ナーベがんばる!   作:こりぶりん

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 長編SSというものに初めて手をつけたのですが、どんな反応が返ってくるのか既にドキドキがとまりません。
 もし反応する価値すらないと思われたらと思うと胃に穴が空きそうです。
 全てのSS作者様に改めて尊敬を捧ぐ。




第一部 カルネ村へ
第一話:カルネ村と帝国の騎士


 全てが変わってしまったその日も、朝は何事も変わりなく始まった。

 

 カルネ村はトブの大森林の側に位置する開拓村である。その村に生まれ育って16年を迎える普通の村娘、エンリ・エモットの一日は水汲みから始まる。

 一日の消費に必要な家の大瓶を満たすためには、中身が満たされた状態でエンリがギリギリ持てる水瓶を抱えて3往復する必要がある。結構な重労働ではあるが、毎日の日課のためそれほど苦痛ではない。そうして今日も行きは軽い水瓶を小脇に抱え、軽い足取りで井戸に向かった。

 

 水瓶を抱えた帰り道、争う音と悲鳴が聞こえた。自分の家の方向から。水瓶を放り出して駆けつけたエンリが見たのは、悲鳴を上げてうずくまる隣人に突き立てられる剣。

 重装備に身を固めた騎士風の出で立ちをした屈強な男達が、村を襲っていた。

 エンリは怯えながら走り、家に逃げ込んだ。エンリの家族はまだ無事で、家の中で震えていた。エンリと入れ違うのを気遣って家から出ることを躊躇ったのだ。もはや一刻の猶予もなく、両親と妹の手を取り逃げ出した。逃げだそうとした。

 だが、まさにそのとき戸口から完全武装した騎士が押し入ってきたのである。バハルス帝国の紋章をつけた隣国の騎士であると思われた。近年、バハルス帝国はリ・エスティーゼ王国を侵略する意思を明らかにし、毎年のように戦争を仕掛けている。だがそれは、国家同士の取り決めをある程度守った会戦という形で行われていた筈であり、このように国境付近辺境の開拓村を略奪・焼き討ちするよな直接的な暴挙に出ることはこれまで無かったのだが。

 結局それは今まで帝国が本腰を入れていなかっただけのことだったのだろうか。そのような呑気な述解をする暇があるはずもなく。父親が家族を庇って騎士に飛びかかり、早く逃げろと叫んだ。

 躊躇は一瞬、後ろ髪を引かれる思いで母娘は父親が稼いだ僅かな時間を頼りに逃げ出した。だがその思いもむなしく、次は母親が娘をかばって逃げろと示す番が来た。

 エンリは泣きながら妹の手を引いて走った。だが、村の外れまで走ったところで、追いかけてきた二人の騎士達に追い詰められた。破れかぶれになって、騎士の頭を手の骨が砕けるほど殴った。ただし兜の上からなので大した痛打にもならず、村娘に殴られるという屈辱に激高した騎士に背中を切りつけられて倒れた。エンリは死を覚悟しつつも、せめて己の体が盾となれと、妹を抱きしめた。

 

がさり。

 

 茂みをかき分けて出てきた足音に、今まさにエンリ・エモットに剣を振り下ろそうとしていた騎士は手を止め視線を上げた。

 何故かそのまま硬直した騎士を前に、エンリは振り返ると、同じように硬直した。

 

 一言で言うなら絶世の美女だった。赤茶けたマントを着込んだ旅装の下には佩刀していることが窺え、全体の印象は冒険者と言ったところだが、首から上が完全に場違いである。烏の濡れ羽色の艶やかな漆黒の髪は、頭の後ろで無造作に纏められており、白磁の肌とのコントラストがその美貌を引き立てている。目の下に隈がありやややつれた様子なのと仏頂面としか表現しようのない表情が玉に瑕だが、それを差し引いても余りある切れ長の瞳と筋の通った鼻、桜色の可憐な唇は貴族の姫君と言った方が相応しく、それだけにちぐはぐな印象を拭えない。

 それだけ言うと、まるで美女に見とれて固まってしまったように受け取られかねないが、騎士達の名誉のために言うならばそれだけが問題ではなかった。まさに今、ただの村人をなぶり殺しにしている最中の騎士に名誉というものがあるのかは知らないが。

