせてやるぜ!」
天龍は笑う。
対して叢雲は困った表情を浮かべていた。
「深海棲艦を掃討?」
「はい」
表情を変えずに大井は告げる。
それ以外に条件はないらしく。現在の鎮守府に存在する戦力で行うということだった。
「ちなみにこの条件が達成できなかった場合、鎮守府は一時凍結、各艦娘達は決まり次第、稼働している鎮守府へ異動となります」
「…そうなると、アイツはどうするの?」
「叢雲?」
「立花提督代理は条件がクリアできなかった場合、大本営へ戻ることとなります」
ぽつりとつぶやいた言葉に大井の表情が一瞬歪む。しかし、元に戻り淡々と告げた。
「…そう」
――彼がいなくなる。
そう考えた途端、チクリと何かが痛んだ。
叢雲の表情を見て大井は静かに舌打ちを鳴らし、陸奥は興味深そうに彼女を見ていた。
メッセージを伝えたから用事は終わったといって大井と陸奥は執務室から出ていく。
「よし、早速、外に出て深海棲艦の奴らを」
「本当に掃討できる?」
拳を打ち鳴らして外へ出ようとした天龍へ問いかける。
叢雲は真剣な表情で彼女を見た。
「本当に“私達だけ”で深海棲艦を掃討できると思う?」
「やるしかねぇだろ?でなきゃ、俺達はバラバラ、あいつらも変な提督のもとへ連れていかれるかもしれねぇ。いいか、できるできないじゃねぇんだよ!やるしかねぇんだ。俺達の、俺達だけがここで生活できるようになるために必要なことだ」
天龍の言葉に叢雲は「そうね」と頷く。
自分たちだけの鎮守府。
あの日、人間に裏切られた叢雲達が決意した事。それは人間の手を借りずに自分たち艦娘だけで生きていくということ。
あんなくそったれな生活へ戻らない。絶対に。
叢雲はその決意を思い出して強い瞳で窓から見える景色を見た。
脳裏に彼の姿がなぜか一瞬過った。