 

 謎の美女の後ろから、まるで付き従うかのように現れたのは人に倍する巨躯を持つ強大な魔獣であった。

 金属の輝きを放つ白銀の毛並み。深い叡智を湛えた泉の如き黒い瞳。手足の爪はナイフよりも鋭く、全身の動きは力強い。緑の鱗に覆われた尻尾は長く先は鋭く、しゅるしゅると音をあげながら鞭のようにしなっている。

 その全身から発せられる強大な気配は、敵として対峙すれば命が危ういと感じさせるに十分なものであった。故にエモット姉妹も、それを襲わんとしていた騎士達も我知らず息を呑み硬直したのであった。

 

 美女がちらりとこちらを一瞥すると、エンリは砕けた拳の痛みも、背中を切られた傷の痛みも忘れ息を止めた。

 

「綺麗……」

 

 今まさに殺されようとしている場面であるにしてはあまりに呑気な感想である。エンリも今言うべき言葉はもっと別のものであるとすぐに気づいて言い直す。

 

「た、助けて……」

 

 だがどうだろう、謎の美女の目つきの冷たいこと。残酷な目であった。養豚場のブタ……ではなく、役目を終えて絞められる老いた農耕馬でも見るかのような冷たい目だとエンリは思ったが(エンリに養豚場などという代物の知識はなかったので)、実際にはそれほど暖かい目ではなかった。

 普通の人間が屠殺場のブタを見るときにはかわいそうだけど仕方ない、という心の働きがあるものだが、その目にそういった意味の関心はなかった。どちらかといえば蟻同士の戦争を見かけたときに人間が抱くであろう感情に近かったであろう。つまり、その美女にはエンリ・エモットがこれから辿る運命になんらの興味もなかったのである。

 

 ともあれ向き合っていたエンリにはそのことがなんとなくでも察せられたのだが、そうでもなかったのは騎士達であった。美女がなんらかの反応を示すより先に、もはや逃げることあたわないであろうエンリとネムを放置して新たな闖入者の方に向き直る。

 

「貴様……何者だ!?後ろの魔物はまさか使役しているのか!?」

 

「村人には見えんが……薬草採取に来た冒険者と言ったところか。フン、運が悪かったな」

 

 強面の台詞を口にして剣を向けるが、その顔色は悪く額には汗が浮いており、緊張の色が隠せない。さもあろう、佇む白銀の魔獣から発せられる強者のオーラは、素人の村娘にすぎないエンリの目から見てさえ騎士達を片手で片付けることが容易であろうと推察するに十分であった。

 

「姫……これは結局何事なのでござるか?」

 

 その台詞を後ろの魔獣が発したらしいことを理解するのに数秒の時を要した。騎士達の顔色がはっきりと青くなる。

 言葉を操る魔獣は例外なく強大である。勿論姿を見ただけで実力の程はうかがい知れていたのだが、もはや二つの事実がどうしようもなく明らかであった。すなわち、後ろの魔獣は騎士達二人では手に負えないこと、魔獣が手前の美女に使役されていることである。一人がもう片方に目配せすると、もう一人が頷いて角笛を取り出した。

 応援を呼ぶために取り出した角笛を口に当てようとしたところ、初めて美女がその口を開く。

 

「知らない、興味ないわ。そこのお前達、何の用か知らないけど……」

 

 鈴を転がすような声は外見に負けず劣らず美しかったが、その内容はひどくぞんざいであった。かかってくるなら容赦はしないと告げる美女のゴミを見る目つきに、騎士の頭に血が上る。

 

「くそ、ちょっと強い魔獣を連れてるからって調子に乗りやがって……!!」

 

「おいよせ、実際あの魔獣はただ者じゃないぞ!数を集めて取り囲め!」

 

 逃げるべきだと訴えかけてくる本能の呼びかけから目を背け、騎士の一人が今度こそ角笛を吹き鳴らそうと口に当てる。それに反応して美女が片手を上げた。

 

<魔法の矢>(マジック・アロー)

 

 呪文が唱えられると同時に浮かび上がる6個の光球を目にし、騎士達が驚愕に目を剥く。

 

「馬鹿な……!!」

 

 魔獣使い(ビーストテイマー)ではなく魔法詠唱者(マジック・キャスター)。一度に2個出れば一流の証と言われる<魔法の矢>(マジック・アロー)の弾が6発。

 魔獣使い(ビーストテイマー)ならばスキルによって己より強い魔獣を従えることができるかもしれない。二人の騎士は当然そうだと思い込んでいた。正確には思いたかっただけかもしれない。手前の美女が魔獣より恐ろしい化け物じみた強さである可能性など考えたくもなかったのである。

 

 仲良く3発ずつ。反応する間もなく騎士達に殺到した無属性エネルギーの球体は着弾して破裂し、その肉体の一部と共に生命を奪い取った。

 

 二人の騎士だった者達がその場に崩れ落ちると、息詰まるような沈黙がその場を支配する。

 

「ぐ……ううっ……!!」

 

 とりあえずわかりやすい危地を脱したからか、エンリは自分が傷だらけであることを思い出すと、それを待っていたかのように忘れていた痛みがぶりかえしてきた。砕けた拳と切られた背中。たまらずその場で体をくの字に折る。

 

「お姉ちゃん…!!」

 

 妹のネムが目に涙を浮かべて取り縋る。相変わらず美女は胡乱な目つきで興味なさげに姉妹の様子を眺めていたが、意外にも後ろの魔獣の方が声をかけてきた。

 

「うむむ、大丈夫でござるかお嬢さん?見たところ酷い怪我でござるが……」

 

 酷い怪我なのに大丈夫なわけはないと思うが、そのような皮肉めいた感情が浮かぶよりも先に魔獣が人間の身を案じることへの驚きが走る。が、痛みに悶えるエンリに言葉を返す余裕はない。

 

「ハムスケ、余計なことを……」

 

「姫、そうはおっしゃいますが……そもそも姫は情報を集めるために他の人間を捜していたのでござろう?ここで出会ったのも何かの縁、この娘達を助けて話を聞けばいいのではござらんか」

 

 ハムスケというのが魔獣の名前らしかった。それにしてもこの魔獣の姿形、どこかで聞き覚えがあるような気がする。痛みに朦朧とする頭の中で、エンリに閃くものがあった。

 

「森の……、賢王?」

 

 その言葉を耳にし、魔獣――ハムスケの顔がほころんだように見えた。

 

「それがしのことを存じておられるか、それは重畳!いかにも、それがし、周囲の魔物や人間達には森の賢王と呼ばれておったでござる!ただし!」

 

 今は姫にハムスケという名を頂いた身故、そう呼んで欲しいでござる。そう結ぶハムスケの姿もぼやけてきた。先ほどまで全身を貫いていた痛みが鈍い。まずい状況だ。そこにハムスケに姫と呼ばれた女性が近づいてきた。

 

「ふん……まあ、ハムスケの言うことにも一理はあるわね。見せなさい、回復魔法の心得はないから応急処置しかできないけれど……」

 

 どうやら手当をしてくれる気になったらしい。エンリは残った力を振り絞って礼を言う。

 

「……ありがと……ざいます……貴女の……お名前……」

 

 謎の美女は形の良い眉を顰めると、少し考えてから口を開いた。

 

「……私の名前はガンマ。通りすがりの魔法詠唱者(マジック・キャスター)よ」

 

 ナザリック地下大墳墓を守護する戦闘メイド(プレアデス)が三女、ナーベラル・ガンマは姓だけを名乗ると、仏頂面で唇を引き結んだ。

 

 

 

 




タイトル詐欺①
 主役はナーベラル・ガンマですが、「ナーベ」はでません( ´∀`)
 チーム漆黒を期待した人がもし居たらすみません。
タイトル詐欺②
 このSSの真タイトルは「ハムスケがんばる」じゃないかと言う気がしてます。
 だいたいナーベちゃんがポンコツコミュ症のせいです( ´∀`)
出ない人たちについて
 真ヒロイン以下ナザリックの面々は、万一出るとすればこのSSが終わるときです。
 はたしてこんなSSが受け入れられるのか胃が痛くなってきました( ´∀`)


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